「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第8部
白猫夢・騙党抄 4
麒麟を巡る話、第371話。
司令の検分。
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4.
鋼鉄製の防具と盾で防御を固めた兵士たちにより、木箱が開けられることとなった。
しかし中に収められていたのは、そんな物理的な防御では防げない、恐るべき「攻撃」だった。
「魔術反応、ありません」
「爆弾の類も設置されていない模様です」
兵士たちが木箱を検証し、罠が無いことを確認する。
「分かった。慎重に開けてくれ」
ロンダの命令に従い、兵士たちはバールを隙間にねじ込み、蓋を開ける。
「よい、しょ……、っと」
ギシギシと音を立てて、木箱は開かれた。
「……!?」
中身が顕わになったその瞬間、中庭にいた者たちは一様に、言葉を失った。
木箱が開けられるその5分前、トレッドは笑いながら、こんなことを言っていた。
「私の背丈より頭ひとつは大きいですな。人が悠々、隠れられそうだ」
「あはは……」
シエナはこの時、笑って返していたが――中身を目にした今、その冗談には二度と、笑みを浮かべることができなくなった。
「……これ……は……」
「……っ! 閣下! お下がり下さい! 見てはいけません!」
ロンダが慌ててシエナの前に立ちはだかり、木箱から目を逸らさせる。
「見ちゃ、った、……わよ」
ぼそぼそとそうつぶやき、シエナはその場に倒れてしまった。
「ああ、閣下! ……き、君! 閣下を医務室へ運びたまえ!」
ロンダは兵士に命じ、倒れたシエナを運ばせる。
「ほ、他の幹部の方もお戻り下さい! 我々が調べますので!」
「う、……うむ」
「そ、そう、させてもらおう」
イビーザとトレッドも、顔を真っ青にして中庭から立ち去った。
中庭にはロンダと兵士数名だけになり、そこでようやく、ロンダがつぶやいた。
「……なんと、むごい」
木箱の中には、央中へ調査に向かわせていたあの諜報員三名の死体が吊るされていた。
その胸には太い杭が打ち付けられ、真っ赤に染まっている。また、三人の首を一度に結ぶ形で、麻でできた帯がくくりつけられていた。
「こんなひどい死に方を……。戦地でもこれほどの惨死、目の当たりにしたことはそうそう無いぞ」
央北における戦争に幾度と無く参加してきたため、ロンダはこの異様な光景に直面しても、流石に怯むような様子は見せない。
既に腐臭を放っている死体に近寄り、ロンダは検分を行う。
「死後2日と言うところだろうか。死因は間違いなく、胸に受けたこの杭だろうな」
そう結論づけたところで、背後からぽんと、声が投げかけられた。
「違うよ。杭を打たれたのは死んだ後だよ」
「う、……うん?」
いつの間にか、ロンダの背後には、緑髪に三毛耳の猫獣人が立っている。
「君は?」
ロンダの問いに答えず、その猫獣人――葵はこう続ける。
「もし生きてるうちに杭を打たれたなら、相当苦しくて顔が歪むだろうし、血もいっぱい出るはずだよ。
でもこの人の顔は、何て言うか、自分たちに何が起こったのか分からないうちに死んじゃった、……って言う感じだもん。
それに杭に付いてる血が、生きたまま打たれたにしては少なすぎるよ。多分、殺した後でこんな風に『飾り付け』したんだと思う」
「ふむ」
乱暴で利己的な前任者とは違い、ロンダは他人の意見にじっくり耳を傾ける、協調的な性質を持っているらしい。
突然現れた葵に、ロンダは執拗に素性を尋ねるようなことはせず、深くうなずいて応じた。
「なるほど。確かにそう言われれば、そう見える。では彼らの、直接の死因は何だろうか?」
「胸を一突き。それも剣や槍じゃない。素手をものすごい力で突き入れて、そのまま背中まで抜けたみたいな、かなり乱暴で非常識な殺し方だよ」
「その論拠は?」
「胸に空いた穴。剣とかでできた切創に杭を打ち込んだなら、傷跡は無理やり拡げたみたいになるはず。その傷跡、杭より大きいもの。ちょうど、あたしの手を広げたくらいの大きさ。それに」
葵は死体のひとつに近付き、己の手をかざして見せた。
「これ、手の形だよね」
「……む、う」
葵の言う通り、確かにその傷跡はヒトデのように、5方向の放射状に広がっていた。
「これ、取っていい?」
と、葵が死体の首に掛けられた麻帯を指差す。
「うむ」
ロンダの許可を得て、葵はその麻帯を手に取る。
「うん? 裏側に何か書いてあるな」
「……」
葵は麻帯に書かれた文章に一瞬、視線を落とし、それからロンダに渡した。
「ミゲルさん」
「なんだ?」
「これから忙しくなるよ。央中に多分、半年くらい詰めることになる。
家の地下室の掃除と壁のペンキ塗り、今週中にやっとかないと、帰ってきた時に奥さんと大ゲンカすることになるから、央中に行く前にやりなよ」
「む、む? 央中へ、だと? それに何故、私の家の事情を……」
目を白黒させるロンダに構わず、葵はこう言い残し、その場から消えた。
「それ、シエナに見せてあげて。見たらシエナはきっと、すごく怒る。
