「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第5部
白猫夢・双魁抄 1
麒麟を巡る話、第253話。
プレタの過去。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
マロンがトラス王国を去った、その翌日。
プレタの意識が、ようやく戻った。
「そう……。みんな、いなくなったのね」
トラス卿から「ファルコン」部隊の全滅と、そしてマロンが消えたことを伝えられ、プレタはそう返した。
「しかし、まさかマロンまでいなくなるとは思わなかったよ。しかも、君の刀を盗むとは」
「盗んだんじゃないわ。あげたようなものよ。あたしにはもう、使えないし」
「え? ……いやいや、そんなことは」「そんなことは、あるわ」
プレタは包帯を巻かれた自分の顔を指差し、自嘲気味につぶやく。
「この顔じゃもう、まともに敵を把握できないもの。あなたの声だって、どこか遠く聞こえるのよ」
「……本当に済まない。もっといい治療を施せられれば」
「いいのよ。これでいいの」
「いいものか!」
トラス卿に怒鳴られ、プレタは左目を丸くする。
「どうして怒るの?」
「君は……、君は、自分を大切にしなさすぎる! どうしてもっと、自分のことを考えないんだ!?」
「その価値が無いからよ」
そう返したプレタに、トラス卿はとても悲しそうな顔を見せた。
「……君に求婚した時、『君の過去は詮索しない』と約束した。その時はそれが、君への礼儀と思ったからだ。
でも……、やっぱり聞かなきゃならないようだ。どうしてそこまで、君は人生を自棄にして送っているのか、その理由を聞かなきゃいけない」
「……聞けばあなたは、きっとあたしへの愛情を無くすわ。きっと、軽蔑する」
「無い! それは絶対にありえない!」
断言したトラス卿に、プレタはクスッと笑った。
「……あなたの無邪気さが、本当にうらやましいわ」
双月暦542年、黒炎教団の総本山、黒鳥宮。
ウェンディ・ウィルソンが教主になって以降は従来の密教主義が緩められ、開放的な傾向が強まっていた教団だったが――この一件だけは、外に漏らすわけには行かなかった。
人が2人集まるだけで、そこには必ず争いが生じる。その理由は、おしなべて「意見の相違」である。
どれほど仲が良いとしても、例えばそこに1人分のパンしか無ければ、どちらかが独り占めして一人だけ満足するか、それとも分け合って双方ほんの少しの不満を残すか、どちらかを決めなければならない。
どれほど仲が良いとしても――如何に「宗教」と言う強力な指標・指針、共通認識、強い共感があったとしても――意見の対立は起こるのだ。
そもそもこの1年前にも、対立は起こっている。ウェンディ教主の息子、ウォンが起こした武装蜂起がそれである。
この時は計画が杜撰だったことと、首謀者に対する措置が早かったために、旅人が二人、ちょっと困るくらいの被害で済ませられた。
しかし、この計画自体は失敗だったものの、依然として現教主の体制に対する不満は残っていたし、ウォンの失敗を教訓として、さらに綿密な計画を立てる者もいたのである。
「現体制はウェンディ・ウィルソンの独裁と言ってもいい! 現在の門戸開放・焔流軟化体制を強制され、これに異を唱える古参の僧侶たちは次々閑職に追いやられ、若手も次々破門されている!
