「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第7部
白猫夢・帰郷抄 5
麒麟を巡る話、第334話。
ルナの胸中。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
「パラと一緒に行動し始めた辺りで、ようやくあたし、アンタやトラス卿にまともな挨拶しないまま、この国を出たことに気付いたのよね。
だから多分、トラス卿はあたしのことを、『姉を見捨てて逃げた、ひどい女』って思ってるんじゃないかしら。
それに、アンタもきっと、あたしに対していい気はしてないだろう、……って思ってたのよ。アンタにしてみれば、勝手に刀は持っていくし、瀕死のアンタを放ってどこかに消えるし」
そうこぼしたルナに、プレタは肩をすくめた。
「ま、あの人については、ね。確かにそう嘆いてたこともあるわ。
でもわたしはそんなこと、一度も思ったことが無いわ。刀は餞別と思ってたし、あなたはわたしを見捨てるようなタイプじゃないもの。きっと大きな事情があってのことだろうと、そう思っていたわ。
ねえ、マロン。教えてくれるんでしょう? あの時、何があったのか。それからその後、何をしていたのか、も」
20年ぶりのその呼び方に、ルナは口ごもりつつ、歯切れ悪く答えた。
「……ん、まあ、そうね。
今更でホントにごめん。教えるわ、あの時、それからあの後にも、何があったか」
彼女の師匠となった克渾沌がかつてそうであったように、黄月乃もまた、何度と無く名前を変える人生を送っていた。
彼女の本名である、黄月乃。故郷、央南から逃げ出して以降は、ユエ、フアン、ジアラ、セレナ――そしてマロンと、様々な名前を使っていた。
そうして自分が元々誰であったのかと言う感覚が、半ば朧と化した頃になって、彼女はプレタと出会った。
その頃には、黄月乃は自分と言うものが、何より嫌いになっていた。
己の母に唾を吐く自分。下劣な策略を成就すべく、頭を働かせる自分。その策略を考えた下劣な男に惚れ込んでいた自分。その男が廃人となった瞬間、手の平を返した自分。故郷から逃げた自分。
そして今も逃げ続ける、自分。
薄っぺらい正義論や、鼻に付くような人情話以上に、黄月乃は自分のことが心底、嫌いになっていた。
トラス王国でプレタと出会い、共に戦うことで、その悪感情をしばらく、忘れることができた。
実の兄弟以上に慕っていたプレタが側に居たことも理由の一つだが、それよりも、自分の働きによって一地域の情勢が左右されることが、何より楽しく、誇らしかったのだ。
「自分は世界の役に立っているのだ」と言うその達成感、高揚感が、黄月乃や他の雑多な名前で生きてきた頃の自己嫌悪を、紛らわせてくれていたのだ。
しかしその心地よさも、プレタの負傷と部隊の壊滅により、再び霧散した。すべてを失った黄月乃は、前よりさらに深い嫌悪と、底知れぬ絶望に襲われた。
だが――そこにあの難訓の下僕、人形姉妹シェベルとインパラが現れた。そしてシェベルは、黄月乃にインパラを託し、この世を去った。
絶望し、再び自分を嫌い始めていた黄月乃に、生きる目的が新たにできた。インパラを人間に近付け、そしていずれは、彼女を人間そのものにすることである。
黄月乃は再び、自分への嫌悪を和らげ、絶望の淵から這い上がる機会を得た。
「……そのために、あたしは色んなことを試してみたし、色んなところに行ったわ。色んな術も覚えた。
でも、まだその宿願は達成できない。今のあたしには、マークの術が完成することこそが、唯一の希望なのよ」
「それだけかしら?」
プレタの問いに、ルナはけげんな顔になる。
「って言うと?」
「あなたがマークの前に二度も現れ、そして身を挺して助けた理由よ。
わたしにはあなたの心の奥底にある本当の願いが、痛いほど良く分かるわ」
「何よ、それ?」
「あなたは、家族が欲しいのよ。
それも、自分を上から縛り付けるような親やお兄さんとかじゃなく、あなた自身が暖かく包み込んであげたいと願う、子供みたいな存在が」
「……」
「だから、マークを助けたのよ。あなたにとっては、甥っ子みたいなものだから」
「……ん」
ルナはぷい、と、プレタから顔を背けた。
「否定はしないわ。ううん、アンタの一言で、自覚したわ。
確かにあたしは、家族が欲しいのね。こんなあたしを頼りにしてくれるような、そんな家族が」
「増えるといいわね」
プレタは微笑み、未だドアの横に立ったままのパラにも会釈した。
「パラちゃん。あなたのお母さん、寂しがり屋だから、ちょくちょく話しかけてあげてね」
