黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第3部

    蒼天剣・狷狼録 9

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    晴奈の話、第154話。
    狷狼、ついに倒れる。

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    9.
     既に日は落ちきった。竜が現れた時はまだ、わずかに薄暮の状態だったが、今はもう赤い月が辺りを照らしている。
     ワルラスはなお、逃げ続けていた。瓦礫で引っかき、ボロボロになった僧服をひきずるように、黒鳥宮の西部分、魔術院の前を横切ろうとしていた。
    「……くっ」
     だが、大聖堂に着く前までで疲労しきっており、さらに竜から落ちた時に左肩を痛めてしまっている。走れば走るほどその痛みが熱を持ち、彼の痛覚を締め上げる。
    「う、ぐく……」
     疲労と痛みから、ついに彼の足は止まってしまった。
    「……し、しかし。ここまで来れば、撒けただろう。……くぅぅ」
     既に首が回らないほど、痛みは激しい。彼は応急処置のため魔術院へ進み、魔術書を使って治療しようかと考えた。
     しかし――。
    「見つけたぞ、ワルラスッ!」
     背後からやや低めの、女の声がする。
     ワルラスは痛む肩を押さえつつ、なおもこの絶望的な状況からの脱出を必死で考えていた。

     魔術院のすぐ前、少し開けた場所で、晴明姉妹とワルラスは再度、対峙した。
     ワルラスは肩を押さえ、苦悶の表情を浮かべている。
    「いい加減、観念しろ」
    「……」
     ワルラスは無言でこちらを睨んでいる。が、良く見れば口元がもごもごと動いている――魔術を使うつもりらしい。
    「……『アイスジャベリン』!」
     ワルラスの眼前から氷の槍が飛んできたが、事前の動作があまりにもあからさま過ぎたため、すかさず明奈が「マジックシールド」で防ぐ。
    「く……、『ヘイルラッシュ』! 『アイシクルエッジ』! 『アイスジャベリン』!」
     氷の魔術を何度も放つが、ことごとく防ぎきられる。
    「ハァ、ハァ……」
     それでももう一度、術を使おうと声をあげる。
    「『ヘイル……』」「『フォースオフ』!」
     発動する直前で、明奈が「術封じ」の術をかけた。ワルラスの前に形成されていた氷のつぶては明奈の妨害により、晴奈たちに飛んでくることなく地面に落ちる。
    「う、ぐ……」
     それでもワルラスは、しつこく粘る。後ろに下がりながら側にあった棒切れを拾い、それを片手で構えて牽制する。
    「近寄るな……!」
    「往生際が悪すぎるぞ、ワルラス卿」
     流石に晴奈も、呆れ始める。
    「まだ分からないのか?
     魔術は封じ、竜も黒炎殿がしとめた。お前は肩を痛め、身動きできない。すべての策を潰され、誰も助けてはくれない。
     これ以上、何か策があるとでも言うのか?」
    「……!」
     ワルラスの顔が歪む。
    「無いのだろう? あればとっくに用いているはずだ」
    「……何故だ」
    「うん?」
     ワルラスは震える声で叫ぶ。
    「何故、お前まで兄上と同じことを言う?」
    「何だと?」
    「認めんぞ……! 私が、私がこんな、中途半端な、こんな、こんな惨めな、敗北など、……するわけがない! するはずが無いのだ!」
     ワルラスは両手で棒をつかんで構える。怒りで肩の痛みも飛んだらしい。

