「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第3部
蒼天剣・傑士録 3
晴奈の話、第158話。
傑士の矜持。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
「久しぶりだな、セイナ」
川の向こう岸で、ウィルバーは声を上げる。赤い月に照らされたその姿は、ひどく憔悴したように見えた。
晴奈はそのまま、川岸に向かって進む。
「久しぶりだな。聞いたぞ、お前の窮状を」
「ヘッ、そうでもねえよ。うるさい血縁関係から解放されて、清々してる」
「清々? そうは見えぬな。顔色が悪いぞ。それに、目が野獣のようだ。
止んぬる哉、とでも言いたげな顔だ」
「……はは、そうかもな。確かにオレ、もう後戻りできねーんだ。
こんなコト言っちまったらもう実も蓋もねえけど、お前を倒したって、元の暮らしに戻れるワケでも無え」
「なれば、こんな愚行を犯す必要などあるまい」
会話を交わしつつ、晴奈もウィルバーも同時に川へ入る。
「……っ」
「ぬ……、く」
梅雨が明けたばかりの川は大分増水しており、油断するとすぐ足を取られてしまう。
だが二人はそのまま、じゃぶじゃぶと足を進めていく。
「オレのプライドの問題だ。心の整理を付けたいってヤツでもある。
何としてでも、お前だけは倒さなきゃ、あるいは、お前に倒されなきゃ――きっちり決着付けなきゃ、オレの気が済まねえんだよ」
腰まで水に漬かり、両者が互いにすぐ手が届くところまで近付いたところで、ウィルバーは三節棍を構える。晴奈も刀を抜き、ウィルバーに応じる。
「そうか。では付けよう、決着を」
「そう来なくちゃな。……いざ」
「いざ、尋常に……」
ばし、と水しぶきが2つ、弾ける。
同時に、二人の叫び声が辺りに轟いた。
「勝負!」
まずはいつも通りに刀と棍をぶつけ合い、鍔迫り合いが始まる。
そしてすぐ離れ、壮絶な打ち合いが続く。
まるで剣術の型稽古のように、二人は何年も続けた戦いを繰り返す。
「今日こそテメーを打ち負かす! この川の勢いなら、一回でも倒せば間違い無く浮かんで来られねえ! 決着を付けるには、持って来いの場所だろ!?」
「ああ、確かにな! おあつらえ向きの場所だ! 存分に、心行くまで戦い抜こうぞ!」
川に足を取られながらも、両者の技は平地と見劣りするところが無い。
互いに一撃、一撃と打ち込む度に、まるで雨が降っているかの如く川の水が噴き上げられ、二人に降り注いだ。
「セイナ! お前とは本当、長い付き合いだったな!」
「そうだな、ウィルバー! もう、何年になる?」
「オレが16、お前が15の時からだろ? 10年だ、丸10年!」
川の音と打ち合いの音が激しいせいか、二人は絶叫に近い声で話をする。
「そんなにか……! いい加減、ここで終わりにしたいところだな!」
「ああ、そうさ、そうだよ! 終わりに、してえよ!」
途中からウィルバーの声が震えてくるが、攻撃は逆に鋭さを増してくる。晴奈も心がひどく揺れたが、刀に目一杯気合と力を込めて応戦する。
「ならば、全力でかかってこい! 全力で、この私に打ち勝って見せろ!」
「言われなくても……!」
バシャ、と水音を上げてウィルバーが飛び上がり、棍を振り上げて晴奈に飛び掛る。一撃必殺の、打ち下ろし攻撃だ。
「そのつもりだあああァァァーッ!」
ドバ、と重たい音を立てて、水柱が立つ。明奈のいる辺りにも、水が降り注いできた。
「お姉さま……!」
明奈が思わず声をあげるが、それに応える声は無い。
その代わり――。
「どうした、ウィルバー! それが、お前の全力かッ!?」
ざば、と水をかき分け、晴奈が声を張り上げた。
「ヘッ、んなわけねーだろ! まだまだ、これからだッ!」
ウィルバーが立ち上がり、晴奈に負けないくらいの大声で返し、また打ち合いが始まった。
戦い始めてから、あっと言う間に1時間が経過した。
