「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・悔恨録 2
晴奈の話、第161話。
はるかな国からの侵入者たち。
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2.
ナイジェル邸に侵入している者たちは、央南ではエルスたち以外に見かけたことの無い、異国の服を着ている。また髪や目の色、顔つきも、およそ央南人とは思えない。ただ、虎獣人だけは黒髪に灰縞の虎耳と尻尾で、その顔立ちも含め、央南風と見えなくもない。
(彼奴ら、何者だ?)
晴奈はじっと扉の陰に潜み、中の様子と彼らの会話を探る。
片目の「虎」が、エルフに向かって怒鳴っているのが聞こえてきた。
「彼には手を出すなよ、スミス!」「……ヒノカミ中佐、何を?」
「虎」――日上中佐と呼ばれた青年は、彼よりずっと年上らしい、周りの者たちに威張り散らしている。
「王国中の人間から嫌われようと、彼は俺の恩師だ! 出会っても手を出すんじゃないッ!」
「……了解しました」
エルフは日上に叱られ、憮然とした顔で引き下がった。ほぼ同時に、日上の後ろにいた茶髪に白い垂れ耳の「兎」が、手をポンと打って声をあげる。
「そー言えばヒノカミ君は、エルスと組んでたんだよね」
見知らぬ女の口から出た親友の名前に、晴奈は目を丸くした。
(な……!? エルス、だと? エルスとは、あのエルス・グラッドか?)
晴奈の動揺など知るわけも無く、日上は「兎」の言葉にうなずく。
「そうだ。彼に受けた恩義も非常に大きい。俺の前で彼を悪く言う奴は、例え身内でも許さないぞ」
そう言って日上がにらむが、「兎」は媚びるような甘ったるい声で顔を赤らめ、頬に手を当てて日上に答える。
「アタシは言いやしないよー? アタシだってリロ、……エルスとは、色々アレコレ楽しーい思い出あるし、悪くなんてねーぇ」
(何だ、あのけばけばしい『兎』は? ……私の中の、兎獣人の思い出が汚れてしまいそうだ)
憤慨する晴奈に気付くはずも無く、日上は肩をすくめて返す。
「ま、アンタは暴走恋愛狂だもんな」
「あ、ひっどーい。そんなコト言っちゃうと、もう相手したげないわよー?」
日上の鼻を人差し指でトンと叩き、上目遣いで甘ったるい仕草を見せる「兎」に、日上は苦笑する。
「ははっ、そりゃ困るな」
(彼奴ら、一体……)
と、これまでじっと黙り込んでいた「熊」も、ぼそぼそとした口ぶりでエルスのことを言及する。
「俺も、格闘術の指導、受けたことが、何度もあります。感謝、してます」
「だよな。俺も何度か、教えてもらったことがある。貫手とか通打とかな」
そう言って日上は嬉しそうに、掌底を打つ仕草を「熊」に見せる。それを見て、「熊」はのそのそと首を振って同意する。
「ああ、通打は、エルス教官の得意技、でしたね。あれは本当に、痛かった」
「分かる分かる、はは……」
日上たちの会話をそっとうかがいながら、晴奈は思案する。
(一体、彼奴ら何者なのだ? こんな胡散臭い輩がまさか、エルスの知り合いだと言うのか?
いや、それよりも――良く考えれば、私はエルスについて詳しいことを一切知らぬ。一体、エルスは何者だったのだ? この黄海を訪れる前、何をしていたのだ?)
