「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第9部
白猫夢・飛葛抄 5
麒麟を巡る話、第445話。
ネロが遺した指示書。
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5.
拘置所を後にしたところで、ちか、と一瞬だが、何かの灯りが光る。
「今の……?」
「行ってみよ?」
いぶかしんだベルに対し、葛がそう提案する。
「一瞬だけ、……ってんなら、少なくとも軍の増援とかじゃないな。行ってみるか」
秋也が賛成し、全員が光の差した方へ向かう。
間もなく一行は、その光源にたどり着いた。
「遅かったじゃない、みんな」
「……アルピナさん?」
そこにはアルピナと、火術灯を持った短耳の男性がおり、そして二人の背後にはバン(貨物用自動車)が停められていた。
「全員無事か?」
短耳にそう問われ、秋也が答える。
「ええ、ユーゲンさん」
「良かった。もし一人でも欠けていたら、リヴィエル卿に怒られるところだ」
「リヴィエル卿? もしかして……」
尋ねかけた葛に、バンの中から声が返ってくる。
「ああ、そうだ。君が拘置所前でひと暴れしてくれたお陰で、私への監視が切られたんだ。その隙を突いてスタッガート夫妻が助けに来てくれてね、どうにかここまで来られた」
バンの中から、そろそろとした足取りでリヴィエル卿が現れる。
「あなた!」
「おお、無事で良かった……!」
互いを抱きしめるリヴィエル夫妻を尻目に、もう一人、バンから顔を覗かせる。
「わしもおるぞ」
「あ、ばーちゃん!」
葛はジーナの顔を見るなり、バンへと駆け出す。
「無事で良かったー。でも、どうしてばーちゃんまで?」
「スタッガート夫妻に連れ出してもらったんじゃ。ネロの遺言じゃと」
「遺言?」
「ええ、卿からこれを預かっていたの」
そう言って、アルピナが手紙を見せる。
アルピナの夫、ユーゲンに照らしてもらいながら、葛たちは手紙を読んだ。
「ほとんどあり得ない事態と僕自身も思っている、いや、そう思い込もうとしていることだが、もしも僕の第一秘書官であるアテナ・エトワールが僕の死後において、屋敷の書斎に収められているはずの遺言状を破棄し、この国の主権を奪取しようと目論んだ場合、まず真っ先に行うであろうことは、自分の対抗勢力となる人間をことごとく排除することだ。
つまり現在、僕と親しくしているアンリ・リヴィエルをはじめとする、我が内閣の中核を成す『エルミット派』と呼ばれる派閥の人間。そして僕の血を引くベルやカズラ。この両者が危険にさらされることは、ほぼ間違い無いだろう。
そこでスタッガート夫妻、君たちに頼みたいことがある。まず、万が一アテナが遺言状の存在を一切公表することなく国政の舞台に踊り出た場合、速やかにアンリと彼の一家を保護し、続いて僕の妻ジーナと娘夫妻一家も、同様に保護してほしい。
アテナは目的達成のためなら手段を選ばないタイプだ。
僕の目が届く現在であれば彼女が持つその危険性を発揮させないよう対処できるし、彼女の持つ有用性の方が勝るから、秘書官として置いている。
だがもし政治権力を得た場合、恐らく得てから一両日以内、あるいはその日の内に、実力行使の手段を得るため、何らかの集団――恐らく彼女が参事官を務めているセクレタ・セルヴィスがその標的となるだろう――を手中に収め、前述の人間を不当に監禁し、何らかの罪を捏造して投獄するはずだ。いや、最悪の場合、どさくさに紛れて殺害させる危険もある。
願わくば僕の死後も、アテナにはそれらの危険性が発揮されないまま、引き続き次代総理の秘書官を務めていてもらいたいものだ。
追伸
残念だが、僕の懸念する最悪の事態が現実のものとなった場合、恐らくこっちの遺言状を公表したとしても、アテナは手練手管を用いて偽物と主張し、それを通してしまうだろう。
あくまでこの手紙は、万が一の事態に備えた指示書であると考えてほしい」
「じゃあやっぱり、お義父さんは遺書を遺してたのか」
「まあ、パパの性格なら遺さないわけないよね」
秋也とベルは顔を見合わせ、揃って落胆した表情を浮かべる。
「その最悪の事態が、こうやって発生したってワケか……」
「あーあ……」
「落ち込んでる場合じゃないわよ」
と、アルピナが声をかける。
「サーチライトはわたしが破壊したけれど、街灯の方はガスを止めただけだし、もうそろそろ復旧するわ。その前に、この国を出ましょう」
「あ、そうっスね。……って、国を?」
「ええ。この国にいる限り、間違いなくエトワールは追っ手を差し向け、あなたたちを殺しに来るわ。
勿論、百戦錬磨のあなたたちなら返り討ちにできるでしょうけど、相手はきっと、元同僚よ? 戦いたくないでしょう?」
「あー……」
「確かにヤダな、それ」
「ましてやリヴィエル卿ご一家や、高齢のジーナさんは、襲われたら反抗する術はない。易々と殺されるわ。わたしとユーゲンにしても、あなたたちを助けたと発覚すれば、無事では済まないでしょうし。
全員が生き延びるためには、隣国へ逃げるのが最善よ」
「……そっスねぇ。ソレ以外、確かに無いか」
秋也の返答に、葛とベル、リヴィエル卿もうなずく。
「エトワール氏に追い払われるようで腹立たしいが……、仕方あるまい」
「決まりね。じゃあみんな、車に乗って」
