「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第6部
白猫夢・五雛抄 2
麒麟を巡る話、第281話。
葵の入寮。
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2.
20年前の、秋也たちが「特別集中講義」を受けた際には、彼らは天狐と鈴林の家に寄宿していた。
しかしそれは、寄宿する人数が非常に少なかったことと、通常時には寄宿場所として使われている宿が、休講中につき休館していたためであり、562年上半期講義が始まろうとしている今は、普通に営業している。
よって鈴林も、葵をその宿――「エルガ亭」まで案内していた。
「葵ちゃんはココの部屋だよっ」
「ありがと」
葵がぺこっと頭を下げ、挙げたところで、彼女は静止した。
「んっ?」
鈴林がその視線の先を追うと、隣の部屋に入ろうとしていた、黒髪に茶と銀の毛並みをした狼獣人の少年がこちらを見ているのに気が付いた。
「レイリンさん、そちらのすっごく綺麗なお姉さんは?」
「今日、入塾した子だよっ。葵・ハーミットちゃんって言うんだよっ。
でも口説いちゃダメだよ、おませさんっ」
「あはは、分かってます。
ああ、申し遅れました、アオイさん。僕はマーク・セブルスと言います。マークと呼んでくださいね」
葵よりもまだ身長の低い、葛と同い年くらいに見えるその少年は、馴れ馴れしく手を差し出してきた。
「ども」
葵も手を差し出したところで、マークはニコニコ笑いながら握手を交わした。
と、マークは眼鏡越しに、不思議そうな顔を見せる。
「なんだろ……? アオイさんって、初めて会った気がしないんですよね」
「だーかーらー」
鈴林はマークの狼耳を、ぐにっとつまむ。
「あいてて」
「まだ12歳なのにもう女の子口説いちゃうなんて、おませもいいトコだよ、もうっ」
「いえ、そんなんじゃ……、いてて」
耳をさすりながら、マークはぺこ、と頭を下げた。
「えっと、まあ、会っていきなり変なこと言っちゃってごめんなさい。でも、アオイさんとは仲良くなれそうな気がするんです。部屋もすぐ隣だし。
よろしくお願いします、アオイさん」
「うん。あたしも、君と同じくらいの妹がいるから、きっと仲良くなれそう。よろしくね、マークくん」
部屋に入ったところで、葵が尋ねてきた。
「12歳って言ってたけど、そんなに頭いいんだね、あの子」
「んっ? あー、マークくんっ? うん、頭いいよっ。央北から来た子なんだけどねっ、天狐の姉さんも『すげー早熟だな』って感心してたのっ。
葵ちゃんも研究テーマ選んだよねっ? あの子も勿論、テーマを決めてるのっ。『高度傷病用治療術』を研究したいんだってさっ」
「治療術?」
「あの子のお母さんが重い病気にかかってるんだってさっ」
「大変なんだね」
「でねっ、他にも2人、葵ちゃんやマークくんと同じ、10代の子がいるんだよっ。あ、そうそうっ」
鈴林はしゃん、と手を打ち、ニコニコと笑う。
「明後日で募集期間終わりだから、その夜には新入生歓迎会やるよっ。ごちそうもいっぱい出るから、お楽しみにねっ」
「うん」
「……葵ちゃんっ」
葵の淡々とした返答に、鈴林は口を尖らせた。
「はい」
「しゃべるの苦手っ?」
「ううん」
「じゃさ、なんでそんなに口数少ないのっ?」
「そう?」
きょとんとした顔で返され、鈴林はむくれる。
「……いいや、もうっ。
とりあえず今日は、ゆっくり休んでねっ。それじゃっ」
話を切り上げ、鈴林はそそくさと部屋を出て行った。
鈴林が部屋を出てからしばらくして、とんとん、とドアがノックされる。
「はい」
葵の返事に、マークの声が応じた。
「僕です。あの……、入ってもいいですか?」
「いいよ」
部屋に入るなり、マークはぺこ、と頭を下げる。
「あんまり長居すると、またレイリンさんに怒られちゃうんで、簡単に言います」
「なに?」
「……その」
先程の屈託のない笑顔とかけ離れた、憂いと迷いを帯びた表情で、マークはぽつぽつと話し始めた。
「もうレイリンさんに聞いたと思いますが、今期入塾した人の中に、アオイさんや僕みたいに、10代で入って来たのもいるんです。
その中の……、その、マラネロと言う狐獣人がいます。あの、ゴールドマン一族の一人です。なので、あの……、そいつ、……いえ、その子とは、仲良くしない方がいいです」
「なんで?」
「……西方人のアオイさんにはよく分からないかも知れませんが、金火狐は基本、悪人しかいませんから。気を許したら最後、骨までしゃぶり尽されますよ」
「ん、覚えとく」
「……えっと、じゃあ、……失礼します」
忠告したマーク自身、あまりいい気はしていなかったのだろう。
マークも身を翻し、さっさと部屋を出て行ってしまった。
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葵の入寮。
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2.
