「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第1部
蒼天剣・血風録 4
晴奈の話、14話目。
戦いが終わって……。
4.
「……!」
晴奈は目を覚まし、飛び起きた。
と同時に額に鋭い痛みが走り、顔をしかめる。
「く、……ぅ」
「大丈夫、晴奈ちゃん?」
すぐ横に、心配そうな顔を見せる橘が座っていた。どうやら、倒れた晴奈の看病をしてくれていたらしい。
「た、戦いは!?」
「終わったわよ。無事に追い払ったわ」
「そ、そう、です……、か」
晴奈は安堵とも、後悔とも、羞恥とも取れる、複雑な感情を覚え、たまらず涙をこぼした。
「私は……、馬鹿だ」
「ん?」
「あの『狼』をふざけた馬鹿者と侮って……、その結果が、これか。
何のことは無い――私自身、その馬鹿と何ら、変わらなかったのか……ッ!」
痛む頭を抱えながら、晴奈は自分を恥じた。
あの戦いの後、晴奈は丸一日眠っており、その間に戦いは終わっていた。
十数名の犠牲は出たものの、その何倍もの被害を敵に与え、紅蓮塞は今回も守られた。
あのウィルバーと言う「狼」も、手下の教団員たちに抱きかかえられるようにして逃げ去ったと言う。
「あのウィルソンって言うヤツね、実は教団教主の息子なのよ。克信仰って言うより、克かぶれで有名なの。ま、あの年頃なら真似したくなるよーなタイプだし、克って。
ま、そんなだから中身はお子様。晴奈を気絶させて勝ち誇ってる間、隙だらけで背中を見せてたから、あたしが思いっきり引っぱたいてあげたからね」
「……かたじけない」
晴奈はまだ、涙が止まらない。それを橘はずっと眺めていたが、やがて立ち上がり、晴奈を一人残して部屋を出て行った。
少ししてから、晴奈は橘の泊まっている部屋を訪ねた。杖の鈴を手入れしていた橘が、くるりと向き直って微笑みかける。
「あら、もう大丈夫?」
「はい、まだ痛みはありますが、何とか歩けます。
……橘殿、いくつか質問してよろしいでしょうか?」
「ん、いいけど?」
「あの……、克大火を知っているようなご様子でしたが、実際に会ったことが?」
そう尋ねたところで、橘は隠す様子も無く答えた。
「何回かあるわよ。うわさ通りって感じの人。央北の街で見た時のコト、聞く?」
晴奈は無言でうなずいた。
「んじゃ、初めて会った時のコト。
あれは央北の、ドコの街だったかな……。その時は何と言うか、煙かもやみたいに、虚ろな感じだったわ。きっと街の人は、彼がそこにいたことさえ気付かなかったんじゃないかしら。とにかく煙のように、静かな男だった。
でも。そこに何人か、武器を持った者が現れた――きっと克を倒して、名声を得ようとしたのかも――そして、克が彼らに気付いた瞬間……」
そこで、橘は間を置く。
「……瞬間、克は変貌した。
それまでのぼんやりした煙のような印象は消えて、すさまじいほどの殺気が彼から立ち上った。次の瞬間、克を狙っていた人たちはあっさり死んだわ」
平然としゃべっているように見えるが、良く見れば橘の額には汗がにじんでいる。よほどその時の光景が、恐ろしかったのだろう。
「何をしたのか、分かんなかったけど。向かっていった一人が、いきなり燃え出した。それを見た瞬間、他の人たちはみんな怯んで立ち止まった。すぐにその人たちも、一瞬で血だるまになって、崩れるように倒れて死んだ。
逃げようとした人もいたんだけどね――『殺される危険も背負わずに、俺を倒す気か? おこがましいとは思わんのか』と克に言われて――やっぱり斬られてた」
その話に、晴奈はゴクリと唾を飲む。
(自分たちはあの修羅場で何十分も、何時間もかけて、命の奪い合いをしていた。だが克は一瞬で、何人もの命を簡単に絶つのか。
なるほど、確かに悪魔と言う話は本当らしい)
恥ずべき敗北を喫し、落ち込んでいた晴奈を、さらに落胆させる報せが届いた。
焔流に資金援助をしていた黄家が、黒炎教団によって襲われたと言うのだ。その上黄海は占領され、黄家の財産は没収。