既に二人とも、最初の頃の勢いは無い。激しく流れる大量の川水のせいで、いつもより余計に体力を失っているのだ。
「ゼエ、ゼエ……」「ハア、ハア……」
二人とも顔色は真っ青になっており、互いに相手が限界に達していることを悟っていた。
「……たかった」
唐突に、ウィルバーが何かをつぶやく。
「何……、だと?」
「ずっと、戦い続けたかった」
「……」
ウィルバーの独白が続く。
「オレは本当、戦うことが好きだったんだ。女も、酒も良かったけど、何が一番、って聞かれたらやっぱり、戦うことを挙げる。
でも、教団はもう、戦わなくていいって言った。オレから戦いを取ったら、何が残る? 女たらしのオレ? 酒好きのオレ? ……んなもん、いらねえ。そんなもん全部、次の戦いが始まるまでの暇つぶしだったと、今んなってようやく気付いた」
ウィルバーはぶるぶる震えながら、棍を上段に構える。
「セイナ、ちょっと前にオレ、お前を口説いたけど、やっぱ、受けないで正解だったと思うよ。オレみたいなクズを伴侶にしたらそれこそ、地獄だったろうさ。
……オレ、還るわ。オレのような修羅に似合う、地獄の底に」
「ウィルバー……?」
ウィルバーは棍を掲げたまま、ばちゃ、と川の中に倒れる。そしてそのまま、川下に流れていく。
「おい、ウィルバー、おい……」
晴奈は助けようとしたが、体が寒さで震え、その場から動けない。手さえ伸ばせないまま、晴奈の前をウィルバーがするすると流れていく。
「おい、ウィルバー! 目を覚ませ、ウィル!」
晴奈は初めて、ウィルバーを愛称「ウィル」で呼んだ。
だがそんな珍事にも、女好きのはずだったウィルバーは応えず、静かに流れていった。
「ウィル……!」
やがて晴奈の意識も遠のき、彼女もそのまま、水の中に沈んでいった。
@au_ringさんをフォロー
傑士の矜持。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
「久しぶりだな、セイナ」
川の向こう岸で、ウィルバーは声を上げる。赤い月に照らされたその姿は、ひどく憔悴したように見えた。
晴奈はそのまま、川岸に向かって進む。
「久しぶりだな。聞いたぞ、お前の窮状を」
「ヘッ、そうでもねえよ。うるさい血縁関係から解放されて、清々してる」
「清々? そうは見えぬな。顔色が悪いぞ。それに、目が野獣のようだ。
止んぬる哉、とでも言いたげな顔だ」
「……はは、そうかもな。確かにオレ、もう後戻りできねーんだ。
こんなコト言っちまったらもう実も蓋もねえけど、お前を倒したって、元の暮らしに戻れるワケでも無え」
「なれば、こんな愚行を犯す必要などあるまい」
会話を交わしつつ、晴奈もウィルバーも同時に川へ入る。
「……っ」
「ぬ……、く」
梅雨が明けたばかりの川は大分増水しており、油断するとすぐ足を取られてしまう。
だが二人はそのまま、じゃぶじゃぶと足を進めていく。
「オレのプライドの問題だ。心の整理を付けたいってヤツでもある。
何としてでも、お前だけは倒さなきゃ、あるいは、お前に倒されなきゃ――きっちり決着付けなきゃ、オレの気が済まねえんだよ」
腰まで水に漬かり、両者が互いにすぐ手が届くところまで近付いたところで、ウィルバーは三節棍を構える。晴奈も刀を抜き、ウィルバーに応じる。
「そうか。では付けよう、決着を」
「そう来なくちゃな。……いざ」
「いざ、尋常に……」
ばし、と水しぶきが2つ、弾ける。
同時に、二人の叫び声が辺りに轟いた。
「勝負!」
まずはいつも通りに刀と棍をぶつけ合い、鍔迫り合いが始まる。
そしてすぐ離れ、壮絶な打ち合いが続く。
まるで剣術の型稽古のように、二人は何年も続けた戦いを繰り返す。
「今日こそテメーを打ち負かす! この川の勢いなら、一回でも倒せば間違い無く浮かんで来られねえ! 決着を付けるには、持って来いの場所だろ!?」
「ああ、確かにな! おあつらえ向きの場所だ! 存分に、心行くまで戦い抜こうぞ!」
川に足を取られながらも、両者の技は平地と見劣りするところが無い。
