「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第9部
白猫夢・晩秋抄 1
麒麟を巡る話、第454話。
二人の教官。
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1.
グリスロージュ帝政連邦に亡命して以降の2年半、秋也たち一家は平和に過ごしていた。
秋也とベルはモダス帝の口添えにより、それぞれ帝国軍の剣術および格闘教官と、射撃教官を務めていた。
「オラ、もう一丁ッ!」
「はいッ!」
秋也は6人の新兵を相手に――かつて自分が19歳の頃、そうされたように――素手での取り組みを行っていた。
「おりゃあっ!」「アホかッ!」
腰を落とし、つかみかかって来る兵士の懐に滑り込み、ぐい、と立ち上がる。
当然、兵士は秋也に担ぎ上げられる形となり、そのままくるんと引っくり返り、背中から叩き落とされる。
「いでえっ!?」
「来いって言ってまっすぐ来てどうすんだ! 工夫しろ、工夫! 次だッ!」
「はいッ!」
斜め方向から殴りかかってきた兵士の腕をとん、と左腕で受け止めて流し、一方の右腕で相手の襟をつかみ、引き倒す。
「うわっ!?」
「甘い! カウンターに気ぃ付けろっつってんだろ!」
タックルしようと突っ込んできた兵士の頭上を飛び越え、その背中にべちん、と痛そうな音を立てて平手を叩きつける。
「お、おわー!?」
「捨て身で飛び込めば何とかなるなんて思うなッ! 当たらなきゃただの間抜けだぞ!」
背後から飛びかかってきた兵士の手が肩に触れたその瞬間、その腕と腰のベルトをつかんで背負い投げを極める。
「気配を立て過ぎだ! ソレじゃ相手に『返り討ちにして下さい』って言ってるようなもんだ!
……っと、もうこんな時間か」
6人全員が地面に倒れたところで、秋也が時計を見上げ、コホンと空咳をする。
「今日はこの辺にしとくか。18時までに各自、レポート提出するように」
「……え?」「れ、レポートって?」
目を丸くして起き上がった兵士たちに、秋也はこう返す。
「今日の訓練で何やったかってのと、そしてその反省点。ソレから、その反省点を踏まえて今後の課題を設定しろ。
18時までに出せなかったヤツは、明日の訓練に20キロ走を追加するからな」
「えーっ……」
「そっちの方がきっつい……」
「いい? 狙撃で一番重要なのは、視力でも精密な動きでもないの。標的を捉え、引き金を引くその瞬間に、どれだけ集中力を発揮できるか、よ」
「はい!」
一方、こちらはベル。
「冷静に考えれば、ここから的までの距離はたった50メートル。10倍率のスコープが付いた、最新式のスナイパーライフルの扱いに慣れてれば、大した距離じゃない。風も振動も、強い光も無い室内でなら、みんな苦も無く命中させられるはず。
でも実際に、実戦で狙撃を行う場合は、こんな好条件で撃てるなんてことはまず無いよ。あたしの実体験だけど、荒れたあぜ道を全力疾走する自動車に乗った状態で、300メートル以上離れた人間大の標的を、スコープも付いてない旧式のボルトアクションで狙う羽目になることもある。
だからまず、どんな環境でも、射撃場にいる今この時と同じくらいの集中力を引き出す。そう言う技術をまず、養うこと。そこで……」
ベルは壁に立てかけていた板と小さなドラム缶を取り、射撃台の前に置く。
「この上に乗って、的を撃って。合計50点取れれば、今日の訓練は終了でいいよ」
「はい!」
ベルに命じられた通り、兵士たちはドラム缶の上に板を載せ、その上に乗って小銃を構えようとする。
ところが――。
「あ、あっ、あっ、ちょっ」
「こける、こけるっ!」
「ね、狙うどころじゃ……」
板の上に乗ることはできても、小銃を構えた途端にバランスを崩し、落ちてしまう。辛うじてバランスを保ち、的を狙おうとしても、照準を合わせることができない。
「難しい……」
兵士たちのほとんどは、揃ってそうつぶやく。
当然、その中に一人、こんな愚痴をこぼす者が現れる。
「こんなのただの曲芸じゃ……」
「そーゆーことはね」
ベルは咎める代わりに、自ら板の上に乗り、小銃を構える。
彼女が板の上にいたのはほんの5、6秒で、眺めていた兵士たちにはあっと言う間にしか感じられない程度の間だったが――その6秒の間にベルは小銃を撃ち、見事に的の真ん中に当てて見せた。
「できてから言うのよ?」
「……すげ」
目を丸くした兵士たちに、ベルはこう返す。
「これができるようになれば、それこそ揺れる車上でも、弾を当てられるようになるよ。
繰り返すけど、これに必要なのは視力でもバランス感覚でもない。あの一瞬で的を捉え、そこに弾を当てる集中力よ」
秋也もベルも、辛い修行や訓練を乗り越え、共に熾烈な修羅場を潜った経験を持つ、「伝説の兵士」である。
二人が教官に就いたことで帝国の訓練は非常に充実したと、評判になっていた。
