「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第9部
白猫夢・宰遺抄 5
麒麟を巡る話、第436話。
国民投票。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
日は進み、選挙当日。
ブローネ城の一室に設置された選挙委員会が、国内各地から集まってくる投票結果を集計していた。
「ここまで約半分、第1選挙区から第5選挙区までの投票結果が集まったわけだけど……」
集計された内容を確認し、選挙委員たちがうなる。
「リヴィエル卿が30%で暫定トップ、なのは予想通り。でも一方……」
「2位に付けているのはエトワール氏。しかも得票率は28%と、リヴィエル卿に迫る勢い」
「てっきりリヴィエル卿の一人勝ちと思っていましたけど、意外に伸びてますね、エトワール氏も」
「後半の結果次第では逆転もあり得るわね」
と、そこへ選管委員の一人が、電報を持ってやって来る。
「第6、第7、第8の投票結果が来ました」
「これで全部ね」
電報の内容を、その場にいた全員で確認し――全員が息を呑んだ。
「……えっ」
「6~8ですべて、エトワール氏優勢ですって?」
「じゃあ、結果は……」
「待って下さい、今、合わせます」
慌てて集計を行う同僚に、全員の視線が集まる。
「……出ました」
「どうなった?」
「リヴィエル卿が、37%です。……そしてエトワール氏が、38%」
「と言うことは……」
「僅差ながら、エトワール氏が当選、……です」
政治家としての実績を持たない若手のアテナが、当選確実と言われたベテランのリヴィエル卿を抑えて総理大臣の座を得る――プラティノアール王国は、このニュースに騒然となった。
「ちょっと不安、……ですね」
当然、王国内の世論は激しく揺れた。各新聞社が行った街頭アンケートでも、次のような否定的意見が百出していた。
「そりゃ、前総理も無名だったと聞いてますけど、半世紀前と今じゃ、事情が全然違うでしょうし」
「全然名前聞いたことないです。何かの間違いじゃないんですか?」
「選挙、もう一回やり直した方がいいんじゃないかなって」
国民の総意であるはずの選挙結果から見れば、甚だ不思議なことなのだが――アテナが首相となることに、国民の誰もが不思議がり、そして不安に思っていることを、国内外すべての新聞が報道していた。
「世論はこの通りだ。露骨に過ぎたようだな」
「……」
秘書室でデスクの整理を行っていたアテナの側に、長耳の男が新聞を手にして立っていた。
「だがデータは、君の勝ちであると言っている。統計を取らない国民の声より、数字で出た得票率を信じるのは人間の性だ。
である以上、明日から君はこの国の総理大臣だ。おめでとう、エトワール首相」
「……」
アテナは作業の手を止め、男に振り返る。
「今回の件、お礼申し上げます。非常に助かりました」
「なに、これから君に入ってくる利益、権益と、そこからこぼれてくる私への報酬を考えれば、お安い御用と言うものだ。
しかし……」
男は部屋の隅に置かれた電話を眺め、嫌味な笑みを浮かべる。
「先進国として名の知れたプラティノアール王国が、こんなお粗末な電信・電話網しか持っていないとは。『どうぞ、ジャミング(通信妨害)をして下さい』と言っているようなものだ。
ま、そのおかげで無名の君が、38%などと言う得票率を『作れた』わけだが」
「今回の件について内密にしていただくよう、強くお願いします」
「当たり前だ。これが明るみに出たら、君は即、牢屋行きだろうからな。そうなれば私の利益など雲散霧消する。
わざわざ自分の利益を無くすような愚行を、私が犯すわけが無いだろう?」
「……ええ、そうですね。今の私は少し、過敏になっているようです。あり得ないことまで考えてしまっています」
「それは面白い」
男はアテナに近付き、肩に手を回す。
「いつも氷の塊のような君が敏感、とはね。どうだい、少しは感情に任せてみないか?」
「と申しますと?」
「こう言うことさ」
見上げてきたアテナのあごに、男はくい、と手をかけ、そのままキスをする。
「……っ」
唇が離れ、アテナはどこかぽかんとした顔になる。
「おや?」
その表情のまま、アテナはぼそぼそとつぶやく。
「……考えておきます。あなたには今後も、……少なからず、お世話になると思いますから」
「そこまで考えているのか? 案外、君は欲深いな」
「総理の座を狙うほどですから」
答えたアテナに、男は再度、意地悪そうな笑みを浮かべて返した。
「ああ、そうだった。
何しろ君は、そのために前総理の遺書を密かに破棄し、そのために電信を傍受・妨害して、偽の投票結果を送るくらいの、稀代の悪女だからな」
「……」
アテナは男の腕から離れ、彼に背を向けて尋ねた。
「悪い女は、お嫌いですか?」
「いいや」
男は肩をすくめ、こう返した。
「悪人は私の大好物さ」
アテナ・エトワールがプラティノアール王国の新総理となったこと――それが、この国の凋落と混乱のはじまりだった。
白猫夢・宰遺抄 終
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国民投票。
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5.
