「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第8部
白猫夢・陥湖抄 1
麒麟を巡る話、第380話。
襲来と不在。
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1.
双月暦570年、4月28日。
当代ラーガ家当主、狼獣人のポエト・ナルキステイル・ラーガ氏は、大慌てで天狐の屋敷へ駆け込んだ。
「テンコちゃん、大変だ! 白猫党が軍を……」
ノックもせずに玄関をくぐり、突如発生した問題を説明しようとしたところで、ポエトはたむろしていた天狐ゼミ生の一人にぶつかった。
「わっ!?」「あいたっ!」
どすんと尻餅をついたポエトに、同様に倒れ込んだゼミ生が謝る。
「す、すみません」
「いや、私も動揺して、……あ、いや。こんなことをしている場合ではない」
立ち上がったポエトに、別のゼミ生が声をかけた。
「ラーガ卿、もしかしてテンコちゃんにご用事でしょうか?」
「うむ、早急に手を借りたくてな」
ポエトがそう返した途端、ゼミ生たちは顔を見合わせた。
「どうした?」
「その……、僕たちも困ってて」
「何があった? いや、それよりもテンコちゃんは……」
「それなんです」
ゼミ生たちは異口同音に、異状を告げた。
「テンコちゃんがいないんです。どこにも」
時間は30分前に戻る。
ポエト氏はその日もいつも通りに、朝食を優雅に楽しんでいた。
「旦那様、今朝のデザートです」
「うむ」
運ばれてきたショコラシフォンケーキを見て、ポエトはぽつりとつぶやく。
「またテンコちゃんと話がしたいものだ。特にこれがあると、彼女は饒舌になるからな」
「お好きでしたものね、テンコちゃん」
ちなみに天狐は堅苦しい挨拶や呼称を好まず、己のことも「ちゃん付けでいいからな」と周囲に伝えている。
ラーガ邸の者たちも、当主以下全員が敬意を表する形で、あえて「テンコちゃん」と呼んでいるのだ。
「今夜あたり、呼んでみようか」
「どうでしょう? そろそろ今期のゼミも終盤に差し掛かるはずですし、卒論の確認などでお忙しくされているのでは?」
「ああ……、そうか。もうそんな時期だったな。
……いや、ならばむしろ、これからの激務に備えて英気を養ってもらうと言う意味合いでお呼びできるかな。
よし、後でテンコちゃんの家に連絡を……」
と、メイドに命じかけたところで、執事が慌てて食堂に駆け込んできた。
「どうした? 騒々しいな」
「た、大変でございます、旦那様!」
「そのようだな。何があった?」
そう尋ねつつも、ポエトはケーキから視線を外さない。
だが、執事が伝えたこの衝撃的な報告を受けては、目を向けずにはいられなかった。
「げ、現在、フォルピア湖南岸において、多数の武装した兵士が現れ、南岸港を占拠した上に、こ、このミッドランドへと向かっているとのことです!」
「なに……?」
ようやく視線をケーキの上に乗ったショコラトリュフから、執事の真っ青な顔へと向け、ポエトは続けて尋ねる。
「どこの兵士だ?」
「じょ、情報が錯綜しておりまして、なにぶん、まだ確証は取れておりませんが……、どうやら、あの白猫党の有する軍ではないかと」
「……しろ、ね、こ? と言うと……、2、3年前に央北で名を挙げたと言うあの、白猫党か?」
「彼らが身に付けていた腕章や徽章などから、そうらしいと……」
「馬鹿な。何故彼らが央北ではなく、央中の、それも南部・中部地域にあるこのミッドランドに現れると言うのだ?
私もうわさに聞いた程度でしか無いが、白猫党は央北西部および中部を併合したとは聞いているが、依然、央北東部にその根は伸びていない。もし攻めを進めると言うのならば、そちらから進めるはずではないか。
百歩譲って、彼らが央北から央中に侵攻せんとするのならば、北部からが常道だろう?」
「ええ、そのはずですが……、しかし事実、彼らはこちらに向かっているようでして」
「再度、入念に事実確認を行ってくれ。もしも事実であるならば、こちらも兵を港へ向け、上陸を阻むのだ。
私は念のため、テンコちゃんのところへ向かい、応援を要請してくる」
ポエトは卓に置いたままのケーキを一瞬、残念そうに一瞥して、それからラーガ邸を出た。
そして現在。
「何ですって……!? テンコちゃんが、いない!?」
「ああ。助手のレイリン女史もいなかった」
ポエトは執事や兵士長を集め、天狐の屋敷に起こっていた異状を説明した。
「ゼミ生たちも、何も知らないとのことだ。一体彼女の屋敷で何が起こったのか、平時であれば直ちに究明したいところではあるのだが……」
「後もう、1時間程度で白猫軍が港へ到着すると思われます。いや、最新の高速舟艇を使用しているとの情報も寄せられておりますし、到着はより早くになるやも知れません」
「武装しているとのことだったな」
「ええ。それに、相手は白猫党。武器も恐らく、最新鋭の銃火器を用意しているでしょう」
「であれば……、いたずらに兵を送り、港の守りを固めたとしても、易々と突破されかねんな」
ポエトはしばらく腕を組んで黙っていたが、やがて冷静な眼差しで、兵士長にこう命じた。
「犠牲は最小限に留めたい。半端な抵抗や強硬な態度は、兵士を犬死にさせるだけだろう。
港に白旗を掲げ、話し合いの場を設けるよう伝えてくれ。港に集まっている兵士たちは、市街地手前まで退かせろ。
万一、話し合いが決裂するようなことがあっても、決して市街地を交戦の場にはするな」
「了解です」
