「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第6部
白猫夢・立葵抄 2
麒麟を巡る話、第270話。
思いもよらない、あの子の参上。
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2.
一瞬のうちに、ハーミット卿はどこかの小屋の中に立っていた。
「ここは?」
「答える理由がありません。どこであろうと、お前には関係のないこと」
「再教育って、具体的には何をするつもりだい?」
「お前を一度人形に戻し、老朽化した各部品を取り換えると共に、制御・演算機構を初期化後、再インストールします」
「もっと分かりやすい説明をお願いしたいんだけど」
「これ以上の説明をする理由はありません」
「それ以上のことは、『今の僕には関係のないこと』、ってことか」
「そうです。
さあ、お話は以上です。もう眠りなさい。いつ何時、あの方がわたくしのしようとしていることに気付き、強襲してくるか分かりませんから」
「あの方、あの方って」
ハーミット卿はくっくっと、笑い声を漏らした。
「君にとってタイカは名前を言うのも畏れ多い奴なのかい?」
「……」
が、こう言い放った瞬間、女性はビク、と震え、何も言わなくなった。
「ん?」
そして一瞬の間を置き、女性はいきなり、ハーミット卿の顔面を殴りつけた。
「はう……っ!?」
「黙りなさい」
女性はもう一度、拳を振り上げる。
その瞬間に、チラリとのぞいた顔は――憤怒に塗り固められていた。
(あ、これ結構まずい怒らせ方しちゃったかも)
口の端から血を流しながら、ハーミット卿はこの後に来るであろう、激しい折檻を覚悟した。
が――。
「あぅ」
ハーミット卿を羽交い絞めにしていた人形二人のうち、赤と黒のドレスの方が、突然横に飛んで行く。
「きゃ」
そして真横に立っていた青と黒のドレスを着た人形にぶつかり、二人は絡まるように転がっていった。
「えっ」
怒髪天を衝いていた女性もこれには虚を突かれたらしく、拳を振り上げたまま、またも硬直する。
そして――唐突に小屋の窓をぶち破り、人形たちを攻撃した少女が、木刀を女性に向けた。
「じいちゃん、解放して」
「……あ、アオイ……?」
人形たちから解放されたハーミット卿は、両腕をさすりながら、その少女――葵・ハーミットに声をかけた。
「助けに来たよ」
「ちょっと待ってくれ、アオイ」
流石のハーミット卿も困惑・混乱が頂点に達し、こう尋ねた。
「どうやってここに? 僕だって、ここがどこなんだか分からないって言うのに」
「んー」
葵は木刀を構えたまま、こう返す。
「SSの人たちがね、何度も街を行き来してたから、それがまず、おかしいなって。もうじいちゃんが見つかってたら、そんなことしないもん。
実際、一度ママたちもうちに電話かけてきてさ、『もう解決したようなもんだから、安心して寝てていいよ』って言ってたけど、どう見てもそんな感じじゃなかったもん。
だからSSの人に詳しく聞いてみたら、『誘拐途中で誘拐されたみたい』って。……あ、ごめん」
「うん?」
葵は小さく頭を下げ、こう続ける。
「その人から秘密にしててって言われてた。内緒ね、じいちゃん」
「はは、いいとも。それよりも続きが聞きたい。僕が依然、誘拐されたままだって状況を君が知ったって言うのは分かった。
その先を聞きたいな。2度目の誘拐からまだ30分も経ってないのに、どうやって君はここを突き止めたんだい?」
「じいちゃんが誘拐される理由なんて、2つしかないもん。じいちゃんのことを嫌ってる人がさらって暗殺しようとするか、じいちゃんに無理矢理言うこと聞かせようとして監禁するか、くらいでしょ。
もし暗殺目的なら、誘拐された人をさらに誘拐するようなこと、しないと思う。殺しておいて、最初に誘拐した人に罪を被せればいいんだもん。でもじいちゃんが殺されてるって話じゃないっぽいから、2番目の方だろうなって。
でもさ、監禁場所があんまり遠くても意味無いよね?」
