「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第8部
白猫夢・訪賢抄 1
麒麟を巡る話、第362話。
地道な一歩。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
双月暦570年、トラス王国。
チーム「フェニックス」結成から4年が経過し、その研究は順調とは行かないまでも、着実に成果を挙げていた。
「はぁ……、良かったー」
ケージ内で寝息を立てている兎の左前足を確認し、チームの一員、シャラン・ネールはほっとした声を上げた。
「ああ。良かった、本当に」
その傍らに立っていた主任研究員、マーク・トラスも嬉しそうに笑う。
「……付いてるよね? ちゃんと」
「付いてる。ちゃんと」
マークは兎の前足を触り、その「継ぎ目」をなぞる。
「ではシャラ、……ネール研究員。今回の実験について確認を行うため、経緯を説明してくれ」
「……クス」
堅い口調で命じたマークに対し、シャランは笑い出した。
「昨日同じこと言って、ルナさんに怒られたじゃないか。『堅苦しいやり取りは必要ない』ってさ」
「……僕は真面目にやりたいんだ」
「『口調が堅いからって真面目って証拠にはならないわよ』、とも言われたよね」
「分かってるよ。行動で示せ、……だろ。
じゃあ、まあ、シャラン。この実験の経緯を確認したいから、教えてくれる?」
「はーい」
シャランはクスクス笑いながら、レポートを開いた。
「第9回、対生体接着剤臨床実験。開始は570年1月3日(雷曜)。被験体のウサちゃんに麻酔を投与し、左前足を切除。
その直後に接着剤MT3―141を切除面に塗布した後、切除した左足をウサちゃん本体と接着し、魔術式ギプスにて切断箇所およびその周辺を固定。
その後4週間を経た本日、2月1日(雷曜)。ウサちゃんのギプスを外し、目視と聴診および触診により、切断した左前足の組織すべてがウサちゃんの本体と接着、機能していることを確認。
あたしは安心しました。……なんてね」
シャランのおどけた報告に、マークは笑いながらこう返した。
「あはは……、僕もだよ。僕も安心した。……いや、僕たちだけじゃない」
マークは振り返り、ドアの隙間から自分たちを覗き見ている研究員たちに呼びかけた。
「だよね?」
「……ええ、勿論」
はにかみながら、研究員たちが入ってきた。
「成功おめでとうございます、主任!」
「ありがとう」
マークは会釈を返し、そしてこう続けた。
「でも残念なことに……」「え、何か失敗してた?」
真っ青な顔をしたシャランに、マークは首を横に振る。
「いや、実験自体は満足行く結果を収めたよ。開発した接着剤が今後の研究において、大いに役立つことは証明できた。
ただ、……これでようやく一歩だけ、前進なんだよね」
「……だったね」
「チームの結成から4年が経ち、研究員も僕とルナさんを含めて、合計8名になった。
その間にも、この接着剤だけじゃなく、今後の展開も見据えた研究開発を3つ、合計4つの研究を進めていた。
で、……成功したのがこれだけだ。他は全部失敗してる。いまだ最終目標である、完全に欠損した部位を復活させることは、達成できていない」
「……」
マークに水を差され、その場にいた全員が静まり返り、消沈する。
が――そこでドアの向こうから、あっけらかんとした声が飛んできた。
「いいじゃない、1個成功したんだから。4つ全部だなんて、欲張りすぎよ」
「う」
マークが顔をしかめるのにも構わず、その声の主――ルナ・フラウスが室内に入ってきた。
「お疲れ様です、所長」
「ありがと。
じゃ、まずはこの接着剤の商品化を考えないといけないわね。この接着剤単体でも、市販化できればかなりの収益になるでしょうね。この研究所を作った時の費用も、多分これだけで返せるわ。って言うか、研究員が結構増えてきたから、もう一つ研究室を増設したいし。
生産設備とか販売方法はあたしが考えとくわ。あなたたちは引き続き、研究に勤しんでちょうだい」
「はい、所長!」
シャランを含む研究員たちは、素直にうなずく。
「……」
マークはただ一人、憮然とした顔をしていた。
と、それに気付いたシャランが、マークに耳打ちする。
(大丈夫だよ)
(何が?)
