「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第6部
白猫夢・捜卿抄 5
麒麟を巡る話、第268話。
二つ目の誘拐。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
ともかくハーミット卿を誘拐した事実から、ミシェル氏と、彼に金で雇われたタクシー業者3名は、即座に逮捕・連行された。
その途中で彼から動機を問いただしたところ――以前に断られた縁談を何としてでもまとめるため、ハーミット卿を拘束して脅迫しようとしたのだと言う。
「ミシェルさん、バカ過ぎるよね……」
「ええ、単純に愚かと言うには、度をはるかに超していると言っていいでしょう」
ミシェルたちを連行した後、ベルたち夫妻はSS本部に戻り、改めてアテナと共に状況の整理を行うことにした。
「今回の件がきっかけになり、ロージュマーブルとの関係がこじれることは確実でしょう。このまま看過すれば、ですが」
「って言うと?」
「卿は三国和平が崩れることを望んでいません。もし今回のケースで卿が第三者の立場にいたとすれば、必ず関係修復に努めるでしょう。
であれば、恐らく卿はこの時点で秘密裏にロ国大公ないしは公太子と連絡を取り、今回の件を公にしないよう、働きかけているでしょう。
とは言え卿はミシェル氏に対して好意的ではありませんでしたし、彼の存在は三国和平において悪影響を及ぼすものと考えているようでしたから、ロ国と話し合った上で、彼の身分を我が国において抹消し、身元不明の人間として終身刑に処するよう、提案すると思います」
「そこまでする、……かなぁ。いくらなんでも」
顔をしかめた秋也に、アテナは冷たい目をしたまま、首を横に振る。
「いいえ、卿であればその処置はしかるべきものと思われます。
そして事実、ロ国から『貴国の裁量にて処置されたし。当国はいずれの判決にも同意する』との返答が来ています」
「え?」
アテナの発言に、二人は面食らう。
「まさか、アテナ?」
「なんでしょう」
「今言ってたソレ、独断でやったって言うのか?」
「日が経てば騒ぎは大きくなります。可及的速やかに処置すべきと判断したので」
「……」
無表情でそう返したアテナに、ベルたちは何とも言えない嫌悪感を覚えた。
「……まあ、政治に関してはあたしたちじゃ意見できないから、もう何も言わないよ。
あたしたちにとっての問題は、まだハーミット卿の身柄を保護できていないってこと」
「そうだったな……。にしてもアイツが言ってた謎の女とかって、マジなのかな」
「話を聞く限りでは、事実とは捉え難いですね。唐突、かつ荒唐無稽です」
またもアテナが口をはさむ。
「しかし矛盾は見当たりません。
ミシェル氏に身柄拘束と郊外への移送を実行させ――言い換えれば最も面倒な作業を行わせて――目標だけを奪う。効率的と言えます。その観点からすれば、信憑性は少なくないと思われます」
「あのさ。ミシェルさんの話が事実っぽいかどうかなんて、考えるだけ無駄じゃないの?」
多少頭に来ていたらしく、ベルが話を遮る。
「今、パパは見付かってない。これは事実でしょ? 実際起こってることを『本当のことだろうか』なんてあーだこーだ考えるのなんて、無意味じゃない?」
「……そうですね」
「今あなたに考えてほしいのは、パパの居場所だよ」
「……」
先程とは打って変わって、アテナは黙り込んでしまった。
「何か無いの? そっちの方が百倍重要じゃない」
「判断材料がありません。である以上、何もお話しできることは……」
そう返したアテナを、ベルがなじった。
「はぁ!? どうでもいいことについてはあれだけ偉そうにベラベラベラベラしゃべっておいて、ホントの本当に大事なことは何もわからないって言うの!? あんた、何のためにここにいるの!?」
「そう言われましても」
アテナも――依然無表情ながら――不愉快な様子をちらつかせ、反論する。
「判断材料があれば、お答えできます。ご意見やご批判があるのであれば、まずはあなた方が手がかりを探してからにしていただきたいです。
それも無しにわたしを非難するのは、職務怠慢ではないのですか?」
「……~ッ」
拳を振り上げかけたベルを、秋也が後ろから羽交い絞めにする。
「落ち着けって、ベル! 確かにムカつくのは分かるけど、今はソレどころじゃないだろ?」
「……ああ、分かってるよ。分かってるけどさ」
悔しそうな顔をするベルを、アテナは依然、冷淡な目で見つめていた。
と――電話がじりりん、と鳴り響く。
「……もしもし」
ベルから手を離し、秋也が電話を取る。
「ん? え、もしかして葵か? お前なんでココの番号知ってん、……え? え、ちょ、おい?」
秋也が目を丸くし、こう叫んだ。
「は!? お前が!? なんで!? マジで!?」
そして一瞬間を置き、また声色が変わる。
「……お、お義父さん! 無事だったんですね!?」
「へ?」「……!」
秋也の言葉に、ベルとアテナが顔を挙げる。
一方、しばらく電話に耳を傾けていた秋也は、やがて唖然とした顔になる。
「どう言うこと?」「今の電話は?」
「……葵が、卿を助けた、……ってさ」
「葵って、うちの葵のこと?」
「あ、ああ」
「あり得ません」
アテナがガタ、と音を立て、椅子から立ち上がる。
「経緯を説明してください」
「……あー、と。どう説明したらいいんだろ、……あ、はい、代わります」
ここで秋也が受話器から耳を離し、アテナに渡す。
「お前が卿から経緯を聞いて、皆に説明してくれ。ソレが一番手っ取り早いってさ」
「分かりました」
受話器を受け取ったアテナは、淡々とした様子で話を聞いていた。
その顔は――やはり無表情ながらも――どことなく、悔しそうだった。