「……」
そのまま部屋を後にするプレタに、パラは無言で、深々とお辞儀した。
白猫夢・帰郷抄 終
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ルナの胸中。
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「パラと一緒に行動し始めた辺りで、ようやくあたし、アンタやトラス卿にまともな挨拶しないまま、この国を出たことに気付いたのよね。
だから多分、トラス卿はあたしのことを、『姉を見捨てて逃げた、ひどい女』って思ってるんじゃないかしら。
それに、アンタもきっと、あたしに対していい気はしてないだろう、……って思ってたのよ。アンタにしてみれば、勝手に刀は持っていくし、瀕死のアンタを放ってどこかに消えるし」
そうこぼしたルナに、プレタは肩をすくめた。
「ま、あの人については、ね。確かにそう嘆いてたこともあるわ。
でもわたしはそんなこと、一度も思ったことが無いわ。刀は餞別と思ってたし、あなたはわたしを見捨てるようなタイプじゃないもの。きっと大きな事情があってのことだろうと、そう思っていたわ。
ねえ、マロン。教えてくれるんでしょう? あの時、何があったのか。それからその後、何をしていたのか、も」
20年ぶりのその呼び方に、ルナは口ごもりつつ、歯切れ悪く答えた。
「……ん、まあ、そうね。
今更でホントにごめん。教えるわ、あの時、それからあの後にも、何があったか」
彼女の師匠となった克渾沌がかつてそうであったように、黄月乃もまた、何度と無く名前を変える人生を送っていた。
彼女の本名である、黄月乃。故郷、央南から逃げ出して以降は、ユエ、フアン、ジアラ、セレナ――そしてマロンと、様々な名前を使っていた。
そうして自分が元々誰であったのかと言う感覚が、半ば朧と化した頃になって、彼女はプレタと出会った。
その頃には、黄月乃は自分と言うものが、何より嫌いになっていた。
己の母に唾を吐く自分。下劣な策略を成就すべく、頭を働かせる自分。その策略を考えた下劣な男に惚れ込んでいた自分。その男が廃人となった瞬間、手の平を返した自分。故郷から逃げた自分。
そして今も逃げ続ける、自分。
薄っぺらい正義論や、鼻に付くような人情話以上に、黄月乃は自分のことが心底、嫌いになっていた。
トラス王国でプレタと出会い、共に戦うことで、その悪感情をしばらく、忘れることができた。
実の兄弟以上に慕っていたプレタが側に居たことも理由の一つだが、それよりも、自分の働きによって一地域の情勢が左右されることが、何より楽しく、誇らしかったのだ。
「自分は世界の役に立っているのだ」と言うその達成感、高揚感が、黄月乃や他の雑多な名前で生きてきた頃の自己嫌悪を、紛らわせてくれていたのだ。
しかしその心地よさも、プレタの負傷と部隊の壊滅により、再び霧散した。すべてを失った黄月乃は、前よりさらに深い嫌悪と、底知れぬ絶望に襲われた。
だが――そこにあの難訓の下僕、人形姉妹シェベルとインパラが現れた。そしてシェベルは、黄月乃にインパラを託し、この世を去った。
絶望し、再び自分を嫌い始めていた黄月乃に、生きる目的が新たにできた。インパラを人間に近付け、そしていずれは、彼女を人間そのものにすることである。
黄月乃は再び、自分への嫌悪を和らげ、絶望の淵から這い上がる機会を得た。
「……そのために、あたしは色んなことを試してみたし、色んなところに行ったわ。色んな術も覚えた。
でも、まだその宿願は達成できない。今のあたしには、マークの術が完成することこそが、唯一の希望なのよ」
「それだけかしら?」
プレタの問いに、ルナはけげんな顔になる。
「って言うと?」
「あなたがマークの前に二度も現れ、そして身を挺して助けた理由よ。
わたしにはあなたの心の奥底にある本当の願いが、痛いほど良く分かるわ」
「何よ、それ?」
「あなたは、家族が欲しいのよ。
それも、自分を上から縛り付けるような親やお兄さんとかじゃなく、あなた自身が暖かく包み込んであげたいと願う、子供みたいな存在が」
「……」
「だから、マークを助けたのよ。あなたにとっては、甥っ子みたいなものだから」
「……ん」
ルナはぷい、と、プレタから顔を背けた。
「否定はしないわ。ううん、アンタの一言で、自覚したわ。
確かにあたしは、家族が欲しいのね。こんなあたしを頼りにしてくれるような、そんな家族が」
「増えるといいわね」
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