「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第8部
白猫夢・三狐抄 1
麒麟を巡る話、第403話。
選挙月間開始前日。
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1.
双月暦570年、6月30日の午後8時ちょうど。
「ただいまを以って、第19代金火狐総帥選挙の立候補受付を終了します」
財団監査局の選挙管理委員が、壁に掛かった時計を眺めながらそう告げる。
「ごくろうさん。ほんで、今回の立候補者は?」
尋ねた監査局長、ルカ・ベント・ゴールドマンに、管理委員はこう答えた。
「3名です。御三家から1名ずつ」
「ほな、エミリオとルーマと、……あと、えーと」
「マラネロ様です」
「おう、ソレやソレ。マロも入れて、3人か。
しかし、エミリオとルーマが立候補すんのは元々決定事項みたいなもんやったけど、マロも来よったか。十中八九、何やかや理屈つけて辞退すると思うてたんやけどな」
「ええ、我々も今回は2人での争いになるか、マラネロ様以外の方が立候補するかと思っていたのですが……、今月中頃に、ご本人がこちらに来られました。
その時、少し気になることがありましたが……」
「何やあったんか?」
「ええ。ひどく顔色が悪く、お付きの方の肩を半ば借りるような形で現れまして……」
「ふーん……? 確かに気になるな。
まあ、これから色々準備せなアカンし、アキュラ邸にいとるやろ。今後の選挙戦でポカされてもかなわんから、ちょっと様子見てこよかな」
そう言い残し、ルカは選挙管理事務所を後にした。
ゴールドマン家、通称金火狐一族が三つの家に分かれて以降、ゴールドコースト市国のあちこちに、それぞれの屋敷が建てられていた。
その中でも最も下位とされているアキュラ家も、一応は市国内に邸宅を構えている。しかし市国の一等地に堂々と居を構えるトーナ屋敷と違い、アキュラ屋敷は振り向けばすぐ山肌が見えるような、鉱山区と隣接した場所にある。
そのため、道も市街地のように整備されてはおらず――。
「……お、おっ、ちょっ、わっ、とまっ、とまっ、止まれっ」
乗っていた自動車が、山道の途中でガタガタと震え出し、停車する。
「な、なんや、パンクしたんか?」
「そのようです」
「砂利道どころや無いからなぁ……。かなわんわ、ホンマ」
車の修理を運転手と付き人に任せ、ルカは一人、徒歩でアキュラ屋敷に向かった。
「邪魔すんでー」
「へ? ……ああ、ども」
玄関に入ったところで、ちょうど居合わせたアキュラ家の主、モデノと出くわす。気さくに挨拶したルカに対し、モデノはどこか面倒臭そうな声で応じる。
「なんや、辛気臭い。覇気が無いで、覇気が!」
「ああ、まあ、はい。
ほんで財団の監査局長さんが、うちに何か用でっか?」
「他人行儀な言い方すんなや、モデノ。前みたいにルカでええがな」
「ん、まあ……、じゃあ、ルカ。うちに何か用か?」
「マロのことや。こないだ立候補しに来たって聞いたけども、何や暗い顔しとったらしいやないか。ちょっと様子見でもしとこか思てな。
あとついでに、今夜はもう予定無いし、たまには交流の一つでもしとこかな、と」
そう言って、ルカは脇に抱えていた木箱からワインを取り出す。
「西方のワイン処、シャトー・メジャンの最高級ワイン、『チャット・ル・エジテ』の562年物、当たり年のヤツや。お前好きやったやろ、ワイン?」
ワイン瓶を目にした途端、モデノの尻尾がぴくんと跳ねた。
「おっ、おう。ええんか?」
「よう無かったら持って来おへんやろ。お前も今日はもう、仕事無いやろ?」
「あったけど……」
モデノは陰気な表情をころっと変え、嬉しそうに笑う。
「それ見てしもたら、もうどないでもええわ。明日に回すっ」
「そうしとき。せや、マロも呼んでもろてええか?」
「おう」
モデノは先程まで見せていた憂鬱そうな様子から一転、駆け出すように奥へと消える。
と、くる、と振り返り、ルカにこう返す。
「客間行っといてくれ。先に呑むなよー」
「わはは……、分かっとるわ、アホっ」
