「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第7部
白猫夢・堕天抄 1
麒麟を巡る話、第317話。
明暗が分かれた、その後。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
(き、来ちゃった。……本当に)
マークがこの、クラム経済圏の中心地であるヘブン王国を訪れたのは、今回が初めてである。
元々、央北ではクラム通貨を軸とする「天政会」勢と、コノン通貨を軸とする「新央北」勢が長い間争っており、20年前に停戦を迎えて以降も、交流はほとんど絶えていた。
そのため、「新央北」の宗主国王子であるマークは、内心おどおどとしながら往来を歩いている。
(一応、王国の紋章とか、そう言うのを付けてないコートで来たけど……、不安だなぁ)
とは言え、実際に交戦していたのは一世代前の話である。現世代は別の問題――国家規模の賠償金を背負わされたことによる大不況に苦しんでいるため、かつての戦争相手のことなど構っていられない。
事実、大通りに並ぶ店は、どこを見ても活気が無い。店のメニューや張り紙には、何度も値を書き換えた跡が付けられている。
ヘブン王国の近年最大の失策によって発生した、深刻なインフレの影響である。
20年前、泥沼化した戦争の果てに、「天政会」と「新央北」は調停者を立て、停戦交渉を行った。
ところがその交渉を、調停者である金火狐財団と黄商会が牛耳り、なんと600億エルと言う途方もない額の賠償金を両者に背負わせたのである。
その莫大な賠償金を、「新央北」側はとある機転を用い、かなり早期に、その大部分を消化していた。
賠償金を命じた大元、黄商会を窓口として央南と貿易為替協定を結び、事実上外貨を用意すること無く――コノンをわざわざエル通貨に換えると言う手段を用いること無く――600億エルを返済したのである。
この方法による、「新央北」にとっての最大の利点は、「自国通貨であるコノンを自ら大量にバラ撒いて、その信用を落とす危険」が少なかったことである。
もしこれが、コノンをエルに換えての返済と言う手段を採っていた場合、「新央北」はコノンを市場へ大量にバラ撒き、一方でエルを大量に集める必要が生じる。そうなると市場全体にエル高、コノン安と言う流れが生じ、コノンの価値は大幅に下落する。
協定を結ぶのには相当の労力と手間、コストと各種手数料を必要としたが――まだ新興通貨であったコノンを自ら貶めることを嫌ったトラス王の英断は、結果的に功を奏したと言える。
一方、600億エルを背負うことを嫌った「天政会」は、別の方法を採った。
元々から、クラム通貨の管理者は「天政会」では無く、その傘下のヘブン王国である。そこを逆手に取り、「通貨管理国に金融・貨幣調整の全裁量を返還する」などと言い訳し、ヘブン王国にこの賠償金の支払いを丸投げしたのである。
この莫大な賠償金を返済するため、拙い経済・金融手腕しか持たないヘブン王国は、自国で大量にクラムを発行し、それを市場でエル通貨に換えての返済と言う、「新央北」が回避した手法を執ってしまった。
この悪手により、クラムの信用が重篤なほどに損なわれ、インフレが高速で進行。近年立て続けに失策を繰り返していたヘブン王国は、いよいよ窮地に陥った。
このインフレにより、かつては肩を並べていたはずのコノンとは、既に100倍近い差が付いている。
ヘブン王国に入る前にコノンから両替したクラム通貨は、マークの財布から溢れそうになっていた。
(大体1500万クラムって言われたけど……、元が1万エルだったから、実はそんなに価値があるわけじゃないんだよな……?)
重たすぎる財布を多少軽くしようと、マークは適当な店に入ろうと、再度辺りを見回した。
と――その中の一軒に、いかにも金を持っていそうな、身なりのいい男たちがたむろしている。
「いや、しかしこの国は財布が重たくなって困るね」
「全くだ。しかもこの貨幣ときたら、一応金や銀でメッキはしてあるが、実質、鉛だろう?」
「らしいな。このままうっかり池にでも落ちたりしようものなら、浮かんでこれまいよ」
「いやぁ、景気が悪いもんでね……」
しょんぼりした顔をしている店主に、そのスーツ姿の者たちは一様にため息をつく。
「全く、仰る通り。つくづく、この国の王や大臣、役人の無能っぷりが目に見えるようだ」
「いや、諸悪の根源はこの国の人間よりむしろ、『天政会』ではないかな」
「確かに。しかもその原因を作った『天政会』の奴らは、まだのうのうと政治中枢に収まっていると言うじゃないか」
「なんと厚顔無恥な連中だ!」
「いよいよもって、例の選挙を勝利せねばと言う気持ちが募ると言うものだ」
側で話を聞いていたマークは、彼らの素性を察した。
(もしかしてこの人たちが、白猫党……、かな?)
