「双月千年世界 1;蒼天剣」
蒼天剣 第4部
蒼天剣・黒峰録 5
晴奈の話、第172話。
晴奈のきもち。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
5.
ウェンディが言った通り、晴奈はそのまま何事も無く、黒鳥宮の外へと退出できた。
「晴奈っ」
門前で待っていた小鈴が、心配そうな顔で駆け寄ってくる。
「小鈴殿、ご心配をおかけしました」
「大丈夫? ケガしてない? 変なコトされてない?」
「心配ご無用。五体無事に帰ってまいりました」
「そう、……良かった」
と、ここまで晴奈を送ってきたウェンディが、二人の様子にため息をついた。
「コウさん。あなたのことを、じっくりと観察させていただきました。
技量は申し分無し。いいえ、それどころか感服しました。『エアリアル』も使わず、あのように宙を舞って戦う者がいるとは、思いもよりませんでした。
そしてあなたの人柄も、決して悪いものでは無いと分かります。少なくともそんな風に心配される方が、悪人とは思えませんから」
「え、と……、はぁ」
晴奈はウェンディが何を言いたいのか見当が付かず、曖昧な返事を返す。その心中を見抜いたらしく、ウェンディはこう続けた。
「あなたに恨みを向けることは今後、一切無いと約束します。いいえ、そもそも弟の件で恨みを誰かにぶつけると言うこと自体が、筋違いなのでしょう。
先程も申し上げた通り、私たちウィルソン家は、大勢の教団員を庇護すべき立場にあります。ですから普通の家庭より、家族に対してかける情はどうしても薄くならざるを得ません。少なくとも私は、公における兄弟や親族たちとの関係は、他人のようでした。
ウィルバーにきつく当たることも多く、その結果あんな風に、弟の性格をねじ曲げてしまったのかも知れません。
……ですが、これだけは確か。私たちは、多少なりともあの子を愛していました。早くに母を失ったあの子を、私たちなりのやり方で、愛情をかけたつもりでした」
ウェンディは眼鏡を外し、晴奈たちから顔を背ける。既に辺りは暗くなっており、顔をはっきり見るのは難しかったが、それでも涙を浮かべているのは確認できた。
「私が、原因なのです。ウィルソン家からあの子を勘当したのは、他ならぬ私。
私がもし、普段からもっと優しい言葉をかけ、勘当などしなければ、あの子は死ななかったはず」
「ウェンディ卿……」
「……コウさん、あなたは知らないでしょうが、1年半くらい前から、あの子の話に良く、あなたが出てきていました。
『セイナと言う猫獣人が、とても強いんだ』『セイナは焔の剣士でつっけんどんな奴だけど、本当にかっこよくって』『セイナがオレの相棒だったらなぁ』……、と。
周りの上下関係が厳しく、友達のいないあの子にとって、あなたは唯一対等に語り合えた、親友同然の存在だったのでしょう」
「……そうですか」
晴奈は複雑な思いで、ウェンディの独白をただ聞いていた。
「もし、焔と黒炎の間で争いが無く、今回の戦争も無かったなら――もしかしたら私は、あなたを義妹と呼んでいたかも知れませんね」
ウェンディはそれだけ言って涙を拭い、黒鳥宮に戻っていった。
「晴奈」
宿に戻った晴奈は、小鈴と話をしていた。
「はい?」
「アンタはどうだったの?」
「何がです?」
小鈴は杖の鈴をいじりながら、いたずらっぽく尋ねる。
「ウィルバー君のコト、好きだった?」
「……分かりません。敵とは言え、憎からず思っていたのは確かです。でも、それが色恋の感情なのか、それは私にも度し難い」
「そう」
小鈴はまだ鈴をいじっている。
「アンタさ、恋ってしたコトあったっけ」
「……無かったと思います」
「そっかー」
鈴をいじる手が止まる。
「あたしは、色々あったなー。
……ほら、エルフって若い時代、すっごく長いじゃん? あと15、6年はさ、同じように生きられるとしてさ、通算30年くらい、今の晴奈とカラダ的にはタメでいられるんだよね。
