「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第9部
白猫夢・飛葛抄 7
麒麟を巡る話、第447話。
エトワール病。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
アテナが実施した政策は、徹頭徹尾に渡って「総工業化」と「貿易拡大」の方針を執っていた。
まず彼女は、既に存在する工業・製造業関連の産業に対して、湯水のように助成金を出したり、破格の税制を設けたりと、阿漕な奨励策を打ち出した。
その一方で農林業や水産業などの、いわゆる一次産業に対しては、助成金を止める、高率の税金を課すなど、真逆の政策を執って圧迫し、壊滅状態に追いやってしまった。
「たった3ヶ月で農業従事者が8割減とは。いくらなんでもひどくないか?」
あの長耳の男性も、流石に非難めいた言葉を口に出す。
だが、彼女は頑として聞き入れなかった。
「構いません。こうして一次産業に充てられていた労働力を都市部、即ち工業の盛んな地域へ集め、工業力を増大させるのが狙いですから」
「しかし、食産関係が潰れたせいで、物価が大幅に跳ね上がっているらしいじゃないか。既に食糧難を迎えている街もちらほらあると言うが、それについてはどうするつもりだ?」
「考えてあります。工業力の増加によって我が国の貿易は大幅な黒字を発生させるはずです。その黒字分で他国の安価な食糧を購入すれば良いのです。
合理的に考えれば、我が国のような先進国はより生産性の高い産業を優先すべきなのです。生産性の低い農業などは設備に乏しく、かつ、人員が豊富な中進・後進国に任せておく方が、効率的と言えるでしょう」
「合理的、効率的、……ね」
「何か問題が?」
アテナに問われ、長耳は肩をすくめる。
「いいや。経済や政治は私の得意分野じゃないからな。政治家の君と比べれば、取るに足らん意見さ。
君が自分の理論に自信を持っていると言うなら、迷わずやればいい」
「ええ。無論、そうします」
しかし――これらの政策はことごとく、失敗に終わった。
まず第一に、ネロがいた時代から既に、工業関連の需要は頭打ちとなっており、工業製品を大量に製造し貿易の拡大を試みても、まったく輸出が伸びなかったのである。
そんな状況にもかかわらず生産量を過剰に増やしたために、王国中の倉庫で工業製品の在庫があふれ返る事態が発生した。
それ以上生産を続けても在庫が倉庫に詰め込まれるだけなので、工場は当然、軒並み操業を停止。人員も余ることとなり、大幅に解雇・削減されることとなった。
だが本来――アテナが露骨な介入を行わなかったならば――他の産業に移っていくはずだったそれらの人員は、立ち往生する羽目になった。
何故なら工業以外の産業がアテナにより壊滅させられてしまっており、他の職に就くことが、事実上不可能だったのだ。
同様に、田舎から都市へ来た者たちも、既に農業をはじめとする一次産業が壊滅しているため、ふたたび田舎へ戻ったとしても、何もできない。
職と故郷を失った人間は行き場を失って都市部に溜まり、その結果、街中に浮浪者が発生した。
さらに追い打ちをかけるように、経済は一際悪化した。
食物を生み出す一次産業を壊滅に追いやり、一方で杜撰な貿易拡大策を採ったことで、外国からの食糧輸入が何倍にも膨れ上がったのだ。
そうなれば当然、貿易は大赤字を計上する。為替もそれに連動し、西方南部の通貨、シュッド・キューが暴落。国民はトマト1つ買うのに1日の稼ぎをすべて支払うような、貧しい生活を強いられることとなった。
半世紀も前にネロが阻止したその政策を、アテナが自信満々に推し進めたことにより、王国の経済は簡単に崩壊した。
まともな職に就けず、十分な金も得られず、住む場所も無い人間の急増――彼らはやがて生活に行き詰まり、次第に犯罪に手を染めていった。
アテナが国政の舵を取ったその2年間で、プラティノアール王国は国内産業の壊滅とそれに伴う失業率の重篤な増加、それに加えて猛烈な物価高が続くと言う、重い「病」に冒された。
統計的には――ネロが死去した570年に比べ、破綻が顕著になった572年は、失業率が2%から38%に増加し、国民一人辺りの所得は数字上だけで6割も減り、一方で物価は250倍に高騰、さらには都市部における月間の犯罪発生率は、1件未満から800件以上にまで激増した。
これが後世において通称「エトワール病」として知られる社会問題であり、プラティノアール王国凋落の発端となった。
@au_ringさんをフォロー
エトワール病。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
アテナが実施した政策は、徹頭徹尾に渡って「総工業化」と「貿易拡大」の方針を執っていた。
まず彼女は、既に存在する工業・製造業関連の産業に対して、湯水のように助成金を出したり、破格の税制を設けたりと、阿漕な奨励策を打ち出した。
その一方で農林業や水産業などの、いわゆる一次産業に対しては、助成金を止める、高率の税金を課すなど、真逆の政策を執って圧迫し、壊滅状態に追いやってしまった。
