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    「双月千年世界 3;白猫夢」
    白猫夢 第6部

    白猫夢・宰孫抄 1

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    麒麟を巡る話、第260話。
    老宰相、いまだ現役。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     歴史が動く年、あるいは激動の時代と言うものは、確かに存在する。

     その一つが、双月暦520年代である。
     政治的にはこの頃、あの超大国「中央政府」が崩壊し、「ヘブン」が誕生した。しかしそれも別の超巨大組織「西大海洋同盟」によって倒され、彼らが取って代わった。
     経済もそれにつれて激変した。かつて基軸通貨として権勢を奮ったクラムはみるみるうちに影を潜め、代わりに央中のエルや央南の玄銭が台頭した。
     人間の面でも、この頃に様々な偉人、才人が姿を現した。「同盟」を築き上げたグラッドとナイジェル。自動車や機関砲、電気通信を創り出したスタッガートやヴィッカー、トポリーノ。
     そして6世紀、いや、それまでの世界史上、最も大出世し、後年に語り継がれる偉業を成した人物として知られるのが――西方の宰相にして戦略理論の第一人者、ネロ・ハーミット卿である。



     そんな彼らも歳を取り、隠棲し、あるいは既に鬼籍に入り――彼らの活躍も半ば伝説や物語、逸話に変わりつつあった、双月暦562年。
     この年より、新たな伝説が幕開けつつあった。

     プラティノアール王国、御前議事堂。
    「以上で今年度の予算決議を終了します」
     議長の言葉と共に会議が閉会され、ぞろぞろと大臣、閣僚たちが議事堂から出てくる。
    「卿、卿! ハーミット卿!」
     と、その奥から人をかき分けるように、一人の兎獣人が飛び出してきた。
    「うん?」
     次の執務のため、足早に歩いていたハーミット卿の元にたどり着いたところで、彼がぺこ、と頭を下げた。
    「君は?」
     尋ねたハーミット卿に対し、彼はにこっと笑って見せる。
    「私、本日の会議を公聴しておりました、ミシェル・ロッジと申します」
    「ロッジ? と言うと、もしかしてあなたは、……ええと」
     ハーミット卿はそこで言葉を切り、少し間を置いて尋ねる。
    「そう、確か……、ロージュマーブル公国の、……公子殿下でしたか?」
    「その通りです。本日、後学のためにと父より命じられ、こちらに参りまして」
    「そうですか、なるほど」
     ハーミット卿は会釈を返し、彼に右手を差し出した。
    「ようこそいらっしゃいました、公子殿下。私の拙い答弁で、退屈致しませんでしたか?」
    「いいえ、まさか! やはり卿は優れた御方であるとの思いを、新たにいたしました!
     西方三国和平の立役者と言われた政治手腕は、なお健在のご様子で」
    「それはどうも。お父上……、大公陛下はお変わりありませんか?」
     そう聞いたところで、ミシェルは表情を曇らせた。
    「あの、それについては……」「ああ」
     彼の言わんとすることを察し、ハーミット卿はこう続けた。
    「立ち話もなんですし、私の執務室でお話ししましょう。
     ちなみに殿下、囲碁はご存知ですか?」
    「え? ええ、多少は」
    「それなら良かった」

     あの事件の後――「グリスロージュ帝国」は事実上、二つの国に分裂した。
     名前を「グリスロージュ帝政連邦」と変え、元々あったグリサルジャン王国とロージュマーブル王国の領地をそれぞれ、帝国最大の権力者2名――モダス帝の片腕的存在だったロガン卿と、帝国における宰相、総理大臣の地位にあったロッジ卿に分割して与えられ、モダス帝は「連邦の象徴」として両者の上に君臨するのみとなった。
     そのロッジ大公の長男が、このミシェルである。
    「……こ、降参です」
     対局から5分も経たないうちにミシェルの負けが決定し、ハーミット卿は軽く頭を下げた。
    「ありがとうございました。……ふむ」
     ハーミット卿は対局中にミシェルから聞いた話を、頭の中で簡単にまとめ直す。
    「先程の話でしたが、つまり現大公陛下の容体が優れないため、早いうちに殿下が次の大公に選ばれるかも知れない、と?」
    「ええ、まあ」
    「しかし、もしかしたら御次男様、あるいは御長女様が選ばれるかも知れない。何とか自分の優位性を高めたい、と」
    「そうです」
    「そこで友好国の宰相たる私と、何らかのつながりがほしい。そうお考えですね」
    「ふえっ」
     核心を突かれ、ミシェルは困った顔になる。
    「え、あ、まあ、有り体に言えばそうなっちゃうんですけども」
    「そして手っ取り早い手段として、私の孫とあなたのお子さんとで婚姻関係を結びたいと?」
    「ふええっ」
    「正解ですか?」
    「……仰る通りです」
     これを聞いて、ハーミット卿はす、と立ち上がった。
    「お話は以上ですか?」
    「え?」
    「これ以上話すことが無ければ、私は執務に移りたいのですが」
    「え、あの……」
     ハーミット卿は黒眼鏡越しに相手をにらみ、冷たく言い放った。
    「返事はノーです。お帰り下さい」
    「で、でも私と関係を結べば、あなたの政治的地位も……」
    「私は既に王国の宰相です。これ以上欲する椅子などありません。
     何より人を政治的な道具扱いするような方に差し出すほど、アオイやカズラは安い子ではありませんよ」
    「アオイ? カズラ? 何です、それは?」
     きょとんとするミシェルに、ハーミット卿は凛とした声で叱りつけた。
    「相手の名前も調べず縁談を持ち込むのですか、あなたは!? 馬鹿も休み休み言いなさい!」「ひゃ、……しっ、失礼しましたっ!」
     ミシェルはバタバタと足音を立て、執務室から出て行った。
    「……まったく。そんな曲がった性根だから、後継争いで泣きを見るのが分からないんだ」
     ハーミット卿はフン、と鼻を鳴らし、それからいつも通りに、午後の執務に着いた。
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    ハーミット卿はそこら辺も見越した上で追い返してます。流石。

    まだ後半戦は始まったばかり……。
    前半以上の長い道のりになりそうです。

     

    こういう頭の悪い貴族に限って、祭り上げられて君主になって、歴史に悪名を刻むものですからねえ。

    ハーミット卿もたいへんであります。

    それにしてもついにラストへの加速が始まるのか……楽しみです!
    • #1755 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2013.10/01 08:34 
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