黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第3部

    蒼天剣・魍魎録 6

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    晴奈の話、第145話。
    窮地に立たされたワルラス。そしてあの人が……。

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    6.
    「そっか、おつかれさん」
     晴奈からの報告を聞き終えたエルスは、にっこりと笑って労った。
    「ああ、本当に大儀だった。あ、そうそう」
     晴奈は後ろ歩きでエルスから離れ、執務室の扉の横に立つ。
    「ん?」
    「土産物だ」
     そう言って、扉をすっと開ける。
    「この……」
     扉の向こうからリストが全速力で突っ込み、飛び蹴りを放ってきた。
    「バカーッ!」「ちょ」
     避ける暇もなく、エルスの顔面一杯にリストの両脚が食い込んだ。

    「あー、すっきりした」
    「……それならいいけどさ」
     エルスは首をさすりながら――リストの全体重が乗っかった蹴りをまともに食らったにも関わらず、彼は首を痛めるどころか鼻血すら出さなかった――書類を眺める。
    「もうね、バケモノ退治とか勘弁してよ、ホント」
    「それは残念。もう一件、行ってもらおうかと思ってたんだけどなー」
    「げぇ、勘弁してってばぁ」
     リストは態度を変え、そーっとエルスから離れていく。
    「……ん、まあ、それについての連絡なんだけどね」
     エルスはあいまいな笑い方をしながら説明した。
    「まあ、時系列で話していくとねー。リストたちが向かった後に何件か増えたんだ、目撃証言の種類が」
    「と言うと、怪物の種類が増えたと、そう言うことか?」
    「そう。……なんだけどさー、意外に早く片付いちゃったんだよね」
    「ほう」
     エルスは地図を机に広げ、トントンと数ヶ所を指す。
    「出現場所が央南西部にだけ、だったんだよ。それに目撃場所も偏っていたし、報告も何て言うか、熊や猪が暴れている程度の被害しか聞かなかったからさ、他の将に退治してきてもらったんだよ。
     で、セイナたちの報告を最後に、これまでの証言に上がっていた怪物は、ほぼ全滅しちゃったってわけ」
    「ほう」
    「で、報告されたうちの数件、教団員の姿を見たって言う情報もあった。捕まえて話を聞いてみたら、『ワルラス卿から指示を受けて放った』ってさ。
     やっぱり、今回の化物騒動は教団の仕業だったみたいだねー」
    「なるほど……」
    「後1件、飛竜についてはまだ駆逐できていないけど、目撃証言も無くなっちゃったし、これは放っておいていいと思う。
     これで今回の騒動は、一段落だね」
     晴奈は首をコキコキと鳴らし、ため息をつく。
    「そうか。……ふー、何だか気疲れしてしまった」
    「ふーん。じゃあさ、セイナ」
     エルスは何枚かの書類に目を通し、提案した。
    「ちょっと、休暇取る?」
    「うん?」
    「いやさ、もう戦いも佳境に入ったし、ちょっと休むのもいいかなって。多分、相手はもう手も足も出ない状況になっていると思うし」
    「何故、そんなことが言える?」
    「今回の討伐で倒した化物は全部で17匹。そのすべてが、かなりの量を食い散らかしていた。と言うことは、ワルラス卿が飼いならしている時もずっと、その量を食べていたわけだよね。で、皆から聞いた被害を食費に換算してみたら、1年で大体3000万玄になる。
     僕が3年前黒鳥宮に忍び込んだ時には既に飼いならしてあるようだったから、5~6年くらいは化物を囲っていただろうし、その間の金額は億に届く」
    「……つまり?」
    「それだけの維持費をかけてわざわざ取っておいた『兵器』を、開戦から3年も経って今さら使うってことは、相手もこれが最終手段だと思っていたんじゃないかな。
     でも結果は散々。野に放っても、やることと言えば喰う、それだけ。まともな成果も挙げられずに、あっさりやられちゃったからね。きっとワルラス卿も、大慌てだと思うよ」



