蒼天剣・傑士録 32008-12-02 Tue 21:04 晴奈の話、158話目。 傑士の矜持。 3. 「久しぶりだな、セイナ」 川の向こう岸で、ウィルバーは声を上げる。赤い月に照らされたその姿は、ひどく憔悴したように見える。晴奈はそのまま、川岸に向かって進む。 「久しぶりだ。聞いたぞ、お前の窮状を」 「ヘッ、そうでもねえよ。うるさい血縁関係から解放されて、清々してる」 「そうは見えんな。顔色が悪い。それに、目が野獣のようだ――止んぬる哉、とでも言いたげな顔だ」 「……はは、そうかもな。確かにオレ、もう後戻りできねーんだ。こう言っちまったらもう、実も蓋もねえけど、お前を倒したって、元の暮らしに戻れるわけでも無い」 「なれば、こんな愚行を犯す必要などあるまい」 晴奈も、ウィルバーも同時に川へ入る。梅雨が明けたばかりの川は大分増水しており、油断するとすぐ足を取られてしまう。 だが二人は構わず、じゃぶじゃぶと足を進めていく。 「いや、あるね。オレのプライドの問題だ。 何としてでも、お前だけは倒さなきゃ、あるいは、倒されなきゃ――きっちり決着付けなきゃ、オレの気が済まねえんだよ」 腰まで水に漬かったところで、ウィルバーは三節棍を構える。晴奈も刀を抜き、ウィルバーの近くまで迫る。 「そうか。では付けよう、決着を」 「そうこなくちゃな。……いざ」 「いざ、尋常に……」 ばし、と水しぶきが2つ、弾ける。同時に、二人の叫び声が辺りに轟いた。 「勝負!」 まずは、いつも通りに刀と棍をぶつけ合い、鍔迫り合いが始まる。 そしてすぐ離れ、壮絶な打ち合いが続く。 まるで剣術の型稽古のように、二人の所作は何年も続けた戦いを繰り返す。 「今日こそ、お前を打ち負かす! この川の勢いなら、一回でも倒せばほぼ間違いなく浮かんでは来られねえ! 決着を付けるには、持って来いの場所だろう!?」 「ああ、確かにな! おあつらえ向きの場所だ! 存分に、心行くまで戦い抜こうぞ!」 川に足を取られながらも、両者の技は平地と見劣りするところが無い。 互いに一撃、一撃と打ち込む度に、まるで雨が降っているかの如く川の水が噴き上げられ、二人に降り注いだ。 「セイナ! お前とは本当、長い付き合いだったな!」 「そうだな、ウィルバー! もう、何年になる?」 「オレが16、お前が15の時からだろ? 10年だ、丸10年!」 川の音と打ち合いの音が激しいせいか、二人は絶叫に近い声で話をする。 「そんなにか……! いい加減、ここで終わりにしたいところだな!」 「ああ、そうさ、そうだよ! 終わりに、してえよ!」 途中からウィルバーの声が震えてくるが、攻撃は逆に鋭さを増してくる。晴奈も心がひどく揺れたが、刀に目一杯力を込めて応戦する。 「ならば、全力でかかってこい! 全力で、この私に打ち勝って見せろ!」 「言われなくても……!」 バシャ、と水音を上げてウィルバーが飛び上がり、棍を振り上げて晴奈に飛び掛る。一撃必殺の、打ち下ろし攻撃だ。 「そのつもりだあああァァァーッ!」 ドバ、と重たい音を立てて、水柱が立つ。明奈のいる辺りにも、水が降り注いできた。 「お姉さま……!」 明奈は思わず声をあげるが、それに応える声は無い。その代わり――。 「どうした、ウィルバー! それが、お前の全力かッ!?」 ざば、と水をかき分け、晴奈が声を張り上げた。 「ヘッ、んなわけねーだろ! まだまだ、これからだッ!」 ウィルバーが立ち上がり、晴奈に負けないくらいの大声で返し、また打ち合いが始まった。 戦い始めて、すでに1時間を越えていた。 すでに二人とも、最初の頃の勢いは無い。激しく流れる大量の川水のせいで、いつもより余計に体力を失っているのだ。 「ゼエ、ゼエ……」「ハア、ハア……」 二人の顔色は真っ青で、互いに相手が限界に達していることを悟っていた。 「……たかった」 ボソ、とウィルバーがつぶやく。 「何……、だと?」 「ずっと、戦い続けたかった」 「……」 ウィルバーの独白が続く。 「オレは本当、戦うことが好きだったんだ。女も、酒も良かったけど、何が一番、って聞かれたらやっぱり、戦うことを挙げる。 でも、教団はもう、戦わなくていいって言った。オレから戦いを取ったら、何が残る? 女たらしのオレ? 酒好きのオレ? ……んなもん、いらねえ。そんなもん全部、次の戦いが始まるまでの暇つぶしだったと、勘当されてようやく気付いた」 ウィルバーはぶるぶる震えながら、棍を上段に構える。 「セイナ、ちょっと前にオレ、お前を口説いたけど、やっぱ、受けないで正解だったと思うよ。オレみたいなクズを伴侶にしたらそれこそ、地獄だったろうさ。 ……オレ、還るわ。オレのような修羅に似合う、地獄の底、冥府に」 「ウィルバー……?」 ウィルバーは棍を掲げたまま、ばちゃ、と川の中に倒れた。そしてそのまま、川下に流れていく。 「おい、ウィルバー、おい……」 晴奈は助けようとしたが、体が寒さで震え、動けない。ウィルバーは晴奈の前を、するっと流れていく。 「おい、ウィルバー! 目を覚ませ、ウィル!」 晴奈は初めて、ウィルバーを愛称「ウィル」で呼んだ。だがそんな珍事にも、女好きのはずだったウィルバーは応えず、静かに流れていった。 「ウィル……!」 晴奈の意識も遠のく。 体が水に沈む直前、川岸から自分を呼ぶ声が聞こえた。 |
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