と、一人意見を違え、孤立したエルフは、不満そうに顔をしかめる。
「何だよ、みんな反逆者に肩入れかよ? ……くそっ」
エルフは肩を怒らせ、その場を離れていった。それをきっかけにして、他の者もバラバラと居間を離れる。
一人居間に残った日上は、床に落ち、粉々になった壷――どうやら、先ほど音を立てたのはこれらしい――を眺め、ぽつりとつぶやいた。
「エルフの癖に短気な奴だな。まるでリストだ」
少し間を置いて日上も居間を離れる。晴奈は刀を抜き、そっと中に入る。
(エルスだけではなく、リストのことも知っているとは。
何にせよ、他人の家に忍び込む輩だ。常識ある、まともな相手では無いだろう。ならば容赦は無用。
一人ずつ、倒していくか)
音を極力立てずに晴奈は廊下を進み、部屋を見回っていく。客間に「兎」がいるのを見つけ、素早く中に入り込む。
「……とうッ!」「ひ、あぅ!?」
背中を見せていた「兎」に峰打ちを入れ、気絶させる。
(後ろからは少々卑怯ではあるが、……まずは1人)
気を失った「兎」を縛り、一旦廊下に出て隣の部屋を覗くと、「熊」が部屋を探っているのが見える。
(よし……)
晴奈が部屋に入ろうとしたその時、運悪く階段からエルフの男が降りてきた。
そのまま鉢合わせしてしまい、晴奈は舌打ちする。
「……しまった!」
「誰だ、お前は!」
居丈高に怒鳴るエルフに、晴奈も怒鳴り返す。
「こっちの台詞だ、賊め!」
エルフが反応するより一瞬早く、晴奈は斬りかかる。エルフは剣を抜いて構えたが、階上から誰かが叫ぶ。
「スミス、受けるな! かわせ!」
だが、その指示にエルフが応じるより早く、晴奈は斬撃を叩き込む。
エルフの構えた剣に、晴奈の刀自体は止められてしまうが――。
「甘いッ! 焔流はこれしきのことでは止まらんッ!」
刀から炎が噴き出し、エルフの剣を貫通して襲い掛かる。
「う、うわあああっ!?」
晴奈の「火刃」を正面から食らい、エルフの左肩から右脇腹に火が燃え移り、そのまま悶絶する。
と、洋巾姿の男が現れ――どうやら、先程叫んだのはこの男であるらしい――周囲に怒鳴る。
「フー、ドール、バリー! 見つかったか!?」
「まだ、だ!」
晴奈の背後で「熊」が答える。
そしてほぼ同時に、日上の声も返って来た。
「あった! 見つけたぞ!」
それを聞くなり洋巾は、晴奈に向かって飛び掛かってきた。
「逃げるぞ!」
洋巾は晴奈のすぐ側まで踏み込み、同時に右手を後ろに引く。次の瞬間、ガキン、と言う音と共に、晴奈に向かって洋巾の掌底が放たれた。
「……っ!」
晴奈は剣を構えて防ごうとするが、予想以上に重たい掌を受け止めきれず、廊下の端まで弾き飛ばされた。
「な、ッ……!?」
勢い良く壁に叩き付けられ、晴奈はそのまま、気を失った。
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はるかな国からの侵入者たち。
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ナイジェル邸に侵入している者たちは、央南ではエルスたち以外に見かけたことの無い、異国の服を着ている。また髪や目の色、顔つきも、およそ央南人とは思えない。ただ、虎獣人だけは黒髪に灰縞の虎耳と尻尾で、その顔立ちも含め、央南風と見えなくもない。
(彼奴ら、何者だ?)
晴奈はじっと扉の陰に潜み、中の様子と彼らの会話を探る。
片目の「虎」が、エルフに向かって怒鳴っているのが聞こえてきた。
「彼には手を出すなよ、スミス!」「……ヒノカミ中佐、何を?」
「虎」――日上中佐と呼ばれた青年は、彼よりずっと年上らしい、周りの者たちに威張り散らしている。
「王国中の人間から嫌われようと、彼は俺の恩師だ! 出会っても手を出すんじゃないッ!」
「……了解しました」
エルフは日上に叱られ、憮然とした顔で引き下がった。ほぼ同時に、日上の後ろにいた茶髪に白い垂れ耳の「兎」が、手をポンと打って声をあげる。
「そー言えばヒノカミ君は、エルスと組んでたんだよね」
見知らぬ女の口から出た親友の名前に、晴奈は目を丸くした。
(な……!? エルス、だと? エルスとは、あのエルス・グラッドか?)
