「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第9部
白猫夢・奇縁抄 6
麒麟を巡る話、第486話。
預言が消えた白猫党。
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6.
ウォーレンが得た情報の通り――葛たちが西方を発って数日もしないうちに――白猫党は西方東部へと攻め込んだ。
そして葛が受けた反応そのままに、西方東部、いや、西方全土の人間は、この侵攻に強い衝撃を受けた。この地で双月暦が使われるようになって以来、西方南部の戦火がそれ以外の地域に伝播するようなことは、一度も無かったからである。
白猫党は央北や央中で見せたものと同様の勢いのまま、573年の6月半ばには西方北部に到達しようかと言うところまで、その領土を拡げた。
だが――ここで白猫党は、その快進撃を突如、自ら止めた。
党の中枢に、ある不穏が生じたためである。
「総裁、まだ次の『預言』は発表されていないのですか……?」
「……ええ」
既にこの頃、最高幹部は本拠地、央北ヘブン王国に戻っており、そこから西方に駐留する自軍に指示を送っていたのだが、4月の終わり辺り――葵と葛が戦った直後から、葵が「預言」を一切与えなくなってしまったのだ。
結党以来、常に「預言」を神よりの啓示、絶対的指針として邁進してきただけに、この沈黙は党内に混乱をきたすこととなった。
「眠り続けているのですか?」
「そうよ。いえ、勿論数日に一回程度は起きるんだけど、1時間もしないうちにすぐ寝ちゃうのよ。アタシだってココ1、2ヶ月、まともに話ができてないわ」
葵の活動停滞に伴うように、シエナの顔色にも陰りが見える。同様に、幹事長イビーザも殊更に渋い顔をしている。
「由々しき事態ですな。
無論、今回の戦争に関しては、我々の戦力に対抗できる勢力は前線以北には無いと確信しておりますし、央中攻略後半のような逆襲を受け、失態をさらすと言うようなことは無いでしょう。並びに我々の統治・占領体制にとっても、大した打撃では無いとも言えます。
しかしそれらは結局、『守り』の問題であって、『攻め』に関して言えば、大変憂慮すべき事態にある、と言えるでしょうな」
「私も同感です」
政務部長トレッドも、浮かない顔をしている。
「西方北部の玄関口、ネージュ王国攻略までは『預言』に従って進めてきましたが、それ以降の指示はありません。
よって今後の作戦の計画と立案は我々最高幹部、いえ、総裁自らのご判断で決定されなければなりません」
「そうね……」
シエナは一言そう返し、しばらく黙りこんでいたが――やがて、明らかに自信のなさ気な様子で、命令を下した。
「……現状の、保留よ」
「保留?」
「と申しますと?」
イビーザとトレッド、二人に問い返され、シエナはボソボソとした口調でこう続けた。
「その……、やっぱり、『預言者』の影響は絶大よ。それをないがしろにして、アタシが出張ったとして、……まあ、ソレで上手く行ったとしてもよ、その後また、『預言』を受けての形式に戻るってすると、……何て言うか、角が立つんじゃって言うか……」
「総裁?」
「我々がお聞きしたいのは、具体的な対応ですぞ」
「あ、……うん、そうね、ええ。
西方侵攻は、そう、現時点で占領に成功している地点までにして、今後はその勢力圏の維持に努めるように、……と、言うコトよ」
「ふむ……。承知いたしました」
「では、ロンダ司令にもそのように伝えましょう。それとも総裁から?」
「……ちょっと疲れたから、トレッド、あなたにお願いするわ」
「かしこまりました」
「じゃあ、アタシは、……失礼するわね」
よろよろと不安げな足取りで会議室を後にしたシエナを見送り、二人だけになったところで、イビーザが静かに尋ねる。
「どう思うかね、トレッド君」
「私からは、何とも」
「私以外には誰にも聞かれんぞ。肚の内を聞かせたまえ」
「一言で言うならば」
トレッドはイビーザに目を向けず、淡々と答えた。
「虎の威を借る……、ならぬ、虎の威を失った狐、でしょうな。