宗主である黄紫明の家族も人質にとられ、現在紫明が単身、交渉を行っていると言う。
「そんな! では、明奈も!?」
「恐らくは、捕まって……」
「……そんな」
それから何度か、細々とした情報が伝わった。
教団は今回の襲撃失敗の原因を、資金援助を受けたことによる勢力拡大のせいとし、その大本を叩いたと吹聴していたこと。
黄家は明奈の身柄と引き換えに、黄海の解放を約束してもらったこと。そのまま明奈は黒炎教団の総本山、黒鳥宮に幽閉されたこと。黄家は明奈の身柄を案じ、焔流への資金援助を打ち切ったこと。
明奈は強制的に教団に入信させられ、宮内で粛々と生活しているが、幸い明奈には無闇な危害が加えられてはいないこと。
そんなささやかな情報が、晴奈の心を苦しめ、また、ほのかに安心させた。
「大丈夫かなー、晴奈ちゃん」
橘が柊に、不安そうな顔で尋ねる。
「大丈夫。あの子は強い子よ」
そう言って、柊は橘をある堂に連れて行く。
「そっと開けてね。邪魔しちゃ、悪いから」
「邪魔……?」
橘は戸を、そっと開いて中を覗き見る。そこでは堂の中央で、晴奈が座禅を組んでいた。
「ああ、そうね。強い子、……ね」
二人はうなずき、ふたたび戸を閉めた。
蒼天剣・血風録 終
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戦いが終わって……。
4.
「……!」
晴奈は目を覚まし、飛び起きた。
と同時に額に鋭い痛みが走り、顔をしかめる。
「く、……ぅ」
「大丈夫、晴奈ちゃん?」
すぐ横に、心配そうな顔を見せる橘が座っていた。どうやら、倒れた晴奈の看病をしてくれていたらしい。
「た、戦いは!?」
「終わったわよ。無事に追い払ったわ」
「そ、そう、です……、か」
晴奈は安堵とも、後悔とも、羞恥とも取れる、複雑な感情を覚え、たまらず涙をこぼした。
「私は……、馬鹿だ」
「ん?」
「あの『狼』をふざけた馬鹿者と侮って……、その結果が、これか。
何のことは無い――私自身、その馬鹿と何ら、変わらなかったのか……ッ!」
痛む頭を抱えながら、晴奈は自分を恥じた。
あの戦いの後、晴奈は丸一日眠っており、その間に戦いは終わっていた。
十数名の犠牲は出たものの、その何倍もの被害を敵に与え、紅蓮塞は今回も守られた。
あのウィルバーと言う「狼」も、手下の教団員たちに抱きかかえられるようにして逃げ去ったと言う。
「あのウィルソンって言うヤツね、実は教団教主の息子なのよ。克信仰って言うより、克かぶれで有名なの。ま、あの年頃なら真似したくなるよーなタイプだし、克って。
ま、そんなだから中身はお子様。晴奈を気絶させて勝ち誇ってる間、隙だらけで背中を見せてたから、あたしが思いっきり引っぱたいてあげたからね」
「……かたじけない」
晴奈はまだ、涙が止まらない。それを橘はずっと眺めていたが、やがて立ち上がり、晴奈を一人残して部屋を出て行った。
少ししてから、晴奈は橘の泊まっている部屋を訪ねた。杖の鈴を手入れしていた橘が、くるりと向き直って微笑みかける。
「あら、もう大丈夫?」
「はい、まだ痛みはありますが、何とか歩けます。
……橘殿、いくつか質問してよろしいでしょうか?」
「ん、いいけど?」
「あの……、克大火を知っているようなご様子でしたが、実際に会ったことが?」
そう尋ねたところで、橘は隠す様子も無く答えた。
「何回かあるわよ。うわさ通りって感じの人。央北の街で見た時のコト、聞く?」
晴奈は無言でうなずいた。
「んじゃ、初めて会った時のコト。
あれは央北の、ドコの街だったかな……。その時は何と言うか、煙かもやみたいに、虚ろな感じだったわ。きっと街の人は、彼がそこにいたことさえ気付かなかったんじゃないかしら。とにかく煙のように、静かな男だった。
でも。そこに何人か、武器を持った者が現れた――きっと克を倒して、名声を得ようとしたのかも――そして、克が彼らに気付いた瞬間……」
そこで、橘は間を置く。
「……瞬間、克は変貌した。