日は進み、選挙当日。
ブローネ城の一室に設置された選挙委員会が、国内各地から集まってくる投票結果を集計していた。
「ここまで約半分、第1選挙区から第5選挙区までの投票結果が集まったわけだけど……」
集計された内容を確認し、選挙委員たちがうなる。
「リヴィエル卿が30%で暫定トップ、なのは予想通り。でも一方……」
「2位に付けているのはエトワール氏。しかも得票率は28%と、リヴィエル卿に迫る勢い」
「てっきりリヴィエル卿の一人勝ちと思っていましたけど、意外に伸びてますね、エトワール氏も」
「後半の結果次第では逆転もあり得るわね」
と、そこへ選管委員の一人が、電報を持ってやって来る。
「第6、第7、第8の投票結果が来ました」
「これで全部ね」
電報の内容を、その場にいた全員で確認し――全員が息を呑んだ。
「……えっ」
「6~8ですべて、エトワール氏優勢ですって?」
「じゃあ、結果は……」
「待って下さい、今、合わせます」
慌てて集計を行う同僚に、全員の視線が集まる。
「……出ました」
「どうなった?」
「リヴィエル卿が、37%です。……そしてエトワール氏が、38%」
「と言うことは……」
「僅差ながら、エトワール氏が当選、……です」
政治家としての実績を持たない若手のアテナが、当選確実と言われたベテランのリヴィエル卿を抑えて総理大臣の座を得る――プラティノアール王国は、このニュースに騒然となった。
「ちょっと不安、……ですね」
当然、王国内の世論は激しく揺れた。各新聞社が行った街頭アンケートでも、次のような否定的意見が百出していた。
「そりゃ、前総理も無名だったと聞いてますけど、半世紀前と今じゃ、事情が全然違うでしょうし」
「全然名前聞いたことないです。何かの間違いじゃないんですか?」
「選挙、もう一回やり直した方がいいんじゃないかなって」
国民の総意であるはずの選挙結果から見れば、甚だ不思議なことなのだが――アテナが首相となることに、国民の誰もが不思議がり、そして不安に思っていることを、国内外すべての新聞が報道していた。
「世論はこの通りだ。露骨に過ぎたようだな」
「……」
秘書室でデスクの整理を行っていたアテナの側に、長耳の男が新聞を手にして立っていた。
「だがデータは、君の勝ちであると言っている。統計を取らない国民の声より、数字で出た得票率を信じるのは人間の性だ。
である以上、明日から君はこの国の総理大臣だ。おめでとう、エトワール首相」
「……」
アテナは作業の手を止め、男に振り返る。
「今回の件、お礼申し上げます。非常に助かりました」
「なに、これから君に入ってくる利益、権益と、そこからこぼれてくる私への報酬を考えれば、お安い御用と言うものだ。
しかし……」
男は部屋の隅に置かれた電話を眺め、嫌味な笑みを浮かべる。
「先進国として名の知れたプラティノアール王国が、こんなお粗末な電信・電話網しか持っていないとは。『どうぞ、ジャミング(通信妨害)をして下さい』と言っているようなものだ。
ま、そのおかげで無名の君が、38%などと言う得票率を『作れた』わけだが」
「今回の件について内密にしていただくよう、強くお願いします」
「当たり前だ。これが明るみに出たら、君は即、牢屋行きだろうからな。そうなれば私の利益など雲散霧消する。
わざわざ自分の利益を無くすような愚行を、私が犯すわけが無いだろう?」
「……ええ、そうですね。今の私は少し、過敏になっているようです。あり得ないことまで考えてしまっています」
「それは面白い」
男はアテナに近付き、肩に手を回す。
「いつも氷の塊のような君が敏感、とはね。どうだい、少しは感情に任せてみないか?」
「と申しますと?」
「こう言うことさ」
見上げてきたアテナのあごに、男はくい、と手をかけ、そのままキスをする。
「……っ」
唇が離れ、アテナはどこかぽかんとした顔になる。
「おや?」
その表情のまま、アテナはぼそぼそとつぶやく。
「……考えておきます。あなたには今後も、……少なからず、お世話になると思いますから」
「そこまで考えているのか? 案外、君は欲深いな」
「総理の座を狙うほどですから」
答えたアテナに、男は再度、意地悪そうな笑みを浮かべて返した。
「ああ、そうだった。
何しろ君は、そのために前総理の遺書を密かに破棄し、そのために電信を傍受・妨害して、偽の投票結果を送るくらいの、稀代の悪女だからな」
「……」
アテナは男の腕から離れ、彼に背を向けて尋ねた。
「悪い女は、お嫌いですか?」
「いいや」
男は肩をすくめ、こう返した。
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