短編・掌編
開発中
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オンラインゲームにはよく、「入れないマップ」というのが存在する。
理由は大きく分けて2つ。そこに入る条件を満たしていないからか、もしくはまだ、「中身ができていない」からだ。
後者はいわゆる「未実装」というヤツだ。入口や、もしくは外観だけを作って、それらしいモノがあるように見せてはいるけど、まだ完成してないから入れない。
ただしそういうマップを、単純に「開発が作ってる途中だからプレイヤーは入れない」とアナウンスするのは、ゲームの雰囲気をぶち壊しにする。
そうしないために、大抵は「閉鎖中」とか「工事中」とかの看板を、あるいは門番やら何やらのキャラクタを設置して、ごまかしていることが多い。
「工事中 関係者以外立入禁止」
現在建設中の高層ビルの前にかけられたこの看板を見た時、僕はその、「未実装」のことを連想した。
「もしかして……」
なんて口走ってしまったのは、僕が大分酔っぱらっていたせいだろう。
しかし自分自身のその言葉に操られるように、僕はその看板を乗り越え、闇夜に沈むビルの中へと入って行った。
既に1階部分は完成しているらしく、ペンキが塗られていない壁や下地の見える床などは見付からない。
「広いなー」
ぼそ、とつぶやいたその言葉が、小さくこだまする。
(やべっ)
慌てて警備員などの姿を確かめるが、それらしいのはどこにもいない。
ほっと胸をなで下ろしつつ、僕は上の階へ上がってみることにした。
2階、3階、4階と、順々に上っていくが、この辺りも既に完成していて、特に目をひくものは無い。強いて言えば、真っ暗で不気味だということくらいだ。
(……何にもなさそうだな。帰るか)
この探検が何の成果も生みだしそうにないと見切りをつけ、僕は階段を降りようとした。
ところが――。
「いてっ!?」
階段を降りようとした矢先、僕はごち、と顔を何かにぶつけた。
「……え?」
目の前には、何も無い。階段があるだけだ。
しかし手を伸ばしてみると、何か硬いものが階段とこのフロアとの間にある。
「なんだこれ……?」
触った感触は、壁紙のようだった。丁度、このフロアの壁に貼り付けられた、クリームイエローの壁紙と同じ感触だ。
「……え、えっ?」
この階に上がった時には、そんなものは全く無かった。
(どうなってんだ?)
その見えない壁をぺたぺたと触るが、端から端までみっちりと、切れ目なく存在している。
「……っ」
異様な光景に、僕の冷静さは失われた。
「ひっ」
たまらず駆け出し、他の階段が無いか探す。
ほどなく別の階段を見付け、僕は恐る恐る手を伸ばす。
「……こっちは、……通れる、……かな」
見えない壁が無いことを確認し、僕は一歩一歩、足元を確かめるように階段を降りた。
しかし、踊り場に足を乗せたその瞬間――僕はその踊り場を、突き抜けていった。
「……っ!?」
みるみるうちに、僕は階段の下へ落っこちていく。
踊り場を次々と透過し、地面に叩きつけられることもなく、無音で落ちていく。
そして、地下2階を通り越したところで、僕の目の前は真っ暗になった。
「うわあああああー……っ!」
僕の声がこだまする。
しかしそれも、突然、まるでテレビの音声をミュートにしたかのように、途切れた。
《平素は当サービスをご利用いただき、誠にありがとうございます》
気が付くと、僕は真っ白な床の上に立っていた。
「……えっ?」
辺りには何も無い。壁も天井も無く、空は薄い灰色で染まっていた。
《お客様は未実装の箇所へ誤って進入され、復帰不可能な状態となりましたため、誠に勝手ながら、当サービスの運営共より、復帰措置を施させていただきました》
「……は? え、何?」
どこからか聞こえる声に一応、応じてはみたが、相手は無機質に説明を続ける。
《その際、データに一部損傷が発生したことをお詫び申し上げます。
つきましてはデータのロールバックを行い、安全が確認されている時点まで状態を遡上させていただきます。
今後も当サービスを、よろしくお願いいたします》
そう告げられた瞬間、僕の意識は再び途切れた。
「工事中 関係者以外立入禁止」
現在建設中の高層ビルの前にかけられたこの看板を見た時、僕は何故か、とても恐ろしいものを感じた。
「……ひ、いっ」
さっきまでの酔いがあっけなく醒め、僕は逃げるように、その場から駆け出した。
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オンラインゲームにはよく、「入れないマップ」というのが存在する。
理由は大きく分けて2つ。そこに入る条件を満たしていないからか、もしくはまだ、「中身ができていない」からだ。
後者はいわゆる「未実装」というヤツだ。入口や、もしくは外観だけを作って、それらしいモノがあるように見せてはいるけど、まだ完成してないから入れない。
ただしそういうマップを、単純に「開発が作ってる途中だからプレイヤーは入れない」とアナウンスするのは、ゲームの雰囲気をぶち壊しにする。
そうしないために、大抵は「閉鎖中」とか「工事中」とかの看板を、あるいは門番やら何やらのキャラクタを設置して、ごまかしていることが多い。
「工事中 関係者以外立入禁止」
現在建設中の高層ビルの前にかけられたこの看板を見た時、僕はその、「未実装」のことを連想した。
「もしかして……」
なんて口走ってしまったのは、僕が大分酔っぱらっていたせいだろう。
しかし自分自身のその言葉に操られるように、僕はその看板を乗り越え、闇夜に沈むビルの中へと入って行った。
既に1階部分は完成しているらしく、ペンキが塗られていない壁や下地の見える床などは見付からない。
「広いなー」
ぼそ、とつぶやいたその言葉が、小さくこだまする。
(やべっ)
慌てて警備員などの姿を確かめるが、それらしいのはどこにもいない。
ほっと胸をなで下ろしつつ、僕は上の階へ上がってみることにした。
2階、3階、4階と、順々に上っていくが、この辺りも既に完成していて、特に目をひくものは無い。強いて言えば、真っ暗で不気味だということくらいだ。
(……何にもなさそうだな。帰るか)
この探検が何の成果も生みだしそうにないと見切りをつけ、僕は階段を降りようとした。
ところが――。
「いてっ!?」
階段を降りようとした矢先、僕はごち、と顔を何かにぶつけた。
「……え?」
目の前には、何も無い。階段があるだけだ。
しかし手を伸ばしてみると、何か硬いものが階段とこのフロアとの間にある。
「なんだこれ……?」
触った感触は、壁紙のようだった。丁度、このフロアの壁に貼り付けられた、クリームイエローの壁紙と同じ感触だ。
「……え、えっ?」
この階に上がった時には、そんなものは全く無かった。
(どうなってんだ?)
