「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第8部
白猫夢・三狐抄 3
麒麟を巡る話、第405話。
御曹司を狙う影。
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3.
7月1日、朝。
「あぁ……?」
新聞を読んでいたトーナ家の御曹司、レオン・エミリオ・トーナ・ゴールドマンは、驚いたような声を漏らした。
「いかがされましたか、若様」
使用人の問いに、エミリオは新聞を指差す。
「これや」
「失礼いたします。
ふむ、『総帥選挙 候補者出揃う』ですか。……おや、これは」
エミリオから新聞を渡された使用人も、彼と同様に驚いた顔を見せた。
「驚いたやろ?」
「ええ。マラネロ様も出馬されるとは」
「まあ、するかも知れへんとは考えとった。ごく低い可能性ではあったけれども、それでもゼロではあらへんからな。
とは言え、無謀と言う他無いやろな、これは。勝つ見込みがどこにあんねん」
エミリオは嘲笑いながら、新聞をテーブルに投げ出した。
「こっちは本流中の本流、トーナ家やで? 代々総帥や商会長を輩出してきた、真に金火狐の精神を受け継ぐ名門や。
アキュラ家なんぞ、ただのパチモン……」「ええかげんにしなさい」
居丈高になったエミリオの背後から、呆れたような声が飛んでくる。
「あんた、10年前と言うてることが変わってへんで。子供のままやね」
「……おはようございます。お母様」
エミリオはぶすっとした顔を作り、背後に現れた母、パルミラに背を向けたまま挨拶した。
「ほら、そう言うとこが子供や。ちゃんと顔見て挨拶し」
「……おはようございます」
渋々と言いたげに振り返り、挨拶し直したエミリオを、パルミラはなおも注意する。
「ご飯食べてる時に新聞読んだらアカンって、何度も言うたでしょ」
「はい」
「あと、ネクタイ曲がっとる」
「はい」
「耳も寝癖ついとる」
「ええ」
「それから」
「まだありますか」
「ありますよ。人のことをバカにしたらアカン、ってあたしは何度言いました?」
「……」
エミリオは母の言う通りにネクタイを締め直し、狐耳についた寝癖を撫で付け、それから新聞をつかんで、席を立った。
と、そこでさらにパルミラがたしなめる。
「ごちそうさん、言いました?」
「……ごちそうさまです」
エミリオはうんざりした顔で、食堂を後にした。
残ったパルミラはふう、と軽いため息を付き、使用人に愚痴をこぼした。
「ホンマにあの子はアカンね、ああ言うところ。あれさえ無かったら、仕事もバリバリできるし、ええ子やねんけど」
「仰る通りです」
「あの子だけやで、ああ言うとこあるのん。他の子は掛け値なしにええ子やのにねぇ」
エミリオは若干23歳ながら、既に金火狐商会においては、一つの会社を任されている敏腕である。
「落ち着いて新聞も読めんわ……」
ジャケットを羽織りながら、片手につかんだ新聞に目を通す。
「『白猫党 次の狙いは石油か ダーティマーシュを占領』……。ふーん、やることは無茶苦茶やけど、まあまあ押さえるべきもんは押さえとるな。
まず交易の中心地、ミッドランドから。あっちこっちからモノとカネの集まる重要な土地のわりに、テンコとか言う魔術師の影響でどこの軍隊も手ぇ出せへんとこやったんを、電撃的に押さえよった。
ほんでその後はオリーブポートをはじめとする港湾都市。輸送やら兵站を考えたら、これは最上の選択やろ。ええとこに目ぇ付けとる。
その他食糧の一大生産地や、この新聞で言うとるみたいに石油・石炭。需要の高いモノを片っ端から押さえてもうてるから、既に市国の各市場相場は騰がり始めとる。
おかげで僕らもヒィヒィ言う羽目になっとるわけや。原価が日に日に高うなっとるから……、っと」