これが果たして黒炎教団のあるべき姿だろうか!? 否! 真にあるべき姿とは……」
首謀者の長々しい演説をぼんやり聞いていた桜凪海(さくら・なみ)の内心は、とても冷ややかだった。
(この世には利用する者とされる者の二者しかいないのよ。偉そうにベラベラしゃべってるアンタも結局、後者なのに。滑稽ね)
首謀者の横に佇む参謀役と、凪海の目が合う。
(……このアホな叛乱計画が失敗すれば、アンタは黒炎教団の重鎮になれる。あたしはその奥さんに。
これが本当の狙いなのよ)
凪海と参謀は、互いにそっと微笑んだ。
@au_ringさんをフォロー
プレタの過去。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
マロンがトラス王国を去った、その翌日。
プレタの意識が、ようやく戻った。
「そう……。みんな、いなくなったのね」
トラス卿から「ファルコン」部隊の全滅と、そしてマロンが消えたことを伝えられ、プレタはそう返した。
「しかし、まさかマロンまでいなくなるとは思わなかったよ。しかも、君の刀を盗むとは」
「盗んだんじゃないわ。あげたようなものよ。あたしにはもう、使えないし」
「え? ……いやいや、そんなことは」「そんなことは、あるわ」
プレタは包帯を巻かれた自分の顔を指差し、自嘲気味につぶやく。
「この顔じゃもう、まともに敵を把握できないもの。あなたの声だって、どこか遠く聞こえるのよ」
「……本当に済まない。もっといい治療を施せられれば」
「いいのよ。これでいいの」
「いいものか!」
トラス卿に怒鳴られ、プレタは左目を丸くする。
「どうして怒るの?」
「君は……、君は、自分を大切にしなさすぎる! どうしてもっと、自分のことを考えないんだ!?」
「その価値が無いからよ」
そう返したプレタに、トラス卿はとても悲しそうな顔を見せた。
「……君に求婚した時、『君の過去は詮索しない』と約束した。その時はそれが、君への礼儀と思ったからだ。
でも……、やっぱり聞かなきゃならないようだ。どうしてそこまで、君は人生を自棄にして送っているのか、その理由を聞かなきゃいけない」
「……聞けばあなたは、きっとあたしへの愛情を無くすわ。きっと、軽蔑する」
「無い! それは絶対にありえない!」
断言したトラス卿に、プレタはクスッと笑った。
「……あなたの無邪気さが、本当にうらやましいわ」
双月暦542年、黒炎教団の総本山、黒鳥宮。
ウェンディ・ウィルソンが教主になって以降は従来の密教主義が緩められ、開放的な傾向が強まっていた教団だったが――この一件だけは、外に漏らすわけには行かなかった。
人が2人集まるだけで、そこには必ず争いが生じる。その理由は、おしなべて「意見の相違」である。
どれほど仲が良いとしても、例えばそこに1人分のパンしか無ければ、どちらかが独り占めして一人だけ満足するか、それとも分け合って双方ほんの少しの不満を残すか、どちらかを決めなければならない。
どれほど仲が良いとしても――如何に「宗教」と言う強力な指標・指針、共通認識、強い共感があったとしても――意見の対立は起こるのだ。
そもそもこの1年前にも、対立は起こっている。ウェンディ教主の息子、ウォンが起こした武装蜂起がそれである。
この時は計画が杜撰だったことと、首謀者に対する措置が早かったために、旅人が二人、ちょっと困るくらいの被害で済ませられた。
しかし、この計画自体は失敗だったものの、依然として現教主の体制に対する不満は残っていたし、ウォンの失敗を教訓として、さらに綿密な計画を立てる者もいたのである。
「現体制はウェンディ・ウィルソンの独裁と言ってもいい! 現在の門戸開放・焔流軟化体制を強制され、これに異を唱える古参の僧侶たちは次々閑職に追いやられ、若手も次々破門されている!
これが果たして黒炎教団のあるべき姿だろうか!? 否! 真にあるべき姿とは……」
首謀者の長々しい演説をぼんやり聞いていた桜凪海(さくら・なみ)の内心は、とても冷ややかだった。
(この世には利用する者とされる者の二者しかいないのよ。偉そうにベラベラしゃべってるアンタも結局、後者なのに。滑稽ね)
首謀者の横に佇む参謀役と、凪海の目が合う。
(……このアホな叛乱計画が失敗すれば、アンタは黒炎教団の重鎮になれる。あたしはその奥さんに。
これが本当の狙いなのよ)
凪海と参謀は、互いにそっと微笑んだ。
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~