短編・掌編
恐怖提供
恐怖提供
僕は友達から渡された小箱を、ボタボタと汗を流しながら受け取った。
「やり方、分かってるよな?」
「え、あ、いや」
しどろもどろにそう答えた僕に、友達はやれやれ、と言いたげな顔をしながら説明してくれた。
「いいか、まず注射器を取り出す。……やってみろ」
「う、うん」
言われるがまま、僕は小箱を開け、箱の左側にあった注射器を取り出す。
「そう。で、次に小袋を取り出す」
「うん」
続いて、箱の右下にあった、白い粉の入った小袋を取り出す。
「で、この蒸留水と一緒に、そのソース入れみたいなのに入れて、混ぜる」
「うん」
これも言われた通りに小袋を破り、その中身を受け取った水と一緒に、親指くらいの大きさのポリ容器に詰めて、軽く振って混ぜる。
「そのくらいでいいぜ。で、それを注射器で吸い取る」
「うん」
混ざったその液体を、注射器で吸い取る。
「後は自分の腕に刺すだけだ。な、簡単だろ?」
「う……ん」
僕は液体の満たされた注射器を、じっと見ていた。
「……あ、あのさ」
「何だよ?」
「け、血管に空気入ったら、あ、危ないって聞いたけど」
「ちょっと水が出るくらい注射器圧せば大丈夫だって」
「こ、これって新品? 使い回しって良くないって聞いたよ」
「まだ新品だよ」
「う、腕、消毒した方がいいのかな」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!」
友達はイライラした様子で立ち上がり、僕の腕を握る。
「いたっ」
「俺が打ってやるよ! それ貸せ!」
「い、いや、その」
「まさかここまで来てビビったなんて言うんじゃねえよな?」
「そ、それは、あの」
「とっとと打っちまえよ! おら……」
友達は僕の手から注射器を奪い、僕の腕に当てようとした。
パトカーのサイレンが聞こえる。
「……っ」
友達の顔が真っ青になるのが分かった。
すぐに、お巡りさんが2人、3人と部屋の中に入ってくる。
「現行犯だね」
「逮捕するよ」
「ほら、二人とも立って」
お巡りさんたちは僕たちの腕を取り、無理矢理に立ち上がらせる。
「ま、待って」
僕は絞り出すように、声を上げた。
「僕、まだ、何にも……」
でも、お巡りさんは聞いてくれない。
「見てたよ」
「打とうとしていた」
「現行犯だね」
いつの間にか、僕の両手には手錠がかけられていた。
「待って、待ってよ、まだ、何にも……」
泣き叫ぶ僕に構わず、お巡りさんたちは僕を引っ張っていった。
「現行犯だね」
「有罪だね」
「死刑だね」
「死刑だね」
「死刑だね」
「死刑だね」
「死刑だ」
「死刑だ」
「死刑だ」
「死刑」
「死刑」
「死刑」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「う……、うう、うわあああああーっ!」
僕は汗だくになって、ベッドから飛び起きた。
「……あ、あれ?」
辺りを見回してみる。
そこはいつもの、僕の部屋だった。
「ゆ、……夢、……?」
耳の奥でドクドクと鳴っていた鼓動が、段々と治まってくる。
それと同時に、僕は心の底から、ほっとした。
「……夢で、……夢で、良かったぁ」
「実験映像は以上です」
プロジェクターの電源が切られ、同時に室内の灯りが点る。
「もう一度説明いたしますと、被験者には就寝の2時間前、テレビ番組と称して特殊なサブリミナル効果を添加した映像を視聴させています。
被験者が目を覚ました後、被験者より夢の内容について質問したところ、先程皆さんにお見せした映像とほぼ同じ内容のものを夢の中で見た、との回答を得ました。
これにより、被験者は恐らく、覚醒剤やその他薬物に対し、無意識的に強い恐怖を感じるようになると思われます」
「ふーむ……」
説明を聞いていたスーツと制服姿の男たちは、揃って渋い顔を並べている。
「確かにただ『薬物は危ない』などと、漫然と説明するよりは、実際に体験し、身を持って知った方が効果があるのは確かだろう。
しかし本当に、実際にこんな目に遭わせては、本人の将来に大きく影を落とすことになる。そこで疑似的に体験させ、実害無く、その恐怖だけを覚えこませる。
その理屈は分かる。……しかしだね」
制服姿の、金色に光るバッジを胸に付けたその壮年の男は、実験を担当した者に尋ねる。
「これは洗脳ではないのかね? 恣意的な情報で特定の恐怖、不安を植え付け、市民を操作すると言うその手段は、私には洗脳以外の何物でも無いように思えるのだが」
「……」
担当者は無表情で、こう返した。
「しかしその手段は、公に黙認されているものであるかと。
ある情報から特定の部分だけを抜き取り、恐怖や不安を煽る形で放映、報道する。多くのメディアが平然と行っていることだと思いますが」
「……個人的意見を言うならば、まったくほめられることではないと思うがね」
壮年の男はむすっとした顔をしたまま、押し黙った。
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僕は友達から渡された小箱を、ボタボタと汗を流しながら受け取った。