……だからさ、えっと、何言いたいかって言うと、えーと」
また、鈴をいじり出す。
「そんだけ時間があっても、あたしは全部、恋愛に使える気がすんのよ。ホント、恋愛ゴトは楽しいわよ。……ちょこっと、苦しい時もあるけどさ。
断言しちゃうけどさ、アンタのその気持ち、やっぱ恋だと思うんだ」
「そう、……でしょうか?」
「絶対そーよ。ウィルバー君のコト思うと、楽しさと苦しさが一緒に来ない?」
晴奈は自分の胸に手を当て、内省してみる。
「……、そう、ですね。語り合ったり、戦ったりしていた時、本当に楽しかった。
でも逆に、ののしり合う時、にらみ合っている時、何故だか苦しい気持ちにもなっていました。私は……」
晴奈は顔に手を当て、ゴシゴシとこする。
「……どうなのでしょう? やはり、恋、だったのでしょうか?」
「あたしは、そうだと思う。ま、晴奈が『絶対違う』って言うなら、反論しないけど」
「……」
晴奈はそれきり、黙りこくる。
しばらく様子を見ていた小鈴は杖を置き、優しくつぶやいた。
「死んでないといいね、ウィルバー君」
「……私も、そう願っています」
日中、様々なことがあったその日の夜は、静かに更けていった。
蒼天剣・黒峰録 終
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晴奈のきもち。
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5.
ウェンディが言った通り、晴奈はそのまま何事も無く、黒鳥宮の外へと退出できた。
「晴奈っ」
門前で待っていた小鈴が、心配そうな顔で駆け寄ってくる。
「小鈴殿、ご心配をおかけしました」
「大丈夫? ケガしてない? 変なコトされてない?」
「心配ご無用。五体無事に帰ってまいりました」
「そう、……良かった」
と、ここまで晴奈を送ってきたウェンディが、二人の様子にため息をついた。
「コウさん。あなたのことを、じっくりと観察させていただきました。
技量は申し分無し。いいえ、それどころか感服しました。『エアリアル』も使わず、あのように宙を舞って戦う者がいるとは、思いもよりませんでした。
そしてあなたの人柄も、決して悪いものでは無いと分かります。少なくともそんな風に心配される方が、悪人とは思えませんから」
「え、と……、はぁ」
晴奈はウェンディが何を言いたいのか見当が付かず、曖昧な返事を返す。その心中を見抜いたらしく、ウェンディはこう続けた。
「あなたに恨みを向けることは今後、一切無いと約束します。いいえ、そもそも弟の件で恨みを誰かにぶつけると言うこと自体が、筋違いなのでしょう。
先程も申し上げた通り、私たちウィルソン家は、大勢の教団員を庇護すべき立場にあります。ですから普通の家庭より、家族に対してかける情はどうしても薄くならざるを得ません。少なくとも私は、公における兄弟や親族たちとの関係は、他人のようでした。
ウィルバーにきつく当たることも多く、その結果あんな風に、弟の性格をねじ曲げてしまったのかも知れません。
……ですが、これだけは確か。私たちは、多少なりともあの子を愛していました。早くに母を失ったあの子を、私たちなりのやり方で、愛情をかけたつもりでした」
ウェンディは眼鏡を外し、晴奈たちから顔を背ける。既に辺りは暗くなっており、顔をはっきり見るのは難しかったが、それでも涙を浮かべているのは確認できた。
「私が、原因なのです。ウィルソン家からあの子を勘当したのは、他ならぬ私。
私がもし、普段からもっと優しい言葉をかけ、勘当などしなければ、あの子は死ななかったはず」
「ウェンディ卿……」
「……コウさん、あなたは知らないでしょうが、1年半くらい前から、あの子の話に良く、あなたが出てきていました。
『セイナと言う猫獣人が、とても強いんだ』『セイナは焔の剣士でつっけんどんな奴だけど、本当にかっこよくって』『セイナがオレの相棒だったらなぁ』……、と。
