「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・傑士録 2
晴奈の話、第157話。
複雑な胸中。
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2.
「……と言うわけで休戦を提案したく、参上いたしました」
ウェンディ卿は紫明とエルスの前で静々と語り終え、頭を下げた。
「ふむ……」
紫明はウェンディ卿からの突然の提案に、腕を組んでうなっている。
(そりゃまあ、何かの謀略かと思っちゃうよね)
気持ちを察したエルスが、代わりに応える。
「えーと、まあ。黄主席は突然の申し出で混乱してらっしゃいますので、代わりに私がお話を伺わせていただきますね」
連合の本拠地に突然教団の重鎮が現れ、エルスも多少警戒しないでは無かったが、相手の物腰と言動、話の内容から、休戦の申し出が本物であると判断し、交渉に入った。
「……では、教団側は我々央南連合と焔流剣術一派への攻撃を即時停止し、現在軍事的に実効支配している地域から撤退する代わりに、我々もそちらへの干渉は行わない、と。
休戦の具体的な内容は、こんな感じでよろしいですか?」
「はい、異存ありません」
3時間に渡って両者は話し合いを続け、休戦の具体的な定義の確認やそれを遵守するための各種契約の取り決め、その他色々と意見を交わし、ついに休戦交渉がまとまった。
即ち――この瞬間、長い間続いていた央南抗黒戦争は、終結に至った。
「お疲れさまでした、台下。これでもう、戦いを終えられますね」
穏やかなエルスの言葉に対し、ウェンディはやや緊張した顔で「はい」と答える。
「本当に、長い間……」「でも、本音を言えば」
そっと、エルスが狼耳にささやく。
「また力を蓄えたら、戦いを再開されるんじゃないですか?」
エルスの問いに対し、ウェンディはふるふると首を振り、きっぱり答えた。
「私が生きている限り、そんな野蛮なことは絶対させません。
元々黒炎教団は密教ですし、こんなに対外的な活動をすること自体が異常だったのですから。そもそも私自身、戦いは嫌いですし」
「ありゃ、そうなんですか? 教団には好戦的な方が多いと思っていましたが……」
「そんなの、亡くなった叔父や弟だけですよ。……あ」
ウェンディは途端に、暗い顔になった。
「一つお伝えしなければならないことがあります。弟の、ウィルバー・ウィルソンのことで」
「……へえ? あのウィルバー君の?」
その晩。
「そうか。ウィルバーの奴、勘当されたのか。ふむ……」
天玄館の談話室でウェンディからの話をエルスから伝え聞いた晴奈は、腕を組んでうなり――エルスはこの時、父親と良く似た仕草を見せた晴奈を見て、吹き出しそうになっていた――やがて口を開いた。
「それは休戦と何か、関係があるのか?」
「無いねぇ。でも、セイナ個人には関係あるかもね」
「まあ、確かに。因縁の相手だからな、決着を付けに来るかも知れん」
横で話を聞いていた明奈は、心配そうに晴奈を見つめる。
「お姉さま、気を付けて下さいね」
「無論だ。……少し、外に出てくる」
晴奈は刀を差し、談話室を後にした。
残されたエルスとリストは顔を合わせ、晴奈について話す。
「アイツ、どうすんのかしら?」
「そりゃ、やる気だろうね。……あらら」
エルスはリストと明奈が対局していた碁盤を眺め、クスッと笑った。
「リスト、下手くそだなぁ。メイナにやられ放題じゃないか」
「う、うるさいっ」
「僕が稽古つけたげるよ。メイナはその間、休んでてね」
そう言ってウインクしたエルスに、明奈は彼の言葉の裏を感じ取ったらしい。
「あ、はい。……わたしも、少し外に出てますね」
「うんうん、いってらっしゃい」
赤い満月の光を反射する川に照らされ、岸に佇む晴奈も赤く染まっていた。
(ウィルバーとの最終決戦、か)
晴奈の脳裏に、ウィルバーとの戦いが次々と浮かんでくる。
15歳の頃、初めて戦い負けたこと。その5年後には勝ったこと。
それから7年経った22の時、刀を折られたものの、リストの助けを借りて勝利したこと。
