「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第7部
白猫夢・悩狼抄 3
麒麟を巡る話、第312話。
マークの両親。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
年が明けた双月暦566年、マークは故郷、央北トラス王国へと戻った。
「ただいま戻りました、父上」
「おう、マーク! お前随分、背が高くなったなぁ」
今や2代目国王となったかつての大蔵大臣、ショウ・トラスは、4年ぶりに見る自分の息子を見て、嬉しそうに笑った。
「どうだった、天狐ゼミとやらは?」
「ええ、とても充実した4年間でした。十分な成果を達成できたと自負しています」
「そうか、そうか。……ふむ」
トラス王は一歩、二歩マークへ寄り、神妙な声で尋ねる。
「4年前、お前が宣言した『あれ』は果たせると言うことか?」
「……まだ臨床試験、つまり人を相手に施術したことはありません。しかし父上の許可さえ下りれば、すぐにでもと考えています」
「むう……。流石にぶっつけ本番となると不安ではあるな。もしものことがあっては困る。……そうだな、よし、軍の中から臨床試験に志願してくれる者を募るとするか」
「いえ、父上」
マークは強い口調で願い出る。
「僕の治療術の成功第一例は、母上であってほしいと考えてきました。どうか願いを叶えていただけないでしょうか?」
「ううむ……、しかしなぁ」
「お願いいたします」
マークは深く頭を下げ、なおも頼み込む。
頑ななその姿勢に、トラス王がついに折れた。
「……分かった。母さんがいいと言ったら、私も許可しよう」
「ありがとうございます」
「ただいま戻りました、母上」
「……」
声をかけたが、相手の返事が無い。
マークは母親が眠っているのかと思ったが、上体を起こしているし、起きているのは間違いない。
(……あ、と。そうだった)
そこでようやく、声をかける位置、そして立っている位置が悪かったことに気付き、マークは母親の左側に回り込んだ。
「あら」
彼女の方も、自分の息子が周囲をうろうろしていることに、ようやく気付いたらしい。
「おかえりなさい、マーク」
「あ、ただいま戻りました」
マークは母親――トラス王国の王妃プレタの、まだ健常な左耳に向かって声をかけた。
「お加減はいかがですか? 体調を崩されたと聞きましたが……」
「ええ、大丈夫よ。ただの風邪くらい。
でもお父さんが、『ただの風邪と思って油断してはならん』と言って聞かないから。
退屈ね、部屋でじっとしているのは」
「……母上にとってとても面白いことが起こる、と言ったら?」
マークの言葉に、プレタ王妃はきょとんとした。
「どう言う意味かしら?」
「僕は4年間かけて、失った肉体を再生する治療術を研究しました。この治療術が成功すれば、母上の失われた耳と目、そして顔に残った傷を癒し、元通りにすることができるはずです。
どうか母上、僕の治療を受けていただけませんか?」
これを聞いて、プレタ王妃は残っている左目で優しく微笑む。
「もうとっくに諦めているわ。今さら治したって……」
「お願いです。僕は昔の、母上が健常であった頃の顔を知りません。
どうか僕に、その美しい顔を見せてはいただけないでしょうか」
「あら。今のわたしは、醜いのかしら」
そう問われ、マークは慌てて言い繕う。
「いっ、いえ! そんなことは! ……そんなことはありません。今の母上も大変、お美しゅうございます。でも、それは半分ではないですか。
もしも空に浮かぶあの二つの月が、常にどちらか一つしか姿を見せないと言うのならば、両方を同時に拝してみたいと考えるのは、決して不自然なことではないでしょう?」
「変な例えをするのね。4年以上も家から離れていたのに、あなた何故か、お父さんに似てきたわね」
プレタ王妃は、今度は顔全体をほころばせた。
「いいわ。あなたの努力がどれだけ実ったのか、わたしに見せてちょうだい」
「……ありがとうございます、母上」
マークは母の手を握り、深く頭を下げた。
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マークの両親。
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3.
