「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第7部
白猫夢・堕天抄 6
麒麟を巡る話、第322話。
堕天の夜。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
6.
「ひゃっ!?」
ソファの裏側から聞こえてきたその声に、マークは飛び上がりそうになった。
「……あ、え?」
「マークくんの予想、違うよ」
眠たげなその声は、確かにマークが昔、天狐ゼミで聞いたことのある、あの少女のものだった。
「ち、違うって?」
しかしマークには、彼女が突然現れたことよりも、口に出していなかった自分の考えを否定されたことの方が、気になった。
「マークくん」
しかし、声はマークの問いに応じない。
「今夜からしばらく、このホテルから出ないでね。ううん、ロビーにもいない方がいい。部屋に戻ってて」
「え?」
「今日の夜は長くなるよ。そして、とっても危険になる。うっかり外に出たらきっと」
そして眠たげなその声は、恐ろしいことを告げた。
「殺されるよ」
「なっ……」
「それが嫌なら、絶対に外に出ないで。窓も開けちゃダメだよ」
「ちょ、ちょっと、……っ」
マークは新聞を放り投げ、慌ててソファの背後に目をやる。
しかし既に、そこには誰もいなかった。
議会の閉会後、屋敷に戻った王国の要人たちは、いずれも明日から訪れるであろう多忙の日々を思い、嬉しそうに笑いながら晩餐の席に着いていた。
と、そのうちの一人の家で――使用人が顔を真っ蒼にし、主の元にやって来る。
「だ、旦那様……」
「うん?」
「そ、その、お客様、……がお見えです」
「どうした? そんなに震えて……」
「……」
使用人の様子に首をかしげている間に、廊下の奥からバタバタと、人が大勢詰めかけてくる音が響いて来た。
「な、なんだ?」
「夜分遅くに失礼いたします、子爵閣下」
現れたのは、白猫党の党章を付けたスーツ姿の男と、武装した党員十数名だった。
「な、なんだね君たちは!?」
「本日の会議、お疲れ様でした。我々の提言した法案に対して賛成票を投じていただき、誠に感謝いたします。
なお別件ですが、第一議会の議席構成について、本日、以下の変遷があったことをお伝えします」
そう前置きし、男はこう続けた。
「本日、サントス・マルコ伯爵以下16名の第一議会議員が、我が白猫党に入党いたしました。
これにより、我が党の議席数は69から85となり、本日を以て我が党が第一議会の最大派閥、即ち与党となりました」
「は……?」
状況が呑み込めないらしく、子爵は唖然としている。
「また、貴国の安寧秩序の向上と維持を私たちなりに真剣に検討しておりましたが、まずは議会の構造から是正すべきではないかとの案が出ました。
現在の議席数では政治的判断を行うに当たり、意見調整に時間がかかり過ぎるのではないかと言う意見があり、私たちはこれを鑑みた結果、議席数の削減を行うことにいたしました」
「つまり……、どう言うことだ」
「議席数を現在の150から、85にいたします」
「なっ……!? 85とはつまり、あなた方の議席数で全てではないか!」
「ええ。その数であれば円滑な運営ができるだろうと、政務対策本部が偶然にもそう結論付けました。
ですので閣下」
男は右手を挙げて党員に指示しつつ、子爵にこう告げた。
「本日付で議員の職を辞していただくよう、勧告申し上げます」
「ばっ、馬鹿な! わしは昨日やっと……」
「残念ですが拒否権はございません。これは議会与党委任法に則った、『法律上』至極正当な命令です。
議員である以上、いいえ、この国の民である以上、従っていただきます」
党員は武器を子爵に向ける。
子爵はしばらくうなっていたが――結局、うなずくしかなかった。
白猫党はこの夜のうちに各地の議員宅を回り、同様の勧告を突き付け、そしてその全員から承諾を得た。
勿論中には法案を反故にすべく、軍や国王に働きかけようとする者もいたが――。
「う……っ」
国王が住む城にも、軍本営にも、白猫党の私兵が陣取っている。
そしてその前面に立つ党員たちが、口々にこう宣言していた。
「議会与党委任法により、当国における国王の政治的権限を停止する! 並びに同法により、当国における全軍に対し、待機を命ずる!」
「ふ、ふざけるなッ!」
軍に手を回そうとした者の一人が、たまらず本営の前に飛び出した。
「こんな余所者共の言いなりになるのか、お前ら!」
「なりますとも」
党員が代わりに、こう答えた。
「軍の将軍・幹部らも、大半が既に、我が党に入党していますからね」
