「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第9部
白猫夢・宰遺抄 1
麒麟を巡る話、第432話。
"The sir" last bow。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「……ん……」
ふと気が付くと、葛・ハーミットはどこかのベンチに座っていた。
「……えっと?」
辺りを見回してみると、見覚えがある。
「駅、……かなー」
確かにそこは、自分が良く使っている駅のホームだった。
その駅の名前は、エルミット駅。己の祖父であり、この国の発展に尽力してきた偉大な宰相、ネロ・ハーミットの名を冠する、プラティノアールの中心であり、ランドマークともなっている駅である。
「お嬢さん」
と、声をかけてくる者がいる。振り向くと、黒いスーツに黒いコート、そして黒い帽子と言う、黒ずくめの格好をした兎獣人と目が合う。
「そろそろ、列車が出る時間ですよ。急がないと」
「あ、はーい」
誘われるまま、葛は兎獣人に付いていく。
付いていくうちに、あちこちから人が現れる。その誰もが、黒い服に黒い帽子と言う、彼女の前を歩く兎獣人と同じ出で立ちである。
そのため、葛は案内してくれていた兎獣人と、いつの間にかはぐれてしまった。
「ええと……」
それでも人の流れに押されるように、葛は駅のホームを歩いて行く。
やがて黒塗りの蒸気機関車が停車しているのが、彼女の視界に入る。そしてその前に、長い裸耳の老人が一人、立っていることに気付く。
それは彼女の祖父、ネロその人だった。
「あ、じーちゃん!」
葛は手を振りながら、彼の側に駆け寄った。
「やあ、カズラ」
ネロも手を振り返し、葛に笑いかけた。
「なんかあるの? 一杯、人がいるけどー」
葛は周囲を見回し、祖父を中心として大勢の人だかりができていることを尋ねる。
「ああ」
ネロは依然、優しく笑いかけながら、こう答えた。
「出かけてくる。皆は僕の見送りに来てくれたんだ」
「そっかー。やっぱすごいねー、じーちゃん。こんなに人が集まってくれるなんて」
葛はチラ、と列車を見て、続けて尋ねる。
「ドコ行くのー?」
「ちょっと、遠いところにね」
「ふーん……?」
「カズラ」
と、ネロは一転、真面目な顔になる。
「君は本当に、良く頑張ったよ」
「え?」
「アオイがいなくなってしまってから、アオイにかけられていた期待は全部、君の方へ流れこんでしまった。君にとっては相当の重荷だっただろうね。そのまま押し潰されてもおかしくないくらいの、傍から見れば狂気じみた重荷だった。
でも、君はそれに対して十分に、いや、十分以上に応えて見せてくれた。剣術の国内大会でも優勝し、大学にも入った。君の書いた政治学のレポートは、僕も認める出来栄えだったよ。
もう何年かすれば、きっと君は僕の跡を継げる実力を身に付けるだろう。……本当に、素晴らしい。僕の誇りだよ、君は。
……心残りがあるとすれば、アオイのことだけだ。それ以外は、一切悔いは無い。……いいや、君がいてくれただけで十分だな。君がいてくれさえすれば、僕は気がかりなく旅立てるよ。
君なら任せられる。この後に起こるだろう、色んなことを、……ね」
ネロは足元に置いていたかばんを手に取り、フロックコートの襟元を正した。
「ありがとう、カズラ。
ジーナと、それからベル、そしてシュウヤくんにも、よろしく伝えてくれ」
「……じーちゃん?」
言い様のない不安が、葛を襲う。
「ねえ? ドコに、行くの?」
「……遠い、ところさ」
ネロは葛に背を向け、列車へと歩き出した。
「待ってよ、じーちゃん」
「……」
葛はネロの後を追おうとしたが、足が動かない。地面に張り付いてしまったかのように、ぴくりとも動かせないのだ。
「じーちゃん……、じーちゃん!」
「……」
やがてネロは、列車の入口に着く。
そこでくる、と振り返り、取り巻く人々に向かって深々と頭を下げた。
「プラティノアール王国民の皆様。私の門出のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。
この半世紀と言う長き間に渡り、不肖の私めをご重用いただけましたこと、心から感謝を申し上げます。
それでは、いって参ります。ごきげんよう、皆様」
そこで言葉を切り、ネロは後ろ手に列車の手すりをつかみながら、葛に再度、顔を向けた。
「……さよなら、カズラ」
「じー……」
列車が動き出す。
ネロはそのまま、列車の奥へと消えていった。
「じーちゃああああん!」
そこで、葛の目が覚めた。
「……じーちゃん……」
とてつもない不安に襲われ、葛は寝間着姿のまま居間に飛び入り、電話を手に取る。
と、その電話が鳴った。
「! ……はい」
そのまま、葛は電話に出た。
《カズラか?》
祖母、ジーナの声だ。
「なにか……あったの?」
《……あ、ああ》
祖母の声には、涙が混じっていた。
《ネロが、……ネロが》
その涙声で、葛は何が起こったのかを察した。
@au_ringさんをフォロー
"The sir" last bow。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「……ん……」
