「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・黒峰録 3
晴奈の話、第170話。
黒炎教団の「活動」。
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3.
困っている者を助けることも布教、つまり宗教組織の活動の一環である。
黒炎教団も宗教組織であるから勿論、そうした救済活動を行っている。ただし「助ける代わりに何らかの寄進、もしくは入信を……」と言う名目の元に行われており、救済に対しはっきりとした見返りを要求する点は、他の宗教と大きく異なっている。
こうした性格を持つためか商売事も手広く行っており、その質と手際も、大抵の店や商会と引けを取らない。
宮内には入れないものの、山を少し下ったところには教団が運営する宿があった。
陸路を利用するのは海路を利用できない者、即ち公的機関に目を付けられている者や、貧しい者が多い。そう言った者たちが集まると場は決まって雑然とし、きな臭くなるものだ――と、晴奈は思っていた。
ところが――。
(……ふむ? これは意外だった)
確かに少し騒がしくはあるが、どこの席も落ち着いた雰囲気で、食事を楽しんでいる。
「もっと騒々しいと思った?」
「あ、いえ」
ウェンディは近くの席に座り、コーヒーを注文する。
「ここも教団の管轄だから、騒ぎは控えているのよ、みんな。騒げばうちの僧兵が黙っていないから」
「なるほど」
すぐに運ばれてきたコーヒーをすすりながら、ウェンディはこの飲み物について語る。
「コーヒーはこの山系の特産物で、黒炎様も大のお気に入りだそうよ。猊下と話される時はいつも、口にされるの。本当にあの人は、黒い物が大好きらしくて。
でもね、私たちは黒炎様のお姿を拝見したことが無いの。猊下は良く、『宮内を練り歩いていらっしゃる』と仰っているのだけれど」
「ふむ」
ウェンディは少し上を向き、大火についての想像を語る。
「きっととても、恐ろしい姿をしたお方なんでしょうね。神話やおとぎ話では良く、悪鬼羅刹の如く描かれていらっしゃるから」
実際の大火を見知っている晴奈は、ウェンディの認識と実像があまりにもかけ離れていることに――南海の島で見た、料理と茶を振る舞ってくれた彼の姿を思い出して――危なく笑ってしまいそうになった。
「ふ、……ごほっ」
慌てて咳をし、ごまかした晴奈を見て、ウェンディがじっと見つめてくる。
「大丈夫?」
「え、ええ。あ、それではいただきます」
晴奈と小鈴も、コーヒーに口を付けてみる。
「……ぅ」
「苦かったかしら?」
「あ、いえ。……熱くて」
「ああ、そうね。『猫』だものね」
「美味しいです、すごく」
「それは良かった」
晴奈はチラ、と横の小鈴を見る。小鈴は複雑な表情を浮かべており、いかにも苦そうにしている。
「悪いけれど砂糖は無いわよ」
顔をしかめる小鈴に対し、ウェンディはやはり冷淡ともとれる、素っ気無い態度を見せる。
「存じてます。教義の一つですよね、確か。甘いものは厳禁、だとか」
「ええ」
ウェンディは晴奈に向き直り、眼鏡を中指で直しつつ、一際冷たい視線を向ける。
「それで、コウさん。ウィルバーは、どうなったの?」
鋭い目に見つめられ、晴奈も態度を堅くする。
「どう、とは?」
「2ヶ月近く前、あなたと勝負しに行くと言って離れたきり、彼は戻って来ない。
弟は死んだの? あなたが、殺したの?」
「殺してはおりません、が……」
晴奈はどう説明していいか迷い、言葉を選びながら話す。
「……分かりません。
勝負の途中で、ウィルバーは、その、川に流されました。それきり発見されておらず、その、……死んだ、と言う可能性は、少なく、ないかと」
「そう」
ウェンディはそこでまた、眼鏡を直した。
その後は静かに、3人のコーヒーをすする音だけが続いた。
「コウさん」
一足先にコーヒーを飲み終えたウェンディが、晴奈にまた、あの鋭い目を向けた。