ヘブン王国は選挙からわずか2日で、白猫党の支配下に収まることとなった。
白猫夢・堕天抄 終
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堕天の夜。
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「ひゃっ!?」
ソファの裏側から聞こえてきたその声に、マークは飛び上がりそうになった。
「……あ、え?」
「マークくんの予想、違うよ」
眠たげなその声は、確かにマークが昔、天狐ゼミで聞いたことのある、あの少女のものだった。
「ち、違うって?」
しかしマークには、彼女が突然現れたことよりも、口に出していなかった自分の考えを否定されたことの方が、気になった。
「マークくん」
しかし、声はマークの問いに応じない。
「今夜からしばらく、このホテルから出ないでね。ううん、ロビーにもいない方がいい。部屋に戻ってて」
「え?」
「今日の夜は長くなるよ。そして、とっても危険になる。うっかり外に出たらきっと」
そして眠たげなその声は、恐ろしいことを告げた。
「殺されるよ」
「なっ……」
「それが嫌なら、絶対に外に出ないで。窓も開けちゃダメだよ」
「ちょ、ちょっと、……っ」
マークは新聞を放り投げ、慌ててソファの背後に目をやる。
しかし既に、そこには誰もいなかった。
議会の閉会後、屋敷に戻った王国の要人たちは、いずれも明日から訪れるであろう多忙の日々を思い、嬉しそうに笑いながら晩餐の席に着いていた。
と、そのうちの一人の家で――使用人が顔を真っ蒼にし、主の元にやって来る。
「だ、旦那様……」
「うん?」
「そ、その、お客様、……がお見えです」
「どうした? そんなに震えて……」
「……」
使用人の様子に首をかしげている間に、廊下の奥からバタバタと、人が大勢詰めかけてくる音が響いて来た。
「な、なんだ?」
「夜分遅くに失礼いたします、子爵閣下」
現れたのは、白猫党の党章を付けたスーツ姿の男と、武装した党員十数名だった。
「な、なんだね君たちは!?」
「本日の会議、お疲れ様でした。我々の提言した法案に対して賛成票を投じていただき、誠に感謝いたします。
なお別件ですが、第一議会の議席構成について、本日、以下の変遷があったことをお伝えします」
そう前置きし、男はこう続けた。
「本日、サントス・マルコ伯爵以下16名の第一議会議員が、我が白猫党に入党いたしました。
これにより、我が党の議席数は69から85となり、本日を以て我が党が第一議会の最大派閥、即ち与党となりました」
「は……?」
状況が呑み込めないらしく、子爵は唖然としている。
「また、貴国の安寧秩序の向上と維持を私たちなりに真剣に検討しておりましたが、まずは議会の構造から是正すべきではないかとの案が出ました。
現在の議席数では政治的判断を行うに当たり、意見調整に時間がかかり過ぎるのではないかと言う意見があり、私たちはこれを鑑みた結果、議席数の削減を行うことにいたしました」
「つまり……、どう言うことだ」
「議席数を現在の150から、85にいたします」
「なっ……!? 85とはつまり、あなた方の議席数で全てではないか!」
「ええ。その数であれば円滑な運営ができるだろうと、政務対策本部が偶然にもそう結論付けました。
ですので閣下」
男は右手を挙げて党員に指示しつつ、子爵にこう告げた。
「本日付で議員の職を辞していただくよう、勧告申し上げます」
「ばっ、馬鹿な! わしは昨日やっと……」
「残念ですが拒否権はございません。これは議会与党委任法に則った、『法律上』至極正当な命令です。
議員である以上、いいえ、この国の民である以上、従っていただきます」
党員は武器を子爵に向ける。
子爵はしばらくうなっていたが――結局、うなずくしかなかった。
白猫党はこの夜のうちに各地の議員宅を回り、同様の勧告を突き付け、そしてその全員から承諾を得た。
勿論中には法案を反故にすべく、軍や国王に働きかけようとする者もいたが――。
「う……っ」
国王が住む城にも、軍本営にも、白猫党の私兵が陣取っている。
そしてその前面に立つ党員たちが、口々にこう宣言していた。
「議会与党委任法により、当国における国王の政治的権限を停止する! 並びに同法により、当国における全軍に対し、待機を命ずる!」
「ふ、ふざけるなッ!」
軍に手を回そうとした者の一人が、たまらず本営の前に飛び出した。
「こんな余所者共の言いなりになるのか、お前ら!」
「なりますとも」
党員が代わりに、こう答えた。
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