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黄輪雑貨本店 新館


    短編・掌編

    刹那の自省

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    刹那の自省

     夜遅く、いや、もう明け方になろうかと言う頃まで、俺は自慢の愛車で峠を走っていた。
     ちょっとカッコつけるなら、「峠を攻める」と言うヤツだ。
     何十回、下手すれば百回、二百回以上も走りこんできたその道を、いつもと同じように、いや、同じようなつもりで、軽く流した。

     だが――車体が斜めに引っ張られ、ステアリングが勝手に傾いていく。
     タイヤはギャンギャンと悲鳴のような音を上げて、俺の愛車は俺が思ってもいないような滑り方をし始めた。
     しまった、アクセルを強く踏みすぎたらしい。
     慌ててブレーキを踏み込んだが、それはコントロールを失いゆく愛車を、さらに混乱の淵へと追いやったらしい。
     4輪すべてのタイヤがロックし、制動力を完全に失ったクルマは、まるでコマのようにくるくると道路上を滑っていく。
     やがてクルマはケツの方からガードレールに突っ込み、突き破り、そのまま俺ごと、空中へと飛び出していった。
    「ひっ――」
     声にならない叫びが、俺の喉から絞り出される。
     ほんの一瞬前まで俺がいた崖が、フロントガラスに映る。
    (死ぬ……っ!)
     頭の中が、その一文字で埋め尽くされる。
     そして崖が遠のいていくと同時に、俺の意識も遠くへ飛んで行った。



     走馬灯。
     死ぬ寸前に見るって言う、あの、あれ。
     意識が遠のき、現実から完全に遠ざかった俺の頭にも、それが映り始めた。

     3歳の頃、親父の背中に乗って、バイクに乗せてもらったこと。
     5歳の頃、鈴鹿に連れて行ってもらい、始めてレースを観戦したこと。
     9歳の頃、カートの大会で優勝したこと。
     12歳の頃、親父が大怪我して、それがきっかけでお袋が出て行ったこと。
     14歳の頃、俺も親父と大喧嘩して、家出したこと。
     18歳の頃、借金して免許取って、働き始めたこと。
     20歳の頃、レーサーの、ほんの端くれになったこと。
     22歳の頃――今の俺だ――レース車をブッ壊して、つい6時間ほど前に、チームをクビになったこと。

    (……ああ、そうだ……)
     意識が戻ってくる。
    (俺、頭に血が上ってたんだな。だから曲がり損ねたんだ)
     意識だけが、はっきりしている。
    (いっつもそうだ。いっつも、そうだった。
     ちょっとしたことですぐキレて、すぐ喧嘩して、で、すぐ『もういいッ!』って叫んで、結局ごめんの一言も言わねー。
     親父と一緒じゃねえか……。そんな自分勝手な親父が嫌で家を出たってのに、なんで俺、親父と同じことしてんだよ、マジで)
     飛び出した直後、すぐ目の前にあった崖は、今はもう、1メートルか、2メートルは離れていた。
    (昨日のレースだってそうだった。監督から『抑えて走れ』『熱くなるな』ってしつこく言われてたのに、俺は前の車に離されるのが嫌で、無理矢理突っ込んだ。
     その挙句、ヘアピン曲がりきれずにドッカン、壁に向かって一直線、……だ。
     しかも自分が失敗したくせに、『トロいセッティングしやがったから』とか、勝手なこと言って。
     で、取っ組み合いの大喧嘩の末に、監督に滅茶苦茶殴られて、『お前みたいなバカに乗せるクルマなんか無えッ!』って追い出された。
     俺、……本当、バカだな。……今度と言う今度は、本当、反省したよ。……後で謝りに行こう。本気の本気で、誠心誠意、謝りに行かなきゃな。
     ……謝りに、行けたら、……だけど)
     俺の車は宙を舞っている。
     もう、ここはあの世のすぐそばなのだ。
     後3秒、4秒も経てば、クルマは俺もろとも、森の中に突っ込んでいく。
     そうなれば一瞬で俺の愛車は爆発、炎上するだろう。
     ……クルマ好きの俺がクルマと心中するって言うなら、それはそれで、いい死に方なのかも知れないが。



     が。
    (……いつになったら落っこちるんだよ、おい!?)
     俺の感覚で、もう10秒、20秒、いや、1分以上も、クルマは宙を舞い続けていた。
     いや、舞っていると言うよりも、そのまま静止しているのだ。
     さっき気が付いた時、2メートルは離れていた崖は、未だ3メートルも離れていない。
     ふと気が付き、ダッシュボードの時計を見てみると、4:58を指している。
     だが、真ん中の「:」が点滅していない。あれは確か、一秒ごとに点いたり消えたりしてたはずだ。
    (これって、あれか? アドレナリン的なのがドバドバ出てて、1秒が10秒にも1分にも感じられるって、ああ言う系の話か?)
     そう思って、腕を動かそうとする。しかし、妙に重く感じる。思ったように動かない。
     やはり今、俺は1秒をとてつもなく長く感じていて、動かそうとしているこの腕も、コンマ何秒かでほんの少しずつ動いているのを、ちゃんと動いているように感じられていないらしい。
    (な、生殺しだ)
     とっくに死ぬ覚悟はできていた。
     クルマと一緒に死ぬなら本望、……と、(俺の中では)30秒も前に肚を括っていたのに。