年が明けた双月暦566年、マークは故郷、央北トラス王国へと戻った。
「ただいま戻りました、父上」
「おう、マーク! お前随分、背が高くなったなぁ」
今や2代目国王となったかつての大蔵大臣、ショウ・トラスは、4年ぶりに見る自分の息子を見て、嬉しそうに笑った。
「どうだった、天狐ゼミとやらは?」
「ええ、とても充実した4年間でした。十分な成果を達成できたと自負しています」
「そうか、そうか。……ふむ」
トラス王は一歩、二歩マークへ寄り、神妙な声で尋ねる。
「4年前、お前が宣言した『あれ』は果たせると言うことか?」
「……まだ臨床試験、つまり人を相手に施術したことはありません。しかし父上の許可さえ下りれば、すぐにでもと考えています」
「むう……。流石にぶっつけ本番となると不安ではあるな。もしものことがあっては困る。……そうだな、よし、軍の中から臨床試験に志願してくれる者を募るとするか」
「いえ、父上」
マークは強い口調で願い出る。
「僕の治療術の成功第一例は、母上であってほしいと考えてきました。どうか願いを叶えていただけないでしょうか?」
「ううむ……、しかしなぁ」
「お願いいたします」
マークは深く頭を下げ、なおも頼み込む。
頑ななその姿勢に、トラス王がついに折れた。
「……分かった。母さんがいいと言ったら、私も許可しよう」
「ありがとうございます」
「ただいま戻りました、母上」
「……」
声をかけたが、相手の返事が無い。
マークは母親が眠っているのかと思ったが、上体を起こしているし、起きているのは間違いない。
(……あ、と。そうだった)
そこでようやく、声をかける位置、そして立っている位置が悪かったことに気付き、マークは母親の左側に回り込んだ。
「あら」
彼女の方も、自分の息子が周囲をうろうろしていることに、ようやく気付いたらしい。
「おかえりなさい、マーク」
「あ、ただいま戻りました」
マークは母親――トラス王国の王妃プレタの、まだ健常な左耳に向かって声をかけた。
「お加減はいかがですか? 体調を崩されたと聞きましたが……」
「ええ、大丈夫よ。ただの風邪くらい。
でもお父さんが、『ただの風邪と思って油断してはならん』と言って聞かないから。
退屈ね、部屋でじっとしているのは」
「……母上にとってとても面白いことが起こる、と言ったら?」
マークの言葉に、プレタ王妃はきょとんとした。
「どう言う意味かしら?」
「僕は4年間かけて、失った肉体を再生する治療術を研究しました。この治療術が成功すれば、母上の失われた耳と目、そして顔に残った傷を癒し、元通りにすることができるはずです。
どうか母上、僕の治療を受けていただけませんか?」
これを聞いて、プレタ王妃は残っている左目で優しく微笑む。
「もうとっくに諦めているわ。今さら治したって……」
「お願いです。僕は昔の、母上が健常であった頃の顔を知りません。
どうか僕に、その美しい顔を見せてはいただけないでしょうか」
「あら。今のわたしは、醜いのかしら」
そう問われ、マークは慌てて言い繕う。
「いっ、いえ! そんなことは! ……そんなことはありません。今の母上も大変、お美しゅうございます。でも、それは半分ではないですか。
もしも空に浮かぶあの二つの月が、常にどちらか一つしか姿を見せないと言うのならば、両方を同時に拝してみたいと考えるのは、決して不自然なことではないでしょう?」
「変な例えをするのね。4年以上も家から離れていたのに、あなた何故か、お父さんに似てきたわね」
プレタ王妃は、今度は顔全体をほころばせた。
「いいわ。あなたの努力がどれだけ実ったのか、わたしに見せてちょうだい」
「……ありがとうございます、母上」
マークは母の手を握り、深く頭を下げた。
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