(マークもちゃんと副リーダーしてるって、あたし分かってるから)
(……どうも)
@au_ringさんをフォロー
地道な一歩。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
双月暦570年、トラス王国。
チーム「フェニックス」結成から4年が経過し、その研究は順調とは行かないまでも、着実に成果を挙げていた。
「はぁ……、良かったー」
ケージ内で寝息を立てている兎の左前足を確認し、チームの一員、シャラン・ネールはほっとした声を上げた。
「ああ。良かった、本当に」
その傍らに立っていた主任研究員、マーク・トラスも嬉しそうに笑う。
「……付いてるよね? ちゃんと」
「付いてる。ちゃんと」
マークは兎の前足を触り、その「継ぎ目」をなぞる。
「ではシャラ、……ネール研究員。今回の実験について確認を行うため、経緯を説明してくれ」
「……クス」
堅い口調で命じたマークに対し、シャランは笑い出した。
「昨日同じこと言って、ルナさんに怒られたじゃないか。『堅苦しいやり取りは必要ない』ってさ」
「……僕は真面目にやりたいんだ」
「『口調が堅いからって真面目って証拠にはならないわよ』、とも言われたよね」
「分かってるよ。行動で示せ、……だろ。
じゃあ、まあ、シャラン。この実験の経緯を確認したいから、教えてくれる?」
「はーい」
シャランはクスクス笑いながら、レポートを開いた。
「第9回、対生体接着剤臨床実験。開始は570年1月3日(雷曜)。被験体のウサちゃんに麻酔を投与し、左前足を切除。
その直後に接着剤MT3―141を切除面に塗布した後、切除した左足をウサちゃん本体と接着し、魔術式ギプスにて切断箇所およびその周辺を固定。
その後4週間を経た本日、2月1日(雷曜)。ウサちゃんのギプスを外し、目視と聴診および触診により、切断した左前足の組織すべてがウサちゃんの本体と接着、機能していることを確認。
あたしは安心しました。……なんてね」
シャランのおどけた報告に、マークは笑いながらこう返した。
「あはは……、僕もだよ。僕も安心した。……いや、僕たちだけじゃない」
マークは振り返り、ドアの隙間から自分たちを覗き見ている研究員たちに呼びかけた。
「だよね?」
「……ええ、勿論」
はにかみながら、研究員たちが入ってきた。
「成功おめでとうございます、主任!」
「ありがとう」
マークは会釈を返し、そしてこう続けた。
「でも残念なことに……」「え、何か失敗してた?」
真っ青な顔をしたシャランに、マークは首を横に振る。
「いや、実験自体は満足行く結果を収めたよ。開発した接着剤が今後の研究において、大いに役立つことは証明できた。
ただ、……これでようやく一歩だけ、前進なんだよね」
「……だったね」
「チームの結成から4年が経ち、研究員も僕とルナさんを含めて、合計8名になった。
その間にも、この接着剤だけじゃなく、今後の展開も見据えた研究開発を3つ、合計4つの研究を進めていた。
で、……成功したのがこれだけだ。他は全部失敗してる。いまだ最終目標である、完全に欠損した部位を復活させることは、達成できていない」
「……」
マークに水を差され、その場にいた全員が静まり返り、消沈する。
が――そこでドアの向こうから、あっけらかんとした声が飛んできた。
「いいじゃない、1個成功したんだから。4つ全部だなんて、欲張りすぎよ」
「う」
マークが顔をしかめるのにも構わず、その声の主――ルナ・フラウスが室内に入ってきた。
「お疲れ様です、所長」
「ありがと。
じゃ、まずはこの接着剤の商品化を考えないといけないわね。この接着剤単体でも、市販化できればかなりの収益になるでしょうね。この研究所を作った時の費用も、多分これだけで返せるわ。って言うか、研究員が結構増えてきたから、もう一つ研究室を増設したいし。
生産設備とか販売方法はあたしが考えとくわ。あなたたちは引き続き、研究に勤しんでちょうだい」
「はい、所長!」
シャランを含む研究員たちは、素直にうなずく。
「……」
マークはただ一人、憮然とした顔をしていた。
と、それに気付いたシャランが、マークに耳打ちする。
(大丈夫だよ)
(何が?)
(マークもちゃんと副リーダーしてるって、あたし分かってるから)
(……どうも)
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~