「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・博侶抄 2
麒麟を巡る話、第488話。
博士夫妻への訪問者。
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2.
かつて天狐ゼミにおいて葵と共に魔術を学んでいた紺納春は、その在籍中に現在の夫、ルシオに出会った。葵の口添えで彼の卒論を手伝ったことがきっかけとなり、二人は交際を始めた。
その後、一旦はルシオの卒業により疎遠になりかけたのだが、春は卒業してすぐにルシオの元へ赴き、そのまま結婚。その後は央北の研究機関で、夫婦揃って研究を行っていた。
その央北において一定の成果を挙げ、学者としての地位を確立した後、二人は春の故郷である央南へと移り住み、大学で教鞭を執りつつ、より精密な研究に没頭していた。
こうして極めて穏やかに生活していた、幸せ一杯の二人だったが――外で夕食を取った、その帰りの出来事から、央南全体を揺るがす大騒動に巻き込まれることとなった。
「ごちそうさまでした」
「いやいや……。本当にごめんね」
「もう、そればっかり」
家への帰り道でも謝ってくる夫に、春はぷく、と頬をふくらませた。
「ご飯は美味しかったですし、指輪も可愛かったです。わたし、十分に満足してますよ。何も謝ることなんか、ありませんから。
もっと堂々としていて下さいな」
「あ、……うん」
またも頭を下げかけたルシオの額にちょん、と人差し指を置き、春はこう続ける。
「胸を張って」
「う、うん」
「お顔を上げて」
「こう?」
「はい。バッチリです」
言われるがままに胸を張り、頭を反らしたルシオを確認し、春は満足気にうなずく。
「わたしは、あなたの困った顔より、しゃきっとしたお顔の方が好きです」
「気を付けるよ……」
若干憮然としつつも、ルシオは言われた通りに表情を直した。
と――彼らの前から、ふた昔は古く感じられる外套と紋付袴を身にまとった、剣士風の男たちが歩いてきた。
(なんか……、時代錯誤って言うか)
その二人を見て、ルシオは思わず横に目をやる。すると自分と同様、面食らった顔をした妻と目が合ったので、二人は目配せだけで応答する。
(ええ、……変な人たちですね)
「もし」
と、その時代錯誤で変な男たちから声をかけられてしまった。
「……はい」
無視するわけにも行かず、ルシオが応える。
「お尋ねしますが、お二人はブロッツォ博士夫妻で相違ないでしょうか」
「え、……ええ。私がブロッツォです」
自分の名を呼ばれ、ルシオは思わず顔をしかめた。
それを見た男たちの片方、頭の薄くなった初老の狐耳が、慌てた様子で手を振る。
「あ、いや。小生らは怪しい者ではございません。
こんな道端で声をかけたこと、どうかご容赦いただきたい。何しろお住まいにも大学にもいらっしゃらなかったもので、こうして足取りをたどるほか無かったもので」
「はあ」
ルシオがぼんやりとした返事をしたところで、もう一方の、強面でがっしりとした体つきの、短耳の青年が口を開く。
「我々は焔紅王国から参りました。博士にどうか、お頼みしたい件がございまして」
「えん、こう? ……って?」
ルシオが尋ねたところで、春がぐい、と彼の袖を引いた。
「行きましょう、あなた」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんな……」
「いやいや、奥方のお気持ちは十分に分かります」
狐耳が申し訳無さそうに頭を下げる。
「央南連合と袂を分かって二十余年、我々に抱く印象はすこぶる不快なものであること、十分に承知しておるつもりです。
しかしどうか、お話だけでも聞いてはいただけませんでしょうか」
「結構です。お帰り下さい」
男たちの要求をにべもなく突っぱねる妻に、ルシオはぎょっとしていた。
「ハル? なんでそんなに冷たいのさ?」
「あなた、本当に焔紅王国のことをご存知無いのですか?」
