「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第8部
白猫夢・三狐抄 4
麒麟を巡る話、第406話。
おっとりした敏腕。
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4.
7月2日。
「『お詫び 本日の「明日の創造者」は、予定を一部変更して掲載しております』。……あら?」
新聞の経済欄に掲載されているコラムを見て、ルーマ・ベント・ゴールドマンは残念そうな声を上げた。
「エミリオくんのお話、読めるかなと思たのに。なんかあったんかな」
総帥選挙における最大の(と言うよりも唯一の)ライバルであるエミリオが出演するはずだった記事を読めなかったため、ルーマはがっかりしつつ新聞をたたむ。
「もしかしたら、選挙前にヘンなこと言わへんようにって、パルミラ伯母さんにでも止められたんかな。……エミリオくん、ちょっとアレな人やし」
ルーマはのほほんと紅茶を口に運びつつ、手帳を眺める。
「今日は午前中にカッシーニ軽工業さんのお話聞いてー……、で、お昼ごはんはおばあちゃんとご一緒してー……、午後はフェデリ印刷さんとお話してー、……くらいかな」
ルーマもエミリオと同様、己の会社を有している。
ただ、彼女はエミリオと違い、自分の「部下」を有していない。一応、従業員としては抱えているのだが、基本的に単独行動で商談をまとめ、細かい処理を彼らに任せる形を採っている。
何故なら、彼女は「人を顎で使う」と言う、エミリオならふんぞり返ってやりそうな行為を、ひどく嫌うためだ。
「で、4時くらいに会社に寄って、ジョットさんとエマちゃんと相談してー……、あ、その後みんなでご飯食べに行こかな。あのお店、一度みんなで行ってみたかったし」
性根が穏やかで優しい彼女は、従業員のことを「友人」と思っているのである。
その性格が、総勢4万人を超える金火狐財団を率いる総帥の座にはふさわしくないと考える者も少なくない。
だが、一方で卓越した投資眼と金融センスを持ち、投資会社を興して以降、20を超える中小・零細商店や工房、商会を再生・興隆させてきたその経営手腕は、若手の中ではエミリオを凌ぐと言う評判もあるため、彼女が今回の総帥選挙に立候補――と言うよりも、ベント家からの満場一致によって推薦されたのである。
ちなみにニコル3世以降、金火狐商会は金融や投機に対して強い慎重路線を貫いており、現在においても金融業に携わる者にはいくつかの制限・制約が課せられるのだが、商会の中で唯一、ルーマには何の制限もない。
その一例だけでも、彼女の才能と実力が誰よりも優れており、それが万人に認められていることは明らかだった。
「ごちそうさん。……あら、もうこんな時間やないの!」
壁に掛かった時計は8時36分を示している。
ルーマはもう一度手帳に目を通し、午前中の商談が9時に行われることを確認して、慌てて家を飛び出した。
重ねて説明するが、彼女は人を自分の周りに付け、はべらせることを嫌う。そのため彼女はこの日も、商談先に一人で向かっていた。
だが――そのために、この日は災難に見舞われることとなった。
「ええと……、こっちやったっけ?」
ルーマは地図を片手に、きょろきょろと通りを見回す。
「……あ、この路地からやろか」
細い路地を見つけ、ルーマは足を踏み入れる。
「あれ?」
が、少し進んだところで袋小路となっていることに気付く。
「ちゃうかった……」
狐耳をポリポリとかいて恥ずかしさを紛らわせながら、ルーマはくる、と踵を返した。
「……ん?」
と、目の前に白と赤のドレスを着た少女が立っている。
「あ、この辺の人?」
だが、その奇抜な格好に驚くこともなく、ルーマは声をかける。
「ちょっと道が分からへんのやけど、教えてもろてもええですか?」
「クスクスクスクス」
少女はクスクス笑うばかりで、ルーマの質問に答えない。流石に妙な雰囲気を感じ、ルーマは言葉に詰まる。
「……えーと?」
「ルーマ・ゴールドマン様でございますね」
「あ、はい。あたしです」
ルーマが素直に答えると、少女はまた、クスクスと笑う。
「わたくしどものお話をお聞きいただけますでしょうか」
「はい、なんでしょ?」
これも素直に応じたところで、少女はどこからかナイフを取り出した。
「……あ、あら」
おっとりしていたルーマは、ここでようやく緊張を覚えた。
「1つ、わたくしどもの存在を誰にも明かさぬように」
「はあ」
「そしてもう1つ」
少女はルーマに向け、ナイフを構える。
「今月の25日より、急病を召して倒れてくださいませ」
「え……?」
「そして一週間の間、ご自室からお出でにならぬよ……」「ごめんなさい」
だが、ルーマはぺこっと頭を下げ、それを拒否した。
「一週間やと、総帥選挙と被ってしまうんです。せめて3日にはできません?」
「わたくしどもの狙いは、まさしくそちらにございます」
少女は一歩、ルーマに近付く。
「単刀直入に申し上げましょう。あなた様にはその総帥選挙に、出馬していただくわけには参りません」
「なんで?」
「申し上げられません。ともかく、この要請は素直に受諾されることをお勧めいたします。
でなければ」
少女はさらに一歩、ルーマに近付いた。
