「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第7部
白猫夢・悩狼抄 6
麒麟を巡る話、第315話。
研究の成果。
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6.
マークの施術から4週間が経ち、ついにプレタ王妃の包帯が解かれる日がやって来た。
「では、……解きます」
「お願いね」
絶対安静にするため、魔術を使ってしっかりと固定していた包帯を、マークは慎重に解いていく。
はじめに現れたのは――突起しているから当然なのだが――右耳だった。
「……っ」
息を呑んだマークの気配が伝わったらしく、プレタ王妃が尋ねる。
「何かおかしくなってるかしら」
「いえ、……えっと、その、……しょ、触診を」
「その言い方は少し気持ち悪いわ、マーク」
「す、すみません。……では、さ、触らせて下さい」
「どうぞ」
触った感触は、施術の際に触媒として用いた藁と樹脂の混合物のそれでは無く、もっと自然な、ふさふさとした、弾力あるものだった。
そして見た目も、猫のものと思える耳の形をしていた。
「どうかしら?」
「……僕の声は、聞こえますか?」
「ええ。よく聞こえるわ」
「……良かった。……成功です」
「そう」
あまり感情を現さず、大抵は薄く笑って返す母が、この時は本当に嬉しそうに微笑むのを見て、マークはこれ以上ないくらいの安堵と、達成感を覚えていた。
「でも」
が――プレタ王妃のその笑顔が、わずかに曇る。
「……今、触ってる?」
「え?」
そう問われたまさに現在、マークは母の右耳をつかんでいる。
「触られてる感じが無いの」
「……そんな?」
マークは思い切って耳をつねってみたが、母は痛がる様子を見せない。
そして力を入れたことではっきりと分かったが――耳の軟骨と思しきものがほとんど無い。大部分がまるで裸耳の耳たぶの如く、妙にぶよぶよと、頼りないのだ。
「……っ」
マークの背中に、ぶわっと冷汗が湧く。
「目も……、確認します」
マークは恐る恐る、右目を覆う包帯を解いた。
20秒後、マークは部屋を飛び出し、手洗いに駆け込み、胃の中のものを残らずぶちまけた。
2分後、戻って来たマークの指示で、プレタ王妃の緊急手術が行われた。
そして4時間後――プレタ王妃の右目があった場所から、半分腐りかけた、クルミ大の腫瘍が摘出された。
マークの初めての施術は、失敗に終わった。
「気分はどうだ、プレタ」
手術から3日後、トラス王が妻を見舞いに来た。
「麻酔でぼんやりしてるわ。でも気分が悪かったりって言うのは無いわね」
「そうか。……ふむ」
トラス王はプレタ王妃の右耳に手をやり、ぎゅっとつかんでみた。
「どうしたの?」
「こうして触る分には本物と思うのだが……」
「あの子の話だと、元通りになったのは皮膚と毛並み、肉だけらしいわ。血管は本来の半分くらい、骨もほとんど無くて、神経に関してはまったく無いって言ってたわ」
「こうして声が聞こえるのにか?」
「中耳・内耳部分に損傷は無かったし、銃撃された時に破れた鼓膜も、もう20年経っているから、とっくに治ってたのよ。だから外耳が形だけでも元に戻れば、聞こえるようにはなる、……って説明されたわ。
目については、外耳と違って神経の塊だから……」
「他の部位のように肉で補うわけには行かなかった、と言うわけか。残念だったな、プレタ」
「いいえ。耳が元に戻っただけでも、わたしは満足よ。目は元通り、髪と眼帯で隠せばいいんだし。
……ところで、マークは?」
「落ち込んでいる。この3日と言うもの、部屋に籠りっ放しだ」
「そう……」
「用事もあるから、後で私が声をかけておくよ」
マークはすべての気力を失い、ベッドに横たわっていた。
(僕の研究は……、母をいたずらに切り刻んだだけだった)
部屋の中は瓦礫の山と化している。怒りと深い失望に任せてありとあらゆるものをひっくり返し、叩き壊し、破り散らしたためだ。
(僕の3年間は一体、何だったんだ……! 結局、母を苦しめただけじゃないか!)