目に見えて、総裁は気弱になっています。あの気迫の無さ、党にも少なからず影響を及ぼすでしょう」
「私も同感だ。……このままアオイ嬢が『預言』を与えぬとなった場合には、我々も覚悟を決めねばならんだろう」
「と申しますと」
チラ、と目を向けたトレッドに、イビーザは依然として渋い顔をしながら――しかし、ほんのわずかに野心をにじませた声で――こう返した。
「このまま我が党が指針を失い、瓦解していくのを見るには忍びない。いざとなれば、我々がその責務を負うべきかも知れん、……と思うのだが」
「……私からは、何とも」
トレッドはそれ以上何も言わず、会議室を後にした。
白猫夢・奇縁抄 終
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預言が消えた白猫党。
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ウォーレンが得た情報の通り――葛たちが西方を発って数日もしないうちに――白猫党は西方東部へと攻め込んだ。
そして葛が受けた反応そのままに、西方東部、いや、西方全土の人間は、この侵攻に強い衝撃を受けた。この地で双月暦が使われるようになって以来、西方南部の戦火がそれ以外の地域に伝播するようなことは、一度も無かったからである。
白猫党は央北や央中で見せたものと同様の勢いのまま、573年の6月半ばには西方北部に到達しようかと言うところまで、その領土を拡げた。
だが――ここで白猫党は、その快進撃を突如、自ら止めた。
党の中枢に、ある不穏が生じたためである。
「総裁、まだ次の『預言』は発表されていないのですか……?」
「……ええ」
既にこの頃、最高幹部は本拠地、央北ヘブン王国に戻っており、そこから西方に駐留する自軍に指示を送っていたのだが、4月の終わり辺り――葵と葛が戦った直後から、葵が「預言」を一切与えなくなってしまったのだ。
結党以来、常に「預言」を神よりの啓示、絶対的指針として邁進してきただけに、この沈黙は党内に混乱をきたすこととなった。
「眠り続けているのですか?」
「そうよ。いえ、勿論数日に一回程度は起きるんだけど、1時間もしないうちにすぐ寝ちゃうのよ。アタシだってココ1、2ヶ月、まともに話ができてないわ」
葵の活動停滞に伴うように、シエナの顔色にも陰りが見える。同様に、幹事長イビーザも殊更に渋い顔をしている。
「由々しき事態ですな。
無論、今回の戦争に関しては、我々の戦力に対抗できる勢力は前線以北には無いと確信しておりますし、央中攻略後半のような逆襲を受け、失態をさらすと言うようなことは無いでしょう。並びに我々の統治・占領体制にとっても、大した打撃では無いとも言えます。
しかしそれらは結局、『守り』の問題であって、『攻め』に関して言えば、大変憂慮すべき事態にある、と言えるでしょうな」
「私も同感です」
政務部長トレッドも、浮かない顔をしている。
「西方北部の玄関口、ネージュ王国攻略までは『預言』に従って進めてきましたが、それ以降の指示はありません。
よって今後の作戦の計画と立案は我々最高幹部、いえ、総裁自らのご判断で決定されなければなりません」
「そうね……」
シエナは一言そう返し、しばらく黙りこんでいたが――やがて、明らかに自信のなさ気な様子で、命令を下した。
「……現状の、保留よ」
「保留?」
「と申しますと?」
イビーザとトレッド、二人に問い返され、シエナはボソボソとした口調でこう続けた。
「その……、やっぱり、『預言者』の影響は絶大よ。それをないがしろにして、アタシが出張ったとして、……まあ、ソレで上手く行ったとしてもよ、その後また、『預言』を受けての形式に戻るってすると、……何て言うか、角が立つんじゃって言うか……」
「総裁?」
「我々がお聞きしたいのは、具体的な対応ですぞ」
「あ、……うん、そうね、ええ。
西方侵攻は、そう、現時点で占領に成功している地点までにして、今後はその勢力圏の維持に努めるように、……と、言うコトよ」
「ふむ……。承知いたしました」
「では、ロンダ司令にもそのように伝えましょう。それとも総裁から?」
