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黄輪雑貨本店 新館


    「双月千年世界 1;蒼天剣」
    蒼天剣 第4部

    蒼天剣・世俗録 1

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    晴奈の話、第164話。
    先行き、いまいち不安。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     エルスの剣を奪い逃げ去った北方の虎獣人、日上中佐を追い、晴奈は黄海から南西にある街、弧月に来ていた。
     早朝、黄海で情報を集めたところ、それらしい集団が南西の街道へ走っていくのを見た者がいたのだ。

     弧月は央南でも歴史ある街の一つで、あちこちに古い建物や遺跡がある。中には紀元前10世紀以上を裕に越えるものもあるそうだ。
    「ほう」
     晴奈は石造りの、苔むした遺跡の前に立っていた。遺跡の前に掲げてある案内札によると、1~2000年ほど昔に造られたものではないかと言う。
    「嘘か、真か。まあ、どちらにしても……」
     その建物を見渡して、率直な感想を述べる。
    「ただの石くれだな」
     歴史ある町並みも、他に目的のある晴奈にとってはかび臭い路地でしかない。
     晴奈は遺跡探訪を早々に切り上げ、市街地へと戻った。

    「まったく、……ほこりっぽいな」
     街道を歩いていると、あちこちで古びた遺跡の補修や掃除をしている姿が目に付く。
     この街は遺跡を観光資源にして収入を得ている。そのため、金の元を失わぬように皆、一所懸命に建物を磨いているのだ。
     そこから大量に出るほこりを観光客は敬遠しているらしく、晴奈の他に、道を歩く者の姿は見られなかった。
    「ケホ……。やれやれ、見せるための街で出歩きがしにくいとは。何がなにやら」
     ほこりのせいか、歩いていると次第に目と鼻がかゆくなってきた。晴奈はたまらず、近くの食堂に駆け込んだ。
    「いらっしゃい! お、べっぴんさんだねぇ! その格好、旅人さんかい?」
     店に入るなり、虎獣人の店主が明るく声をかけてくる。
    「ああ、そんなところだ。良ければ少し、物を尋ねてもいいか?」
    「いいけど、メシも食ってよ。うちは食べ物屋だからさー」
     メシ、と聞いて思わず晴奈の腹が鳴る。
    「おっ、丁度良かったかな?」
     腹の音を聞かれ、晴奈は恥ずかしさをごまかしつつ、どうにか受け答えする。
    「う……、む。まあ、では、何かいただこうか。お勧めは何だ、大将?」
    「へへ、どうも。そうだなー、今日は焼鯖定食かな」
    「では、それを」
    「まいどっ。えーと、30クラムだね。作ってる間に用意しといてねっ」
     店主の流れるような弁舌に、晴奈はつられて金を出そうとした。
     が――。
    「あー、と。……くらむ、とは?」
    「へ? ああ、お客さん央南人っぽいし、玄銭しか持ってないのかな?
     いいよ、玄銭でも。えーと、今のレートだと、30クラムは150玄くらいになるね」
     聞いたことの無い単語が飛び出し、晴奈の眉が曇る。
    「れ……、れー、と?」
     どうやら晴奈の旅は、前途多難のようだった。

