「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第8部
白猫夢・陥湖抄 4
麒麟を巡る話、第383話。
央中侵略、開始。
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4.
月をまたぎ、5月1日を迎えても、一向に偽党員を発見できず、それでもなおミッドランドに居座り続ける白猫党に対し、ミッドランド周辺の国や都市では不満が高まりつつあった。
ミッドランドを経由する交易路が軒並み、白猫党によって封鎖・凍結されているからである。
「……」
冷汗を流すロンダから、その日も成果を挙げられなかったと言う報告を受け、シエナはあからさまに苛立つ様子を見せていた。
「いかがいたしましょうか……?」
「何を?」
ジロリとシエナににらまれ、ロンダはしどろもどろに答える。
「そのですな、確かに党員が殺されたこと、これは許されざる凶行であります。しかし、軍の精鋭が三日三晩に渡って捜査を行ってなお、偽党員と思しき輩を発見できずにいるのです。
これは、その、あくまで私の意見ではあるのですが、……その、我々がこの周辺を封鎖したことにより、その偽党員が警戒し、ミッドランドから逃げてしまったのではないか、と」
「……」
シエナは依然、苛立った目をロンダに向けている。
「で、あればですな、これ以上、ミッドランドに駐留しても、何ら益のあるものではないのではないか、と、そう、思うのですが」
「つまり?」
「撤退すべき、では、ないかと」
「へぇ」
シエナはバン、とテーブルを叩く。
「つまりアンタは、党員3名を殺害したヤツを放っておく、と言うのね?」
「そっ、そうではありません! 勿論、追える限りは全力で追う所存であります!
しかしですな、この街とその近隣に犯人がいないことは最早、明白であると思われます。ここでの捜査は切り上げ、他の国や街に捜査網を広げるべきではないか、と」
「……」
シエナはしばらく、無言でロンダをにらみつけていたが、やがてため息を漏らした。
「分かったわ、ココからは撤収しましょう」
「そ、そうですか」
シエナの言葉に、ロンダ及び最高幹部らもほっとしかけたが、次の一言にまた、胃を痛めさせられた。
「でもその代わり、近隣諸国を占領しなさい。少なくとも都市3ヶ所」
「……えっ? な、なんですと?」
「今回の遠征を、ただ央中の印象を悪くするだけで終わりにするつもり?
どうせならこの機会、地理的有利を最大限に活かすのよ。毒を食らわば皿まで、ってヤツよ」
「無茶です!」
この提案にも、最高幹部たちは食い下がる。
「今回率いてきた兵はたった1個中隊、250名程度です!」
「いかに我々の装備や戦術が優れていようと、近隣の兵力、武力組織を撃破できるほどの数ではありません!」
「そ、そうです! せめてその10倍は無ければ、到底話になりませんぞ」
「あら、そう」
シエナは薄く笑いを浮かべ、こう返した。
「2日前に、党本部に5個大隊をミッドランドへ送るよう指示したわ。早くて明日には到着するでしょうね」
「なっ……」
「ソレだけ兵力があれば攻略可能なんでしょう?
再度命令するわ、ミゲル・ロンダ司令。戦力が到着し次第近隣諸国を強襲し、占領しなさい」
「……」
ロンダは目を見開き、驚きと恐れに満ちた表情を浮かべていたが――やがて、「了解であります」と、いつもよりトーンの落ちた声で応じた。
結果から言えば、この蛮行極まりない行為としか思えなかった侵攻作戦は、成功を収めた。
白猫党はミッドランド市国に隣接する小国3ヶ国と、央中南部の中堅国、バイエル公国の港町、オリーブポートをはじめとする都市数ヶ所を電撃的に襲撃し、陥落・占領した。
これにより、白猫党はこれまでより容易に、本国から大量の兵員を行き来させることが可能になるとともに、ミッドランド周辺の交易網を牛耳ることとなった。
そして日は進み、5月4日。
白猫党は既にミッドランドから兵を引き上げ、ラーガ家一族を解放させていたが――ミッドランドの周囲を白猫党が押さえている今、この島を取り巻く状況は占拠中と比べ、何の変化も無かった。
「ああ、何ということだ……」
ポエトは自らの足で市街地へと赴き、すっかり静まり返った街を目にし、苦々しくうめいた。
「湖外周の港は、依然封鎖されたままなのか?」
ポエトの問いに、兵士長が答える。
「そのようです。厳密には『白猫党の管理下の元、運行されている』とのことですが、事実上は封鎖が継続されているも同然です。彼奴らが船を出すことを許可するとは、到底思えませんからな。
近隣国も現在、白猫党との戦闘状態にあるとのことですが、恐らく党側の勝利に終わるでしょう。いずれの国も、彼らを撃退できるほどの力はありますまい」
「となると、ミッドランド外の交易路も白猫党に握られたわけか……。央中が引っくり返るだろうな」
「ええ……」
ポエトはくる、と振り返り、丘の上に建つ自分の屋敷と、そのふもとに佇む天狐の屋敷を眺める。
「……ラーガ家始まって以来の屈辱だ。央中域内の経済とその流通を司る我がラーガ家が、このような辱めを受けるとは!
何故だ……! 何故テンコちゃんは、……テンコ・カツミは、この街から消え失せた!? 彼女がここに居てくれさえすれば、こんなことにはならなかったのに……!」
「旦那様……」
ポエトに付き従っていた者たちは、揃って苦渋の表情を浮かべていた。
白猫夢・陥湖抄 終
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央中侵略、開始。
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4.