「何でしょうか」
晴奈は半分ほど残ったコーヒーを置き、顔を上げる。
「あなたの力量が知りたい」
「力量?」
「私の弟は粗暴な子だったけれど、確かに強いはずだった。
あの子を惹きつけ、打ち倒したあなたの力を、私はこの目でじっくり見てみたい」
「それは、つまり」
ウェンディは眼鏡を外し、一層きつい視線を向けてきた。
「勝負、仕合うと言うこと。私と勝負していただけるかしら」
晴奈はコーヒーを飲み干し、はっきりと応えた。
「望むところです」
それを受け、ウェンディは席を立ちつつ、こう続けた。
「勝負は今宵、6時。黒鳥宮の門番に、私からと言えば入れてくれるわ。中にある北修練場で待っているわ。
あと、ここはサービスしておくわ。宿も無料で利用できるよう言っておくから」
それだけ言って、ウェンディは宿を後にした。
小鈴はぶすっとした顔で、ウェンディの態度を非難していた。
「あの女、めちゃくちゃ冷たかったわね。あたしなんかほとんど無視されてたし」
「確かにそうですね。ずっと私の方を見ていたような」
ウェンディの口添えで借りた部屋で、晴奈は刀の手入れを、小鈴は杖の手入れをしていた。
「ウィルバーって確か、10年くらい前に晴奈と戦ったあの『狼』よね。風のうわさではライバル同士だって聞いてたけど」
「ええ。2ヶ月ほど前、彼奴と最後の一騎打ちになり、結果、先程話したように彼奴は川に流され、それきり消息が……」
「そっか。……ソレであのお姉さんが仇を、かなぁ」
小鈴のその言葉に、晴奈の猫耳がピク、と揺れた。
「仇?」
「でしょ?」
晴奈はこの時始めて、全身に冷たいものを感じた。
(そうだった……! そうだな、確かに。あの女にとって、私はウィルの仇なのだ。
この勝負果たして、勝って良いものなのか?)
晴奈の心にじわ、と迷いが生まれた。
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黒炎教団の「活動」。
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困っている者を助けることも布教、つまり宗教組織の活動の一環である。
黒炎教団も宗教組織であるから勿論、そうした救済活動を行っている。ただし「助ける代わりに何らかの寄進、もしくは入信を……」と言う名目の元に行われており、救済に対しはっきりとした見返りを要求する点は、他の宗教と大きく異なっている。
こうした性格を持つためか商売事も手広く行っており、その質と手際も、大抵の店や商会と引けを取らない。
宮内には入れないものの、山を少し下ったところには教団が運営する宿があった。
陸路を利用するのは海路を利用できない者、即ち公的機関に目を付けられている者や、貧しい者が多い。そう言った者たちが集まると場は決まって雑然とし、きな臭くなるものだ――と、晴奈は思っていた。
ところが――。
(……ふむ? これは意外だった)
確かに少し騒がしくはあるが、どこの席も落ち着いた雰囲気で、食事を楽しんでいる。
「もっと騒々しいと思った?」
「あ、いえ」
ウェンディは近くの席に座り、コーヒーを注文する。
「ここも教団の管轄だから、騒ぎは控えているのよ、みんな。騒げばうちの僧兵が黙っていないから」
「なるほど」
すぐに運ばれてきたコーヒーをすすりながら、ウェンディはこの飲み物について語る。
「コーヒーはこの山系の特産物で、黒炎様も大のお気に入りだそうよ。猊下と話される時はいつも、口にされるの。本当にあの人は、黒い物が大好きらしくて。
でもね、私たちは黒炎様のお姿を拝見したことが無いの。猊下は良く、『宮内を練り歩いていらっしゃる』と仰っているのだけれど」
「ふむ」
ウェンディは少し上を向き、大火についての想像を語る。
「きっととても、恐ろしい姿をしたお方なんでしょうね。神話やおとぎ話では良く、悪鬼羅刹の如く描かれていらっしゃるから」