晴奈の動揺など知るわけも無く、日上は「兎」の言葉にうなずく。
「そうだ。彼に受けた恩義も非常に大きい。俺の前で彼を悪く言う奴は、例え身内でも許さないぞ」
そう言って日上がにらむが、「兎」は媚びるような甘ったるい声で顔を赤らめ、頬に手を当てて日上に答える。
「アタシは言いやしないよー? アタシだってリロ、……エルスとは、色々アレコレ楽しーい思い出あるし、悪くなんてねーぇ」
(何だ、あのけばけばしい『兎』は? ……私の中の、兎獣人の思い出が汚れてしまいそうだ)
憤慨する晴奈に気付くはずも無く、日上は肩をすくめて返す。
「ま、アンタは暴走恋愛狂だもんな」
「あ、ひっどーい。そんなコト言っちゃうと、もう相手したげないわよー?」
日上の鼻を人差し指でトンと叩き、上目遣いで甘ったるい仕草を見せる「兎」に、日上は苦笑する。
「ははっ、そりゃ困るな」
(彼奴ら、一体……)
と、これまでじっと黙り込んでいた「熊」も、ぼそぼそとした口ぶりでエルスのことを言及する。
「俺も、格闘術の指導、受けたことが、何度もあります。感謝、してます」
「だよな。俺も何度か、教えてもらったことがある。貫手とか通打とかな」
そう言って日上は嬉しそうに、掌底を打つ仕草を「熊」に見せる。それを見て、「熊」はのそのそと首を振って同意する。
「ああ、通打は、エルス教官の得意技、でしたね。あれは本当に、痛かった」
「分かる分かる、はは……」
日上たちの会話をそっとうかがいながら、晴奈は思案する。
(一体、彼奴ら何者なのだ? こんな胡散臭い輩がまさか、エルスの知り合いだと言うのか?
いや、それよりも――良く考えれば、私はエルスについて詳しいことを一切知らぬ。一体、エルスは何者だったのだ? この黄海を訪れる前、何をしていたのだ?)
と、一人意見を違え、孤立したエルフは、不満そうに顔をしかめる。
「何だよ、みんな反逆者に肩入れかよ? ……くそっ」
エルフは肩を怒らせ、その場を離れていった。それをきっかけにして、他の者もバラバラと居間を離れる。
一人居間に残った日上は、床に落ち、粉々になった壷――どうやら、先ほど音を立てたのはこれらしい――を眺め、ぽつりとつぶやいた。
「エルフの癖に短気な奴だな。まるでリストだ」
少し間を置いて日上も居間を離れる。晴奈は刀を抜き、そっと中に入る。
(エルスだけではなく、リストのことも知っているとは。
何にせよ、他人の家に忍び込む輩だ。常識ある、まともな相手では無いだろう。ならば容赦は無用。
一人ずつ、倒していくか)
音を極力立てずに晴奈は廊下を進み、部屋を見回っていく。客間に「兎」がいるのを見つけ、素早く中に入り込む。
「……とうッ!」「ひ、あぅ!?」
背中を見せていた「兎」に峰打ちを入れ、気絶させる。
(後ろからは少々卑怯ではあるが、……まずは1人)
気を失った「兎」を縛り、一旦廊下に出て隣の部屋を覗くと、「熊」が部屋を探っているのが見える。
(よし……)
晴奈が部屋に入ろうとしたその時、運悪く階段からエルフの男が降りてきた。
そのまま鉢合わせしてしまい、晴奈は舌打ちする。
「……しまった!」
「誰だ、お前は!」
居丈高に怒鳴るエルフに、晴奈も怒鳴り返す。
「こっちの台詞だ、賊め!」
エルフが反応するより一瞬早く、晴奈は斬りかかる。エルフは剣を抜いて構えたが、階上から誰かが叫ぶ。
「スミス、受けるな! かわせ!」
だが、その指示にエルフが応じるより早く、晴奈は斬撃を叩き込む。
エルフの構えた剣に、晴奈の刀自体は止められてしまうが――。
「甘いッ! 焔流はこれしきのことでは止まらんッ!」
刀から炎が噴き出し、エルフの剣を貫通して襲い掛かる。
「う、うわあああっ!?」
晴奈の「火刃」を正面から食らい、エルフの左肩から右脇腹に火が燃え移り、そのまま悶絶する。
と、洋巾姿の男が現れ――どうやら、先程叫んだのはこの男であるらしい――周囲に怒鳴る。
「フー、ドール、バリー! 見つかったか!?」
「まだ、だ!」
晴奈の背後で「熊」が答える。
そしてほぼ同時に、日上の声も返って来た。
「あった! 見つけたぞ!」
それを聞くなり洋巾は、晴奈に向かって飛び掛かってきた。
「逃げるぞ!」
洋巾は晴奈のすぐ側まで踏み込み、同時に右手を後ろに引く。次の瞬間、ガキン、と言う音と共に、晴奈に向かって洋巾の掌底が放たれた。
「……っ!」
晴奈は剣を構えて防ごうとするが、予想以上に重たい掌を受け止めきれず、廊下の端まで弾き飛ばされた。
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勢い良く壁に叩き付けられ、晴奈はそのまま、気を失った。



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