ふと気が付くと、葛・ハーミットはどこかのベンチに座っていた。
「……えっと?」
辺りを見回してみると、見覚えがある。
「駅、……かなー」
確かにそこは、自分が良く使っている駅のホームだった。
その駅の名前は、エルミット駅。己の祖父であり、この国の発展に尽力してきた偉大な宰相、ネロ・ハーミットの名を冠する、プラティノアールの中心であり、ランドマークともなっている駅である。
「お嬢さん」
と、声をかけてくる者がいる。振り向くと、黒いスーツに黒いコート、そして黒い帽子と言う、黒ずくめの格好をした兎獣人と目が合う。
「そろそろ、列車が出る時間ですよ。急がないと」
「あ、はーい」
誘われるまま、葛は兎獣人に付いていく。
付いていくうちに、あちこちから人が現れる。その誰もが、黒い服に黒い帽子と言う、彼女の前を歩く兎獣人と同じ出で立ちである。
そのため、葛は案内してくれていた兎獣人と、いつの間にかはぐれてしまった。
「ええと……」
それでも人の流れに押されるように、葛は駅のホームを歩いて行く。
やがて黒塗りの蒸気機関車が停車しているのが、彼女の視界に入る。そしてその前に、長い裸耳の老人が一人、立っていることに気付く。
それは彼女の祖父、ネロその人だった。
「あ、じーちゃん!」
葛は手を振りながら、彼の側に駆け寄った。
「やあ、カズラ」
ネロも手を振り返し、葛に笑いかけた。
「なんかあるの? 一杯、人がいるけどー」
葛は周囲を見回し、祖父を中心として大勢の人だかりができていることを尋ねる。
「ああ」
ネロは依然、優しく笑いかけながら、こう答えた。
「出かけてくる。皆は僕の見送りに来てくれたんだ」
「そっかー。やっぱすごいねー、じーちゃん。こんなに人が集まってくれるなんて」
葛はチラ、と列車を見て、続けて尋ねる。
「ドコ行くのー?」
「ちょっと、遠いところにね」
「ふーん……?」
「カズラ」
と、ネロは一転、真面目な顔になる。
「君は本当に、良く頑張ったよ」
「え?」
「アオイがいなくなってしまってから、アオイにかけられていた期待は全部、君の方へ流れこんでしまった。君にとっては相当の重荷だっただろうね。そのまま押し潰されてもおかしくないくらいの、傍から見れば狂気じみた重荷だった。
でも、君はそれに対して十分に、いや、十分以上に応えて見せてくれた。剣術の国内大会でも優勝し、大学にも入った。君の書いた政治学のレポートは、僕も認める出来栄えだったよ。
もう何年かすれば、きっと君は僕の跡を継げる実力を身に付けるだろう。……本当に、素晴らしい。僕の誇りだよ、君は。
……心残りがあるとすれば、アオイのことだけだ。それ以外は、一切悔いは無い。……いいや、君がいてくれただけで十分だな。君がいてくれさえすれば、僕は気がかりなく旅立てるよ。
君なら任せられる。この後に起こるだろう、色んなことを、……ね」
ネロは足元に置いていたかばんを手に取り、フロックコートの襟元を正した。
「ありがとう、カズラ。
ジーナと、それからベル、そしてシュウヤくんにも、よろしく伝えてくれ」
「……じーちゃん?」
言い様のない不安が、葛を襲う。
「ねえ? ドコに、行くの?」
「……遠い、ところさ」
ネロは葛に背を向け、列車へと歩き出した。
「待ってよ、じーちゃん」
「……」
葛はネロの後を追おうとしたが、足が動かない。地面に張り付いてしまったかのように、ぴくりとも動かせないのだ。
「じーちゃん……、じーちゃん!」
「……」
やがてネロは、列車の入口に着く。
そこでくる、と振り返り、取り巻く人々に向かって深々と頭を下げた。
「プラティノアール王国民の皆様。私の門出のためにお集まりいただき、誠にありがとうございます。
この半世紀と言う長き間に渡り、不肖の私めをご重用いただけましたこと、心から感謝を申し上げます。
それでは、いって参ります。ごきげんよう、皆様」
そこで言葉を切り、ネロは後ろ手に列車の手すりをつかみながら、葛に再度、顔を向けた。
「……さよなら、カズラ」
「じー……」
列車が動き出す。
ネロはそのまま、列車の奥へと消えていった。
「じーちゃああああん!」
そこで、葛の目が覚めた。
「……じーちゃん……」
とてつもない不安に襲われ、葛は寝間着姿のまま居間に飛び入り、電話を手に取る。
と、その電話が鳴った。
「! ……はい」
そのまま、葛は電話に出た。
《カズラか?》
祖母、ジーナの声だ。
「なにか……あったの?」
《……あ、ああ》
祖母の声には、涙が混じっていた。
《ネロが、……ネロが》
その涙声で、葛は何が起こったのかを察した。
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Comment ~
NoTitle
額面通りに受け取れん……(^_^;)
なにせ夢を見せるのは敵の得意技だし(^_^;)
なにせ夢を見せるのは敵の得意技だし(^_^;)
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
NoTitle
(蒼天剣・交差録 7とか)
一応注釈しておくと、この夢は白猫とは無関係。もっと別の何かです。