「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第8部
白猫夢・覚聖抄 8
麒麟を巡る話、第402話。
賢王の判断と次代の女王。
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8.
一聖の参入で研究所が沸き立つ一方、近年造成されたトラス王国の本拠、セレスフォード城ではまたもマークが、父親かつ国王であるショウ・トラスに食って掛かっていた。
「何故です父上、こんな好機は無いでしょう!?」
「落ち着け、マーク」
トラス王はやれやれと言いたげな顔で、マークをなだめる。
いや、実際に彼は、それを口に出した。
「やれやれ……。マークよ、何故今が、白猫党を攻める好機だと思うのだ?」
「だってそうでしょう? 彼らは今まさに、央中を攻めている最中ではないですか! 言わば、敵に背中を向けているも同然! 今攻めずして、いつ攻めると言うのですか!?」
「なるほど、確かにお前が今言った通りの理由で、攻めるべしと言う意見も上がってきている。だが私は、これを好機などとは到底思っておらんのだ」
「どうして……!」
「まず一つ。利益の面で考えてみれば、我々が白猫党を攻めても大した得にはならんのだ。白猫党に対して奪うものなどろくに無いし、むしろ余計な戦費と人員の浪費にしかならん。
考えてもみろ、このトラス王国から彼奴らの本拠であるヘブン王国まで、どれだけの距離がある? 相手が有する最新鋭の軍用車輌を以ってしても、一週間は悠にかかる。
ましてや車輌開発など手がけたことのない我々がそれを調達し、満足に運転できるよう訓練を行い、街道を整備して敵陣に攻め入るまでに、どれだけの時間を要すると思っている? 今、主力部隊が央中へ行っているとしてもだ、我々が戦える状態にまで訓練や整備を進めているうちに、戻ってきてしまうのがオチだ。
こんな愚行は傍から見れば、喜劇に出てくるような間抜け軍隊そのものではないか!」
「しかし……」
「第二に、主力部隊が央北にいないとは言え、勝算は決して100%ではないと言うことだ。いいや、50%あるかも定かではないと、私は見ている。
その体たらくで無謀に兵を差し向け、いたずらに犠牲を出すようなことは、私には到底命じられん。命じたくも無い。ましてや――何度も言うが――勝って何が得られる、と言う戦いでも無い」
「あるじゃないですか!」
一方、マークも折れない。
「白猫党によって不遇を強いられた人々を解放する意義があります!」
「馬鹿者」
トラス王は呆れた目を、マークに向ける。
「お前は自分が救世主にでもなったつもりなのか? そうであると吹聴するつもりか?
万が一白猫党を撃退し、現在彼らの統治下にある国々が解放され、独立したとしても、決して彼らはお前をそうであるとは見なすまい。
何故なら彼らにとって、圧力をかけてくる相手が白猫党からお前にすげ替わっただけなのだからな。
力ずくで既存の政治機構を破壊し、独善を押し付けることには変わりないのだ。白猫党の行動も、お前の主張もな」
「う……」
「だから、我々は今回も動かんのだ。さして利益も大義も見出だせん、やったところで不興を買うだけ、では何の意味も無い。
無意味なことに力を注ぐのは他にさしてやることのない道楽者か、人生をまともに生きる能の無い愚者だけだ。私はそのどちらでも無いつもりであるし、お前もそうでは無いはずだ。
話はこれで終わりだ。頭を冷やしてよく考えろ、マークよ」
「……分かりました」
トラス王との話を終え、意気消沈しているマークのところに、狼獣人の女の子がやって来る。
「珍しく興奮されてましたね」
「ん? ああ……、ちょっとね」
マークに、と言うよりもトラス王夫妻によく似たその狼獣人は、ぽんぽんとマークの尻尾を撫でる。
「ほら、こんなに毛羽立ってる」
「触らないでよ、ビッキー」
兄に邪険にされ、その女の子――マークのすぐ下の妹、ビクトリア・トラス、通称ビッキーは頬をぷく、とふくらませる。
「あら、冷たい。熱力学と言うのは、こんなところにも適用されるのですね」
「は……?」
「お兄様自身が熱くなってる分、周りに冷たくなってます。熱が偏ってます」
「……まあ、悪かったよ」
ビッキーのちょっと変わった、奇矯な話し方に面食らいつつ、マークはフィオから聞いた「未来の話」を思い出していた。
(こいつが10年後、次の国王になるのか……。確かに頭はいいんだけど、ヘンな子なんだよなぁ。
いや、それは父上も同じか。昔から変人、変人と言われてたらしいし)
「お兄様?」
「ん?」
我に返ったマークに、ビッキーはきょとんとした目を向ける。
「そんなに見つめられても困ります。そう言う熱い視線は、シャランさんだけに向けてくださいな」
「ああ、ごめんごめん。考え事をしてたから」
マークは立ち上がり、その場を去りかけて――ふと、ビッキーに尋ねてみた。
「ねえ、ビッキー」
「なんでしょう?」
「他意は無いんだけどさ、君って、父上の跡を継ぎたいとか思ったことある?」
「ありますよ」
マークの問いに、ビッキーは素直にうなずく。
「お兄様、頼りないですもの」
「う……」
ストレートな言い方に、マークは顔をしかめるしか無かった。
白猫夢・覚聖抄 終
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8.
