「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第7部
白猫夢・悩狼抄 5
麒麟を巡る話、第314話。
魔術が魔法に昇華する時。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
帰国から1週間後、マークは母、プレタ王妃の失われた耳と目を再生する魔術治療に執りかかった。
「では、……施術を、開始、します」
マークは強張った声で、自ら招集した魔術治療チームに宣言した。
と――被験者である母が、クスクスと笑いだした。
「し、静かにお願いします」
「ごめんなさい、ふふ……。
でもね、マーク。ちょっと、肩の力を抜きなさい。これからあなたに手術してもらうのに、そんな怖い顔でずっとにらまれていたくは無いもの」
「……し、失礼、しました」
マークは目を閉じて深呼吸し、落ち着きを取り戻そうと試みる。
(母上の仰る通りだ。落ち着け、マーク。
大丈夫、理論上では何の問題も無いんだ。例え失敗しても、後遺症や副作用なんてものはこの治療術には無い。実験でもそんなことにはならなかった。
いや、成功する。させてみせる。絶対にだ! 成功して、母上の喜ぶ顔を――欠けの無いそのご尊顔を、この目でしっかりと見てやろうじゃないか!)
もう一度深呼吸し、マークは落ち着いた声で、再度宣言した。
「お待たせしました。それでは、開始します」
この双月世界における治療術と言うと、一般には「普通には到底治せないケガや病気を、瞬時に完治させてしまえる魔術」と認識されがちであるが、そんな夢のような話を現実にできる者は――「賢者」モールと「悪魔」大火を除き――実際にはいない。
双月暦6世紀の現実においては、それは「通常の医療行為で治療を受けた後に使われる、完治するまでの時間をいくらか短縮できるもの」と言う、平凡に定義されるものでしか無い。
治療術の世界において、夢が現実となることはこの数百年、決して無かった。
マークはその高き壁、不可能と言われてきた険阻に挑んだのだ。
マークが今行っている「それ」は、これまでの治療術の常識を、夢物語へと一歩、確実に近付けるものだった。
失ったものを取り戻せる――それは万人が望み、恋い焦がれ、渇望さえ覚える、究極の夢なのだ。
マークの手により、魔術はまた一歩「魔法」に――即ち人が操れぬ法則・真理の領域に、踏み入ろうとしている。
「……以上で施術を終わります。今回被験者に接合させた組織を定着させるため、最低でも術後4週間は、絶対安静とします。
また、その間にも術後経過は1日ごとに観察および聴取し、レポートとしてまとめ、チーム内で意見交換を行うものとします。
本日は被験者を寝室に移送し、終了とします。皆さん、本日はお疲れ様でした」
マークは一息にそう並べ立てた途端、がくりと膝を着いてしまった。
「殿下!」
「だ、……大丈夫です。気が抜けました」
マークはなお床に崩れたまま、こう命じた。
「すみませんが母上の移送をお願いします。僕はもう少し、ここで休んでいます」
「分かりました」
治療用の椅子から車椅子に移される途中、プレタ王妃はマークに、優しく声をかけた。
「4週間後を楽しみにしているわ、マーク」
「僕もです」
マークはうなだれたまま、そう返した。
やがて部屋の中にはマーク一人だけとなり、マークはごろん、と床に寝転がった。
「……後は……、祈ることしかできないな」
まだ己の施術に不安を残していたマークではあったが、その翌日からプレタ王妃の身には、一つの変化が表れていた。
「不思議ね」
「うん?」
まだ顔に包帯を巻いたままのプレタ王妃が、夫にこうつぶやいた。
「あなたの声が20年ぶりに、しっかりと聞こえている気がするわ」
「ほう……? もう耳が治ったのか?」
「かも知れないわね。まあ、まだ楽観はできないでしょうけれど。マークが」
「違いないな、ははは……」
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魔術が魔法に昇華する時。
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5.
帰国から1週間後、マークは母、プレタ王妃の失われた耳と目を再生する魔術治療に執りかかった。
「では、……施術を、開始、します」
マークは強張った声で、自ら招集した魔術治療チームに宣言した。
と――被験者である母が、クスクスと笑いだした。
「し、静かにお願いします」
「ごめんなさい、ふふ……。
でもね、マーク。ちょっと、肩の力を抜きなさい。これからあなたに手術してもらうのに、そんな怖い顔でずっとにらまれていたくは無いもの」
「……し、失礼、しました」
マークは目を閉じて深呼吸し、落ち着きを取り戻そうと試みる。
(母上の仰る通りだ。落ち着け、マーク。
大丈夫、理論上では何の問題も無いんだ。例え失敗しても、後遺症や副作用なんてものはこの治療術には無い。実験でもそんなことにはならなかった。
いや、成功する。させてみせる。絶対にだ! 成功して、母上の喜ぶ顔を――欠けの無いそのご尊顔を、この目でしっかりと見てやろうじゃないか!)
もう一度深呼吸し、マークは落ち着いた声で、再度宣言した。
「お待たせしました。それでは、開始します」
この双月世界における治療術と言うと、一般には「普通には到底治せないケガや病気を、瞬時に完治させてしまえる魔術」と認識されがちであるが、そんな夢のような話を現実にできる者は――「賢者」モールと「悪魔」大火を除き――実際にはいない。
双月暦6世紀の現実においては、それは「通常の医療行為で治療を受けた後に使われる、完治するまでの時間をいくらか短縮できるもの」と言う、平凡に定義されるものでしか無い。
治療術の世界において、夢が現実となることはこの数百年、決して無かった。
マークはその高き壁、不可能と言われてきた険阻に挑んだのだ。
マークが今行っている「それ」は、これまでの治療術の常識を、夢物語へと一歩、確実に近付けるものだった。
失ったものを取り戻せる――それは万人が望み、恋い焦がれ、渇望さえ覚える、究極の夢なのだ。
マークの手により、魔術はまた一歩「魔法」に――即ち人が操れぬ法則・真理の領域に、踏み入ろうとしている。
「……以上で施術を終わります。今回被験者に接合させた組織を定着させるため、最低でも術後4週間は、絶対安静とします。
また、その間にも術後経過は1日ごとに観察および聴取し、レポートとしてまとめ、チーム内で意見交換を行うものとします。
本日は被験者を寝室に移送し、終了とします。皆さん、本日はお疲れ様でした」
マークは一息にそう並べ立てた途端、がくりと膝を着いてしまった。
「殿下!」
「だ、……大丈夫です。気が抜けました」
マークはなお床に崩れたまま、こう命じた。
「すみませんが母上の移送をお願いします。僕はもう少し、ここで休んでいます」
「分かりました」
治療用の椅子から車椅子に移される途中、プレタ王妃はマークに、優しく声をかけた。
「4週間後を楽しみにしているわ、マーク」
「僕もです」
マークはうなだれたまま、そう返した。
やがて部屋の中にはマーク一人だけとなり、マークはごろん、と床に寝転がった。
「……後は……、祈ることしかできないな」
まだ己の施術に不安を残していたマークではあったが、その翌日からプレタ王妃の身には、一つの変化が表れていた。
「不思議ね」
「うん?」
まだ顔に包帯を巻いたままのプレタ王妃が、夫にこうつぶやいた。
「あなたの声が20年ぶりに、しっかりと聞こえている気がするわ」
「ほう……? もう耳が治ったのか?」
「かも知れないわね。まあ、まだ楽観はできないでしょうけれど。マークが」
「違いないな、ははは……」
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