「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・悔恨録 1
晴奈の話、第160話。
祝勝会。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
黒炎教団との戦いが終わり、黄海にもようやく平和な空気が戻ってきていた。
これで晴奈の物語も終わり――とは、行かない。
またしても晴奈は、騒乱に巻き込まれることとなる。
落ち着けない生活、あわただしい日々――それもまた、彼女が英雄たる所以だろうか。
双月歴518年、7月。
戦争勝利を祝うため黄屋敷に将が集められ、宴が催された。
「皆、ご苦労さま。これでもう、脅威は去った。しばらくは平和な日々が続くだろうし、安心して酔っぱらっちゃってください。
では、乾杯!」
エルスが簡単な挨拶で皆を労い、ささっと席に着く。
「あら、お早いですね」
右隣に座る明奈が驚いた感じでそう尋ねてきたので、エルスは小声で返す。
「ご馳走が目の前に並んでるのに、長々と演説聴きたい?」
「……ふふっ、いいえ。それじゃ、いただきますね」
「うんうん」
仲が良さそうに談笑するエルスたちを見て、左隣に座っていたリストが不機嫌そうな顔になり、エルスの耳をつねってきた。
「フン、何ヘラヘラしてんのよ」
「いててて」
エルスは耳をつねられたまま、平然を装って箸を進める。
「いくら引っ張っても君みたいに伸びないよ、リスト」
「あら、そう。じゃ、もっと強くしてあげる」
リストが力を込め、エルスの耳をさらに引っ張る。
「何でそんなに怒ってるのかな?」
「本気で言ってんの?」
「折角の祝勝会じゃないか。もっと楽しもうよ、リスト」
そう言いながら、エルスは明奈に目配せする。その意図に気付いた明奈は、そっとリストの背後に回る。
「……えいっ」
明奈もリストの耳を引っ張り、リストを止めようとした。
「ひゃん!?」
ところがちょっと触っただけで、リストは変な声を出して手を引っ込めた。
「何すんのよ!? へ、変な声出ちゃったじゃない!」
「ぷっ、くくく……」
リストの反応が面白く、今度はエルスがリストの耳を触り、合わせて息も吹きかける。
「こちょこちょ、……ふーっ」「ひゃ、ああん!?」
甘い声を出してきたリストを見て、エルスは笑い転げた。
「あは、あはは……。やっぱりリスト、君はからかいがいがあるなぁ、ふっ、ふふふ……」
「あ、アンタ、いい加減にしなさ……」「えいっ」「ひゃーん!?」
リストが怒鳴ろうとしたところで、また明奈が耳を触る。
「クスクス、リストさん面白い」
「あ、もしかしてメイナ酔ってるでしょ!?」
「うふふふ……、ふー」
「ひぁー!?」
リストは宴の間中、エルスたちのおもちゃにされていた。
一方、晴奈は宴の場から離れ、自分の部屋で一人、酒を飲んでいた。どうしても騒いで呑む気にはなれなかったからである。
「赤の満月、白は新月。今宵は片月、か」
このところ、晴奈の心にはいつもあの死闘の記憶――ウィルバーと川の中で戦った時の、彼の姿が居座っている。
(ウィル、お主は本当にあのまま死んだのか? もう既に、冥府の住人と成り果ててしまったのか?)
考えれば考えるほど、重苦しい気持ちが募る。やがて晴奈は杯を窓辺に置き、顔を両手でこする。
「ふー……。少し、飲みすぎたかな。……外に出るか。心地良さそうだし」
窓から見る街の景色を眺めながら、晴奈は外への身支度を簡単に整えた。
宵も過ぎ、街は静まり返っている。明かりもまばらにしかない。月明かりに照らされた道を、晴奈はゆらゆらとした足取りで歩く。
(また紅蓮塞に戻って修行するかな……。特にこの街でやりたいことも無いし)
酔った頭にぼんやりと、師匠の顔や修行場の風景が浮かんでくる。
(それにしても2年半か。長かったな……)
護身のために持って来た刀の柄を撫でながら、色々なことを取り留めもなく考える。
とは言えこの2年半、ずっと戦に没頭していた分、騒々しさに慣れた頭は街の静けさを、敏感に感じ取っている。
だから――どこかからガシャ、と何かの割れる音を、晴奈の猫耳は聞き逃さなかった。
「……うん?」
不審に思った晴奈は、音のした方に向かう。
(確か、こちらの方角から聞こえてきたような?)
路地を曲がり、無人の大通りを横切る。そしてまた路地に入ったところで、見慣れた建物が目に入る。
(まさか、ナイジェル邸からではあるまいな?)
向かった先にはエルスとリストが、ナイジェル博士亡き後もそのまま住んでいる屋敷――ナイジェル邸があった。
「……! やはり、ここか」
玄関の扉がバッサリと切られており、異状が起きていることは明白だった。
(もしや、賊か?)