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襲来と不在。
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双月暦570年、4月28日。
当代ラーガ家当主、狼獣人のポエト・ナルキステイル・ラーガ氏は、大慌てで天狐の屋敷へ駆け込んだ。
「テンコちゃん、大変だ! 白猫党が軍を……」
ノックもせずに玄関をくぐり、突如発生した問題を説明しようとしたところで、ポエトはたむろしていた天狐ゼミ生の一人にぶつかった。
「わっ!?」「あいたっ!」
どすんと尻餅をついたポエトに、同様に倒れ込んだゼミ生が謝る。
「す、すみません」
「いや、私も動揺して、……あ、いや。こんなことをしている場合ではない」
立ち上がったポエトに、別のゼミ生が声をかけた。
「ラーガ卿、もしかしてテンコちゃんにご用事でしょうか?」
「うむ、早急に手を借りたくてな」
ポエトがそう返した途端、ゼミ生たちは顔を見合わせた。
「どうした?」
「その……、僕たちも困ってて」
「何があった? いや、それよりもテンコちゃんは……」
「それなんです」
ゼミ生たちは異口同音に、異状を告げた。
「テンコちゃんがいないんです。どこにも」
時間は30分前に戻る。
ポエト氏はその日もいつも通りに、朝食を優雅に楽しんでいた。
「旦那様、今朝のデザートです」
「うむ」
運ばれてきたショコラシフォンケーキを見て、ポエトはぽつりとつぶやく。
「またテンコちゃんと話がしたいものだ。特にこれがあると、彼女は饒舌になるからな」
「お好きでしたものね、テンコちゃん」
ちなみに天狐は堅苦しい挨拶や呼称を好まず、己のことも「ちゃん付けでいいからな」と周囲に伝えている。
ラーガ邸の者たちも、当主以下全員が敬意を表する形で、あえて「テンコちゃん」と呼んでいるのだ。
「今夜あたり、呼んでみようか」
「どうでしょう? そろそろ今期のゼミも終盤に差し掛かるはずですし、卒論の確認などでお忙しくされているのでは?」
「ああ……、そうか。もうそんな時期だったな。
……いや、ならばむしろ、これからの激務に備えて英気を養ってもらうと言う意味合いでお呼びできるかな。
よし、後でテンコちゃんの家に連絡を……」
と、メイドに命じかけたところで、執事が慌てて食堂に駆け込んできた。
「どうした? 騒々しいな」
「た、大変でございます、旦那様!」
「そのようだな。何があった?」
そう尋ねつつも、ポエトはケーキから視線を外さない。
だが、執事が伝えたこの衝撃的な報告を受けては、目を向けずにはいられなかった。
「げ、現在、フォルピア湖南岸において、多数の武装した兵士が現れ、南岸港を占拠した上に、こ、このミッドランドへと向かっているとのことです!」
「なに……?」
ようやく視線をケーキの上に乗ったショコラトリュフから、執事の真っ青な顔へと向け、ポエトは続けて尋ねる。
「どこの兵士だ?」
「じょ、情報が錯綜しておりまして、なにぶん、まだ確証は取れておりませんが……、どうやら、あの白猫党の有する軍ではないかと」
「……しろ、ね、こ? と言うと……、2、3年前に央北で名を挙げたと言うあの、白猫党か?」
「彼らが身に付けていた腕章や徽章などから、そうらしいと……」
「馬鹿な。何故彼らが央北ではなく、央中の、それも南部・中部地域にあるこのミッドランドに現れると言うのだ?
私もうわさに聞いた程度でしか無いが、白猫党は央北西部および中部を併合したとは聞いているが、依然、央北東部にその根は伸びていない。もし攻めを進めると言うのならば、そちらから進めるはずではないか。
百歩譲って、彼らが央北から央中に侵攻せんとするのならば、北部からが常道だろう?」
「ええ、そのはずですが……、しかし事実、彼らはこちらに向かっているようでして」
「再度、入念に事実確認を行ってくれ。もしも事実であるならば、こちらも兵を港へ向け、上陸を阻むのだ。
私は念のため、テンコちゃんのところへ向かい、応援を要請してくる」
ポエトは卓に置いたままのケーキを一瞬、残念そうに一瞥して、それからラーガ邸を出た。
そして現在。
「何ですって……!? テンコちゃんが、いない!?」
「ああ。助手のレイリン女史もいなかった」
ポエトは執事や兵士長を集め、天狐の屋敷に起こっていた異状を説明した。
「ゼミ生たちも、何も知らないとのことだ。一体彼女の屋敷で何が起こったのか、平時であれば直ちに究明したいところではあるのだが……」
「後もう、1時間程度で白猫軍が港へ到着すると思われます。いや、最新の高速舟艇を使用しているとの情報も寄せられておりますし、到着はより早くになるやも知れません」
「武装しているとのことだったな」
「ええ。それに、相手は白猫党。武器も恐らく、最新鋭の銃火器を用意しているでしょう」
「であれば……、いたずらに兵を送り、港の守りを固めたとしても、易々と突破されかねんな」
ポエトはしばらく腕を組んで黙っていたが、やがて冷静な眼差しで、兵士長にこう命じた。
「犠牲は最小限に留めたい。半端な抵抗や強硬な態度は、兵士を犬死にさせるだけだろう。
港に白旗を掲げ、話し合いの場を設けるよう伝えてくれ。港に集まっている兵士たちは、市街地手前まで退かせろ。
万一、話し合いが決裂するようなことがあっても、決して市街地を交戦の場にはするな」
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