「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第9部
白猫夢・跳猫抄 6
麒麟を巡る話、第476話。
あの、暗い駅で。
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6.
「……ん……」
ふと気が付くと、葛はどこかのベンチに座っていた。
「……えっと?」
辺りを見回してみると、見覚えがある。
「駅、……かなー」
確かにそこは、自分がかつて良く使っていた、エルミット駅のホームだった。
「お嬢さん」
と、声をかけてくる者がいる。振り向くと、黒いスーツに黒いコート、そして黒い帽子と言う、黒ずくめの格好をした兎獣人と目が合う。
「そろそろ、列車が出る時間ですよ。急がないと」
「あ、はーい」
誘われるまま、葛は兎獣人に付いていく。
付いていくうちに、葛はぼんやりと考える。
(……あたし……なんでこんなトコにいるんだろー……?)
自分の記憶を振り返ろうとするが、ぼんやりと霞がかかっているかのように、頭がはっきりしない。
「あのー」
葛は先導する兎獣人に、声をかける。
「どうされましたか?」
「ココ、ドコですか? あたし、どうしてココに……?」
「ああ」
兎獣人はぴた、と立ち止まる。
「覚えていらっしゃらないようですね」
「ごめんなさい、さっぱり」
「無理も無い。思い出したくも無いことでしょうからね」
「え……?」
兎獣人は右手に持っていた黒いステッキの先端を、葛の胸にとん、と当てた。
「あなたは殺されたのですよ」
「……どう言う意味ですか?」
「そのままの意味です。
カズラ・ハーミットさん。あなたはあなたのお姉さん、アオイ・ハーミットにより胸を刺し貫かれ、殺されたのですよ」
「……!」
思い出したその瞬間、葛は全身が冷たく、そして固くなっていくのを感じた。
「あ……ああ……」
「もう少しばかり、お気を確かに。まだ列車まで、しばらくありますから」
「そんな……そんな!」
その場に崩れ落ちかけた葛の手を、兎獣人がつかむ。
「残念ですが、これは事実なのです。あなたは亡くなりました。そして間もなく、列車に乗ることとなります。
さあ、お立ちください。まだもうしばらく、お付き合いいただかなければ」
「うそっ……うそ……そんな……」
よろめきつつも、葛の足は勝手に、前へと動き始めた。
「待ってよ! あたし、まだ、やるコトが……」
「ございませんよ。そんなものは、一切」
兎獣人は首を大きく横に振り、葛に残酷な言葉を放った。
「死んだ者に課せられるべき役目など、ありはしないのです」
「……っ」
その言葉に、葛の心は折れた。
葛は何も言えなくなり、そのまま兎獣人の後へ付いて行った。
無言で歩く葛の横を、誰かが歩いている。
「あっ、あの……」
声をかけようとして、葛は途中で言葉に詰まる。その誰かも、黒ずくめの者に先導されていたからだ。
いや、その人だけではない。駅構内のあちこちから、葛と同様黒ずくめに連れられた人々が、ぞろぞろと同じ方向に向かって歩いてきていた。
「……あの」
葛は自分を率いる兎獣人に声をかける。
「なんでしょう?」
「ココってエルミット駅、……じゃないんです、……よね」
「ええ」
「他の人たちも……」
「その通りです」
「みんな、同じ列車に?」
「はい」
「……あの」
「どなたか、お探しですか?」
「あ、はい」
葛は逡巡しつつ、兎獣人に尋ねる。
「あたしが来る前に、黒髪で色黒で黒い毛並みの、口ヒゲとあごヒゲを生やした狼獣人の方って、こちらに来られましたか? ウォーレンさんって言うんですが」
「いいえ。申し訳ありませんが、他の方のことは存じません」
「……そうですか」
辺りを確認してみたが、それらしい者も見当たらなかった。
「ウォーレンさん、あたしのせいで死んじゃったんです」
「それはお気の毒に」
「謝らなきゃいけないなって」
「お気にされぬよう。全ての功罪が、それによって抹消される。死と言うものは、そう言うものです。
あなたのせいで死んだ者があったとしても、彼岸において、その責を問われることはありません」
「……そうですか……」
葛は口を閉ざし――かけたが、そこでまた、疑問が生じた。
「功罪が消えると言いましたよね」
「ええ」
「じゃあ、生前に成した業績も評価されないってコトですか?」
「ええ」
「……ソレが例え、世界を変えるほどの偉業であっても?」
「そうです。死は万物にとって等しく、そして等しさをもたらすものですから」
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あの、暗い駅で。
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「……ん……」
ふと気が付くと、葛はどこかのベンチに座っていた。
「……えっと?」
辺りを見回してみると、見覚えがある。
「駅、……かなー」
確かにそこは、自分がかつて良く使っていた、エルミット駅のホームだった。
「お嬢さん」
と、声をかけてくる者がいる。振り向くと、黒いスーツに黒いコート、そして黒い帽子と言う、黒ずくめの格好をした兎獣人と目が合う。
「そろそろ、列車が出る時間ですよ。急がないと」
「あ、はーい」
誘われるまま、葛は兎獣人に付いていく。
付いていくうちに、葛はぼんやりと考える。
(……あたし……なんでこんなトコにいるんだろー……?)
