「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第9部
白猫夢・暗雲抄 1
麒麟を巡る話、第437話。
笑顔の葛。
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1.
「思ったより、平気に見えるわね」
「いえ、そんなには。結構、辛いですよー」
来客であるアルピナに茶を差し出しながら、葛ははにかむ。
状況に不釣合いなその仕草をアルピナは空元気と感じ、こう返した。
「辛かったら、泣いてもいいのよ? 誰にも言わないから」
「大丈夫ですよー」
が、葛ははっきりとした声で答えた。
「泣いてたってきっと、じーちゃんは喜ばないと思いますから」
「……そう」
葛を心配したアルピナは、ハーミット邸を後にしてすぐ、秋也たちの家を訪ねていた。
だが、当の本人は――昨日もそうであったと聞いていたが――気丈に振る舞い、終始、アルピナに笑顔を見せていた。
しかしアルピナには、それが却って痛々しいものに感じられた。
「大変ね、これから」
「ええ。リヴィエルさんから、『きっと後日、国葬が行われるだろう』って聞きました。その準備、しなきゃいけませんしねー」
「いえ、そうじゃなくて」
アルピナは首を振り、葛に尋ねる。
「あなたの今後が、よ。卿が亡くなったことで、きっと今後、あなたにより一層の重圧が押し寄せてくるわ。
これまでもあなたには、『天才アオイの妹』って期待が寄せられていたけど、これからは『偉人ハーミット卿の孫』って期待まで上乗せされるのよ? わたしだったら、きっと耐えられないわ」
「大丈夫ですよー」
依然として、葛はにこにこと笑っている。
「あたしは『妹』としての期待にこれまで十分に応えてみせたと、強く確信してます。ソレができたんだから、『孫』としての期待にも、絶対に応えられますよー。
見てて下さいよー、アルピナさん」
葛の回答に、アルピナはため息をつく。
「……本当、あたしにはできない生き方ね」
「そんなコト無いと思いますよー。アルピナさん、あたしなんかよりずっと、すごい人じゃないですか。まだ誰も、スプリントシリーズ五冠なんて達成してないんでしょ?」
「まあ、ねぇ。でもちょっと違うかしらね、それとは」
「偉業って考えたら、一緒ですよー。そう簡単には、誰にもできないってトコでは一緒ですよー」
笑顔をまったく崩さない葛に、アルピナは不安を感じた。
「ねえ、カズラちゃん?」
「はいー?」
「あなたは笑ってばかりいて、人に弱みを見せないけれど、……本当に大丈夫? どこかで吐き出さないと、本当にどこか、おかしくなっちゃうわよ」
「大丈夫ですよー」
依然笑ったまま、葛はやはり、はっきりと答えた。
「そりゃ、辛くは思ってます。苦しいなーって、いつも思ってます。
でも、どんな辛く、苦しいコトも、あたしは乗り越えてきました。コレからも乗り越えます。コレまでずっとそうしてきましたし、コレからもその生き方を、絶対、続けて見せます。
あたしは誰にも、どんなコトにも、負けたりなんかしませんよー」
「……そう」
それ以上尋ねることができず、アルピナは話を切り上げた。
「もし本当に、自分の力だけではどうにもできないって思った時は、……わたしたちを、頼ってね?」
「はいー。その時は、是非」
やはりこの時も、葛はにっこりと笑った。
その笑顔に――アルピナは再度、強い不安を覚えた。
(『おかしくなっちゃう』って、言葉の綾のつもりだったけど……。
この子はもう既に、どこか、おかしくなっちゃってるんじゃないかしら。常に笑顔を崩さないこの子は、もう、普通じゃないのかも……)「じーちゃんから色々、沢山教わったんですけど」
と――アルピナの内心を察したのか――葛は一転、真顔で話し始めた。
「一番覚えてる言葉は3つですねー。『笑え』『気にするな』『楽しくやれ』って」
「え?」
「じーちゃん、若い頃はすごく苦労したらしいんです。無実の罪で、牢屋に入れられたコトもあるって。
でも、そーゆー目に遭って、ただ『あー苦しい。こんな目に遭うなんて、自分はなんて不幸なんだ。もう希望なんか無いや』ってしょげてるばっかりじゃ何にも起きないし、いつまでもそんな嫌な思い出を引きずってうつむいたままじゃ、道端に咲く綺麗な花一輪、美味しいパンの匂い、雲ひとつない爽やかな青空にさえ気付かない。
『そんな悲しくて寂しい、得るものの少ない人生は絶対に送りたくない。嫌なことはさっさと心の中で整理を付けて、後は笑って呑気に過ごしてる方が断然、愉快で楽しいもんだよ』……って教わったんです」
「卿から?」
「はい。……あたしの記憶の中では、じーちゃんはいっつも笑ってるんです。その3つの言葉を、じーちゃんはずっと実践してたんですよ。
あたしにとっては、ソレは総理大臣やってたコトよりも、王国興隆の父として皆に慕われたコトよりも、ずっと尊敬に値するコトです。この世に大臣さんは一杯いますけど、死ぬ間際まで笑顔を絶やさなかった人なんて、ソレよりずっと少ないはずですから」
この言葉を聞いたアルピナも、ハーミット卿の顔を思い浮かべた。