白猫夢・捜卿抄 終
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ともかくハーミット卿を誘拐した事実から、ミシェル氏と、彼に金で雇われたタクシー業者3名は、即座に逮捕・連行された。
その途中で彼から動機を問いただしたところ――以前に断られた縁談を何としてでもまとめるため、ハーミット卿を拘束して脅迫しようとしたのだと言う。
「ミシェルさん、バカ過ぎるよね……」
「ええ、単純に愚かと言うには、度をはるかに超していると言っていいでしょう」
ミシェルたちを連行した後、ベルたち夫妻はSS本部に戻り、改めてアテナと共に状況の整理を行うことにした。
「今回の件がきっかけになり、ロージュマーブルとの関係がこじれることは確実でしょう。このまま看過すれば、ですが」
「って言うと?」
「卿は三国和平が崩れることを望んでいません。もし今回のケースで卿が第三者の立場にいたとすれば、必ず関係修復に努めるでしょう。
であれば、恐らく卿はこの時点で秘密裏にロ国大公ないしは公太子と連絡を取り、今回の件を公にしないよう、働きかけているでしょう。
とは言え卿はミシェル氏に対して好意的ではありませんでしたし、彼の存在は三国和平において悪影響を及ぼすものと考えているようでしたから、ロ国と話し合った上で、彼の身分を我が国において抹消し、身元不明の人間として終身刑に処するよう、提案すると思います」
「そこまでする、……かなぁ。いくらなんでも」
顔をしかめた秋也に、アテナは冷たい目をしたまま、首を横に振る。
「いいえ、卿であればその処置はしかるべきものと思われます。
そして事実、ロ国から『貴国の裁量にて処置されたし。当国はいずれの判決にも同意する』との返答が来ています」
「え?」
アテナの発言に、二人は面食らう。
「まさか、アテナ?」
「なんでしょう」
「今言ってたソレ、独断でやったって言うのか?」
「日が経てば騒ぎは大きくなります。可及的速やかに処置すべきと判断したので」
「……」
無表情でそう返したアテナに、ベルたちは何とも言えない嫌悪感を覚えた。
「……まあ、政治に関してはあたしたちじゃ意見できないから、もう何も言わないよ。
あたしたちにとっての問題は、まだハーミット卿の身柄を保護できていないってこと」
「そうだったな……。にしてもアイツが言ってた謎の女とかって、マジなのかな」
「話を聞く限りでは、事実とは捉え難いですね。唐突、かつ荒唐無稽です」
またもアテナが口をはさむ。
「しかし矛盾は見当たりません。
ミシェル氏に身柄拘束と郊外への移送を実行させ――言い換えれば最も面倒な作業を行わせて――目標だけを奪う。効率的と言えます。その観点からすれば、信憑性は少なくないと思われます」
「あのさ。ミシェルさんの話が事実っぽいかどうかなんて、考えるだけ無駄じゃないの?」
多少頭に来ていたらしく、ベルが話を遮る。
「今、パパは見付かってない。これは事実でしょ? 実際起こってることを『本当のことだろうか』なんてあーだこーだ考えるのなんて、無意味じゃない?」
「……そうですね」
「今あなたに考えてほしいのは、パパの居場所だよ」
「……」
先程とは打って変わって、アテナは黙り込んでしまった。
「何か無いの? そっちの方が百倍重要じゃない」
「判断材料がありません。である以上、何もお話しできることは……」
そう返したアテナを、ベルがなじった。
「はぁ!? どうでもいいことについてはあれだけ偉そうにベラベラベラベラしゃべっておいて、ホントの本当に大事なことは何もわからないって言うの!? あんた、何のためにここにいるの!?」
「そう言われましても」
アテナも――依然無表情ながら――不愉快な様子をちらつかせ、反論する。
「判断材料があれば、お答えできます。ご意見やご批判があるのであれば、まずはあなた方が手がかりを探してからにしていただきたいです。
それも無しにわたしを非難するのは、職務怠慢ではないのですか?」
「……~ッ」
拳を振り上げかけたベルを、秋也が後ろから羽交い絞めにする。
「落ち着けって、ベル! 確かにムカつくのは分かるけど、今はソレどころじゃないだろ?」
「……ああ、分かってるよ。分かってるけどさ」
悔しそうな顔をするベルを、アテナは依然、冷淡な目で見つめていた。
と――電話がじりりん、と鳴り響く。
「……もしもし」
ベルから手を離し、秋也が電話を取る。
「ん? え、もしかして葵か? お前なんでココの番号知ってん、……え? え、ちょ、おい?」
秋也が目を丸くし、こう叫んだ。
「は!? お前が!? なんで!? マジで!?」
そして一瞬間を置き、また声色が変わる。
「……お、お義父さん! 無事だったんですね!?」
「へ?」「……!」
秋也の言葉に、ベルとアテナが顔を挙げる。
一方、しばらく電話に耳を傾けていた秋也は、やがて唖然とした顔になる。
「どう言うこと?」「今の電話は?」
「……葵が、卿を助けた、……ってさ」
「葵って、うちの葵のこと?」
「あ、ああ」
「あり得ません」
アテナがガタ、と音を立て、椅子から立ち上がる。
「経緯を説明してください」
「……あー、と。どう説明したらいいんだろ、……あ、はい、代わります」
ここで秋也が受話器から耳を離し、アテナに渡す。
「お前が卿から経緯を聞いて、皆に説明してくれ。ソレが一番手っ取り早いってさ」
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その顔は――やはり無表情ながらも――どことなく、悔しそうだった。
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