短編・掌編
1068日目の男と1日目の男
1068日目の男と1日目の男
「助けてくれ。いや、無理だろうけど。断るのは分かってるんだ」
土曜の昼下がり。俺の部屋に入るなり、奴は開口一番、そう言ってきた。
「……」
いきなり話を振って来て、いきなり話を完結させてきた。
こう言う奴には、どうコメントしてやったらいいものか。何と言えばいい?
「無理だって分かってんなら、言わなきゃいいだろ」
「ほら出た。これだ」
「何がだよ?」
苛立つ俺に対して、奴は半分得意満面の、そしてもう半分は諦めた様子を見せて、こう返してきた。
「今まで俺はお前に『助けてくれ』って頼んで、毎回断られてきたんだ。全部で300回くらいは頼んだけど」
「あ?」
「その後のお前の台詞はこうだ。『300回? お前が俺にそんなアホなこと言ったのなんて、これが初めてだろ? 今まで聞いたこと無いぞ』、……だ」
「……まあ、言おうと思ってたよ」
「そう。その台詞も、俺が先に言った後に、30回くらいは言ってる」
「何なんだよ、お前?」
わけの分からないことをわめくこいつに、俺はますます苛立ってきた。
「酔っぱらってんのか?」
「いや、素面だ。もう酒なんて、一生飲みたくない」
「は……? 何言ってんだよ、夕べだってしこたま飲んでたくせして」
「夕べ、……か。俺にとっては1068日前の話だ」
「は?」
「俺はな、もう1068回も同じ日を過ごしてるんだよ」
そいつが言うには、今までに何度も何度も、この土曜日を繰り返し体験しているとのことだった。
勿論、こんな与太話なんか信じられるわけがない。折角の休みの日に、何でこんなバカ話を聞かせられなきゃならないんだ?
その上、癇に障るのは――こいつが一々、俺の言おうとすること、やらんとすることを先読みしてくることだ。
「……あのな」
と俺が言えば、
「『さっさと家に帰って酒でも飲んで寝てろよ。お前、まだ寝ぼけてるんだよ』、だろ?」
と返してくる。
「……チッ」
いい加減イライラが頂点に達し、俺はテーブルをバン、と叩こうとする。
しかしこれも、俺の振り上げた手をこいつがさっとつかみ、「イライラすんなって」と言ってくる。
「誰の……」「『誰のせいでイライラしてると思ってんだよ!?』、だろ? それは本当に悪いと思ってるんだ」
俺の手を放し、こいつは――気味の悪いことに――泣きそうな顔をしてきた。
「でも本当に、どうしたらいいか分かんないんだよ……。死んでみようとしたことも50回くらいあるんだ。でも『あ、これは死んだな』と思っても、気が付けばまた、今日になってるんだよ。
何をどうしたって、明日が来てくれないんだ。頼むよ……、このままじゃ俺、本当にどうかなっちまいそうなんだよ」
「知るかッ」
これは先読みできなかったらしい――俺が怒り任せにぶん回した拳は、こいつのあごにばっちり命中した。
「うえ……っ」
ばたんと仰向けに倒れ、奴はのびてしまった。
「……あー、やっちまった」
流石に悪いなとは思ったが、しかし元はと言えばこいつがわけ分からんことをグチャグチャ言ってくるからだ。自業自得だ。
と自己弁護してみたものの、こいつを殴ってしまったのは事実であり、罪悪感も少なからずある。
「しょうがねえなぁ……」
俺は干していた布団を取り込み、気を失ったままのそいつをそこに寝かせてやった。
その後は――こいつを放っておいてどこかに出かけるのも忍びないので、俺は家にずっといた。
やることも無く、退屈で酒ばかり飲んでいたせいか、俺はそのままテーブルに突っ伏して、ぐっすり寝てしまった。
そして目を覚ました、日曜の早朝――あいつはどこにもいなくなっていた。
布団にもいなかったし、電話をかけてみても出ない。
気味が悪くなり、あいつの家に行ってみたが、いくらドアを叩いても返事が無い。
次の日も、あいつは会社に現れなかった。その次の日も、そのまた次の日も。
そのうちに、あいつは蒸発したことになった。
今にして思えば、本当にあいつは、同じ日を何百回も過ごしていたのかも知れない。
未だにあの土曜日を、繰り返しているのかも知れない。
永遠にやって来ない日曜日へ到達することを願い、今もあの土曜日を過ごしているのかも知れない。
ただ、それを確かめる方法はもう、どこにも無い。
あいつが1068回繰り返した土曜日に、俺はたった1回しかいられなかったからだ。
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「助けてくれ。いや、無理だろうけど。断るのは分かってるんだ」
土曜の昼下がり。俺の部屋に入るなり、奴は開口一番、そう言ってきた。
「……」
いきなり話を振って来て、いきなり話を完結させてきた。
こう言う奴には、どうコメントしてやったらいいものか。何と言えばいい?