互いに一撃、一撃と打ち込む度に、まるで雨が降っているかの如く川の水が噴き上げられ、二人に降り注いだ。
「セイナ! お前とは本当、長い付き合いだったな!」
「そうだな、ウィルバー! もう、何年になる?」
「オレが16、お前が15の時からだろ? 10年だ、丸10年!」
川の音と打ち合いの音が激しいせいか、二人は絶叫に近い声で話をする。
「そんなにか……! いい加減、ここで終わりにしたいところだな!」
「ああ、そうさ、そうだよ! 終わりに、してえよ!」
途中からウィルバーの声が震えてくるが、攻撃は逆に鋭さを増してくる。晴奈も心がひどく揺れたが、刀に目一杯気合と力を込めて応戦する。
「ならば、全力でかかってこい! 全力で、この私に打ち勝って見せろ!」
「言われなくても……!」
バシャ、と水音を上げてウィルバーが飛び上がり、棍を振り上げて晴奈に飛び掛る。一撃必殺の、打ち下ろし攻撃だ。
「そのつもりだあああァァァーッ!」
ドバ、と重たい音を立てて、水柱が立つ。明奈のいる辺りにも、水が降り注いできた。
「お姉さま……!」
明奈が思わず声をあげるが、それに応える声は無い。
その代わり――。
「どうした、ウィルバー! それが、お前の全力かッ!?」
ざば、と水をかき分け、晴奈が声を張り上げた。
「ヘッ、んなわけねーだろ! まだまだ、これからだッ!」
ウィルバーが立ち上がり、晴奈に負けないくらいの大声で返し、また打ち合いが始まった。
戦い始めてから、あっと言う間に1時間が経過した。
既に二人とも、最初の頃の勢いは無い。激しく流れる大量の川水のせいで、いつもより余計に体力を失っているのだ。
「ゼエ、ゼエ……」「ハア、ハア……」
二人とも顔色は真っ青になっており、互いに相手が限界に達していることを悟っていた。
「……たかった」
唐突に、ウィルバーが何かをつぶやく。
「何……、だと?」
「ずっと、戦い続けたかった」
「……」
ウィルバーの独白が続く。
「オレは本当、戦うことが好きだったんだ。女も、酒も良かったけど、何が一番、って聞かれたらやっぱり、戦うことを挙げる。
でも、教団はもう、戦わなくていいって言った。オレから戦いを取ったら、何が残る? 女たらしのオレ? 酒好きのオレ? ……んなもん、いらねえ。そんなもん全部、次の戦いが始まるまでの暇つぶしだったと、今んなってようやく気付いた」
ウィルバーはぶるぶる震えながら、棍を上段に構える。
「セイナ、ちょっと前にオレ、お前を口説いたけど、やっぱ、受けないで正解だったと思うよ。オレみたいなクズを伴侶にしたらそれこそ、地獄だったろうさ。
……オレ、還るわ。オレのような修羅に似合う、地獄の底に」
「ウィルバー……?」
ウィルバーは棍を掲げたまま、ばちゃ、と川の中に倒れる。そしてそのまま、川下に流れていく。
「おい、ウィルバー、おい……」
晴奈は助けようとしたが、体が寒さで震え、その場から動けない。手さえ伸ばせないまま、晴奈の前をウィルバーがするすると流れていく。
「おい、ウィルバー! 目を覚ませ、ウィル!」
晴奈は初めて、ウィルバーを愛称「ウィル」で呼んだ。
だがそんな珍事にも、女好きのはずだったウィルバーは応えず、静かに流れていった。
「ウィル……!」
やがて晴奈の意識も遠のき、彼女もそのまま、水の中に沈んでいった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
2016.04.08 修正
2016.04.08 修正
- 関連記事
-
-
蒼天剣・傑士録 4 2008/12/03
-
蒼天剣・傑士録 3 2008/12/02
-
蒼天剣・傑士録 2 2008/12/01
-
蒼天剣・傑士録 1 2008/11/30
-
蒼天剣・狷狼録 10 2008/11/29
-



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
~ Comment ~