「なるほど。プラティノアール総理の僕に言うことを聞かせ、政治的に操るのに、わざわざプ国国境を越えさせるようなことをしても、確かに意味が無い。
そうさせるには国内の、どこか近場で洗脳させて、さも何事も無かったかのように、平然と戻ってこさせなきゃ意味が無いからね。
散々騒ぎになった後で、いかにも『洗脳されました』って状態でのこのこ帰ってきたんじゃ、城に入れてもらえるわけが無いもの」
「でしょ? まあ、もうSSの人たちが最初の誘拐犯捕まえて、大騒ぎになってるけどね。
もっと解決に時間、かかると思ってたみたいだけど、そこのおばちゃん、その点は読み間違えたみたいだね」
「……っ」
己の不足を指摘されたからか、それとも「おばちゃん」と呼ばれたからか――女性に、明らかに苛立たしげな様子が現れたが、葵とハーミット卿は意に介さず、会話を続ける。
「じゃあ、シルバーレイク郊外のどこか、って辺りまでは見当が付いたわけだ」
「うん。で、『突然消えた』って言ってたから、多分『テレポート』使ったんだろうなって。
そんなのを何の準備もせずに使える人って、この世に数えるほどしかいないって、コントンさんに聞いたことあったし。カツミさんか、コントンさんか、さもなければナン……」「わたくしのその穢れた名を、貴様如き小娘が軽々に呼ぶんじゃないッ!」
ついに女性の、それまでのしゃなりとした慇懃な口調が、猛々しいものへと変わる。
「その名はわたくしが蛇蝎の如く忌み嫌う言葉だ! それ以上口にするならば、お前の舌を膾(なます)にしてやるぞ!」
「……あ、うん。コントンさんもそう言ってた。適当にこっちで名前付けて読んだ方がいいって。
じゃ、とりあえずおばちゃん、『リンネル(麻織物)』って呼ぶね。色がそれっぽいし」
「ふざけるな、小娘風情が!
トリノ! フュージョン! いつまで寝転がっているのです!? さっさとそこの小娘を殺しなさいッ!」
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思いもよらない、あの子の参上。
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一瞬のうちに、ハーミット卿はどこかの小屋の中に立っていた。
「ここは?」
「答える理由がありません。どこであろうと、お前には関係のないこと」
「再教育って、具体的には何をするつもりだい?」
「お前を一度人形に戻し、老朽化した各部品を取り換えると共に、制御・演算機構を初期化後、再インストールします」
「もっと分かりやすい説明をお願いしたいんだけど」
「これ以上の説明をする理由はありません」
「それ以上のことは、『今の僕には関係のないこと』、ってことか」
「そうです。
さあ、お話は以上です。もう眠りなさい。いつ何時、あの方がわたくしのしようとしていることに気付き、強襲してくるか分かりませんから」
「あの方、あの方って」
ハーミット卿はくっくっと、笑い声を漏らした。
「君にとってタイカは名前を言うのも畏れ多い奴なのかい?」
「……」
が、こう言い放った瞬間、女性はビク、と震え、何も言わなくなった。
「ん?」
そして一瞬の間を置き、女性はいきなり、ハーミット卿の顔面を殴りつけた。
「はう……っ!?」
「黙りなさい」
女性はもう一度、拳を振り上げる。
その瞬間に、チラリとのぞいた顔は――憤怒に塗り固められていた。
(あ、これ結構まずい怒らせ方しちゃったかも)
口の端から血を流しながら、ハーミット卿はこの後に来るであろう、激しい折檻を覚悟した。
が――。
「あぅ」
ハーミット卿を羽交い絞めにしていた人形二人のうち、赤と黒のドレスの方が、突然横に飛んで行く。
「きゃ」
そして真横に立っていた青と黒のドレスを着た人形にぶつかり、二人は絡まるように転がっていった。
「えっ」
怒髪天を衝いていた女性もこれには虚を突かれたらしく、拳を振り上げたまま、またも硬直する。
そして――唐突に小屋の窓をぶち破り、人形たちを攻撃した少女が、木刀を女性に向けた。