     こうなってくると、命が惜しく感じてきてしまう。
    (……そうだよな。まだレースで優勝どころか、表彰台にすら立ってないのに、こんなことで死にたくねーよなぁ)
     諦めていたことを、一つ一つ、思い出していく。
    (やっぱり、監督やチームのみんなに、ちゃんと謝りたい。俺がバカでしたって、頭下げて謝りたい)
     俺の頭は、「逆」走馬灯とも言うべき回転をし始めた。
    (免許取った時の金、まだ半分返してなかったよな、そう言えば。『レースで金入ったら』とか何とか、色々理由付けて。
     それも、ちゃんと返そう。……ギリギリ、返せる貯金はあったはず。タイヤ買う金を回したら、何とか返せるよな)
     やがて脳裏に、親父の顔が浮かぶ。
    (親父……。10年前の怪我で、二度とクルマに乗れなくなっちまったんだよな。
     そりゃ、荒れもするよな。俺だってクルマに乗れなくなったとなれば、すっげぇ悲しいもん。
     その気持ちを少しも汲んでやれなくて、……ごめん。本当、ごめん。
     もしもここから生きて帰れたら、俺、真っ先に、……謝りに行くよ)
     やがて逆走馬灯は俺の記憶が途切れるところまで進み、空白になる。
     しかし――それでも俺のクルマは、宙に浮いたままだった。



     長い長い時間が、俺の頭の中だけで過ぎていく。
     俺はその長い時間を、最初は、じりじりとした気持ちで過ごしていた。

     未だに「:」は点滅しない。未だに4:58を指し示している。
     やがて待つのにも疲れ、俺は頭の中だけで眠った。
     6時間か、8時間か、それとも10時間か。
     いつになく熟睡して、そして目を覚ますと、まだ俺はクルマの中にいる。

     俺は寝る前に考えていた皆への謝罪を、細かくシミュレートしてみる。
     監督にはこう謝ろう、チームの皆にはああ謝ろう、親父にはどんなお土産を持って行こうか……。
     何度も何度も、俺が考えつく限りに綿密なシミュレーションを立てる。

     それもやり尽くし、俺は他に、何も考えられなくなった。
     いや、正確に言うなら、何を考えたらいいのか、まったく分からなくなってしまったのだ。
     もう心の中に抱えていた心配事は、全部考え尽くしてしまったのだ。
     その問題点の洗い出しから、できる限り最善であろう対処法までも。
     もう何も考えることが無くなってしまえば、いよいよ俺は、この空中でやることが無くなってしまう。
    (他に、他に……他に、何か問題は無いのか? 何よりもまず、考えなきゃならないことは、無いのか?)

     そこでようやく、俺はこの状況で一番大事なことに――まず、何をしなければならないのかに、気が付いた。



    《おい、大丈夫か!?》
     監督の心配そうな第一声に、俺は元気に答えた。
    「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました」
    《……っ、ふ、フン。バカは死ななきゃナントカって言うからな、いっぺん死んでみればよかったんだ》
    「すみませんでした」
    《……あ?》
    「昨日は本当に、申し訳ありませんでした。深く反省してます」
    《ど、……どうした? やっぱりお前、頭かどっか打ったのか?》
    「いえ、『じっくり』考えたんです。やっぱり俺が全部、悪かったって」
    《……フン。後でちゃんと俺んとこに来いよ。たっぷり説教してやるからな。……その後で次のレースの作戦会議だ。忘れるなよ》
    「はい。検査終わったら、すぐ行きます。それじゃ」
     一旦電話を切り、俺は深呼吸した。
     次に誰に電話するか、じっくり考えるためだ。

     俺はあの刹那の間、本当に、これまでにないくらいに、じっくりとものを考えた。
     そう、じっくりと考えること――それは俺にとって、一番大事なことだったのだ。
     今、何をすべきなのか。今、本当に必要なことは何なのか、……と。



     あの時最も一番にすべきだったこと。
     それは監督への謝罪でもなければ、親父への憐憫でもなかった。
     まず、俺自身があそこから生還することだったのだ。

     それに気付いた途端、「:」が点滅した。
     俺は慌ててシートベルトを外し、ドアを開け、サイドステップを蹴って、崖へと飛んだ。
     あのまま時が止まっていたことが幸いしたのだろう。俺はギリギリ、崖につかまることができた。
     愛車が森の中へと吸い込まれ、ボン、と爆発音を轟かせたのを背中で感じながら、俺はぼそ、とつぶやいた。
    「……あれだけ何十時間も色々考えてたってのに、……はは。
     自分のことは最後まで考えつかないなんて、……本当、バッカだなぁ、俺」
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    ちょっと怪奇な人情モノ。

    あまり救いようのないものは書かないように努めていますが、
    次のSSは無慈悲なものになってしまいました。

    NoTitle 

    いい話ですね。面白かったです。しみじみしていて……。

    わたしがこの小説を書いたら情け無用のブラックな展開になってしまうだろうなあ(^^;)
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