失敗に打ちのめされ、マークは絶望していた。
と――トントン、とドアがノックされる。
「私だ。入って構わんか?」
父の声に、マークは一言「嫌です」と返したが、声が小さ過ぎて、ドアを通らなかったらしい。
「入るぞ」
ドアを開けたトラス王が、「おわっ」と小さく叫んだ。
「ひどい有様だな。爆弾でも破裂したかのようだ。……いや、したようなものか。まあ、この惨状については何も言わん。後で片付けなさい。
それよりもマーク、また白猫党から手紙が来たんだが……」
「読みません」
「そうか。いや、今回は差出人がイビーザ氏では無かったのでな。一応聞いておきたかっただけだ。
チューリン党首とあるが、こっちも知らんだろうな」
「……チューリン?」
マークはのそ、と上半身を起こし、父に尋ねた。
「チューリン……、シエナ・チューリンですか?」
「うん? ……ああ、そうだ。知っているのか?」
「ゼミの同期生です」
マークは瓦礫を踏み越え、父から手紙を受け取った。
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研究の成果。
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マークの施術から4週間が経ち、ついにプレタ王妃の包帯が解かれる日がやって来た。
「では、……解きます」
「お願いね」
絶対安静にするため、魔術を使ってしっかりと固定していた包帯を、マークは慎重に解いていく。
はじめに現れたのは――突起しているから当然なのだが――右耳だった。
「……っ」
息を呑んだマークの気配が伝わったらしく、プレタ王妃が尋ねる。
「何かおかしくなってるかしら」
「いえ、……えっと、その、……しょ、触診を」
「その言い方は少し気持ち悪いわ、マーク」
「す、すみません。……では、さ、触らせて下さい」
「どうぞ」
触った感触は、施術の際に触媒として用いた藁と樹脂の混合物のそれでは無く、もっと自然な、ふさふさとした、弾力あるものだった。
そして見た目も、猫のものと思える耳の形をしていた。
「どうかしら?」
「……僕の声は、聞こえますか?」
「ええ。よく聞こえるわ」
「……良かった。……成功です」
「そう」
あまり感情を現さず、大抵は薄く笑って返す母が、この時は本当に嬉しそうに微笑むのを見て、マークはこれ以上ないくらいの安堵と、達成感を覚えていた。
「でも」
が――プレタ王妃のその笑顔が、わずかに曇る。
「……今、触ってる?」
「え?」
そう問われたまさに現在、マークは母の右耳をつかんでいる。
「触られてる感じが無いの」
「……そんな?」
マークは思い切って耳をつねってみたが、母は痛がる様子を見せない。
そして力を入れたことではっきりと分かったが――耳の軟骨と思しきものがほとんど無い。大部分がまるで裸耳の耳たぶの如く、妙にぶよぶよと、頼りないのだ。
「……っ」
マークの背中に、ぶわっと冷汗が湧く。
「目も……、確認します」
マークは恐る恐る、右目を覆う包帯を解いた。
20秒後、マークは部屋を飛び出し、手洗いに駆け込み、胃の中のものを残らずぶちまけた。
2分後、戻って来たマークの指示で、プレタ王妃の緊急手術が行われた。
そして4時間後――プレタ王妃の右目があった場所から、半分腐りかけた、クルミ大の腫瘍が摘出された。
マークの初めての施術は、失敗に終わった。
「気分はどうだ、プレタ」
手術から3日後、トラス王が妻を見舞いに来た。
「麻酔でぼんやりしてるわ。でも気分が悪かったりって言うのは無いわね」
「そうか。……ふむ」
トラス王はプレタ王妃の右耳に手をやり、ぎゅっとつかんでみた。
「どうしたの?」
「こうして触る分には本物と思うのだが……」
「あの子の話だと、元通りになったのは皮膚と毛並み、肉だけらしいわ。血管は本来の半分くらい、骨もほとんど無くて、神経に関してはまったく無いって言ってたわ」
「こうして声が聞こえるのにか?」
「中耳・内耳部分に損傷は無かったし、銃撃された時に破れた鼓膜も、もう20年経っているから、とっくに治ってたのよ。だから外耳が形だけでも元に戻れば、聞こえるようにはなる、……って説明されたわ。
目については、外耳と違って神経の塊だから……」
「他の部位のように肉で補うわけには行かなかった、と言うわけか。残念だったな、プレタ」
「いいえ。耳が元に戻っただけでも、わたしは満足よ。目は元通り、髪と眼帯で隠せばいいんだし。
……ところで、マークは?」
「落ち込んでいる。この3日と言うもの、部屋に籠りっ放しだ」
「そう……」
「用事もあるから、後で私が声をかけておくよ」
マークはすべての気力を失い、ベッドに横たわっていた。
(僕の研究は……、母をいたずらに切り刻んだだけだった)
部屋の中は瓦礫の山と化している。怒りと深い失望に任せてありとあらゆるものをひっくり返し、叩き壊し、破り散らしたためだ。
(僕の3年間は一体、何だったんだ……! 結局、母を苦しめただけじゃないか!)
失敗に打ちのめされ、マークは絶望していた。
と――トントン、とドアがノックされる。
「私だ。入って構わんか?」
父の声に、マークは一言「嫌です」と返したが、声が小さ過ぎて、ドアを通らなかったらしい。
「入るぞ」
ドアを開けたトラス王が、「おわっ」と小さく叫んだ。
「ひどい有様だな。爆弾でも破裂したかのようだ。……いや、したようなものか。まあ、この惨状については何も言わん。後で片付けなさい。
それよりもマーク、また白猫党から手紙が来たんだが……」
「読みません」
「そうか。いや、今回は差出人がイビーザ氏では無かったのでな。一応聞いておきたかっただけだ。
チューリン党首とあるが、こっちも知らんだろうな」
「……チューリン?」
マークはのそ、と上半身を起こし、父に尋ねた。
「チューリン……、シエナ・チューリンですか?」
「うん? ……ああ、そうだ。知っているのか?」
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