     窮地に追い詰められた者の底力は、平常時をはるかに上回る。
     ワルラスもその例にもれず、50代半ばとは思えない膂力と動きを見せた。
    「はあッ!」
     ワルラスの棒がびゅうとうなり、晴奈の頭に向かって振り下ろされる。
    「……っと」
     晴奈は一瞬、刀で受けようかと考えた。しかし何か嫌な予感がして、紙一重でかわす。ビッ、と言う何かを破るような音が晴奈の額で鳴り、鋭い痛みが走った。
    「む……」
     額がじんじんと痛み、口の端にぬるぬるとした感触が流れてくる。
    (かすったか。……思ったより強い。油断は禁物だな)
     晴奈は背後にいる明奈の様子を、ワルラスを睨んだままで探る。どうやら、まだ術封じを行っているようだ。
    (しばらくは相手も、魔術を使ってはこれまい。純粋な剣技と武術の勝負だ)
    「とうッ!」
     今度は晴奈が仕掛ける。大きく振りかぶり、ワルラスの左肩を狙う。
    「ふ、……ぬッ」
     ワルラスは体をひねり、棒を斜めに構えて刀を受け流す。晴奈は間合いを取り直し、もう一度肩を狙う。
    「はッ!」「く、う」
     ワルラスは、今度は受けずに飛びのく。肩の痛みが戻ってきたらしく、左半身を一歩半ほど引いた状態で構え直した。
    「ハッ、ハッ……」
     顔が土気色になっている。相当、痛みが激しいらしい。
    「……ぁぁぁああああ!」
     が、それでもワルラスは降参しようとはしない。無理矢理に棒を上げ、今度は晴奈ののど元を狙って突きを繰り出す。
    「……!」
     その鬼気迫る攻勢に、晴奈は避けようかと考えた。しかしその直前で、後ろに明奈がいることを思い出す。
    (まずい、避ければ明奈に当たる!)
     とっさに刀で受けるが、強烈に重たい。慌てて右手を離し、刃の中ほどに手を当てて勢いを落とさせる。
    (お、もい……ッ!)
     右手に嫌な感触が伝わる。切れてはいないが、刀がぐにゃりと曲がるのが分かる。
    「ゼェ、ハァ……」
     ようやくワルラスからの押しが弱まり、ワルラスは一歩引いた。が、晴奈はすぐに攻撃できない。
    「……面倒な」
     刀がくの字に曲がり、使い物にならない。晴奈は刀を諦め、脇差を抜いた。
    「……私はっ」
     ワルラスが唐突に口を開く。
    「私はっ、認めん……! こんな、情けない終わり方などっ」
    「何?」
    「大司教の、教主一族の、私ともあろう者が、どこの馬の骨とも分からぬ刺客に討たれて死ぬなど、認められるわけが無い!
     そんな下らぬ死に方は、この私にはふさわしくない!」
     ワルラスの言葉に晴奈も、明奈も呆れた。
    「何を、言っている?」
    「この私はもっと、高貴に、優雅に、終わりを迎えるべきなのだ! こんな死に方は、そこらの有象無象の死に方だ!」
     半ば錯乱しているのか、ワルラスの言葉はあまりに妄想じみている。
    「死なんぞ私は……! お前ら如き、振り切ってみせる!」
    「美化し過ぎだ」
     晴奈は呆れつつも、ワルラスに応じた。

     晴奈は聞き分けの無い子供を見るような気分で、ワルラスを諭す。
    「そんな風に死にたかったのなら、もっと清廉に、もっと誠実に生きれば良かっただろうに。
     周りを食い物にし、誠意を持たず、ことごとく策を弄してぬらりぬらりと生きてきた人間が、安らかに死ねると思うのか?」
    「う、うるさいっ! 私はそうなるべき人間だったのだ! 兄がいなければ、そうなれたのだ!」
     ワルラスは棒の先を晴奈に向け、怒鳴り続ける。
    「どけ! 私はもっと、より良く生きるのだ!」
    「ふざけるな」
     晴奈も脇差を構え、ワルラスとの距離を詰める。
    「『兄がいなければもっといい目を見られた』とか、『部下がヘマをしなければ計画は成功していた』とか、どこまで言い訳がましく、情けなく振舞うつもりだ?
     失敗した時、頓挫した時、自分にまったく非は無いと思っているのか?」
    「当たり前だ! 私は何のミスもしていない!」
    「何を馬鹿な。まさに今、こうして追い詰められているのも自分で企てた計画が破綻し、下手を打ったからこそだろう? 失敗したのも、頓挫したのもお前の責任だ。
     お前の敗因、いや、この結果、この窮地に追い詰められた原因は皆、己への過信――『自分は尊く、素晴らしく、賢いからこそ失敗など無い、ありえない』と、その50年余の人生でずっと、考えてきたからではないのか?」
    「何を……!」
     ワルラスは怒りに任せ、もう一度のどを狙いに来た。が、二度も同じ攻撃を食らって、同じヘマをするほど晴奈は間抜けでも経験不足でも無い。
     一瞬のうちに、ワルラスの棒は晴奈の脇差によって真っ二つに折られていた。
    「はが……っ」
     棒を折られた時に手首をひねったらしく、ワルラスはうずくまった。
    「観念しろ」
    「い、いやだ……!」
     そう言うなり、ワルラスは無事な方の手で晴奈の裾を引っ張ってきた。
    「お願いだ、助けてくれ! 金もやる! 何でもする!」
    「断る」
     晴奈はワルラスの手を蹴り飛ばす。その蹴りで、もう片方の手首も折れて壊された。
    「あ、が……っ」
     ワルラスは両手を前に出してうずくまり、自然に頭が下がる。その姿はとても哀れで、なお命乞いをしているようだった。

    「さて、と」
     晴奈の背後から声がかけられる。振り向くと、大火が「雪月花」を右手に持ち、傍観しているのが目に入った。
    「お前の妄言は聞き飽きた。続きは冥府の方で、存分にわめいてくれ」
     大火はつかつかと革靴を鳴らしてワルラスに近付きながら、刀を構え直した。

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    2010.06.03 加筆修正
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