「……そうね。確かに、そう。新聞に載ってる顔も、あなたのお母さんの実家でお会いした時も、いつもニコニコと微笑んでいたわね」
「あたしもじーちゃんみたいになりたいな、って。……だから、にっこり笑うんです。泣いてるよりよっぽど、じーちゃんは喜んでくれる気がしますし」
そう言って――葛は満面の笑みを見せた。
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笑顔の葛。
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「思ったより、平気に見えるわね」
「いえ、そんなには。結構、辛いですよー」
来客であるアルピナに茶を差し出しながら、葛ははにかむ。
状況に不釣合いなその仕草をアルピナは空元気と感じ、こう返した。
「辛かったら、泣いてもいいのよ? 誰にも言わないから」
「大丈夫ですよー」
が、葛ははっきりとした声で答えた。
「泣いてたってきっと、じーちゃんは喜ばないと思いますから」
「……そう」
葛を心配したアルピナは、ハーミット邸を後にしてすぐ、秋也たちの家を訪ねていた。
だが、当の本人は――昨日もそうであったと聞いていたが――気丈に振る舞い、終始、アルピナに笑顔を見せていた。
しかしアルピナには、それが却って痛々しいものに感じられた。
「大変ね、これから」
「ええ。リヴィエルさんから、『きっと後日、国葬が行われるだろう』って聞きました。その準備、しなきゃいけませんしねー」
「いえ、そうじゃなくて」
アルピナは首を振り、葛に尋ねる。
「あなたの今後が、よ。卿が亡くなったことで、きっと今後、あなたにより一層の重圧が押し寄せてくるわ。
これまでもあなたには、『天才アオイの妹』って期待が寄せられていたけど、これからは『偉人ハーミット卿の孫』って期待まで上乗せされるのよ? わたしだったら、きっと耐えられないわ」
「大丈夫ですよー」
依然として、葛はにこにこと笑っている。
「あたしは『妹』としての期待にこれまで十分に応えてみせたと、強く確信してます。ソレができたんだから、『孫』としての期待にも、絶対に応えられますよー。
見てて下さいよー、アルピナさん」
葛の回答に、アルピナはため息をつく。
「……本当、あたしにはできない生き方ね」
「そんなコト無いと思いますよー。アルピナさん、あたしなんかよりずっと、すごい人じゃないですか。まだ誰も、スプリントシリーズ五冠なんて達成してないんでしょ?」
「まあ、ねぇ。でもちょっと違うかしらね、それとは」
「偉業って考えたら、一緒ですよー。そう簡単には、誰にもできないってトコでは一緒ですよー」
笑顔をまったく崩さない葛に、アルピナは不安を感じた。
「ねえ、カズラちゃん?」
「はいー?」
「あなたは笑ってばかりいて、人に弱みを見せないけれど、……本当に大丈夫? どこかで吐き出さないと、本当にどこか、おかしくなっちゃうわよ」
「大丈夫ですよー」
依然笑ったまま、葛はやはり、はっきりと答えた。
「そりゃ、辛くは思ってます。苦しいなーって、いつも思ってます。
でも、どんな辛く、苦しいコトも、あたしは乗り越えてきました。コレからも乗り越えます。コレまでずっとそうしてきましたし、コレからもその生き方を、絶対、続けて見せます。
あたしは誰にも、どんなコトにも、負けたりなんかしませんよー」
「……そう」
それ以上尋ねることができず、アルピナは話を切り上げた。
「もし本当に、自分の力だけではどうにもできないって思った時は、……わたしたちを、頼ってね?」
「はいー。その時は、是非」
やはりこの時も、葛はにっこりと笑った。
その笑顔に――アルピナは再度、強い不安を覚えた。
(『おかしくなっちゃう』って、言葉の綾のつもりだったけど……。
この子はもう既に、どこか、おかしくなっちゃってるんじゃないかしら。常に笑顔を崩さないこの子は、もう、普通じゃないのかも……)「じーちゃんから色々、沢山教わったんですけど」
と――アルピナの内心を察したのか――葛は一転、真顔で話し始めた。
「一番覚えてる言葉は3つですねー。『笑え』『気にするな』『楽しくやれ』って」
「え?」
「じーちゃん、若い頃はすごく苦労したらしいんです。無実の罪で、牢屋に入れられたコトもあるって。
でも、そーゆー目に遭って、ただ『あー苦しい。こんな目に遭うなんて、自分はなんて不幸なんだ。もう希望なんか無いや』ってしょげてるばっかりじゃ何にも起きないし、いつまでもそんな嫌な思い出を引きずってうつむいたままじゃ、道端に咲く綺麗な花一輪、美味しいパンの匂い、雲ひとつない爽やかな青空にさえ気付かない。
『そんな悲しくて寂しい、得るものの少ない人生は絶対に送りたくない。嫌なことはさっさと心の中で整理を付けて、後は笑って呑気に過ごしてる方が断然、愉快で楽しいもんだよ』……って教わったんです」
「卿から?」
「はい。……あたしの記憶の中では、じーちゃんはいっつも笑ってるんです。その3つの言葉を、じーちゃんはずっと実践してたんですよ。
あたしにとっては、ソレは総理大臣やってたコトよりも、王国興隆の父として皆に慕われたコトよりも、ずっと尊敬に値するコトです。この世に大臣さんは一杯いますけど、死ぬ間際まで笑顔を絶やさなかった人なんて、ソレよりずっと少ないはずですから」