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明暗が分かれた、その後。
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(き、来ちゃった。……本当に)
マークがこの、クラム経済圏の中心地であるヘブン王国を訪れたのは、今回が初めてである。
元々、央北ではクラム通貨を軸とする「天政会」勢と、コノン通貨を軸とする「新央北」勢が長い間争っており、20年前に停戦を迎えて以降も、交流はほとんど絶えていた。
そのため、「新央北」の宗主国王子であるマークは、内心おどおどとしながら往来を歩いている。
(一応、王国の紋章とか、そう言うのを付けてないコートで来たけど……、不安だなぁ)
とは言え、実際に交戦していたのは一世代前の話である。現世代は別の問題――国家規模の賠償金を背負わされたことによる大不況に苦しんでいるため、かつての戦争相手のことなど構っていられない。
事実、大通りに並ぶ店は、どこを見ても活気が無い。店のメニューや張り紙には、何度も値を書き換えた跡が付けられている。
ヘブン王国の近年最大の失策によって発生した、深刻なインフレの影響である。
20年前、泥沼化した戦争の果てに、「天政会」と「新央北」は調停者を立て、停戦交渉を行った。
ところがその交渉を、調停者である金火狐財団と黄商会が牛耳り、なんと600億エルと言う途方もない額の賠償金を両者に背負わせたのである。
その莫大な賠償金を、「新央北」側はとある機転を用い、かなり早期に、その大部分を消化していた。
賠償金を命じた大元、黄商会を窓口として央南と貿易為替協定を結び、事実上外貨を用意すること無く――コノンをわざわざエル通貨に換えると言う手段を用いること無く――600億エルを返済したのである。
この方法による、「新央北」にとっての最大の利点は、「自国通貨であるコノンを自ら大量にバラ撒いて、その信用を落とす危険」が少なかったことである。
もしこれが、コノンをエルに換えての返済と言う手段を採っていた場合、「新央北」はコノンを市場へ大量にバラ撒き、一方でエルを大量に集める必要が生じる。そうなると市場全体にエル高、コノン安と言う流れが生じ、コノンの価値は大幅に下落する。
協定を結ぶのには相当の労力と手間、コストと各種手数料を必要としたが――まだ新興通貨であったコノンを自ら貶めることを嫌ったトラス王の英断は、結果的に功を奏したと言える。
一方、600億エルを背負うことを嫌った「天政会」は、別の方法を採った。
元々から、クラム通貨の管理者は「天政会」では無く、その傘下のヘブン王国である。そこを逆手に取り、「通貨管理国に金融・貨幣調整の全裁量を返還する」などと言い訳し、ヘブン王国にこの賠償金の支払いを丸投げしたのである。
この莫大な賠償金を返済するため、拙い経済・金融手腕しか持たないヘブン王国は、自国で大量にクラムを発行し、それを市場でエル通貨に換えての返済と言う、「新央北」が回避した手法を執ってしまった。
この悪手により、クラムの信用が重篤なほどに損なわれ、インフレが高速で進行。近年立て続けに失策を繰り返していたヘブン王国は、いよいよ窮地に陥った。
このインフレにより、かつては肩を並べていたはずのコノンとは、既に100倍近い差が付いている。
ヘブン王国に入る前にコノンから両替したクラム通貨は、マークの財布から溢れそうになっていた。
(大体1500万クラムって言われたけど……、元が1万エルだったから、実はそんなに価値があるわけじゃないんだよな……?)
重たすぎる財布を多少軽くしようと、マークは適当な店に入ろうと、再度辺りを見回した。
と――その中の一軒に、いかにも金を持っていそうな、身なりのいい男たちがたむろしている。
「いや、しかしこの国は財布が重たくなって困るね」
「全くだ。しかもこの貨幣ときたら、一応金や銀でメッキはしてあるが、実質、鉛だろう?」
「らしいな。このままうっかり池にでも落ちたりしようものなら、浮かんでこれまいよ」
「いやぁ、景気が悪いもんでね……」
しょんぼりした顔をしている店主に、そのスーツ姿の者たちは一様にため息をつく。
「全く、仰る通り。つくづく、この国の王や大臣、役人の無能っぷりが目に見えるようだ」
「いや、諸悪の根源はこの国の人間よりむしろ、『天政会』ではないかな」
「確かに。しかもその原因を作った『天政会』の奴らは、まだのうのうと政治中枢に収まっていると言うじゃないか」
「なんと厚顔無恥な連中だ!」
「いよいよもって、例の選挙を勝利せねばと言う気持ちが募ると言うものだ」
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