「たった3ヶ月で農業従事者が8割減とは。いくらなんでもひどくないか?」
あの長耳の男性も、流石に非難めいた言葉を口に出す。
だが、彼女は頑として聞き入れなかった。
「構いません。こうして一次産業に充てられていた労働力を都市部、即ち工業の盛んな地域へ集め、工業力を増大させるのが狙いですから」
「しかし、食産関係が潰れたせいで、物価が大幅に跳ね上がっているらしいじゃないか。既に食糧難を迎えている街もちらほらあると言うが、それについてはどうするつもりだ?」
「考えてあります。工業力の増加によって我が国の貿易は大幅な黒字を発生させるはずです。その黒字分で他国の安価な食糧を購入すれば良いのです。
合理的に考えれば、我が国のような先進国はより生産性の高い産業を優先すべきなのです。生産性の低い農業などは設備に乏しく、かつ、人員が豊富な中進・後進国に任せておく方が、効率的と言えるでしょう」
「合理的、効率的、……ね」
「何か問題が?」
アテナに問われ、長耳は肩をすくめる。
「いいや。経済や政治は私の得意分野じゃないからな。政治家の君と比べれば、取るに足らん意見さ。
君が自分の理論に自信を持っていると言うなら、迷わずやればいい」
「ええ。無論、そうします」
しかし――これらの政策はことごとく、失敗に終わった。
まず第一に、ネロがいた時代から既に、工業関連の需要は頭打ちとなっており、工業製品を大量に製造し貿易の拡大を試みても、まったく輸出が伸びなかったのである。
そんな状況にもかかわらず生産量を過剰に増やしたために、王国中の倉庫で工業製品の在庫があふれ返る事態が発生した。
それ以上生産を続けても在庫が倉庫に詰め込まれるだけなので、工場は当然、軒並み操業を停止。人員も余ることとなり、大幅に解雇・削減されることとなった。
だが本来――アテナが露骨な介入を行わなかったならば――他の産業に移っていくはずだったそれらの人員は、立ち往生する羽目になった。
何故なら工業以外の産業がアテナにより壊滅させられてしまっており、他の職に就くことが、事実上不可能だったのだ。
同様に、田舎から都市へ来た者たちも、既に農業をはじめとする一次産業が壊滅しているため、ふたたび田舎へ戻ったとしても、何もできない。
職と故郷を失った人間は行き場を失って都市部に溜まり、その結果、街中に浮浪者が発生した。
さらに追い打ちをかけるように、経済は一際悪化した。
食物を生み出す一次産業を壊滅に追いやり、一方で杜撰な貿易拡大策を採ったことで、外国からの食糧輸入が何倍にも膨れ上がったのだ。
そうなれば当然、貿易は大赤字を計上する。為替もそれに連動し、西方南部の通貨、シュッド・キューが暴落。国民はトマト1つ買うのに1日の稼ぎをすべて支払うような、貧しい生活を強いられることとなった。
半世紀も前にネロが阻止したその政策を、アテナが自信満々に推し進めたことにより、王国の経済は簡単に崩壊した。
まともな職に就けず、十分な金も得られず、住む場所も無い人間の急増――彼らはやがて生活に行き詰まり、次第に犯罪に手を染めていった。
アテナが国政の舵を取ったその2年間で、プラティノアール王国は国内産業の壊滅とそれに伴う失業率の重篤な増加、それに加えて猛烈な物価高が続くと言う、重い「病」に冒された。
統計的には――ネロが死去した570年に比べ、破綻が顕著になった572年は、失業率が2%から38%に増加し、国民一人辺りの所得は数字上だけで6割も減り、一方で物価は250倍に高騰、さらには都市部における月間の犯罪発生率は、1件未満から800件以上にまで激増した。
これが後世において通称「エトワール病」として知られる社会問題であり、プラティノアール王国凋落の発端となった。
- 関連記事



@au_ringさんをフォロー
総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

総もくじ
双月千年世界 3;白猫夢

総もくじ
双月千年世界 2;火紅狐

総もくじ
双月千年世界 1;蒼天剣

もくじ
双月千年世界 目次 / あらすじ

もくじ
他サイトさんとの交流

もくじ
短編・掌編

もくじ
未分類

もくじ
雑記

もくじ
クルマのドット絵

もくじ
携帯待受

もくじ
カウンタ、ウェブ素材

もくじ
今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Comment ~
まあ問題は隣国間のバランスだからなあ……。
農業国のフランスじゃ、「小麦の山、バターの海」になってるそうだし、吉宗は日本の米作りを奨励した結果、米価を暴落させて農民を困窮させてしまったし……。
うむむ。
農業国のフランスじゃ、「小麦の山、バターの海」になってるそうだし、吉宗は日本の米作りを奨励した結果、米価を暴落させて農民を困窮させてしまったし……。
うむむ。
~ Trackback ~
トラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
NoTitle
少なくともアテナが採った政策は、それを著しく欠いていたようです。