「この場で、命を獲らせていただきます」
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おっとりした敏腕。
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7月2日。
「『お詫び 本日の「明日の創造者」は、予定を一部変更して掲載しております』。……あら?」
新聞の経済欄に掲載されているコラムを見て、ルーマ・ベント・ゴールドマンは残念そうな声を上げた。
「エミリオくんのお話、読めるかなと思たのに。なんかあったんかな」
総帥選挙における最大の(と言うよりも唯一の)ライバルであるエミリオが出演するはずだった記事を読めなかったため、ルーマはがっかりしつつ新聞をたたむ。
「もしかしたら、選挙前にヘンなこと言わへんようにって、パルミラ伯母さんにでも止められたんかな。……エミリオくん、ちょっとアレな人やし」
ルーマはのほほんと紅茶を口に運びつつ、手帳を眺める。
「今日は午前中にカッシーニ軽工業さんのお話聞いてー……、で、お昼ごはんはおばあちゃんとご一緒してー……、午後はフェデリ印刷さんとお話してー、……くらいかな」
ルーマもエミリオと同様、己の会社を有している。
ただ、彼女はエミリオと違い、自分の「部下」を有していない。一応、従業員としては抱えているのだが、基本的に単独行動で商談をまとめ、細かい処理を彼らに任せる形を採っている。
何故なら、彼女は「人を顎で使う」と言う、エミリオならふんぞり返ってやりそうな行為を、ひどく嫌うためだ。
「で、4時くらいに会社に寄って、ジョットさんとエマちゃんと相談してー……、あ、その後みんなでご飯食べに行こかな。あのお店、一度みんなで行ってみたかったし」
性根が穏やかで優しい彼女は、従業員のことを「友人」と思っているのである。
その性格が、総勢4万人を超える金火狐財団を率いる総帥の座にはふさわしくないと考える者も少なくない。
だが、一方で卓越した投資眼と金融センスを持ち、投資会社を興して以降、20を超える中小・零細商店や工房、商会を再生・興隆させてきたその経営手腕は、若手の中ではエミリオを凌ぐと言う評判もあるため、彼女が今回の総帥選挙に立候補――と言うよりも、ベント家からの満場一致によって推薦されたのである。
ちなみにニコル3世以降、金火狐商会は金融や投機に対して強い慎重路線を貫いており、現在においても金融業に携わる者にはいくつかの制限・制約が課せられるのだが、商会の中で唯一、ルーマには何の制限もない。
その一例だけでも、彼女の才能と実力が誰よりも優れており、それが万人に認められていることは明らかだった。
「ごちそうさん。……あら、もうこんな時間やないの!」
壁に掛かった時計は8時36分を示している。
ルーマはもう一度手帳に目を通し、午前中の商談が9時に行われることを確認して、慌てて家を飛び出した。
重ねて説明するが、彼女は人を自分の周りに付け、はべらせることを嫌う。そのため彼女はこの日も、商談先に一人で向かっていた。
だが――そのために、この日は災難に見舞われることとなった。
「ええと……、こっちやったっけ?」
ルーマは地図を片手に、きょろきょろと通りを見回す。
「……あ、この路地からやろか」
細い路地を見つけ、ルーマは足を踏み入れる。
「あれ?」
が、少し進んだところで袋小路となっていることに気付く。
「ちゃうかった……」
狐耳をポリポリとかいて恥ずかしさを紛らわせながら、ルーマはくる、と踵を返した。
「……ん?」
と、目の前に白と赤のドレスを着た少女が立っている。
「あ、この辺の人?」
だが、その奇抜な格好に驚くこともなく、ルーマは声をかける。
「ちょっと道が分からへんのやけど、教えてもろてもええですか?」
「クスクスクスクス」
少女はクスクス笑うばかりで、ルーマの質問に答えない。流石に妙な雰囲気を感じ、ルーマは言葉に詰まる。
「……えーと?」
「ルーマ・ゴールドマン様でございますね」
「あ、はい。あたしです」
ルーマが素直に答えると、少女はまた、クスクスと笑う。
「わたくしどものお話をお聞きいただけますでしょうか」
「はい、なんでしょ?」
これも素直に応じたところで、少女はどこからかナイフを取り出した。
「……あ、あら」
おっとりしていたルーマは、ここでようやく緊張を覚えた。
「1つ、わたくしどもの存在を誰にも明かさぬように」
「はあ」
「そしてもう1つ」
少女はルーマに向け、ナイフを構える。
「今月の25日より、急病を召して倒れてくださいませ」
「え……?」
「そして一週間の間、ご自室からお出でにならぬよ……」「ごめんなさい」
だが、ルーマはぺこっと頭を下げ、それを拒否した。
「一週間やと、総帥選挙と被ってしまうんです。せめて3日にはできません?」
「わたくしどもの狙いは、まさしくそちらにございます」
少女は一歩、ルーマに近付く。
「単刀直入に申し上げましょう。あなた様にはその総帥選挙に、出馬していただくわけには参りません」
「なんで?」
「申し上げられません。ともかく、この要請は素直に受諾されることをお勧めいたします。
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