     晴奈が世俗に疎いことを見抜いたらしく、店主は親切に、「お金」について講義してくれた。
    「ふむふむ、つまりレートとはある地方の金と、別の地方の金がいくらで交換できるかと言う、換金の率のことなのだな」
    「そーゆーこと、そーゆーこと。クラムは基軸通貨だから、世界中どこでも使えるはずだよ」
    「そうなのか……」
    「でもねー、今、全額クラムに換えると損するかもねぇ」
    「え? どこでも使えるから、得なのでは?」
     事情通らしい店主は、パタパタと手を振って否定する。
    「いやいや、レートっていつでも同じじゃないしさ、政治情勢とか地域の景気に影響されやすいんだよ。
     例えば今だと、クラムを管理してる央北の中央政府ってところが、北方の、えーと……」
    「ジーン王国か?」
    「あー、そうそう、それそれ。そのジーン王国と戦ってるからさ、インフレが激しいんだよ」
    「いん、ふれ?」
     晴奈の知らない単語が、次々に店主の口から流れ出る。晴奈の手元にある紙は既に、ぐちゃぐちゃとした走り書きでいっぱいになっていた。
    「簡単に言うと、その地域のお金が増えてるってことだよ。戦争中は物入りだからね、中央政府はお金が欲しいわけさ。だからお金をたっぷり発行して、急場をしのいでるってわけだ。
     でも、これは応急処置みたいなもんでね、お金は一時的に増やせるけど、その分一枚、一枚の価値が下がっていっちゃう」
    「何故に?」
    「お金には金や銀、その他貴重な金属が含まれてる。大雑把に言うと、その含有率がそのお金の価値ってことになるんだけど、この量を増やすとなると、相応の貴金属が必要になってくる。でも貴金属はその名の通り、貴重な金属だからそう簡単には手に入らないし、原料が無ければ通貨は発行できない。じゃあ、どうやってお金を増やすか?」
    「うーむ……?」
    「ズバリ、金貨や銀貨の質を下げる。貨幣に含まれる金銀の量を減らし、代わりに何か別の、安い金属を混ぜて発行する」
    「あ、なるほど。それで通貨の価値が下がる、と……」
    「その通り。でも中央政府が通貨の価値を下げたって、他の国も一様に価値を下げるわけじゃない。他の通貨の純度や価値はそのままだから、相対的に量の増えた通貨が安く扱われるようになる、ってわけさ」
     店主の経済学講義を聞き終え、晴奈はとても感心していた。
    「ふーむ……。なるほど、大変勉強になった。つまり戦争の影響で、粗悪なクラムが大量に出回っているから……」
    「世界的にクラム安が起こってるってわけだ。まあ、世界中どこでも使えるのは確かだし、今はこまめに、必要最低限だけ換えた方がいいかもね。
     幸い、央南連合はこの前戦争に勝って羽振りがいいみたいだから、玄銭も高レートで換えてもらえるはずだよ」
     話を聞くうちに、晴奈の脳裏に小さい時の記憶がぼんやり蘇る。
    (ああ、そう言えば父上も時折、『クラム安が激しくて貿易は儲けにならん』とか何とか言っていた気がするな。なるほど、そう言う意味だったのか)
    「ふむ……。ありがとう、店主。おかげでいい知恵を仕入れられた」
     晴奈はにっこりと会釈し――続いて鼻を鳴らし、眉をひそめた。
    「いささか焦げ臭いのだが、飯は大丈夫なのか?」
    「……あっ!?」
     そこで店主はようやく、調理場に鯖の煙が充満していることに気が付いたらしい。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    余談ですが、今回出てきたお金「クラム」と、現実世界のお金「円」のレート。
    大体、1クラム=20円くらい。
    焼鯖定食は600円くらいです。割とリーズナブル。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2016.04.14 修正
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    風木(店主)「480円? 鯖が半分になっちゃうけど、それでもいいかい?」

    経済は大学時代、金融中心に打ち込んだ記憶があるので、逆に気になっちゃう性質です。
    通貨など、経済に関係するモノは設定を作りこんじゃってます。
    為替なんかがあるのは、そのせいですね。

    悔しかった……、と言うか、あんまり気付いてもらえてないような、という点はありますね。
    キャラクタ名や地名など、そこそここだわって名前を付けてるんですが、これについてのコメントは今のところ、皆無。
    ちょっと寂しいな、とは思ってます(´・ω・)
    とは言え、作りこんだ方が深みも出ますし、書いてる方も楽しい。
    「下地」と割り切って、今日も設定を密かに盛り込んで書いてます。

    NoTitle 

    600円ですか。せめて480円に(ビンボー)

    ファンタジー世界での経済をどうするかはけっこう難しい問題ですよね。

    わたしの場合だと、経済とその原始的な法則を知っているのは、交易都市の支配層とか学者の一部、ということにしています。庶民は、物価が上がっても、なぜ上がるかがわからず、金銀の含有量が落ちた貨幣を見れば、ぶつぶつ文句を言いながら「悪貨が良貨を駆逐して」しまうような感じで。

    これで複数の通貨が出てくると頭が混乱してコンニャクになってしまうので、巨大な統一国家を作ってしまいました。周辺の蛮族でも、通貨鋳造技術の低さからその(作中では『帝国』の)通貨を使っているという設定です。

    しかも単位を作ると、なんかファンタジーらしさが失われるような感じがするので(という思い込みがある)、金貨、とか、銅貨、とかいったセリフを使わせています。

    こういうところでいろいろ考えても、みんな読み飛ばす以前に気づきもしないんだろうなー、と考えると、ちょっと目から汗が(笑)

    黄輪さんも設定でこだわったのにあまり気にしてもらえず悔しかったところとかありますか?
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