モデノの態度の変わりように、ルカはげらげらと笑った。
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双月暦570年、6月30日の午後8時ちょうど。
「ただいまを以って、第19代金火狐総帥選挙の立候補受付を終了します」
財団監査局の選挙管理委員が、壁に掛かった時計を眺めながらそう告げる。
「ごくろうさん。ほんで、今回の立候補者は?」
尋ねた監査局長、ルカ・ベント・ゴールドマンに、管理委員はこう答えた。
「3名です。御三家から1名ずつ」
「ほな、エミリオとルーマと、……あと、えーと」
「マラネロ様です」
「おう、ソレやソレ。マロも入れて、3人か。
しかし、エミリオとルーマが立候補すんのは元々決定事項みたいなもんやったけど、マロも来よったか。十中八九、何やかや理屈つけて辞退すると思うてたんやけどな」
「ええ、我々も今回は2人での争いになるか、マラネロ様以外の方が立候補するかと思っていたのですが……、今月中頃に、ご本人がこちらに来られました。
その時、少し気になることがありましたが……」
「何やあったんか?」
「ええ。ひどく顔色が悪く、お付きの方の肩を半ば借りるような形で現れまして……」
「ふーん……? 確かに気になるな。
まあ、これから色々準備せなアカンし、アキュラ邸にいとるやろ。今後の選挙戦でポカされてもかなわんから、ちょっと様子見てこよかな」
そう言い残し、ルカは選挙管理事務所を後にした。
ゴールドマン家、通称金火狐一族が三つの家に分かれて以降、ゴールドコースト市国のあちこちに、それぞれの屋敷が建てられていた。
その中でも最も下位とされているアキュラ家も、一応は市国内に邸宅を構えている。しかし市国の一等地に堂々と居を構えるトーナ屋敷と違い、アキュラ屋敷は振り向けばすぐ山肌が見えるような、鉱山区と隣接した場所にある。
そのため、道も市街地のように整備されてはおらず――。
「……お、おっ、ちょっ、わっ、とまっ、とまっ、止まれっ」
乗っていた自動車が、山道の途中でガタガタと震え出し、停車する。
「な、なんや、パンクしたんか?」
「そのようです」
「砂利道どころや無いからなぁ……。かなわんわ、ホンマ」
車の修理を運転手と付き人に任せ、ルカは一人、徒歩でアキュラ屋敷に向かった。
「邪魔すんでー」
「へ? ……ああ、ども」
玄関に入ったところで、ちょうど居合わせたアキュラ家の主、モデノと出くわす。気さくに挨拶したルカに対し、モデノはどこか面倒臭そうな声で応じる。
「なんや、辛気臭い。覇気が無いで、覇気が!」
「ああ、まあ、はい。
ほんで財団の監査局長さんが、うちに何か用でっか?」
「他人行儀な言い方すんなや、モデノ。前みたいにルカでええがな」
「ん、まあ……、じゃあ、ルカ。うちに何か用か?」
「マロのことや。こないだ立候補しに来たって聞いたけども、何や暗い顔しとったらしいやないか。ちょっと様子見でもしとこか思てな。
あとついでに、今夜はもう予定無いし、たまには交流の一つでもしとこかな、と」
そう言って、ルカは脇に抱えていた木箱からワインを取り出す。
「西方のワイン処、シャトー・メジャンの最高級ワイン、『チャット・ル・エジテ』の562年物、当たり年のヤツや。お前好きやったやろ、ワイン?」
ワイン瓶を目にした途端、モデノの尻尾がぴくんと跳ねた。
「おっ、おう。ええんか?」
「よう無かったら持って来おへんやろ。お前も今日はもう、仕事無いやろ?」
「あったけど……」
モデノは陰気な表情をころっと変え、嬉しそうに笑う。
「それ見てしもたら、もうどないでもええわ。明日に回すっ」
「そうしとき。せや、マロも呼んでもろてええか?」
「おう」
モデノは先程まで見せていた憂鬱そうな様子から一転、駆け出すように奥へと消える。
と、くる、と振り返り、ルカにこう返す。
「客間行っといてくれ。先に呑むなよー」
「わはは……、分かっとるわ、アホっ」
モデノの態度の変わりように、ルカはげらげらと笑った。
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