周りの上下関係が厳しく、友達のいないあの子にとって、あなたは唯一対等に語り合えた、親友同然の存在だったのでしょう」
「……そうですか」
晴奈は複雑な思いで、ウェンディの独白をただ聞いていた。
「もし、焔と黒炎の間で争いが無く、今回の戦争も無かったなら――もしかしたら私は、あなたを義妹と呼んでいたかも知れませんね」
ウェンディはそれだけ言って涙を拭い、黒鳥宮に戻っていった。
「晴奈」
宿に戻った晴奈は、小鈴と話をしていた。
「はい?」
「アンタはどうだったの?」
「何がです?」
小鈴は杖の鈴をいじりながら、いたずらっぽく尋ねる。
「ウィルバー君のコト、好きだった?」
「……分かりません。敵とは言え、憎からず思っていたのは確かです。でも、それが色恋の感情なのか、それは私にも度し難い」
「そう」
小鈴はまだ鈴をいじっている。
「アンタさ、恋ってしたコトあったっけ」
「……無かったと思います」
「そっかー」
鈴をいじる手が止まる。
「あたしは、色々あったなー。
……ほら、エルフって若い時代、すっごく長いじゃん? あと15、6年はさ、同じように生きられるとしてさ、通算30年くらい、今の晴奈とカラダ的にはタメでいられるんだよね。
……だからさ、えっと、何言いたいかって言うと、えーと」
また、鈴をいじり出す。
「そんだけ時間があっても、あたしは全部、恋愛に使える気がすんのよ。ホント、恋愛ゴトは楽しいわよ。……ちょこっと、苦しい時もあるけどさ。
断言しちゃうけどさ、アンタのその気持ち、やっぱ恋だと思うんだ」
「そう、……でしょうか?」
「絶対そーよ。ウィルバー君のコト思うと、楽しさと苦しさが一緒に来ない?」
晴奈は自分の胸に手を当て、内省してみる。
「……、そう、ですね。語り合ったり、戦ったりしていた時、本当に楽しかった。
でも逆に、ののしり合う時、にらみ合っている時、何故だか苦しい気持ちにもなっていました。私は……」
晴奈は顔に手を当て、ゴシゴシとこする。
「……どうなのでしょう? やはり、恋、だったのでしょうか?」
「あたしは、そうだと思う。ま、晴奈が『絶対違う』って言うなら、反論しないけど」
「……」
晴奈はそれきり、黙りこくる。
しばらく様子を見ていた小鈴は杖を置き、優しくつぶやいた。
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今日の旅岡さん

~ Comment ~
NoTitle
私見ですが、晴奈とウィルバーは、「恋」じゃないな。
日本語にはもっと適した言葉があるような。
例えば、「腐れ縁」とか……。
日本語にはもっと適した言葉があるような。
例えば、「腐れ縁」とか……。
NoTitle
第3部まで、黒炎教団は明らかな「敵」としての存在付けをしていたので、ここで面目躍如させておこうかな、と。
ウェンディはそのまんま、文武両道の才女さんですね。後に大出世したりします。
ウェンディはそのまんま、文武両道の才女さんですね。後に大出世したりします。
NoTitle
黒炎教団の歴史があっていいですね。
個人的にウェンディが出てきて良かったですね。メガネをかけているということは知的美人!!…的な感じなんでしょうかね。
セイナとは違った角度の美人そうでいいですね。
タイカとウィリアムの出会いもあって、すごくよかった回でした。
どうも、LandMでした。
個人的にウェンディが出てきて良かったですね。メガネをかけているということは知的美人!!…的な感じなんでしょうかね。
セイナとは違った角度の美人そうでいいですね。
タイカとウィリアムの出会いもあって、すごくよかった回でした。
どうも、LandMでした。
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NoTitle
少なくとも晴奈の側からしてみれば、「恋」って言葉では的外れもいいところ。