20年前の、秋也たちが「特別集中講義」を受けた際には、彼らは天狐と鈴林の家に寄宿していた。
しかしそれは、寄宿する人数が非常に少なかったことと、通常時には寄宿場所として使われている宿が、休講中につき休館していたためであり、562年上半期講義が始まろうとしている今は、普通に営業している。
よって鈴林も、葵をその宿――「エルガ亭」まで案内していた。
「葵ちゃんはココの部屋だよっ」
「ありがと」
葵がぺこっと頭を下げ、挙げたところで、彼女は静止した。
「んっ?」
鈴林がその視線の先を追うと、隣の部屋に入ろうとしていた、黒髪に茶と銀の毛並みをした狼獣人の少年がこちらを見ているのに気が付いた。
「レイリンさん、そちらのすっごく綺麗なお姉さんは?」
「今日、入塾した子だよっ。葵・ハーミットちゃんって言うんだよっ。
でも口説いちゃダメだよ、おませさんっ」
「あはは、分かってます。
ああ、申し遅れました、アオイさん。僕はマーク・セブルスと言います。マークと呼んでくださいね」
葵よりもまだ身長の低い、葛と同い年くらいに見えるその少年は、馴れ馴れしく手を差し出してきた。
「ども」
葵も手を差し出したところで、マークはニコニコ笑いながら握手を交わした。
と、マークは眼鏡越しに、不思議そうな顔を見せる。
「なんだろ……? アオイさんって、初めて会った気がしないんですよね」
「だーかーらー」
鈴林はマークの狼耳を、ぐにっとつまむ。
「あいてて」
「まだ12歳なのにもう女の子口説いちゃうなんて、おませもいいトコだよ、もうっ」
「いえ、そんなんじゃ……、いてて」
耳をさすりながら、マークはぺこ、と頭を下げた。
「えっと、まあ、会っていきなり変なこと言っちゃってごめんなさい。でも、アオイさんとは仲良くなれそうな気がするんです。部屋もすぐ隣だし。
よろしくお願いします、アオイさん」
「うん。あたしも、君と同じくらいの妹がいるから、きっと仲良くなれそう。よろしくね、マークくん」
部屋に入ったところで、葵が尋ねてきた。
「12歳って言ってたけど、そんなに頭いいんだね、あの子」
「んっ? あー、マークくんっ? うん、頭いいよっ。央北から来た子なんだけどねっ、天狐の姉さんも『すげー早熟だな』って感心してたのっ。
葵ちゃんも研究テーマ選んだよねっ? あの子も勿論、テーマを決めてるのっ。『高度傷病用治療術』を研究したいんだってさっ」
「治療術?」
「あの子のお母さんが重い病気にかかってるんだってさっ」
「大変なんだね」
「でねっ、他にも2人、葵ちゃんやマークくんと同じ、10代の子がいるんだよっ。あ、そうそうっ」
鈴林はしゃん、と手を打ち、ニコニコと笑う。
「明後日で募集期間終わりだから、その夜には新入生歓迎会やるよっ。ごちそうもいっぱい出るから、お楽しみにねっ」
「うん」
「……葵ちゃんっ」
葵の淡々とした返答に、鈴林は口を尖らせた。
「はい」
「しゃべるの苦手っ?」
「ううん」
「じゃさ、なんでそんなに口数少ないのっ?」
「そう?」
きょとんとした顔で返され、鈴林はむくれる。
「……いいや、もうっ。
とりあえず今日は、ゆっくり休んでねっ。それじゃっ」
話を切り上げ、鈴林はそそくさと部屋を出て行った。
鈴林が部屋を出てからしばらくして、とんとん、とドアがノックされる。
「はい」
葵の返事に、マークの声が応じた。
「僕です。あの……、入ってもいいですか?」
「いいよ」
部屋に入るなり、マークはぺこ、と頭を下げる。
「あんまり長居すると、またレイリンさんに怒られちゃうんで、簡単に言います」
「なに?」
「……その」
先程の屈託のない笑顔とかけ離れた、憂いと迷いを帯びた表情で、マークはぽつぽつと話し始めた。
「もうレイリンさんに聞いたと思いますが、今期入塾した人の中に、アオイさんや僕みたいに、10代で入って来たのもいるんです。
その中の……、その、マラネロと言う狐獣人がいます。あの、ゴールドマン一族の一人です。なので、あの……、そいつ、……いえ、その子とは、仲良くしない方がいいです」
「なんで?」
「……西方人のアオイさんにはよく分からないかも知れませんが、金火狐は基本、悪人しかいませんから。気を許したら最後、骨までしゃぶり尽されますよ」
「ん、覚えとく」
「……えっと、じゃあ、……失礼します」
忠告したマーク自身、あまりいい気はしていなかったのだろう。
マークも身を翻し、さっさと部屋を出て行ってしまった。
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