誰に聞かせるわけでもない持論をブツブツ唱えているうちに、エミリオは自分の会社に到着する。
「おう、おはようさん」
「おはようございます、社長」
従業員たちの挨拶を受け、エミリオは社長室に入る。
「さーて、今日もはりきって売り上げ伸ばしたるかな」
デスクに座り、持っていた新聞をその上に投げ出したところで――ひた、と自分の肩に手が置かれた。
「ん……? 何や」
振り返ったその瞬間、エミリオは凍りついた。
「……っ」
「レオン・エミリオ・ゴールドマン様でございますね」
自分の首に、ナイフを当てる者がいたからだ。
「な……、なんっ」「お静かになさいませ」「……っ」
エミリオにナイフを向ける、白と赤のドレスを身にまとったその少女は、うっすらと笑みを浮かべながらこう告げた。
「わたくしどものお話をお聞きいただけますでしょうか」
「……」
エミリオが小さくうなずいたところで、少女は話を続ける。
「では簡潔に。1つ、わたくしどもの存在を誰にも明かさぬように。そしてもう1つ」
少女はエミリオの首からナイフを離し、胸元へ移す。
「今月の25日より、急病を召して倒れてくださいませ」
「は……?」
「そして一週間の間、ご自室からお出でにならぬよう」
「あ、アホな」
「最後にもう1つ」
少女はナイフを、今度はエミリオの顎に当てた。
「今から付ける傷は、ひげを剃り損ねたせいでできたものだ、と申してくださいませ」
直後、エミリオの顎からざく、と肉が切れる音がした。
「うあっ……」
デスクに広げられた新聞紙に、血がぱたたっ……、と飛び散る。
「もしも今のどれか一つでも、反故になされた場合」
そして少女も、次の一言を残して消えた。
「二度とご自分の顎ひげを剃れぬ顔になる、とご覚悟の程を」
「……っ」
エミリオは顎を押さえ、呆然としていた。
数分後――己の顎に付いた傷に驚いた従業員らに対し、エミリオは力なく、「……ひげ、剃り損ねたんや」と答えた。
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御曹司を狙う影。
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3.
7月1日、朝。
「あぁ……?」
新聞を読んでいたトーナ家の御曹司、レオン・エミリオ・トーナ・ゴールドマンは、驚いたような声を漏らした。
「いかがされましたか、若様」
使用人の問いに、エミリオは新聞を指差す。
「これや」
「失礼いたします。
ふむ、『総帥選挙 候補者出揃う』ですか。……おや、これは」
エミリオから新聞を渡された使用人も、彼と同様に驚いた顔を見せた。
「驚いたやろ?」
「ええ。マラネロ様も出馬されるとは」
「まあ、するかも知れへんとは考えとった。ごく低い可能性ではあったけれども、それでもゼロではあらへんからな。
とは言え、無謀と言う他無いやろな、これは。勝つ見込みがどこにあんねん」
エミリオは嘲笑いながら、新聞をテーブルに投げ出した。
「こっちは本流中の本流、トーナ家やで? 代々総帥や商会長を輩出してきた、真に金火狐の精神を受け継ぐ名門や。
アキュラ家なんぞ、ただのパチモン……」「ええかげんにしなさい」
居丈高になったエミリオの背後から、呆れたような声が飛んでくる。
「あんた、10年前と言うてることが変わってへんで。子供のままやね」
「……おはようございます。お母様」
エミリオはぶすっとした顔を作り、背後に現れた母、パルミラに背を向けたまま挨拶した。
「ほら、そう言うとこが子供や。ちゃんと顔見て挨拶し」
「……おはようございます」
渋々と言いたげに振り返り、挨拶し直したエミリオを、パルミラはなおも注意する。
「ご飯食べてる時に新聞読んだらアカンって、何度も言うたでしょ」
「はい」
「あと、ネクタイ曲がっとる」