その見えない壁をぺたぺたと触るが、端から端までみっちりと、切れ目なく存在している。
「……っ」
異様な光景に、僕の冷静さは失われた。
「ひっ」
たまらず駆け出し、他の階段が無いか探す。
ほどなく別の階段を見付け、僕は恐る恐る手を伸ばす。
「……こっちは、……通れる、……かな」
見えない壁が無いことを確認し、僕は一歩一歩、足元を確かめるように階段を降りた。
しかし、踊り場に足を乗せたその瞬間――僕はその踊り場を、突き抜けていった。
「……っ!?」
みるみるうちに、僕は階段の下へ落っこちていく。
踊り場を次々と透過し、地面に叩きつけられることもなく、無音で落ちていく。
そして、地下2階を通り越したところで、僕の目の前は真っ暗になった。
「うわあああああー……っ!」
僕の声がこだまする。
しかしそれも、突然、まるでテレビの音声をミュートにしたかのように、途切れた。
《平素は当サービスをご利用いただき、誠にありがとうございます》
気が付くと、僕は真っ白な床の上に立っていた。
「……えっ?」
辺りには何も無い。壁も天井も無く、空は薄い灰色で染まっていた。
《お客様は未実装の箇所へ誤って進入され、復帰不可能な状態となりましたため、誠に勝手ながら、当サービスの運営共より、復帰措置を施させていただきました》
「……は? え、何?」
どこからか聞こえる声に一応、応じてはみたが、相手は無機質に説明を続ける。
《その際、データに一部損傷が発生したことをお詫び申し上げます。
つきましてはデータのロールバックを行い、安全が確認されている時点まで状態を遡上させていただきます。
今後も当サービスを、よろしくお願いいたします》
そう告げられた瞬間、僕の意識は再び途切れた。
「工事中 関係者以外立入禁止」
現在建設中の高層ビルの前にかけられたこの看板を見た時、僕は何故か、とても恐ろしいものを感じた。
「……ひ、いっ」
さっきまでの酔いがあっけなく醒め、僕は逃げるように、その場から駆け出した。



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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
初めまして。
黄輪雑貨本店様。ブログランキングなどで存じ上げておりましたが、
この作品が黄輪雑貨本店様の作品だと(今頃)気づきました。
5分で読める自作短編小説のトーナメントの中で、
一番面白いと個人的には思っています。
ほかの短編も読んでみたいと思います。
黄輪雑貨本店様。ブログランキングなどで存じ上げておりましたが、
この作品が黄輪雑貨本店様の作品だと(今頃)気づきました。
5分で読める自作短編小説のトーナメントの中で、
一番面白いと個人的には思っています。
ほかの短編も読んでみたいと思います。
面白かったぁ
イッテQにも出てきそう!って、それは違いますね(^^)
時々、夜とか、毎日歩いている道を普通に歩いていて、あれ?ココ工事中だっけ?なんてのを見ると、いきなり世界が違って見える、あのこわい感じ、まざまざと思い出しました……
そして復帰措置、復旧、遡上……元の世界に戻っていてよかった。
……あ、すみません。大海と言います。初めまして、かもしれません。
時々覗かせていただいているのですが、コメント残したのは多分初めて…のような気がします。また訪問させていただきます(*^_^*)
時々、夜とか、毎日歩いている道を普通に歩いていて、あれ?ココ工事中だっけ?なんてのを見ると、いきなり世界が違って見える、あのこわい感じ、まざまざと思い出しました……
そして復帰措置、復旧、遡上……元の世界に戻っていてよかった。
……あ、すみません。大海と言います。初めまして、かもしれません。
時々覗かせていただいているのですが、コメント残したのは多分初めて…のような気がします。また訪問させていただきます(*^_^*)
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NoTitle
高評価をいただき、嬉しい限りです。
他の作品も、よろしくご笑覧くださいませ。