「やり方、分かってるよな?」
「え、あ、いや」
しどろもどろにそう答えた僕に、友達はやれやれ、と言いたげな顔をしながら説明してくれた。
「いいか、まず注射器を取り出す。……やってみろ」
「う、うん」
言われるがまま、僕は小箱を開け、箱の左側にあった注射器を取り出す。
「そう。で、次に小袋を取り出す」
「うん」
続いて、箱の右下にあった、白い粉の入った小袋を取り出す。
「で、この蒸留水と一緒に、そのソース入れみたいなのに入れて、混ぜる」
「うん」
これも言われた通りに小袋を破り、その中身を受け取った水と一緒に、親指くらいの大きさのポリ容器に詰めて、軽く振って混ぜる。
「そのくらいでいいぜ。で、それを注射器で吸い取る」
「うん」
混ざったその液体を、注射器で吸い取る。
「後は自分の腕に刺すだけだ。な、簡単だろ?」
「う……ん」
僕は液体の満たされた注射器を、じっと見ていた。
「……あ、あのさ」
「何だよ?」
「け、血管に空気入ったら、あ、危ないって聞いたけど」
「ちょっと水が出るくらい注射器圧せば大丈夫だって」
「こ、これって新品? 使い回しって良くないって聞いたよ」
「まだ新品だよ」
「う、腕、消毒した方がいいのかな」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえよ!」
友達はイライラした様子で立ち上がり、僕の腕を握る。
「いたっ」
「俺が打ってやるよ! それ貸せ!」
「い、いや、その」
「まさかここまで来てビビったなんて言うんじゃねえよな?」
「そ、それは、あの」
「とっとと打っちまえよ! おら……」
友達は僕の手から注射器を奪い、僕の腕に当てようとした。
パトカーのサイレンが聞こえる。
「……っ」
友達の顔が真っ青になるのが分かった。
すぐに、お巡りさんが2人、3人と部屋の中に入ってくる。
「現行犯だね」
「逮捕するよ」
「ほら、二人とも立って」
お巡りさんたちは僕たちの腕を取り、無理矢理に立ち上がらせる。
「ま、待って」
僕は絞り出すように、声を上げた。
「僕、まだ、何にも……」
でも、お巡りさんは聞いてくれない。
「見てたよ」
「打とうとしていた」
「現行犯だね」
いつの間にか、僕の両手には手錠がかけられていた。
「待って、待ってよ、まだ、何にも……」
泣き叫ぶ僕に構わず、お巡りさんたちは僕を引っ張っていった。
「現行犯だね」
「有罪だね」
「死刑だね」
「死刑だね」
「死刑だね」
「死刑だね」
「死刑だ」
「死刑だ」
「死刑だ」
「死刑」
「死刑」
「死刑」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「死」
「う……、うう、うわあああああーっ!」
僕は汗だくになって、ベッドから飛び起きた。
「……あ、あれ?」
辺りを見回してみる。
そこはいつもの、僕の部屋だった。
「ゆ、……夢、……?」
耳の奥でドクドクと鳴っていた鼓動が、段々と治まってくる。
それと同時に、僕は心の底から、ほっとした。
「……夢で、……夢で、良かったぁ」
「実験映像は以上です」
プロジェクターの電源が切られ、同時に室内の灯りが点る。
「もう一度説明いたしますと、被験者には就寝の2時間前、テレビ番組と称して特殊なサブリミナル効果を添加した映像を視聴させています。
被験者が目を覚ました後、被験者より夢の内容について質問したところ、先程皆さんにお見せした映像とほぼ同じ内容のものを夢の中で見た、との回答を得ました。
これにより、被験者は恐らく、覚醒剤やその他薬物に対し、無意識的に強い恐怖を感じるようになると思われます」
「ふーむ……」
説明を聞いていたスーツと制服姿の男たちは、揃って渋い顔を並べている。
「確かにただ『薬物は危ない』などと、漫然と説明するよりは、実際に体験し、身を持って知った方が効果があるのは確かだろう。
しかし本当に、実際にこんな目に遭わせては、本人の将来に大きく影を落とすことになる。そこで疑似的に体験させ、実害無く、その恐怖だけを覚えこませる。
その理屈は分かる。……しかしだね」
制服姿の、金色に光るバッジを胸に付けたその壮年の男は、実験を担当した者に尋ねる。
「これは洗脳ではないのかね? 恣意的な情報で特定の恐怖、不安を植え付け、市民を操作すると言うその手段は、私には洗脳以外の何物でも無いように思えるのだが」
「……」
担当者は無表情で、こう返した。
「しかしその手段は、公に黙認されているものであるかと。
ある情報から特定の部分だけを抜き取り、恐怖や不安を煽る形で放映、報道する。多くのメディアが平然と行っていることだと思いますが」
「……個人的意見を言うならば、まったくほめられることではないと思うがね」
壮年の男はむすっとした顔をしたまま、押し黙った。
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