    「どう言うことか、説明してもらわねばならんな」
    「……」
     ウィリアムをはじめ、教団の高僧たちが並ぶ評議会の面前に立ったワルラスは、表面上平然と振舞っていた。
    「お前は確か、『この私に任せていただければ、必ずや戦況を覆してご覧に入れましょう』とうそぶいていたな? だが、この状況はどうだ? 1年以上経った今、何も変わっていないでは無いか」
    「……」
     ワルラスは兄の追及に応じることなく、じっと押し黙っている。
    「それどころか同志の報告によれば、お前が放ったと言う怪物はすべて、連合軍に始末されたと言う。さらにその際、同志が数名向こうの手に落ちた。おそらく怪物を放ったと言うことも、相手側に知れ渡っているだろう」
    「……」
    「これにより教団の評判は、地に落ちることとなろう。
     これがどう言うことか分かるか、ワルラス? もはや央南西部における教区拡大は、絶望的になったと言うことだ。巷では既に、『黒炎教団は不気味な怪物を飼い、人々を襲わせている』と言ううわさが流れている。
     分かるか!? 崇高なるこの黒炎教団は今や、気味の悪い奇怪な集団だと思われているのだぞ! 畏敬の念を持たれるどころか、侮蔑、忌避の対象にされるのだ!」
     顔を真っ赤にして怒鳴りつけるウィリアムに、ワルラスはようやく口を開いた。
    「落ち着いてください、兄上。まだすべてが終わったわけでは……」「落ち着いていられるか!」
     ウィリアムは机をバン、と叩いて立ち上がる。
    「この状況が見えんのか!? もう大勢は決し、教団の敗北が濃厚だと言うのに、お前はまだ手があると言うのか!?」
    「……」
    「無いのだろう!? あればとっくに使っているはずだからな!」
    「……」
     ワルラスはまた、無言になる。
    「ともかく! これ以上お前の楽観的判断に任せていては教団の破滅だ!
     本日をもって、央南方面布教活動統括委員長の任を解く! お前は以後、一切央南布教に関わるな!」
    「それは……、無いでしょう、兄上」
     ここで始めて、ワルラスの顔に動揺の色が浮かぶ。
    「この15年間、私は必死に、教団のためを思って働いてきたのですよ!? それをこんな、一度や二度の失敗で、解任ですか! 何と思慮の無い……」「その言葉はそっくり返させてもらいますわ、叔父上」「……!?」
     ウィリアムの右隣に座っていた、眼鏡をかけた「狼」の女性が、静かにワルラスを制した。
    「ウェンディ、今何と言いました?」
    「思慮が無いのは叔父上、あなたです。あなたが立てられた作戦行動はすべて武力や兵器、人員に頼りきった、威圧的で大雑把な物量作戦。そして結果は、どれも失敗に終わっている。これは相当の戦下手であると評価せざるを得ません。
     あなたには政治的根回しはできても、戦争を御する力は無かったのです。そんなあなたに任せた結果は、先ほど父上が仰った通り。我々は莫大な被害を被って、敗北したのです」
    「まだ、負けたと決まったわけでは……!」
    「それ以上、お話いただかなくて結構ですわ。今後の央南方面布教活動は、わたしが指揮を取ることになっています。あなたはもう、必要ありません」
     ウェンディが一通り話し終えたところで、ウィリアムが締めくくる。
    「そう言うことだ。お前はもう下がれ、ワルラス。後は我々だけで話をまとめる」
    「な……!」
     ワルラスは食い下がろうとしたが、周りの僧兵が一斉に武器を構え、ワルラスをにらみつけて牽制する。
    「……くっ」
     ワルラスは拳を握りしめ、評議会の前から消えた。

    「ふざけるな……! 何も分かっていないくせに!」
     自室に戻ったワルラスは、机や本棚に当り散らしていた。
    「この私が心血を注いで注いで、綿密に計画していたと言うのに! 変な邪魔さえ入らず、人材さえまともならば、とっくの昔に央南全域は制圧できていたのだ! 何故それが分からんのだ!? 私の能力は信用におけるはずだ! それを『思慮が無い』、『戦下手』だと!? 分かっていない、分かっていないのだ、あの小娘も! あの愚兄も!」
     怒りのあまりに机を壊し、そして急に静かになる。
    「……フ、フフフ。こうなればもう、妙な義理を立てる必要も無い。実力で権力、教主と言う地位を奪取してやる。
     そしてこの私の、心血を注いだ計画を破綻させたあのクズも、ついでに殺してやる……! フ、フフフ、ククククク……!」
     ワルラスは壊れた机を蹴飛ばし、半ば狂気じみた笑いを浮かべた。



     休暇をもらった晴奈は明奈と共に黄海に戻り、遊びに出かけていた。
     いつもはりりしい戦士も、可愛い妹と二人きりだと、まとう空気は随分違う。
    「春ものどかで過ごしやすかったが、やはり黄海は夏がいいな。暑いのには難儀するが、活気があって楽しいよ」
    「そうですね、ふふ……」
     二人とも浴衣姿で街を散策する。普段とはまるで違うのんきな様子で、晴奈は店を眺めていた。
    「あら、可愛い猫さんたち」
     店の前に白と黒の子猫が2匹、寄り添うように眠っていた。明奈は猫の前にしゃがみ、子猫のあごを優しく撫でる。
    「このお店の子たちかしら?」
     明奈に触られたのが気持ちよかったのか、白い子猫は小さくゴロゴロとのどを鳴らす。つられて黒猫も、ゴロゴロ言い始めた。
    「仲がいいな、ふふ」
     晴奈も明奈の隣にしゃがみ、猫たちを眺めていた。

     と、その横に――。
    「『猫』が猫を撫でる図、か。まあ、のどかと言うべきか」
    「ん?」
    「黄晴奈、だな? 話ができるか?」
     声をかけてきた男の顔は逆光で見えない。それに、目の前にいるというのに、気を抜くとどこにいるのかさえ把握できなくなるほど、存在感が希薄だ。
     だが、この男のまとう「本当の」空気を、晴奈はとても良く覚えていた。しかしあえて騒ぐこともせず、淡々と受け答えを続ける。
    「悪いが休暇中だ。明けてからではどうだ?」
    「明け次第また忙しい身だろう? ましてや俺がお前たちの本拠に入り込めば、騒ぎになる。話など望むべくも無い」
    「それもそうか。場所を変えるとしよう。妹も連れて行っていいか?」
    「構わん」
    「……え?」
     横にいた明奈はこの間ずっと、姉が独り言を言っているのだと思っていた。だが、よくよく見てみれば誰かがいる。男の纏う、煤か煙のような気配は、すぐ近くにいても気付かないほどに薄い。
     そしてようやく、明奈は相手の正体に気付いた。
    「……こ、黒炎様!?」
     男は細い目を、明奈をたしなめるように、さらに細めてきた。
    「騒ぐな。騒々しいのは好かん」
     男は克大火、その人だった。

    蒼天剣・魍魎録 終
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