天玄で一緒に捕まり、共闘したこと。
その後も数々の戦いで、時には打ち負かして撃退し、また時には攻め切られて敗走したこと。
ある時は一片も寄せ付けぬほど翻弄し、またある時は一進一退の真剣勝負にもつれ込んだこと。
そんな日々が、終わりを告げるのだ。
(誰かが言っていたな――博士だったか、それともエルスだったか――『物事は始まったその瞬間から、終わりと言う宿命を抱えるのだ』と。
ずっと続くと思っていたあいつとの戦いも、終わると言うのか)
そう考えた時――晴奈は急に、寂しさを覚えた。
(え……)
その寂しさが一体どこから来たものなのか、晴奈にはまったく分からなかった。
と、背後から妹の声がかけられる。
「お姉さま」
「え? ……ああ、明奈か」
晴奈は振り返り、明奈に笑いかけた。
「ああ、じゃありませんよ。……横、よろしいですか?」
「うん、いいよ」
明奈はちょこんと晴奈の横に座り、そしてそのまま、じっと姉の顔を覗き込んでいる。
「何だ、明奈? 私の顔に、何か付いてるか?」
「いいえ、その、……不安なんです」
「不安?」
「戦われるのでしょう? もしもお姉さまが、最後の最後に負けたりなどしてしまったら」
「ふふ、大丈夫だ。私は死なぬよ。
お前が私の側にいる限り死ぬわけには行かぬし、そして黒炎様からの刀を受け取るまでは、死ぬ気も無い」
晴奈はそう言って笑い飛ばしたが、明奈の顔から不安の色は消えない。
「……」
「どうした? 姉ちゃんがそんなに危なっかしく見えるか?」
「いいえ、ただ……」
そこで明奈は黙り込み、ただじっと見つめてくる。
晴奈はそんな妹を抱きしめ、優しく声をかけた。
「心配するな、明奈。私は絶対、負けないさ」
「……はい」
その時だった。
河原の向こう岸で、ざく、と砂利を踏みしめる音が聞こえた。その音と気配だけで、晴奈は対岸にいる者が誰かを悟った。
「来たようだ。明奈、離れていろ」
「はい、……お気を付けて」
明奈は晴奈の後ろに立ち、晴奈と――向こう岸にいるウィルバーを、黙って見つめた。
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複雑な胸中。
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「……と言うわけで休戦を提案したく、参上いたしました」
ウェンディ卿は紫明とエルスの前で静々と語り終え、頭を下げた。
「ふむ……」
紫明はウェンディ卿からの突然の提案に、腕を組んでうなっている。
(そりゃまあ、何かの謀略かと思っちゃうよね)
気持ちを察したエルスが、代わりに応える。
「えーと、まあ。黄主席は突然の申し出で混乱してらっしゃいますので、代わりに私がお話を伺わせていただきますね」
連合の本拠地に突然教団の重鎮が現れ、エルスも多少警戒しないでは無かったが、相手の物腰と言動、話の内容から、休戦の申し出が本物であると判断し、交渉に入った。
「……では、教団側は我々央南連合と焔流剣術一派への攻撃を即時停止し、現在軍事的に実効支配している地域から撤退する代わりに、我々もそちらへの干渉は行わない、と。
休戦の具体的な内容は、こんな感じでよろしいですか?」
「はい、異存ありません」
3時間に渡って両者は話し合いを続け、休戦の具体的な定義の確認やそれを遵守するための各種契約の取り決め、その他色々と意見を交わし、ついに休戦交渉がまとまった。
即ち――この瞬間、長い間続いていた央南抗黒戦争は、終結に至った。
「お疲れさまでした、台下。これでもう、戦いを終えられますね」
穏やかなエルスの言葉に対し、ウェンディはやや緊張した顔で「はい」と答える。
「本当に、長い間……」「でも、本音を言えば」
そっと、エルスが狼耳にささやく。
「また力を蓄えたら、戦いを再開されるんじゃないですか?」
エルスの問いに対し、ウェンディはふるふると首を振り、きっぱり答えた。
「私が生きている限り、そんな野蛮なことは絶対させません。