アルピナに促され、葛たちはバンに乗り込んだ。
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ネロが遺した指示書。
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拘置所を後にしたところで、ちか、と一瞬だが、何かの灯りが光る。
「今の……?」
「行ってみよ?」
いぶかしんだベルに対し、葛がそう提案する。
「一瞬だけ、……ってんなら、少なくとも軍の増援とかじゃないな。行ってみるか」
秋也が賛成し、全員が光の差した方へ向かう。
間もなく一行は、その光源にたどり着いた。
「遅かったじゃない、みんな」
「……アルピナさん?」
そこにはアルピナと、火術灯を持った短耳の男性がおり、そして二人の背後にはバン(貨物用自動車)が停められていた。
「全員無事か?」
短耳にそう問われ、秋也が答える。
「ええ、ユーゲンさん」
「良かった。もし一人でも欠けていたら、リヴィエル卿に怒られるところだ」
「リヴィエル卿? もしかして……」
尋ねかけた葛に、バンの中から声が返ってくる。
「ああ、そうだ。君が拘置所前でひと暴れしてくれたお陰で、私への監視が切られたんだ。その隙を突いてスタッガート夫妻が助けに来てくれてね、どうにかここまで来られた」
バンの中から、そろそろとした足取りでリヴィエル卿が現れる。
「あなた!」
「おお、無事で良かった……!」
互いを抱きしめるリヴィエル夫妻を尻目に、もう一人、バンから顔を覗かせる。
「わしもおるぞ」
「あ、ばーちゃん!」
葛はジーナの顔を見るなり、バンへと駆け出す。
「無事で良かったー。でも、どうしてばーちゃんまで?」
「スタッガート夫妻に連れ出してもらったんじゃ。ネロの遺言じゃと」
「遺言?」
「ええ、卿からこれを預かっていたの」
そう言って、アルピナが手紙を見せる。
アルピナの夫、ユーゲンに照らしてもらいながら、葛たちは手紙を読んだ。
「ほとんどあり得ない事態と僕自身も思っている、いや、そう思い込もうとしていることだが、もしも僕の第一秘書官であるアテナ・エトワールが僕の死後において、屋敷の書斎に収められているはずの遺言状を破棄し、この国の主権を奪取しようと目論んだ場合、まず真っ先に行うであろうことは、自分の対抗勢力となる人間をことごとく排除することだ。
つまり現在、僕と親しくしているアンリ・リヴィエルをはじめとする、我が内閣の中核を成す『エルミット派』と呼ばれる派閥の人間。そして僕の血を引くベルやカズラ。この両者が危険にさらされることは、ほぼ間違い無いだろう。
そこでスタッガート夫妻、君たちに頼みたいことがある。まず、万が一アテナが遺言状の存在を一切公表することなく国政の舞台に踊り出た場合、速やかにアンリと彼の一家を保護し、続いて僕の妻ジーナと娘夫妻一家も、同様に保護してほしい。
アテナは目的達成のためなら手段を選ばないタイプだ。
僕の目が届く現在であれば彼女が持つその危険性を発揮させないよう対処できるし、彼女の持つ有用性の方が勝るから、秘書官として置いている。
だがもし政治権力を得た場合、恐らく得てから一両日以内、あるいはその日の内に、実力行使の手段を得るため、何らかの集団――恐らく彼女が参事官を務めているセクレタ・セルヴィスがその標的となるだろう――を手中に収め、前述の人間を不当に監禁し、何らかの罪を捏造して投獄するはずだ。いや、最悪の場合、どさくさに紛れて殺害させる危険もある。
願わくば僕の死後も、アテナにはそれらの危険性が発揮されないまま、引き続き次代総理の秘書官を務めていてもらいたいものだ。
追伸
残念だが、僕の懸念する最悪の事態が現実のものとなった場合、恐らくこっちの遺言状を公表したとしても、アテナは手練手管を用いて偽物と主張し、それを通してしまうだろう。
あくまでこの手紙は、万が一の事態に備えた指示書であると考えてほしい」
「じゃあやっぱり、お義父さんは遺書を遺してたのか」
「まあ、パパの性格なら遺さないわけないよね」
秋也とベルは顔を見合わせ、揃って落胆した表情を浮かべる。
「その最悪の事態が、こうやって発生したってワケか……」
「あーあ……」
「落ち込んでる場合じゃないわよ」
と、アルピナが声をかける。
「サーチライトはわたしが破壊したけれど、街灯の方はガスを止めただけだし、もうそろそろ復旧するわ。その前に、この国を出ましょう」
「あ、そうっスね。……って、国を?」
「ええ。この国にいる限り、間違いなくエトワールは追っ手を差し向け、あなたたちを殺しに来るわ。
勿論、百戦錬磨のあなたたちなら返り討ちにできるでしょうけど、相手はきっと、元同僚よ? 戦いたくないでしょう?」
「あー……」
「確かにヤダな、それ」
「ましてやリヴィエル卿ご一家や、高齢のジーナさんは、襲われたら反抗する術はない。易々と殺されるわ。わたしとユーゲンにしても、あなたたちを助けたと発覚すれば、無事では済まないでしょうし。
全員が生き延びるためには、隣国へ逃げるのが最善よ」
「……そっスねぇ。ソレ以外、確かに無いか」
秋也の返答に、葛とベル、リヴィエル卿もうなずく。
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