このまま傍観していては、エルスたちは被害に遭ってしまう。そしてそれを、晴奈がよしとするわけも無い。
「……よし」
晴奈は着物の袖と裾をまくり上げ、髪を束ね直し、刀に手をかけて屋敷に近寄る。
破られた扉から中を覗き見ると、大柄な熊獣人の男、中背のエルフの男、小柄な兎獣人の女が輪を作り、何か話している。
そして輪の中心には灰色の洋巾(フード)のついた外套をかぶった者と、左目に眼帯をはめた、虎獣人の青年が確認できた。
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祝勝会。
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黒炎教団との戦いが終わり、黄海にもようやく平和な空気が戻ってきていた。
これで晴奈の物語も終わり――とは、行かない。
またしても晴奈は、騒乱に巻き込まれることとなる。
落ち着けない生活、あわただしい日々――それもまた、彼女が英雄たる所以だろうか。
双月歴518年、7月。
戦争勝利を祝うため黄屋敷に将が集められ、宴が催された。
「皆、ご苦労さま。これでもう、脅威は去った。しばらくは平和な日々が続くだろうし、安心して酔っぱらっちゃってください。
では、乾杯!」
エルスが簡単な挨拶で皆を労い、ささっと席に着く。
「あら、お早いですね」
右隣に座る明奈が驚いた感じでそう尋ねてきたので、エルスは小声で返す。
「ご馳走が目の前に並んでるのに、長々と演説聴きたい?」
「……ふふっ、いいえ。それじゃ、いただきますね」
「うんうん」
仲が良さそうに談笑するエルスたちを見て、左隣に座っていたリストが不機嫌そうな顔になり、エルスの耳をつねってきた。
「フン、何ヘラヘラしてんのよ」
「いててて」
エルスは耳をつねられたまま、平然を装って箸を進める。
「いくら引っ張っても君みたいに伸びないよ、リスト」
「あら、そう。じゃ、もっと強くしてあげる」
リストが力を込め、エルスの耳をさらに引っ張る。
「何でそんなに怒ってるのかな?」
「本気で言ってんの?」
「折角の祝勝会じゃないか。もっと楽しもうよ、リスト」
そう言いながら、エルスは明奈に目配せする。その意図に気付いた明奈は、そっとリストの背後に回る。
「……えいっ」
明奈もリストの耳を引っ張り、リストを止めようとした。
「ひゃん!?」
ところがちょっと触っただけで、リストは変な声を出して手を引っ込めた。
「何すんのよ!? へ、変な声出ちゃったじゃない!」
「ぷっ、くくく……」
リストの反応が面白く、今度はエルスがリストの耳を触り、合わせて息も吹きかける。
「こちょこちょ、……ふーっ」「ひゃ、ああん!?」
甘い声を出してきたリストを見て、エルスは笑い転げた。
「あは、あはは……。やっぱりリスト、君はからかいがいがあるなぁ、ふっ、ふふふ……」
「あ、アンタ、いい加減にしなさ……」「えいっ」「ひゃーん!?」
リストが怒鳴ろうとしたところで、また明奈が耳を触る。
「クスクス、リストさん面白い」
「あ、もしかしてメイナ酔ってるでしょ!?」
「うふふふ……、ふー」
「ひぁー!?」
リストは宴の間中、エルスたちのおもちゃにされていた。
一方、晴奈は宴の場から離れ、自分の部屋で一人、酒を飲んでいた。どうしても騒いで呑む気にはなれなかったからである。
「赤の満月、白は新月。今宵は片月、か」
このところ、晴奈の心にはいつもあの死闘の記憶――ウィルバーと川の中で戦った時の、彼の姿が居座っている。
(ウィル、お主は本当にあのまま死んだのか? もう既に、冥府の住人と成り果ててしまったのか?)
考えれば考えるほど、重苦しい気持ちが募る。やがて晴奈は杯を窓辺に置き、顔を両手でこする。
「ふー……。少し、飲みすぎたかな。……外に出るか。心地良さそうだし」
窓から見る街の景色を眺めながら、晴奈は外への身支度を簡単に整えた。
宵も過ぎ、街は静まり返っている。明かりもまばらにしかない。月明かりに照らされた道を、晴奈はゆらゆらとした足取りで歩く。
(また紅蓮塞に戻って修行するかな……。特にこの街でやりたいことも無いし)
酔った頭にぼんやりと、師匠の顔や修行場の風景が浮かんでくる。
(それにしても2年半か。長かったな……)
護身のために持って来た刀の柄を撫でながら、色々なことを取り留めもなく考える。
とは言えこの2年半、ずっと戦に没頭していた分、騒々しさに慣れた頭は街の静けさを、敏感に感じ取っている。
だから――どこかからガシャ、と何かの割れる音を、晴奈の猫耳は聞き逃さなかった。
「……うん?」
不審に思った晴奈は、音のした方に向かう。
(確か、こちらの方角から聞こえてきたような?)
路地を曲がり、無人の大通りを横切る。そしてまた路地に入ったところで、見慣れた建物が目に入る。
(まさか、ナイジェル邸からではあるまいな?)
向かった先にはエルスとリストが、ナイジェル博士亡き後もそのまま住んでいる屋敷――ナイジェル邸があった。
「……! やはり、ここか」
玄関の扉がバッサリと切られており、異状が起きていることは明白だった。
(もしや、賊か?)
このまま傍観していては、エルスたちは被害に遭ってしまう。そしてそれを、晴奈がよしとするわけも無い。
「……よし」
晴奈は着物の袖と裾をまくり上げ、髪を束ね直し、刀に手をかけて屋敷に近寄る。
破られた扉から中を覗き見ると、大柄な熊獣人の男、中背のエルフの男、小柄な兎獣人の女が輪を作り、何か話している。
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