「無理だって分かってんなら、言わなきゃいいだろ」
「ほら出た。これだ」
「何がだよ?」
苛立つ俺に対して、奴は半分得意満面の、そしてもう半分は諦めた様子を見せて、こう返してきた。
「今まで俺はお前に『助けてくれ』って頼んで、毎回断られてきたんだ。全部で300回くらいは頼んだけど」
「あ?」
「その後のお前の台詞はこうだ。『300回? お前が俺にそんなアホなこと言ったのなんて、これが初めてだろ? 今まで聞いたこと無いぞ』、……だ」
「……まあ、言おうと思ってたよ」
「そう。その台詞も、俺が先に言った後に、30回くらいは言ってる」
「何なんだよ、お前?」
わけの分からないことをわめくこいつに、俺はますます苛立ってきた。
「酔っぱらってんのか?」
「いや、素面だ。もう酒なんて、一生飲みたくない」
「は……? 何言ってんだよ、夕べだってしこたま飲んでたくせして」
「夕べ、……か。俺にとっては1068日前の話だ」
「は?」
「俺はな、もう1068回も同じ日を過ごしてるんだよ」
そいつが言うには、今までに何度も何度も、この土曜日を繰り返し体験しているとのことだった。
勿論、こんな与太話なんか信じられるわけがない。折角の休みの日に、何でこんなバカ話を聞かせられなきゃならないんだ?
その上、癇に障るのは――こいつが一々、俺の言おうとすること、やらんとすることを先読みしてくることだ。
「……あのな」
と俺が言えば、
「『さっさと家に帰って酒でも飲んで寝てろよ。お前、まだ寝ぼけてるんだよ』、だろ?」
と返してくる。
「……チッ」
いい加減イライラが頂点に達し、俺はテーブルをバン、と叩こうとする。
しかしこれも、俺の振り上げた手をこいつがさっとつかみ、「イライラすんなって」と言ってくる。
「誰の……」「『誰のせいでイライラしてると思ってんだよ!?』、だろ? それは本当に悪いと思ってるんだ」
俺の手を放し、こいつは――気味の悪いことに――泣きそうな顔をしてきた。
「でも本当に、どうしたらいいか分かんないんだよ……。死んでみようとしたことも50回くらいあるんだ。でも『あ、これは死んだな』と思っても、気が付けばまた、今日になってるんだよ。
何をどうしたって、明日が来てくれないんだ。頼むよ……、このままじゃ俺、本当にどうかなっちまいそうなんだよ」
「知るかッ」
これは先読みできなかったらしい――俺が怒り任せにぶん回した拳は、こいつのあごにばっちり命中した。
「うえ……っ」
ばたんと仰向けに倒れ、奴はのびてしまった。
「……あー、やっちまった」
流石に悪いなとは思ったが、しかし元はと言えばこいつがわけ分からんことをグチャグチャ言ってくるからだ。自業自得だ。
と自己弁護してみたものの、こいつを殴ってしまったのは事実であり、罪悪感も少なからずある。
「しょうがねえなぁ……」
俺は干していた布団を取り込み、気を失ったままのそいつをそこに寝かせてやった。
その後は――こいつを放っておいてどこかに出かけるのも忍びないので、俺は家にずっといた。
やることも無く、退屈で酒ばかり飲んでいたせいか、俺はそのままテーブルに突っ伏して、ぐっすり寝てしまった。
そして目を覚ました、日曜の早朝――あいつはどこにもいなくなっていた。
布団にもいなかったし、電話をかけてみても出ない。
気味が悪くなり、あいつの家に行ってみたが、いくらドアを叩いても返事が無い。
次の日も、あいつは会社に現れなかった。その次の日も、そのまた次の日も。
そのうちに、あいつは蒸発したことになった。
今にして思えば、本当にあいつは、同じ日を何百回も過ごしていたのかも知れない。
未だにあの土曜日を、繰り返しているのかも知れない。
永遠にやって来ない日曜日へ到達することを願い、今もあの土曜日を過ごしているのかも知れない。
ただ、それを確かめる方法はもう、どこにも無い。
あいつが1068回繰り返した土曜日に、俺はたった1回しかいられなかったからだ。
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
ネタそのものは古典SFの時代からあるのでしょうが、俗な私はアニメの「ビューティフルなんとか」とか「エンドレスなんとか」を連想しました。あとちょっとジョジョも(笑)
でも、「外側の人間」からの視点なのが新鮮で面白いですね。
彼は結局「無限ループ」から脱出できなかったんだ・・・やっぱりホラーじゃないかい。
でも、「外側の人間」からの視点なのが新鮮で面白いですね。
彼は結局「無限ループ」から脱出できなかったんだ・・・やっぱりホラーじゃないかい。
NoTitle
今度探してみます。
ただ、軽く検索してみたら、ホラーなんですね。
ホラーはちょっと苦手で……(´・ω・)
ただ、軽く検索してみたら、ホラーなんですね。
ホラーはちょっと苦手で……(´・ω・)
NoTitle
小林泰三先生の作品に「酔歩する男」って中編SFがありますね。
それを思い出しました。「玩具修理者」という本に入っています。
面白いですよ~♪
それを思い出しました。「玩具修理者」という本に入っています。
面白いですよ~♪
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NoTitle
読む側としてはホラーは苦手ですが、書く側としては行けるかも知れません。