この言葉を聞いたアルピナも、ハーミット卿の顔を思い浮かべた。
「……そうね。確かに、そう。新聞に載ってる顔も、あなたのお母さんの実家でお会いした時も、いつもニコニコと微笑んでいたわね」
「あたしもじーちゃんみたいになりたいな、って。……だから、にっこり笑うんです。泣いてるよりよっぽど、じーちゃんは喜んでくれる気がしますし」
そう言って――葛は満面の笑みを見せた。
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当ブログの記事総数、ブログ開設から6年1ヶ月にして2,000件目到達。
「双月千年世界」シリーズは大長編のため、いずれ到達するだろうとは予想していたことではありますが、
実際に達成すると感慨深いものがあります。
このペースで行くと、恐らく3,000件目は3年半後くらい。
恐らくその頃には「白猫夢」も終わり、次のシリーズに突入しているはず。
しかしそもそも、自分が生きてるかどうかが心配。
煙草は吸いませんし、お酒も月1~2回程度しか飲みませんが、
人に誇れるほど健康体ではないですし、普段から運動不足。生活習慣は粗悪の一言に尽きます。
その上これまで殺されかけたことが数回。(顔面に向かってボウリング玉投げつけられたりとか、酒瓶喉に突っ込まれたりとか)
……よく生きてるなぁ、本当に。
もしもしっかり生き残ってて、3,000件目を無事に掲載できたら、
その時にはまた何かやろうかなと思います。
あと、過去に宣言したことはきっちり守るつもりです。
ピンと来た方は、その記事を探してみて下さいな。
当ブログの記事総数、ブログ開設から6年1ヶ月にして2,000件目到達。
「双月千年世界」シリーズは大長編のため、いずれ到達するだろうとは予想していたことではありますが、
実際に達成すると感慨深いものがあります。
このペースで行くと、恐らく3,000件目は3年半後くらい。
恐らくその頃には「白猫夢」も終わり、次のシリーズに突入しているはず。
しかしそもそも、自分が生きてるかどうかが心配。
煙草は吸いませんし、お酒も月1~2回程度しか飲みませんが、
人に誇れるほど健康体ではないですし、普段から運動不足。生活習慣は粗悪の一言に尽きます。
その上これまで殺されかけたことが数回。(顔面に向かってボウリング玉投げつけられたりとか、酒瓶喉に突っ込まれたりとか)
……よく生きてるなぁ、本当に。
もしもしっかり生き残ってて、3,000件目を無事に掲載できたら、
その時にはまた何かやろうかなと思います。
あと、過去に宣言したことはきっちり守るつもりです。
ピンと来た方は、その記事を探してみて下さいな。



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総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

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もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

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未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

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今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Comment ~
じゃあ双月世界の娘のうちきれいどころを数人、誰かうちの世界に見聞を広めに短期滞在させてください。
場所と人選は任せます。書いていただけるのであれば……。
場所と人選は任せます。書いていただけるのであれば……。
NoTitle
お祝いのコメント、ありがとうございます。
長く続けているなと、我ながら感心しています。
ちなみに……、1,000件目の記事において、
「何かお礼をば差し上げたいと思います」
と書いていたのですが、リクエストがあれば何でも受け付けますよ。
自分にできることであれば。
長く続けているなと、我ながら感心しています。
ちなみに……、1,000件目の記事において、
「何かお礼をば差し上げたいと思います」
と書いていたのですが、リクエストがあれば何でも受け付けますよ。
自分にできることであれば。
NoTitle
2000記事おめでとうございます!
継続は力です!
……いまや一日に俳句ひとつ、だけで継続した気になっているわたしがいうのもなんですが(^^;)
継続は力です!
……いまや一日に俳句ひとつ、だけで継続した気になっているわたしがいうのもなんですが(^^;)
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NoTitle
年内には間に合わないかも知れませんが。