それまでのぼんやりした煙のような印象は消えて、すさまじいほどの殺気が彼から立ち上った。次の瞬間、克を狙っていた人たちはあっさり死んだわ」
平然としゃべっているように見えるが、良く見れば橘の額には汗がにじんでいる。よほどその時の光景が、恐ろしかったのだろう。
「何をしたのか、分かんなかったけど。向かっていった一人が、いきなり燃え出した。それを見た瞬間、他の人たちはみんな怯んで立ち止まった。すぐにその人たちも、一瞬で血だるまになって、崩れるように倒れて死んだ。
逃げようとした人もいたんだけどね――『殺される危険も背負わずに、俺を倒す気か? おこがましいとは思わんのか』と克に言われて――やっぱり斬られてた」
その話に、晴奈はゴクリと唾を飲む。
(自分たちはあの修羅場で何十分も、何時間もかけて、命の奪い合いをしていた。だが克は一瞬で、何人もの命を簡単に絶つのか。
なるほど、確かに悪魔と言う話は本当らしい)
恥ずべき敗北を喫し、落ち込んでいた晴奈を、さらに落胆させる報せが届いた。
焔流に資金援助をしていた黄家が、黒炎教団によって襲われたと言うのだ。その上黄海は占領され、黄家の財産は没収。
宗主である黄紫明の家族も人質にとられ、現在紫明が単身、交渉を行っていると言う。
「そんな! では、明奈も!?」
「恐らくは、捕まって……」
「……そんな」
それから何度か、細々とした情報が伝わった。
教団は今回の襲撃失敗の原因を、資金援助を受けたことによる勢力拡大のせいとし、その大本を叩いたと吹聴していたこと。
黄家は明奈の身柄と引き換えに、黄海の解放を約束してもらったこと。そのまま明奈は黒炎教団の総本山、黒鳥宮に幽閉されたこと。黄家は明奈の身柄を案じ、焔流への資金援助を打ち切ったこと。
明奈は強制的に教団に入信させられ、宮内で粛々と生活しているが、幸い明奈には無闇な危害が加えられてはいないこと。
そんなささやかな情報が、晴奈の心を苦しめ、また、ほのかに安心させた。
「大丈夫かなー、晴奈ちゃん」
橘が柊に、不安そうな顔で尋ねる。
「大丈夫。あの子は強い子よ」
そう言って、柊は橘をある堂に連れて行く。
「そっと開けてね。邪魔しちゃ、悪いから」
「邪魔……?」
橘は戸を、そっと開いて中を覗き見る。そこでは堂の中央で、晴奈が座禅を組んでいた。
「ああ、そうね。強い子、……ね」
二人はうなずき、ふたたび戸を閉めた。
蒼天剣・血風録 終



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双月千年世界 3;白猫夢

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双月千年世界 2;火紅狐

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~ Comment ~
初めまして
初めまして。FC2の訪問者リストからきました。時々私のブログを見に来て頂いているようで、どうもありがとうございます。私もサイトの方でファンタジー小説を書いています。
蒼天剣、この話まで拝読しました。
独自の世界観や魔法に関する設定、戦闘シーンなどがうまく書かれていると思います。
また時間がある時に続きを読ませて頂きますね。
蒼天剣、この話まで拝読しました。
独自の世界観や魔法に関する設定、戦闘シーンなどがうまく書かれていると思います。
また時間がある時に続きを読ませて頂きますね。
NoTitle
大火をはじめとして、この物語には全人類を超越してる方がいます。
不老不死を思わせる存在だったり、恐るべき力や知恵を持っていたり。
他の話と併せて読んでみると、色々発見がありますよ。
不老不死を思わせる存在だったり、恐るべき力や知恵を持っていたり。
他の話と併せて読んでみると、色々発見がありますよ。
NoTitle
まとめてお返事。
>襲撃シーンか
>敵の腕のたつ奴が来ることを望む
>骨のありそうな奴が出てきたって感じ
>有名人か狼は?
