「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第6部
白猫夢・眠猫抄 1
麒麟を巡る話、第306話。
キューピッド葵。
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1.
双月暦562年、4月末。
上半期ゼミの開講期間も残り1ヶ月余りとなり、今期卒業を目指すゼミ生のほとんどは、卒業レポートを完成させるため、自室と図書館と天狐、もしくは鈴林の部屋とを延々巡るようになっていた。
「うー……」
マロの隣室にいる先輩も、悩んでいる様子で部屋から出てくる。
「大丈夫です……?」
丁度部屋に入ろうとしていたマロに声をかけられたが、先輩は「おう……、うん」と生返事を返して、そのまま立ち去った。
「……めっちゃしんどそうやな」
そしてそれは、秀才ルシオにとっても同様だったらしい。
「お願いがあるんだ、アオイさん」
「あたしに?」
今は既に対立関係には無いとは言え、一時期確執めいた関係のあった葵に、彼の方から接触してきた。
「あ、いや、君じゃなくて……、ほら、コンノさんっていたよね?」
「いるよ」
「彼女も確か、農学系への魔術応用を研究してたよね」
「してるよ。つまり、あなたの卒論に手を貸してほしい、ってこと?」
「そうなんだ。残念ながらこの分野って、あんまり研究してる人がいなくってね。このゼミでも僕とコンノさんと、後はうちの方に一人くらいで。
だけど残る一人、その彼も卒論で忙しいみたいで、ここ数日、姿を見てないんだ。で、その、……えーと、忙しくなさそうな、……あ、いや、手の空いてそうな人がいたらと思って、それで彼女に手を貸してもらいたくて」
ほんの一瞬ではあるが、言いよどんだ彼に対し、葵はこう返事した。
「呼んでくるね。このまま卒業したら心残りでしょ」
「え? ああ、うん、助かるよ」
「ちょっと待ってて」
数分後、葵は春を伴って戻って来た。
「話はしといたよ」
「こ、こんにちは」
春はほんのり顔を赤らめながら、席に着く。
それを見たルシオは、慌てて葵に弁解しようとした。
「き、君! 彼女に何を言った……」「卒論まとめる手伝いしてあげて、って言った。それだけだよ」
葵はそう返し、席には着かずにその場から離れた。
「じゃ、頑張ってね。完成したら、あたしにも見せて」
「は、はい」
「ちょっ……」
葵はそのままどこかに行ってしまい、ルシオは硬直する。
と、春がもじもじしているのに気付き、ルシオはコホン、と咳払いして、体裁を繕った。
「その、……まあ、突然呼び出してしまって、悪かった。本当にその、手伝ってほしいだけなんだ」
「え?」
と、春は顔を赤くしたまま、首をかしげた。
「本当に、と言うと?」
「え?」
「アオイさんも仰っていた通り、わたし、卒論のお手伝いとしか、聞いていないんですけど……? 他に何か?」
「……っ、そ、そうだったの? いや、……あはは、あの、君、顔を赤らめてたから、何か変なこととか、その、聞かされたんじゃないかって、えっと、勘違いを……」
慌てているルシオに対し、春は呼吸を整え、こう返した。
「急いで来たので、顔が赤いのはきっと、それが原因だと思います。
あの、お手伝いのことですが、わたしも自分の研究に役立てたいので、是非お手伝いさせて下さい」
「あ、うん。よろしく、コンノさん」
葵は一人、廊下を歩いていた。
「……」
いつものように静かに、しかしどこか眠たそうにしながら、とん、とん……、と小さく、硬い足音を立てて、廊下を進む。
「……」
と――その足音が止む。突然、彼女は膝を着き、顔に手をかざす。
「……待って。まだ……、ベッドじゃ、……ない」
小声でぼそ、とそう唱え、よろよろと立ち上がり、ふたたび何事も無かったかのように歩もうとする。
「相当、眠たそうにしているな」
誰かが彼女に声をかける。
「……誰」
「分かっている答えを聞くのは愚図か、あるいは愚鈍のいずれかだ。
お前はそのどちらでもないはずだが、な」
葵が振り向くと、そこには衣服や靴、手袋はおろか、髪や肌まで真っ黒な男が立っていた。