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二人の教官。
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グリスロージュ帝政連邦に亡命して以降の2年半、秋也たち一家は平和に過ごしていた。
秋也とベルはモダス帝の口添えにより、それぞれ帝国軍の剣術および格闘教官と、射撃教官を務めていた。
「オラ、もう一丁ッ!」
「はいッ!」
秋也は6人の新兵を相手に――かつて自分が19歳の頃、そうされたように――素手での取り組みを行っていた。
「おりゃあっ!」「アホかッ!」
腰を落とし、つかみかかって来る兵士の懐に滑り込み、ぐい、と立ち上がる。
当然、兵士は秋也に担ぎ上げられる形となり、そのままくるんと引っくり返り、背中から叩き落とされる。
「いでえっ!?」
「来いって言ってまっすぐ来てどうすんだ! 工夫しろ、工夫! 次だッ!」
「はいッ!」
斜め方向から殴りかかってきた兵士の腕をとん、と左腕で受け止めて流し、一方の右腕で相手の襟をつかみ、引き倒す。
「うわっ!?」
「甘い! カウンターに気ぃ付けろっつってんだろ!」
タックルしようと突っ込んできた兵士の頭上を飛び越え、その背中にべちん、と痛そうな音を立てて平手を叩きつける。
「お、おわー!?」
「捨て身で飛び込めば何とかなるなんて思うなッ! 当たらなきゃただの間抜けだぞ!」
背後から飛びかかってきた兵士の手が肩に触れたその瞬間、その腕と腰のベルトをつかんで背負い投げを極める。
「気配を立て過ぎだ! ソレじゃ相手に『返り討ちにして下さい』って言ってるようなもんだ!
……っと、もうこんな時間か」
6人全員が地面に倒れたところで、秋也が時計を見上げ、コホンと空咳をする。
「今日はこの辺にしとくか。18時までに各自、レポート提出するように」
「……え?」「れ、レポートって?」
目を丸くして起き上がった兵士たちに、秋也はこう返す。
「今日の訓練で何やったかってのと、そしてその反省点。ソレから、その反省点を踏まえて今後の課題を設定しろ。
18時までに出せなかったヤツは、明日の訓練に20キロ走を追加するからな」
「えーっ……」
「そっちの方がきっつい……」
「いい? 狙撃で一番重要なのは、視力でも精密な動きでもないの。標的を捉え、引き金を引くその瞬間に、どれだけ集中力を発揮できるか、よ」
「はい!」
一方、こちらはベル。
「冷静に考えれば、ここから的までの距離はたった50メートル。10倍率のスコープが付いた、最新式のスナイパーライフルの扱いに慣れてれば、大した距離じゃない。風も振動も、強い光も無い室内でなら、みんな苦も無く命中させられるはず。
でも実際に、実戦で狙撃を行う場合は、こんな好条件で撃てるなんてことはまず無いよ。あたしの実体験だけど、荒れたあぜ道を全力疾走する自動車に乗った状態で、300メートル以上離れた人間大の標的を、スコープも付いてない旧式のボルトアクションで狙う羽目になることもある。
だからまず、どんな環境でも、射撃場にいる今この時と同じくらいの集中力を引き出す。そう言う技術をまず、養うこと。そこで……」
ベルは壁に立てかけていた板と小さなドラム缶を取り、射撃台の前に置く。
「この上に乗って、的を撃って。合計50点取れれば、今日の訓練は終了でいいよ」
「はい!」
ベルに命じられた通り、兵士たちはドラム缶の上に板を載せ、その上に乗って小銃を構えようとする。
ところが――。
「あ、あっ、あっ、ちょっ」
「こける、こけるっ!」
「ね、狙うどころじゃ……」
板の上に乗ることはできても、小銃を構えた途端にバランスを崩し、落ちてしまう。辛うじてバランスを保ち、的を狙おうとしても、照準を合わせることができない。
「難しい……」
兵士たちのほとんどは、揃ってそうつぶやく。
当然、その中に一人、こんな愚痴をこぼす者が現れる。
「こんなのただの曲芸じゃ……」
「そーゆーことはね」
ベルは咎める代わりに、自ら板の上に乗り、小銃を構える。
彼女が板の上にいたのはほんの5、6秒で、眺めていた兵士たちにはあっと言う間にしか感じられない程度の間だったが――その6秒の間にベルは小銃を撃ち、見事に的の真ん中に当てて見せた。
「できてから言うのよ?」
「……すげ」
目を丸くした兵士たちに、ベルはこう返す。
「これができるようになれば、それこそ揺れる車上でも、弾を当てられるようになるよ。
繰り返すけど、これに必要なのは視力でもバランス感覚でもない。あの一瞬で的を捉え、そこに弾を当てる集中力よ」
秋也もベルも、辛い修行や訓練を乗り越え、共に熾烈な修羅場を潜った経験を持つ、「伝説の兵士」である。
二人が教官に就いたことで帝国の訓練は非常に充実したと、評判になっていた。
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