第3部まで続く、黒炎教団およびウィルバーとの因縁の始まりです。
この物語の主軸の一つなので、このキャラはよーく覚えていてほしいところです。
>良い勉強になっただろうね
>例え雑魚だろうと舐めてかかると火傷する
このまんま来る敵来る敵全部打ちのめすようじゃ、まともな成長なんてしませんからね。
これくらい痛い目見た方がいい。
>不幸な出来事はこれだったのね
この話には後日談と番外編(双月世界小話を参照)が付きます。
それはまた、機会があればご一読をば。
>話しは変わりますが相互リンクって募集してますか?
募集してますよ。
よろしくどうぞー。
>襲撃シーンか
>敵の腕のたつ奴が来ることを望む
>骨のありそうな奴が出てきたって感じ
>有名人か狼は?
第3部まで続く、黒炎教団およびウィルバーとの因縁の始まりです。
この物語の主軸の一つなので、このキャラはよーく覚えていてほしいところです。
>良い勉強になっただろうね
>例え雑魚だろうと舐めてかかると火傷する
このまんま来る敵来る敵全部打ちのめすようじゃ、まともな成長なんてしませんからね。
これくらい痛い目見た方がいい。
>不幸な出来事はこれだったのね
この話には後日談と番外編(双月世界小話を参照)が付きます。
それはまた、機会があればご一読をば。
>話しは変わりますが相互リンクって募集してますか?
募集してますよ。
よろしくどうぞー。
NoTitle
良い勉強になっただろうね
例え雑魚だろうと舐めてかかると火傷する
過信してたってとこか
不幸な出来事はこれだったのね
奴隷として捕まってるんですか?
洗脳?狂信者にでも作りかえるとか
例え雑魚だろうと舐めてかかると火傷する
過信してたってとこか
不幸な出来事はこれだったのね
奴隷として捕まってるんですか?
洗脳?狂信者にでも作りかえるとか
お久しぶり、……って、ほぼ毎日来てるじゃないですか。
ファンクラブって何ですか? 僕、そんなこと書いてないですよ?
ちゃんと読んでほしいです。
ファンクラブって何ですか? 僕、そんなこと書いてないですよ?
ちゃんと読んでほしいです。
こんにちは、LandMさん。
こちらこそ、本年はありがとうございました。
僕自身は特に、どの宗教も熱心に信仰してはいませんが、
宗教は人を引き付ける魅力があり、拠り所にさせる力を持っていると思っています。
人が動く「明確な理由」としては、お金と好意の次くらいに大きなものなんじゃないかな、と。
来年もよろしくお願いします。
こちらこそ、本年はありがとうございました。
僕自身は特に、どの宗教も熱心に信仰してはいませんが、
宗教は人を引き付ける魅力があり、拠り所にさせる力を持っていると思っています。
人が動く「明確な理由」としては、お金と好意の次くらいに大きなものなんじゃないかな、と。
来年もよろしくお願いします。
年末のごあいさつ
どうも。LandMです。
年末のごあいさつということで伺わせていただきました。短い間でしたが、今年一年ありがとうございました。
血風録まで読ませていただきました。これからが面白くなっていくところですかね。宗教チックなところは私にはない視点なので、結構面白く読ませていただきました。黒が悪っぽいのも分かりやすくて面白かったです。また来年も読ませていただきますね。
それでは今年一年ありがとうございました。失礼します。
年末のごあいさつということで伺わせていただきました。短い間でしたが、今年一年ありがとうございました。
血風録まで読ませていただきました。これからが面白くなっていくところですかね。宗教チックなところは私にはない視点なので、結構面白く読ませていただきました。黒が悪っぽいのも分かりやすくて面白かったです。また来年も読ませていただきますね。
それでは今年一年ありがとうございました。失礼します。
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NoTitle
ご精読いただき、大変うれしい限りです。
実は細かい設定をいくつも作っていますが、
あえて物語の前面に押し出さないようにしています。
その密かな設定も、興味があれば是非探してみて下さい。