自分の記憶を振り返ろうとするが、ぼんやりと霞がかかっているかのように、頭がはっきりしない。
「あのー」
葛は先導する兎獣人に、声をかける。
「どうされましたか?」
「ココ、ドコですか? あたし、どうしてココに……?」
「ああ」
兎獣人はぴた、と立ち止まる。
「覚えていらっしゃらないようですね」
「ごめんなさい、さっぱり」
「無理も無い。思い出したくも無いことでしょうからね」
「え……?」
兎獣人は右手に持っていた黒いステッキの先端を、葛の胸にとん、と当てた。
「あなたは殺されたのですよ」
「……どう言う意味ですか?」
「そのままの意味です。
カズラ・ハーミットさん。あなたはあなたのお姉さん、アオイ・ハーミットにより胸を刺し貫かれ、殺されたのですよ」
「……!」
思い出したその瞬間、葛は全身が冷たく、そして固くなっていくのを感じた。
「あ……ああ……」
「もう少しばかり、お気を確かに。まだ列車まで、しばらくありますから」
「そんな……そんな!」
その場に崩れ落ちかけた葛の手を、兎獣人がつかむ。
「残念ですが、これは事実なのです。あなたは亡くなりました。そして間もなく、列車に乗ることとなります。
さあ、お立ちください。まだもうしばらく、お付き合いいただかなければ」
「うそっ……うそ……そんな……」
よろめきつつも、葛の足は勝手に、前へと動き始めた。
「待ってよ! あたし、まだ、やるコトが……」
「ございませんよ。そんなものは、一切」
兎獣人は首を大きく横に振り、葛に残酷な言葉を放った。
「死んだ者に課せられるべき役目など、ありはしないのです」
「……っ」
その言葉に、葛の心は折れた。
葛は何も言えなくなり、そのまま兎獣人の後へ付いて行った。
無言で歩く葛の横を、誰かが歩いている。
「あっ、あの……」
声をかけようとして、葛は途中で言葉に詰まる。その誰かも、黒ずくめの者に先導されていたからだ。
いや、その人だけではない。駅構内のあちこちから、葛と同様黒ずくめに連れられた人々が、ぞろぞろと同じ方向に向かって歩いてきていた。
「……あの」
葛は自分を率いる兎獣人に声をかける。
「なんでしょう?」
「ココってエルミット駅、……じゃないんです、……よね」
「ええ」
「他の人たちも……」
「その通りです」
「みんな、同じ列車に?」
「はい」
「……あの」
「どなたか、お探しですか?」
「あ、はい」
葛は逡巡しつつ、兎獣人に尋ねる。
「あたしが来る前に、黒髪で色黒で黒い毛並みの、口ヒゲとあごヒゲを生やした狼獣人の方って、こちらに来られましたか? ウォーレンさんって言うんですが」
「いいえ。申し訳ありませんが、他の方のことは存じません」
「……そうですか」
辺りを確認してみたが、それらしい者も見当たらなかった。
「ウォーレンさん、あたしのせいで死んじゃったんです」
「それはお気の毒に」
「謝らなきゃいけないなって」
「お気にされぬよう。全ての功罪が、それによって抹消される。死と言うものは、そう言うものです。
あなたのせいで死んだ者があったとしても、彼岸において、その責を問われることはありません」
「……そうですか……」
葛は口を閉ざし――かけたが、そこでまた、疑問が生じた。
「功罪が消えると言いましたよね」
「ええ」
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