元々黒炎教団は密教ですし、こんなに対外的な活動をすること自体が異常だったのですから。そもそも私自身、戦いは嫌いですし」
「ありゃ、そうなんですか? 教団には好戦的な方が多いと思っていましたが……」
「そんなの、亡くなった叔父や弟だけですよ。……あ」
ウェンディは途端に、暗い顔になった。
「一つお伝えしなければならないことがあります。弟の、ウィルバー・ウィルソンのことで」
「……へえ? あのウィルバー君の?」
その晩。
「そうか。ウィルバーの奴、勘当されたのか。ふむ……」
天玄館の談話室でウェンディからの話をエルスから伝え聞いた晴奈は、腕を組んでうなり――エルスはこの時、父親と良く似た仕草を見せた晴奈を見て、吹き出しそうになっていた――やがて口を開いた。
「それは休戦と何か、関係があるのか?」
「無いねぇ。でも、セイナ個人には関係あるかもね」
「まあ、確かに。因縁の相手だからな、決着を付けに来るかも知れん」
横で話を聞いていた明奈は、心配そうに晴奈を見つめる。
「お姉さま、気を付けて下さいね」
「無論だ。……少し、外に出てくる」
晴奈は刀を差し、談話室を後にした。
残されたエルスとリストは顔を合わせ、晴奈について話す。
「アイツ、どうすんのかしら?」
「そりゃ、やる気だろうね。……あらら」
エルスはリストと明奈が対局していた碁盤を眺め、クスッと笑った。
「リスト、下手くそだなぁ。メイナにやられ放題じゃないか」
「う、うるさいっ」
「僕が稽古つけたげるよ。メイナはその間、休んでてね」
そう言ってウインクしたエルスに、明奈は彼の言葉の裏を感じ取ったらしい。
「あ、はい。……わたしも、少し外に出てますね」
「うんうん、いってらっしゃい」
赤い満月の光を反射する川に照らされ、岸に佇む晴奈も赤く染まっていた。
(ウィルバーとの最終決戦、か)
晴奈の脳裏に、ウィルバーとの戦いが次々と浮かんでくる。
15歳の頃、初めて戦い負けたこと。その5年後には勝ったこと。
それから7年経った22の時、刀を折られたものの、リストの助けを借りて勝利したこと。
天玄で一緒に捕まり、共闘したこと。
その後も数々の戦いで、時には打ち負かして撃退し、また時には攻め切られて敗走したこと。
ある時は一片も寄せ付けぬほど翻弄し、またある時は一進一退の真剣勝負にもつれ込んだこと。
そんな日々が、終わりを告げるのだ。
(誰かが言っていたな――博士だったか、それともエルスだったか――『物事は始まったその瞬間から、終わりと言う宿命を抱えるのだ』と。
ずっと続くと思っていたあいつとの戦いも、終わると言うのか)
そう考えた時――晴奈は急に、寂しさを覚えた。
(え……)
その寂しさが一体どこから来たものなのか、晴奈にはまったく分からなかった。
と、背後から妹の声がかけられる。
「お姉さま」
「え? ……ああ、明奈か」
晴奈は振り返り、明奈に笑いかけた。
「ああ、じゃありませんよ。……横、よろしいですか?」
「うん、いいよ」
明奈はちょこんと晴奈の横に座り、そしてそのまま、じっと姉の顔を覗き込んでいる。
「何だ、明奈? 私の顔に、何か付いてるか?」
「いいえ、その、……不安なんです」
「不安?」
「戦われるのでしょう? もしもお姉さまが、最後の最後に負けたりなどしてしまったら」
「ふふ、大丈夫だ。私は死なぬよ。
お前が私の側にいる限り死ぬわけには行かぬし、そして黒炎様からの刀を受け取るまでは、死ぬ気も無い」
晴奈はそう言って笑い飛ばしたが、明奈の顔から不安の色は消えない。
「……」
「どうした? 姉ちゃんがそんなに危なっかしく見えるか?」
「いいえ、ただ……」
そこで明奈は黙り込み、ただじっと見つめてくる。
晴奈はそんな妹を抱きしめ、優しく声をかけた。
「心配するな、明奈。私は絶対、負けないさ」
「……はい」
その時だった。
河原の向こう岸で、ざく、と砂利を踏みしめる音が聞こえた。その音と気配だけで、晴奈は対岸にいる者が誰かを悟った。
「来たようだ。明奈、離れていろ」
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