一聖の参入で研究所が沸き立つ一方、近年造成されたトラス王国の本拠、セレスフォード城ではまたもマークが、父親かつ国王であるショウ・トラスに食って掛かっていた。
「何故です父上、こんな好機は無いでしょう!?」
「落ち着け、マーク」
トラス王はやれやれと言いたげな顔で、マークをなだめる。
いや、実際に彼は、それを口に出した。
「やれやれ……。マークよ、何故今が、白猫党を攻める好機だと思うのだ?」
「だってそうでしょう? 彼らは今まさに、央中を攻めている最中ではないですか! 言わば、敵に背中を向けているも同然! 今攻めずして、いつ攻めると言うのですか!?」
「なるほど、確かにお前が今言った通りの理由で、攻めるべしと言う意見も上がってきている。だが私は、これを好機などとは到底思っておらんのだ」
「どうして……!」
「まず一つ。利益の面で考えてみれば、我々が白猫党を攻めても大した得にはならんのだ。白猫党に対して奪うものなどろくに無いし、むしろ余計な戦費と人員の浪費にしかならん。
考えてもみろ、このトラス王国から彼奴らの本拠であるヘブン王国まで、どれだけの距離がある? 相手が有する最新鋭の軍用車輌を以ってしても、一週間は悠にかかる。
ましてや車輌開発など手がけたことのない我々がそれを調達し、満足に運転できるよう訓練を行い、街道を整備して敵陣に攻め入るまでに、どれだけの時間を要すると思っている? 今、主力部隊が央中へ行っているとしてもだ、我々が戦える状態にまで訓練や整備を進めているうちに、戻ってきてしまうのがオチだ。
こんな愚行は傍から見れば、喜劇に出てくるような間抜け軍隊そのものではないか!」
「しかし……」
「第二に、主力部隊が央北にいないとは言え、勝算は決して100%ではないと言うことだ。いいや、50%あるかも定かではないと、私は見ている。
その体たらくで無謀に兵を差し向け、いたずらに犠牲を出すようなことは、私には到底命じられん。命じたくも無い。ましてや――何度も言うが――勝って何が得られる、と言う戦いでも無い」
「あるじゃないですか!」
一方、マークも折れない。
「白猫党によって不遇を強いられた人々を解放する意義があります!」
「馬鹿者」
トラス王は呆れた目を、マークに向ける。
「お前は自分が救世主にでもなったつもりなのか? そうであると吹聴するつもりか?
万が一白猫党を撃退し、現在彼らの統治下にある国々が解放され、独立したとしても、決して彼らはお前をそうであるとは見なすまい。
何故なら彼らにとって、圧力をかけてくる相手が白猫党からお前にすげ替わっただけなのだからな。
力ずくで既存の政治機構を破壊し、独善を押し付けることには変わりないのだ。白猫党の行動も、お前の主張もな」
「う……」
「だから、我々は今回も動かんのだ。さして利益も大義も見出だせん、やったところで不興を買うだけ、では何の意味も無い。
無意味なことに力を注ぐのは他にさしてやることのない道楽者か、人生をまともに生きる能の無い愚者だけだ。私はそのどちらでも無いつもりであるし、お前もそうでは無いはずだ。
話はこれで終わりだ。頭を冷やしてよく考えろ、マークよ」
「……分かりました」
トラス王との話を終え、意気消沈しているマークのところに、狼獣人の女の子がやって来る。
「珍しく興奮されてましたね」
「ん? ああ……、ちょっとね」
マークに、と言うよりもトラス王夫妻によく似たその狼獣人は、ぽんぽんとマークの尻尾を撫でる。
「ほら、こんなに毛羽立ってる」
「触らないでよ、ビッキー」
兄に邪険にされ、その女の子――マークのすぐ下の妹、ビクトリア・トラス、通称ビッキーは頬をぷく、とふくらませる。
「あら、冷たい。熱力学と言うのは、こんなところにも適用されるのですね」
「は……?」
「お兄様自身が熱くなってる分、周りに冷たくなってます。熱が偏ってます」
「……まあ、悪かったよ」
ビッキーのちょっと変わった、奇矯な話し方に面食らいつつ、マークはフィオから聞いた「未来の話」を思い出していた。
(こいつが10年後、次の国王になるのか……。確かに頭はいいんだけど、ヘンな子なんだよなぁ。
いや、それは父上も同じか。昔から変人、変人と言われてたらしいし)
「お兄様?」
「ん?」
我に返ったマークに、ビッキーはきょとんとした目を向ける。
「そんなに見つめられても困ります。そう言う熱い視線は、シャランさんだけに向けてくださいな」
「ああ、ごめんごめん。考え事をしてたから」
マークは立ち上がり、その場を去りかけて――ふと、ビッキーに尋ねてみた。
「ねえ、ビッキー」
「なんでしょう?」
「他意は無いんだけどさ、君って、父上の跡を継ぎたいとか思ったことある?」
「ありますよ」
マークの問いに、ビッキーは素直にうなずく。
「お兄様、頼りないですもの」
「う……」
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