「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・博侶抄 1
麒麟を巡る話、第487話。
ある夫婦。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
1.
「お帰りなさい。おつかれさま」
「うん……、ありがとう」
夜遅くに帰ってきた夫に、彼女は優しく笑いかけていた。
「あれからずっと?」
「ずっと」
「わたしが研究室出たのって、6時でしたよね?」
「うん」
「もう午前様になってますけど」
「まとめるのに手間取っちゃってね」
「……もう。ご飯冷めちゃいましたよ?」
「ごめん」
「食べます?」
「勿論。腹ペコなんだ」
「それはそうでしょう。あなた、お昼も抜いてらしたもの。お弁当も手付かずでしたから、そのまま持って帰ってきましたよ」
「そうだったっけ……。ごめん、本当」
「わたしのおゆはんにしましたから、それはいいです。でもちゃんと食べないと、お体、壊しちゃいますよ?」
「気を付ける」
「付けてらっしゃらないじゃないですか。明日はちゃんと食べて下さいよ。
じゃ、ご飯あっためてきますから、その間にお風呂入ってきて下さいね」
「うん」
のろのろと風呂場へ向かう夫を見て、彼女はいたずらめかして声をかける。
「かけあしっ」
「あ、うん」
慌てて駆け込んだ夫の後ろ姿を眺めながら、彼女はクスクス笑っていた。
30分後、風呂から上がった夫に、彼女は熱燗を差し出した。
「今夜も冷えるそうですから」
「ありがとう、ハル」
「いえいえ、お粗末さまです。……じゃ、わたしもお相伴、と」
食卓の対面に座り、彼女も酒に口を付ける。
「……あつっ」
「大丈夫?」
「ええ、わたしちょっと猫舌なので。でも、ちょっとあっため過ぎたかしら」
「丁度いいよ、僕には」
「良かったです。……わたしは、もうちょっと冷ましてからいただきます」
「うん。……あ」
と、夫が慌てて立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「いやさ、今日遅くなったのって――勿論、研究室にいたのも一因なんだけど――これを買いに寄ったのもあったから。閉店間際だったけど、何とか買えたんだ」
「え?」
「ほら、今日って確か、君の……」
そう説明しながら、夫が小さな包みを手に戻ってきた。
「わたしの?」
「いや、ほら、その……、誕生日だったなって」
「……」
「だから、プレゼントを」
「ルシオ」
彼女は呆れた声を漏らした。
「わたしの誕生日は、昨日ですよ」
「え」
それを聞いた夫、ルシオの顔から、ざっと血の気が引く。
「あ……、ご、ごめん。そっか、昨日だったんだね。ごめん、本当。……本当に悪かった」
「これが可愛いから、許します」
「……そ、そう。良かった」
「でも、欲を言うなら」
夫から受け取った指輪をはめながら、彼女――紺納春はにこっと笑って、こう付け加えた。
「明日、一緒にお食事に行けたらなって思ってます」
「そ、そっか。うん、じゃ、明日行こう。予約しとく」
「はい、楽しみにしてますね。
くれぐれも今日みたいに午前様だなんてこと、しないで下さいね?」
「勿論さ。今日はちょっと、手間取っただけで」
「そうかしら?」
春は口を尖らせ、ルシオに釘を差す。
「あなた、後片付けが下手ですもの。
わたしも同じ研究室で、同じ内容の研究をしていたのに、6時に上がれたわたしに対して、あなたはこんな時間になるまでですもの。
早め早めに行動して下さいなって、いつも言ってるのに」
「……気を付ける。明日こそは、本当」
ルシオはばつが悪そうに、肩をすくめて返す。
それを受けて、春はまた、クスクスと笑みを浮かべた。
「『本当』、楽しみにしてますからね。昨日みたいに、がっかりさせないで下さいな」
「もっ、……勿論」
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ある夫婦。
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「お帰りなさい。おつかれさま」
「うん……、ありがとう」
夜遅くに帰ってきた夫に、彼女は優しく笑いかけていた。
「あれからずっと?」
「ずっと」
「わたしが研究室出たのって、6時でしたよね?」
「うん」
「もう午前様になってますけど」
「まとめるのに手間取っちゃってね」
「……もう。ご飯冷めちゃいましたよ?」
「ごめん」
「食べます?」
「勿論。腹ペコなんだ」
「それはそうでしょう。あなた、お昼も抜いてらしたもの。お弁当も手付かずでしたから、そのまま持って帰ってきましたよ」
「そうだったっけ……。ごめん、本当」
「わたしのおゆはんにしましたから、それはいいです。でもちゃんと食べないと、お体、壊しちゃいますよ?」
「気を付ける」
「付けてらっしゃらないじゃないですか。明日はちゃんと食べて下さいよ。
じゃ、ご飯あっためてきますから、その間にお風呂入ってきて下さいね」
「うん」
のろのろと風呂場へ向かう夫を見て、彼女はいたずらめかして声をかける。
「かけあしっ」
「あ、うん」
慌てて駆け込んだ夫の後ろ姿を眺めながら、彼女はクスクス笑っていた。
30分後、風呂から上がった夫に、彼女は熱燗を差し出した。
「今夜も冷えるそうですから」
「ありがとう、ハル」
「いえいえ、お粗末さまです。……じゃ、わたしもお相伴、と」
食卓の対面に座り、彼女も酒に口を付ける。
「……あつっ」
「大丈夫?」
「ええ、わたしちょっと猫舌なので。でも、ちょっとあっため過ぎたかしら」
「丁度いいよ、僕には」
「良かったです。……わたしは、もうちょっと冷ましてからいただきます」
「うん。……あ」
と、夫が慌てて立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「いやさ、今日遅くなったのって――勿論、研究室にいたのも一因なんだけど――これを買いに寄ったのもあったから。閉店間際だったけど、何とか買えたんだ」
「え?」
「ほら、今日って確か、君の……」
そう説明しながら、夫が小さな包みを手に戻ってきた。
「わたしの?」
「いや、ほら、その……、誕生日だったなって」
「……」
「だから、プレゼントを」
「ルシオ」
彼女は呆れた声を漏らした。
「わたしの誕生日は、昨日ですよ」
「え」
それを聞いた夫、ルシオの顔から、ざっと血の気が引く。
「あ……、ご、ごめん。そっか、昨日だったんだね。ごめん、本当。……本当に悪かった」
「これが可愛いから、許します」
「……そ、そう。良かった」
「でも、欲を言うなら」
夫から受け取った指輪をはめながら、彼女――紺納春はにこっと笑って、こう付け加えた。
「明日、一緒にお食事に行けたらなって思ってます」
「そ、そっか。うん、じゃ、明日行こう。予約しとく」
「はい、楽しみにしてますね。
くれぐれも今日みたいに午前様だなんてこと、しないで下さいね?」
「勿論さ。今日はちょっと、手間取っただけで」
「そうかしら?」
春は口を尖らせ、ルシオに釘を差す。
「あなた、後片付けが下手ですもの。
わたしも同じ研究室で、同じ内容の研究をしていたのに、6時に上がれたわたしに対して、あなたはこんな時間になるまでですもの。
早め早めに行動して下さいなって、いつも言ってるのに」
「……気を付ける。明日こそは、本当」
ルシオはばつが悪そうに、肩をすくめて返す。
それを受けて、春はまた、クスクスと笑みを浮かべた。
「『本当』、楽しみにしてますからね。昨日みたいに、がっかりさせないで下さいな」
「もっ、……勿論」
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