「……ちょっと疲れたから、トレッド、あなたにお願いするわ」
「かしこまりました」
「じゃあ、アタシは、……失礼するわね」
よろよろと不安げな足取りで会議室を後にしたシエナを見送り、二人だけになったところで、イビーザが静かに尋ねる。
「どう思うかね、トレッド君」
「私からは、何とも」
「私以外には誰にも聞かれんぞ。肚の内を聞かせたまえ」
「一言で言うならば」
トレッドはイビーザに目を向けず、淡々と答えた。
「虎の威を借る……、ならぬ、虎の威を失った狐、でしょうな。
目に見えて、総裁は気弱になっています。あの気迫の無さ、党にも少なからず影響を及ぼすでしょう」
「私も同感だ。……このままアオイ嬢が『預言』を与えぬとなった場合には、我々も覚悟を決めねばならんだろう」
「と申しますと」
チラ、と目を向けたトレッドに、イビーザは依然として渋い顔をしながら――しかし、ほんのわずかに野心をにじませた声で――こう返した。
「このまま我が党が指針を失い、瓦解していくのを見るには忍びない。いざとなれば、我々がその責務を負うべきかも知れん、……と思うのだが」
「……私からは、何とも」
トレッドはそれ以上何も言わず、会議室を後にした。
白猫夢・奇縁抄 終
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これにて第9部、終了です。
物語も佳境へと差し掛かってきました。
色々考えた結果、やはりこの後は第10部と第11部の構成で進めようと思います。
時間やら手間やらを気にして短くまとめてしまうと、わけの分からないことになりそうなので。
書ききれるだけ書ききって、思い残すこと無く終わりたいですし。
そして年始の挨拶で宣言した通り、今年下半期には次の物語に移ろうと考えています。
次作は目一杯、年代が遡る予定です。機械の類が出てこないくらい。
第10部は今のところ、順調に書けています。
今回より書き方、と言うか、書くための段取りをきちっと進めることにしました。
これまではプロットも下書きもなく、アイデアを思いついたところで一気に書き上げるようなスタイルを取ってきましたが、
逆に思いつかない限りは筆が進まない、と言うことがしばしばありました。
これではちょっと仕事が忙しくなったら、書くに書けない。
思うに昨年、一昨年の停滞はそれが原因であるような気がします。
まだ試行錯誤の段階ですが、これが上手く行けば、余暇を有効に使えるようになるので、
作業効率も多少は上がるかと思います。
それでは皆様、第10部が早めに完成するよう、応援よろしくお願いいたします。
頑張れば3月くらいにはできる、……かも。
これにて第9部、終了です。
物語も佳境へと差し掛かってきました。
色々考えた結果、やはりこの後は第10部と第11部の構成で進めようと思います。
時間やら手間やらを気にして短くまとめてしまうと、わけの分からないことになりそうなので。
書ききれるだけ書ききって、思い残すこと無く終わりたいですし。
そして年始の挨拶で宣言した通り、今年下半期には次の物語に移ろうと考えています。
次作は目一杯、年代が遡る予定です。機械の類が出てこないくらい。
第10部は今のところ、順調に書けています。
今回より書き方、と言うか、書くための段取りをきちっと進めることにしました。
これまではプロットも下書きもなく、アイデアを思いついたところで一気に書き上げるようなスタイルを取ってきましたが、
逆に思いつかない限りは筆が進まない、と言うことがしばしばありました。
これではちょっと仕事が忙しくなったら、書くに書けない。
思うに昨年、一昨年の停滞はそれが原因であるような気がします。
まだ試行錯誤の段階ですが、これが上手く行けば、余暇を有効に使えるようになるので、
作業効率も多少は上がるかと思います。
それでは皆様、第10部が早めに完成するよう、応援よろしくお願いいたします。
頑張れば3月くらいにはできる、……かも。



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