それが央中攻略戦の幕開けになるから」
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司令の検分。
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鋼鉄製の防具と盾で防御を固めた兵士たちにより、木箱が開けられることとなった。
しかし中に収められていたのは、そんな物理的な防御では防げない、恐るべき「攻撃」だった。
「魔術反応、ありません」
「爆弾の類も設置されていない模様です」
兵士たちが木箱を検証し、罠が無いことを確認する。
「分かった。慎重に開けてくれ」
ロンダの命令に従い、兵士たちはバールを隙間にねじ込み、蓋を開ける。
「よい、しょ……、っと」
ギシギシと音を立てて、木箱は開かれた。
「……!?」
中身が顕わになったその瞬間、中庭にいた者たちは一様に、言葉を失った。
木箱が開けられるその5分前、トレッドは笑いながら、こんなことを言っていた。
「私の背丈より頭ひとつは大きいですな。人が悠々、隠れられそうだ」
「あはは……」
シエナはこの時、笑って返していたが――中身を目にした今、その冗談には二度と、笑みを浮かべることができなくなった。
「……これ……は……」
「……っ! 閣下! お下がり下さい! 見てはいけません!」
ロンダが慌ててシエナの前に立ちはだかり、木箱から目を逸らさせる。
「見ちゃ、った、……わよ」
ぼそぼそとそうつぶやき、シエナはその場に倒れてしまった。
「ああ、閣下! ……き、君! 閣下を医務室へ運びたまえ!」
ロンダは兵士に命じ、倒れたシエナを運ばせる。
「ほ、他の幹部の方もお戻り下さい! 我々が調べますので!」
「う、……うむ」
「そ、そう、させてもらおう」
イビーザとトレッドも、顔を真っ青にして中庭から立ち去った。
中庭にはロンダと兵士数名だけになり、そこでようやく、ロンダがつぶやいた。
「……なんと、むごい」
木箱の中には、央中へ調査に向かわせていたあの諜報員三名の死体が吊るされていた。
その胸には太い杭が打ち付けられ、真っ赤に染まっている。また、三人の首を一度に結ぶ形で、麻でできた帯がくくりつけられていた。
「こんなひどい死に方を……。戦地でもこれほどの惨死、目の当たりにしたことはそうそう無いぞ」
央北における戦争に幾度と無く参加してきたため、ロンダはこの異様な光景に直面しても、流石に怯むような様子は見せない。
既に腐臭を放っている死体に近寄り、ロンダは検分を行う。
「死後2日と言うところだろうか。死因は間違いなく、胸に受けたこの杭だろうな」
そう結論づけたところで、背後からぽんと、声が投げかけられた。
「違うよ。杭を打たれたのは死んだ後だよ」
「う、……うん?」
いつの間にか、ロンダの背後には、緑髪に三毛耳の猫獣人が立っている。
「君は?」
ロンダの問いに答えず、その猫獣人――葵はこう続ける。
「もし生きてるうちに杭を打たれたなら、相当苦しくて顔が歪むだろうし、血もいっぱい出るはずだよ。
でもこの人の顔は、何て言うか、自分たちに何が起こったのか分からないうちに死んじゃった、……って言う感じだもん。
それに杭に付いてる血が、生きたまま打たれたにしては少なすぎるよ。多分、殺した後でこんな風に『飾り付け』したんだと思う」
「ふむ」
乱暴で利己的な前任者とは違い、ロンダは他人の意見にじっくり耳を傾ける、協調的な性質を持っているらしい。
突然現れた葵に、ロンダは執拗に素性を尋ねるようなことはせず、深くうなずいて応じた。
「なるほど。確かにそう言われれば、そう見える。では彼らの、直接の死因は何だろうか?」
「胸を一突き。それも剣や槍じゃない。素手をものすごい力で突き入れて、そのまま背中まで抜けたみたいな、かなり乱暴で非常識な殺し方だよ」
「その論拠は?」
「胸に空いた穴。剣とかでできた切創に杭を打ち込んだなら、傷跡は無理やり拡げたみたいになるはず。その傷跡、杭より大きいもの。ちょうど、あたしの手を広げたくらいの大きさ。それに」
葵は死体のひとつに近付き、己の手をかざして見せた。
「これ、手の形だよね」
「……む、う」
葵の言う通り、確かにその傷跡はヒトデのように、5方向の放射状に広がっていた。
「これ、取っていい?」
と、葵が死体の首に掛けられた麻帯を指差す。
「うむ」
ロンダの許可を得て、葵はその麻帯を手に取る。
「うん? 裏側に何か書いてあるな」
「……」
葵は麻帯に書かれた文章に一瞬、視線を落とし、それからロンダに渡した。
「ミゲルさん」
「なんだ?」
「これから忙しくなるよ。央中に多分、半年くらい詰めることになる。
家の地下室の掃除と壁のペンキ塗り、今週中にやっとかないと、帰ってきた時に奥さんと大ゲンカすることになるから、央中に行く前にやりなよ」
「む、む? 央中へ、だと? それに何故、私の家の事情を……」
目を白黒させるロンダに構わず、葵はこう言い残し、その場から消えた。
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