月をまたぎ、5月1日を迎えても、一向に偽党員を発見できず、それでもなおミッドランドに居座り続ける白猫党に対し、ミッドランド周辺の国や都市では不満が高まりつつあった。
ミッドランドを経由する交易路が軒並み、白猫党によって封鎖・凍結されているからである。
「……」
冷汗を流すロンダから、その日も成果を挙げられなかったと言う報告を受け、シエナはあからさまに苛立つ様子を見せていた。
「いかがいたしましょうか……?」
「何を?」
ジロリとシエナににらまれ、ロンダはしどろもどろに答える。
「そのですな、確かに党員が殺されたこと、これは許されざる凶行であります。しかし、軍の精鋭が三日三晩に渡って捜査を行ってなお、偽党員と思しき輩を発見できずにいるのです。
これは、その、あくまで私の意見ではあるのですが、……その、我々がこの周辺を封鎖したことにより、その偽党員が警戒し、ミッドランドから逃げてしまったのではないか、と」
「……」
シエナは依然、苛立った目をロンダに向けている。
「で、あればですな、これ以上、ミッドランドに駐留しても、何ら益のあるものではないのではないか、と、そう、思うのですが」
「つまり?」
「撤退すべき、では、ないかと」
「へぇ」
シエナはバン、とテーブルを叩く。
「つまりアンタは、党員3名を殺害したヤツを放っておく、と言うのね?」
「そっ、そうではありません! 勿論、追える限りは全力で追う所存であります!
しかしですな、この街とその近隣に犯人がいないことは最早、明白であると思われます。ここでの捜査は切り上げ、他の国や街に捜査網を広げるべきではないか、と」
「……」
シエナはしばらく、無言でロンダをにらみつけていたが、やがてため息を漏らした。
「分かったわ、ココからは撤収しましょう」
「そ、そうですか」
シエナの言葉に、ロンダ及び最高幹部らもほっとしかけたが、次の一言にまた、胃を痛めさせられた。
「でもその代わり、近隣諸国を占領しなさい。少なくとも都市3ヶ所」
「……えっ? な、なんですと?」
「今回の遠征を、ただ央中の印象を悪くするだけで終わりにするつもり?
どうせならこの機会、地理的有利を最大限に活かすのよ。毒を食らわば皿まで、ってヤツよ」
「無茶です!」
この提案にも、最高幹部たちは食い下がる。
「今回率いてきた兵はたった1個中隊、250名程度です!」
「いかに我々の装備や戦術が優れていようと、近隣の兵力、武力組織を撃破できるほどの数ではありません!」
「そ、そうです! せめてその10倍は無ければ、到底話になりませんぞ」
「あら、そう」
シエナは薄く笑いを浮かべ、こう返した。
「2日前に、党本部に5個大隊をミッドランドへ送るよう指示したわ。早くて明日には到着するでしょうね」
「なっ……」
「ソレだけ兵力があれば攻略可能なんでしょう?
再度命令するわ、ミゲル・ロンダ司令。戦力が到着し次第近隣諸国を強襲し、占領しなさい」
「……」
ロンダは目を見開き、驚きと恐れに満ちた表情を浮かべていたが――やがて、「了解であります」と、いつもよりトーンの落ちた声で応じた。
結果から言えば、この蛮行極まりない行為としか思えなかった侵攻作戦は、成功を収めた。
白猫党はミッドランド市国に隣接する小国3ヶ国と、央中南部の中堅国、バイエル公国の港町、オリーブポートをはじめとする都市数ヶ所を電撃的に襲撃し、陥落・占領した。
これにより、白猫党はこれまでより容易に、本国から大量の兵員を行き来させることが可能になるとともに、ミッドランド周辺の交易網を牛耳ることとなった。
そして日は進み、5月4日。
白猫党は既にミッドランドから兵を引き上げ、ラーガ家一族を解放させていたが――ミッドランドの周囲を白猫党が押さえている今、この島を取り巻く状況は占拠中と比べ、何の変化も無かった。
「ああ、何ということだ……」
ポエトは自らの足で市街地へと赴き、すっかり静まり返った街を目にし、苦々しくうめいた。
「湖外周の港は、依然封鎖されたままなのか?」
ポエトの問いに、兵士長が答える。
「そのようです。厳密には『白猫党の管理下の元、運行されている』とのことですが、事実上は封鎖が継続されているも同然です。彼奴らが船を出すことを許可するとは、到底思えませんからな。
近隣国も現在、白猫党との戦闘状態にあるとのことですが、恐らく党側の勝利に終わるでしょう。いずれの国も、彼らを撃退できるほどの力はありますまい」
「となると、ミッドランド外の交易路も白猫党に握られたわけか……。央中が引っくり返るだろうな」
「ええ……」
ポエトはくる、と振り返り、丘の上に建つ自分の屋敷と、そのふもとに佇む天狐の屋敷を眺める。
「……ラーガ家始まって以来の屈辱だ。央中域内の経済とその流通を司る我がラーガ家が、このような辱めを受けるとは!
何故だ……! 何故テンコちゃんは、……テンコ・カツミは、この街から消え失せた!? 彼女がここに居てくれさえすれば、こんなことにはならなかったのに……!」
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ポエトに付き従っていた者たちは、揃って苦渋の表情を浮かべていた。
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今日の旅岡さん

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もしかしたら、アオイの真の目的は、「神殺し」じゃないのかなあ。
「神」や「神に準ずるような強大な力を持つもの」と永遠に手を切り、
「人間」が「人間」だけの力で生きていく世界を作るため、
この世界をリセットしようとしている……。
それはそれで間違っているんじゃないかと思うけど。
「神」や「神に準ずるような強大な力を持つもの」と永遠に手を切り、
「人間」が「人間」だけの力で生きていく世界を作るため、
この世界をリセットしようとしている……。
それはそれで間違っているんじゃないかと思うけど。
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それを妨げる相手があれば、全力で排除しに行きます。
例えそれが、「他の人の神様」であったとしても。