実際の大火を見知っている晴奈は、ウェンディの認識と実像があまりにもかけ離れていることに――南海の島で見た、料理と茶を振る舞ってくれた彼の姿を思い出して――危なく笑ってしまいそうになった。
「ふ、……ごほっ」
慌てて咳をし、ごまかした晴奈を見て、ウェンディがじっと見つめてくる。
「大丈夫?」
「え、ええ。あ、それではいただきます」
晴奈と小鈴も、コーヒーに口を付けてみる。
「……ぅ」
「苦かったかしら?」
「あ、いえ。……熱くて」
「ああ、そうね。『猫』だものね」
「美味しいです、すごく」
「それは良かった」
晴奈はチラ、と横の小鈴を見る。小鈴は複雑な表情を浮かべており、いかにも苦そうにしている。
「悪いけれど砂糖は無いわよ」
顔をしかめる小鈴に対し、ウェンディはやはり冷淡ともとれる、素っ気無い態度を見せる。
「存じてます。教義の一つですよね、確か。甘いものは厳禁、だとか」
「ええ」
ウェンディは晴奈に向き直り、眼鏡を中指で直しつつ、一際冷たい視線を向ける。
「それで、コウさん。ウィルバーは、どうなったの?」
鋭い目に見つめられ、晴奈も態度を堅くする。
「どう、とは?」
「2ヶ月近く前、あなたと勝負しに行くと言って離れたきり、彼は戻って来ない。
弟は死んだの? あなたが、殺したの?」
「殺してはおりません、が……」
晴奈はどう説明していいか迷い、言葉を選びながら話す。
「……分かりません。
勝負の途中で、ウィルバーは、その、川に流されました。それきり発見されておらず、その、……死んだ、と言う可能性は、少なく、ないかと」
「そう」
ウェンディはそこでまた、眼鏡を直した。
その後は静かに、3人のコーヒーをすする音だけが続いた。
「コウさん」
一足先にコーヒーを飲み終えたウェンディが、晴奈にまた、あの鋭い目を向けた。
「何でしょうか」
晴奈は半分ほど残ったコーヒーを置き、顔を上げる。
「あなたの力量が知りたい」
「力量?」
「私の弟は粗暴な子だったけれど、確かに強いはずだった。
あの子を惹きつけ、打ち倒したあなたの力を、私はこの目でじっくり見てみたい」
「それは、つまり」
ウェンディは眼鏡を外し、一層きつい視線を向けてきた。
「勝負、仕合うと言うこと。私と勝負していただけるかしら」
晴奈はコーヒーを飲み干し、はっきりと応えた。
「望むところです」
それを受け、ウェンディは席を立ちつつ、こう続けた。
「勝負は今宵、6時。黒鳥宮の門番に、私からと言えば入れてくれるわ。中にある北修練場で待っているわ。
あと、ここはサービスしておくわ。宿も無料で利用できるよう言っておくから」
それだけ言って、ウェンディは宿を後にした。
小鈴はぶすっとした顔で、ウェンディの態度を非難していた。
「あの女、めちゃくちゃ冷たかったわね。あたしなんかほとんど無視されてたし」
「確かにそうですね。ずっと私の方を見ていたような」
ウェンディの口添えで借りた部屋で、晴奈は刀の手入れを、小鈴は杖の手入れをしていた。
「ウィルバーって確か、10年くらい前に晴奈と戦ったあの『狼』よね。風のうわさではライバル同士だって聞いてたけど」
「ええ。2ヶ月ほど前、彼奴と最後の一騎打ちになり、結果、先程話したように彼奴は川に流され、それきり消息が……」
「そっか。……ソレであのお姉さんが仇を、かなぁ」
小鈴のその言葉に、晴奈の猫耳がピク、と揺れた。
「仇?」
「でしょ?」
晴奈はこの時始めて、全身に冷たいものを感じた。
(そうだった……! そうだな、確かに。あの女にとって、私はウィルの仇なのだ。
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かといって下手に情けなんかかけたら、相手は侮辱されたように感じて怒り狂って執念深く復讐をはじめると思うんだけど。
やっかいだなあ黒炎教。
やっかいだなあ黒炎教。
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詳しくは次回で。