「じいちゃん、解放して」
「……あ、アオイ……?」
人形たちから解放されたハーミット卿は、両腕をさすりながら、その少女――葵・ハーミットに声をかけた。
「助けに来たよ」
「ちょっと待ってくれ、アオイ」
流石のハーミット卿も困惑・混乱が頂点に達し、こう尋ねた。
「どうやってここに? 僕だって、ここがどこなんだか分からないって言うのに」
「んー」
葵は木刀を構えたまま、こう返す。
「SSの人たちがね、何度も街を行き来してたから、それがまず、おかしいなって。もうじいちゃんが見つかってたら、そんなことしないもん。
実際、一度ママたちもうちに電話かけてきてさ、『もう解決したようなもんだから、安心して寝てていいよ』って言ってたけど、どう見てもそんな感じじゃなかったもん。
だからSSの人に詳しく聞いてみたら、『誘拐途中で誘拐されたみたい』って。……あ、ごめん」
「うん?」
葵は小さく頭を下げ、こう続ける。
「その人から秘密にしててって言われてた。内緒ね、じいちゃん」
「はは、いいとも。それよりも続きが聞きたい。僕が依然、誘拐されたままだって状況を君が知ったって言うのは分かった。
その先を聞きたいな。2度目の誘拐からまだ30分も経ってないのに、どうやって君はここを突き止めたんだい?」
「じいちゃんが誘拐される理由なんて、2つしかないもん。じいちゃんのことを嫌ってる人がさらって暗殺しようとするか、じいちゃんに無理矢理言うこと聞かせようとして監禁するか、くらいでしょ。
もし暗殺目的なら、誘拐された人をさらに誘拐するようなこと、しないと思う。殺しておいて、最初に誘拐した人に罪を被せればいいんだもん。でもじいちゃんが殺されてるって話じゃないっぽいから、2番目の方だろうなって。
でもさ、監禁場所があんまり遠くても意味無いよね?」
「なるほど。プラティノアール総理の僕に言うことを聞かせ、政治的に操るのに、わざわざプ国国境を越えさせるようなことをしても、確かに意味が無い。
そうさせるには国内の、どこか近場で洗脳させて、さも何事も無かったかのように、平然と戻ってこさせなきゃ意味が無いからね。
散々騒ぎになった後で、いかにも『洗脳されました』って状態でのこのこ帰ってきたんじゃ、城に入れてもらえるわけが無いもの」
「でしょ? まあ、もうSSの人たちが最初の誘拐犯捕まえて、大騒ぎになってるけどね。
もっと解決に時間、かかると思ってたみたいだけど、そこのおばちゃん、その点は読み間違えたみたいだね」
「……っ」
己の不足を指摘されたからか、それとも「おばちゃん」と呼ばれたからか――女性に、明らかに苛立たしげな様子が現れたが、葵とハーミット卿は意に介さず、会話を続ける。
「じゃあ、シルバーレイク郊外のどこか、って辺りまでは見当が付いたわけだ」
「うん。で、『突然消えた』って言ってたから、多分『テレポート』使ったんだろうなって。
そんなのを何の準備もせずに使える人って、この世に数えるほどしかいないって、コントンさんに聞いたことあったし。カツミさんか、コントンさんか、さもなければナン……」「わたくしのその穢れた名を、貴様如き小娘が軽々に呼ぶんじゃないッ!」
ついに女性の、それまでのしゃなりとした慇懃な口調が、猛々しいものへと変わる。
「その名はわたくしが蛇蝎の如く忌み嫌う言葉だ! それ以上口にするならば、お前の舌を膾(なます)にしてやるぞ!」
「……あ、うん。コントンさんもそう言ってた。適当にこっちで名前付けて読んだ方がいいって。
じゃ、とりあえずおばちゃん、『リンネル(麻織物)』って呼ぶね。色がそれっぽいし」
「ふざけるな、小娘風情が!
トリノ! フュージョン! いつまで寝転がっているのです!? さっさとそこの小娘を殺しなさいッ!」
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2014.06.14 修正
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