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キューピッド葵。
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双月暦562年、4月末。
上半期ゼミの開講期間も残り1ヶ月余りとなり、今期卒業を目指すゼミ生のほとんどは、卒業レポートを完成させるため、自室と図書館と天狐、もしくは鈴林の部屋とを延々巡るようになっていた。
「うー……」
マロの隣室にいる先輩も、悩んでいる様子で部屋から出てくる。
「大丈夫です……?」
丁度部屋に入ろうとしていたマロに声をかけられたが、先輩は「おう……、うん」と生返事を返して、そのまま立ち去った。
「……めっちゃしんどそうやな」
そしてそれは、秀才ルシオにとっても同様だったらしい。
「お願いがあるんだ、アオイさん」
「あたしに?」
今は既に対立関係には無いとは言え、一時期確執めいた関係のあった葵に、彼の方から接触してきた。
「あ、いや、君じゃなくて……、ほら、コンノさんっていたよね?」
「いるよ」
「彼女も確か、農学系への魔術応用を研究してたよね」
「してるよ。つまり、あなたの卒論に手を貸してほしい、ってこと?」
「そうなんだ。残念ながらこの分野って、あんまり研究してる人がいなくってね。このゼミでも僕とコンノさんと、後はうちの方に一人くらいで。
だけど残る一人、その彼も卒論で忙しいみたいで、ここ数日、姿を見てないんだ。で、その、……えーと、忙しくなさそうな、……あ、いや、手の空いてそうな人がいたらと思って、それで彼女に手を貸してもらいたくて」
ほんの一瞬ではあるが、言いよどんだ彼に対し、葵はこう返事した。
「呼んでくるね。このまま卒業したら心残りでしょ」
「え? ああ、うん、助かるよ」
「ちょっと待ってて」
数分後、葵は春を伴って戻って来た。
「話はしといたよ」
「こ、こんにちは」
春はほんのり顔を赤らめながら、席に着く。
それを見たルシオは、慌てて葵に弁解しようとした。
「き、君! 彼女に何を言った……」「卒論まとめる手伝いしてあげて、って言った。それだけだよ」
葵はそう返し、席には着かずにその場から離れた。
「じゃ、頑張ってね。完成したら、あたしにも見せて」
「は、はい」
「ちょっ……」
葵はそのままどこかに行ってしまい、ルシオは硬直する。
と、春がもじもじしているのに気付き、ルシオはコホン、と咳払いして、体裁を繕った。
「その、……まあ、突然呼び出してしまって、悪かった。本当にその、手伝ってほしいだけなんだ」
「え?」
と、春は顔を赤くしたまま、首をかしげた。
「本当に、と言うと?」
「え?」
「アオイさんも仰っていた通り、わたし、卒論のお手伝いとしか、聞いていないんですけど……? 他に何か?」
「……っ、そ、そうだったの? いや、……あはは、あの、君、顔を赤らめてたから、何か変なこととか、その、聞かされたんじゃないかって、えっと、勘違いを……」
慌てているルシオに対し、春は呼吸を整え、こう返した。
「急いで来たので、顔が赤いのはきっと、それが原因だと思います。
あの、お手伝いのことですが、わたしも自分の研究に役立てたいので、是非お手伝いさせて下さい」
「あ、うん。よろしく、コンノさん」
葵は一人、廊下を歩いていた。
「……」
いつものように静かに、しかしどこか眠たそうにしながら、とん、とん……、と小さく、硬い足音を立てて、廊下を進む。
「……」
と――その足音が止む。突然、彼女は膝を着き、顔に手をかざす。
「……待って。まだ……、ベッドじゃ、……ない」
小声でぼそ、とそう唱え、よろよろと立ち上がり、ふたたび何事も無かったかのように歩もうとする。
「相当、眠たそうにしているな」
誰かが彼女に声をかける。
「……誰」
「分かっている答えを聞くのは愚図か、あるいは愚鈍のいずれかだ。
お前はそのどちらでもないはずだが、な」
葵が振り向くと、そこには衣服や靴、手袋はおろか、髪や肌まで真っ黒な男が立っていた。
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