黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第3部

    蒼天剣・狷狼録 2

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    晴奈の話、第147話。
    黒鳥宮内拉致事件。

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    2.
     晴奈たちが昼食を食べていた間、大火はずっと座っていたのだが、いつの間にか茶や箸休めをどこからか取り出して勧めてくる。
     その「手品」に始終、目を丸くしていた晴奈たちを見て、大火はずっと鳥のように笑っていた。
    「それで、話とは一体何だ?」
     料理を十分堪能し、よく冷えた茶まで振舞われたところで、晴奈はようやく大火に尋ねた。
     一方の大火も茶を飲みながら、話を切り出す。
    「ウィルソン一族のことで、少しな」
    「ウィルソン?」
     晴奈は声を高くして聞き返す。
    「ああ、お前の仇敵が属する一家についての話だ。どうする? 聞くか? それとも帰るか?」
    「聞くさ」
    「では続ける。ウィルソン家は今、存亡の危機にある。現在の当主ウィリアムと、その息子ウィルバーはそれに巻き込まれ、死ぬ可能性が高い」
    「何だと?」
     大火の思いもよらない言葉に、晴奈は驚いた。
    「ワルラスのことは聞いているだろう?」
    「ああ、聞いている。央南支配を目論む男だとか」
    「いや、奴の野望はそれに留まらん。黒炎教団全体の奪取だ」
     横で聞いていた明奈が、きょとんとしている。
    「え? ウィルソン家が教団の宗主でしょう? 奪取と言うのは……?」
    「現在の教主はウィリアム。その弟が、ワルラスだ。教団は言わばウィリアムのものであって、ワルラスのものではない」
    「はあ……」
    「長年の確執の末、ワルラスは兄、ウィルソンを殺してその座に収まろうとしている。だが、単純にこんな愚行を取れば、周囲はどう思う?」
     晴奈は少し考えて答える。
    「まあ、ワルラスを非難するだろうな」
    「そうだ。そうなればとても、教主の利権をむさぼるどころではない。恐らく死ぬまで、あるいは殺されるまで、無闇に争い続けなければならんだろう。
     では、どうすれば自分が非難されず、自然に教主の座に就くことができる?」
     今度は明奈が答える。
    「だれか襲っても違和感の無い方……、例えばウィルソン家の方を誰か身代わりにして、ウィリアム猊下を?」
    「そうだ。では次の問題だ。誰が、身代わりにしやすい?」
    「……ウィルバーか」
    「その通りだ。教主の息子で、短気で、自分勝手な愚物。教主が殺されれば、真っ先に疑われる人物になりえる。
     ワルラスが謀れば、恐らく簡単に事は運ぶだろう」
    「なるほど」



     一方、その頃。
     ウィルバーは黒鳥宮の回廊を歩いていた。もうすっかり、叔父に暴行を受けた傷は癒えている。
    「……」
     だが、その心中は複雑だった。
     つい先日、上司のワルラスが央南教化の責任者と言う地位から更迭されたことを聞かされ、部下である自分の身の振りも、宙に浮いた状態になっている。
     この先、自分は僧兵長と言う身分が保てるのかさえ、危なげな状況だった。
    「……お」
     その不安から逃れようと、ウィルバーはつい「遊び」に走ろうとする。廊下ですれ違った美人の尼僧を見て、声をかけてみた。
    「なあ、そこの……」
    「はい?」
     が、いざ口説こうと言うところで、そんな気持ちが萎えてしまう。
    「……いや、何でもない。行っていい」
    「はあ」
     尼僧は妙な顔をして、そのまま立ち去った。
    (何か俺、最近ヘンだよな)
     酒を飲んでも酔えない。博打も燃えない。女にも興味が沸かない。
     それらのことが妙に、つまらなく思えてしまったのだ。
    (……だりい。部屋に戻るかな)
     ウィルバーは踵を返し、自分の部屋に戻ろうとした。
     が――。
    「……ん?」
     突然、ウィルバーの周囲に僧兵たちが現れる。
    「どうした、お前ら」
    「……御免!」
     後ろにいた僧兵がウィルバーの両腕を羽交い絞めにする。
    「な、何すんだ!?」
     ウィルバーの問いには答えず、正面にいた僧兵が布を口に押し当ててきた。
    「う、ぐっ……、な……、に……」
     布には何らかの薬品が染み込んでいたらしい。ウィルバーは一瞬で意識を失った。

     ウィルバーは無限のだるさを感じていた。
     頭の中が妙に重く、手足に力が入らない。囲んでいた僧兵たちが自分に袋を被せ、どこかへ担いでいく。
    (てめえら……)
     しゃべろうとしたが、口がうまく回らない。袋に入れられているので、どこにいるのかも分からない。
    (何だよ、これ……)
     数分ほどして、いきなり地面に叩きつけられる。
    (いってぇ! クソ、オレはジャガイモか何かか)
     急に視界が開ける。目の前には、更迭されたワルラスが立っていた。
    (叔父貴……?)
    「さて、ウィル」
     ワルラスはしゃがみこみ、また薬を嗅がせてきた。
    「が、ぎっ」
     今度の薬は強烈に、脳を焼いた。一瞬で頭の中が煮え立ち、思考が蒸発する。
    「これから私の言うことを、しっかり聞くんだよ」
     ワルラスの言葉が、粘液のようにウィルバーの脳裏にへばりつく。耳に入った言葉が、そのまま口へと流れていく。
    「……しっかり、きく。ききます」
    「よし。お願いがあるんだが、聞いてくれるかい?」
    「おねがい、はい、ききます」
     ウィルバーの頭脳と精神は軸を失い、ぐねぐねと揺れている。
    「正直に言うとね、ウィリアムが嫌いなんだ。愚鈍で、小心者で、なのにいつも偉ぶっているあいつが」
    「きらいなんですか」
    「うん、大嫌いだ。だから、殺してほしいんだ」
    「ころす……?」
     ぼんやりしていたウィルバーも、この単語には流石に反応を見せた。
    「おっと、今じゃなくていいんだ。私から合図があった時に、だよ」
    「あいずですか」
    「私が『兄上、あの星をご覧ください』って言った時に、ポンとウィリアムの背中を押す。それだけだ。ポンと、強く押すだけ。簡単だろう?」
    「はい、おすだけですね」
     ウィルバーの思考は一向にまとまらない。もう殺すと言う物騒な単語も、ウィルバーの記憶から抜けてしまっている。ただ押すだけだと、繰り返し考えている。
    「そう、それだけお願いしたいんだ。いいかな?」
    「はい、いいです」
    「そうか。ありがとう。じゃ、もし兄上に会ったら、展望台に連れてきてくれるかな?」
    「てんぼうだいですね。わかりました」
    「頼んだよ。それじゃおやすみ、ウィル」
     ウィルバーはもう一度、薬を嗅がされた。



     何時間か後、ウィルバーは自室で目を覚ました。
    「あれ……?」
     記憶を探っても、なぜ自分がここで寝ていたのか分からない。
    「……夢、か? クソ、気味悪いな。……顔洗うか」
     吐き気がするほど痛む頭をどうにかしようと、ウィルバーは洗面台に向かった。

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    2010.06.03 加筆修正
    2016.04.08 修正
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