「はい」
「耳も寝癖ついとる」
「ええ」
「それから」
「まだありますか」
「ありますよ。人のことをバカにしたらアカン、ってあたしは何度言いました?」
「……」
エミリオは母の言う通りにネクタイを締め直し、狐耳についた寝癖を撫で付け、それから新聞をつかんで、席を立った。
と、そこでさらにパルミラがたしなめる。
「ごちそうさん、言いました?」
「……ごちそうさまです」
エミリオはうんざりした顔で、食堂を後にした。
残ったパルミラはふう、と軽いため息を付き、使用人に愚痴をこぼした。
「ホンマにあの子はアカンね、ああ言うところ。あれさえ無かったら、仕事もバリバリできるし、ええ子やねんけど」
「仰る通りです」
「あの子だけやで、ああ言うとこあるのん。他の子は掛け値なしにええ子やのにねぇ」
エミリオは若干23歳ながら、既に金火狐商会においては、一つの会社を任されている敏腕である。
「落ち着いて新聞も読めんわ……」
ジャケットを羽織りながら、片手につかんだ新聞に目を通す。
「『白猫党 次の狙いは石油か ダーティマーシュを占領』……。ふーん、やることは無茶苦茶やけど、まあまあ押さえるべきもんは押さえとるな。
まず交易の中心地、ミッドランドから。あっちこっちからモノとカネの集まる重要な土地のわりに、テンコとか言う魔術師の影響でどこの軍隊も手ぇ出せへんとこやったんを、電撃的に押さえよった。
ほんでその後はオリーブポートをはじめとする港湾都市。輸送やら兵站を考えたら、これは最上の選択やろ。ええとこに目ぇ付けとる。
その他食糧の一大生産地や、この新聞で言うとるみたいに石油・石炭。需要の高いモノを片っ端から押さえてもうてるから、既に市国の各市場相場は騰がり始めとる。
おかげで僕らもヒィヒィ言う羽目になっとるわけや。原価が日に日に高うなっとるから……、っと」
誰に聞かせるわけでもない持論をブツブツ唱えているうちに、エミリオは自分の会社に到着する。
「おう、おはようさん」
「おはようございます、社長」
従業員たちの挨拶を受け、エミリオは社長室に入る。
「さーて、今日もはりきって売り上げ伸ばしたるかな」
デスクに座り、持っていた新聞をその上に投げ出したところで――ひた、と自分の肩に手が置かれた。
「ん……? 何や」
振り返ったその瞬間、エミリオは凍りついた。
「……っ」
「レオン・エミリオ・ゴールドマン様でございますね」
自分の首に、ナイフを当てる者がいたからだ。
「な……、なんっ」「お静かになさいませ」「……っ」
エミリオにナイフを向ける、白と赤のドレスを身にまとったその少女は、うっすらと笑みを浮かべながらこう告げた。
「わたくしどものお話をお聞きいただけますでしょうか」
「……」
エミリオが小さくうなずいたところで、少女は話を続ける。
「では簡潔に。1つ、わたくしどもの存在を誰にも明かさぬように。そしてもう1つ」
少女はエミリオの首からナイフを離し、胸元へ移す。
「今月の25日より、急病を召して倒れてくださいませ」
「は……?」
「そして一週間の間、ご自室からお出でにならぬよう」
「あ、アホな」
「最後にもう1つ」
少女はナイフを、今度はエミリオの顎に当てた。
「今から付ける傷は、ひげを剃り損ねたせいでできたものだ、と申してくださいませ」
直後、エミリオの顎からざく、と肉が切れる音がした。
「うあっ……」
デスクに広げられた新聞紙に、血がぱたたっ……、と飛び散る。
「もしも今のどれか一つでも、反故になされた場合」
そして少女も、次の一言を残して消えた。
「二度とご自分の顎ひげを剃れぬ顔になる、とご覚悟の程を」
「……っ」
エミリオは顎を押さえ、呆然としていた。
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