春は表情を強張らせたまま、ルシオにそう尋ねる。
「うん、全然知らない」
「……わたしが知る限りでは」
春は男たちを一瞥し、冷たく言い放った。
「焔紅王国は四半世紀前に央南西部を蹂躙しようと画策した、悪人たちの巣窟です」
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博士夫妻への訪問者。
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かつて天狐ゼミにおいて葵と共に魔術を学んでいた紺納春は、その在籍中に現在の夫、ルシオに出会った。葵の口添えで彼の卒論を手伝ったことがきっかけとなり、二人は交際を始めた。
その後、一旦はルシオの卒業により疎遠になりかけたのだが、春は卒業してすぐにルシオの元へ赴き、そのまま結婚。その後は央北の研究機関で、夫婦揃って研究を行っていた。
その央北において一定の成果を挙げ、学者としての地位を確立した後、二人は春の故郷である央南へと移り住み、大学で教鞭を執りつつ、より精密な研究に没頭していた。
こうして極めて穏やかに生活していた、幸せ一杯の二人だったが――外で夕食を取った、その帰りの出来事から、央南全体を揺るがす大騒動に巻き込まれることとなった。
「ごちそうさまでした」
「いやいや……。本当にごめんね」
「もう、そればっかり」
家への帰り道でも謝ってくる夫に、春はぷく、と頬をふくらませた。
「ご飯は美味しかったですし、指輪も可愛かったです。わたし、十分に満足してますよ。何も謝ることなんか、ありませんから。
もっと堂々としていて下さいな」
「あ、……うん」
またも頭を下げかけたルシオの額にちょん、と人差し指を置き、春はこう続ける。
「胸を張って」
「う、うん」
「お顔を上げて」
「こう?」
「はい。バッチリです」
言われるがままに胸を張り、頭を反らしたルシオを確認し、春は満足気にうなずく。
「わたしは、あなたの困った顔より、しゃきっとしたお顔の方が好きです」
「気を付けるよ……」
若干憮然としつつも、ルシオは言われた通りに表情を直した。
と――彼らの前から、ふた昔は古く感じられる外套と紋付袴を身にまとった、剣士風の男たちが歩いてきた。
(なんか……、時代錯誤って言うか)
その二人を見て、ルシオは思わず横に目をやる。すると自分と同様、面食らった顔をした妻と目が合ったので、二人は目配せだけで応答する。
(ええ、……変な人たちですね)
「もし」
と、その時代錯誤で変な男たちから声をかけられてしまった。
「……はい」
無視するわけにも行かず、ルシオが応える。
「お尋ねしますが、お二人はブロッツォ博士夫妻で相違ないでしょうか」
「え、……ええ。私がブロッツォです」
自分の名を呼ばれ、ルシオは思わず顔をしかめた。
それを見た男たちの片方、頭の薄くなった初老の狐耳が、慌てた様子で手を振る。
「あ、いや。小生らは怪しい者ではございません。
こんな道端で声をかけたこと、どうかご容赦いただきたい。何しろお住まいにも大学にもいらっしゃらなかったもので、こうして足取りをたどるほか無かったもので」
「はあ」
ルシオがぼんやりとした返事をしたところで、もう一方の、強面でがっしりとした体つきの、短耳の青年が口を開く。
「我々は焔紅王国から参りました。博士にどうか、お頼みしたい件がございまして」
「えん、こう? ……って?」
ルシオが尋ねたところで、春がぐい、と彼の袖を引いた。
「行きましょう、あなた」
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんな……」
「いやいや、奥方のお気持ちは十分に分かります」
狐耳が申し訳無さそうに頭を下げる。
「央南連合と袂を分かって二十余年、我々に抱く印象はすこぶる不快なものであること、十分に承知しておるつもりです。
しかしどうか、お話だけでも聞いてはいただけませんでしょうか」
「結構です。お帰り下さい」
男たちの要求をにべもなく突っぱねる妻に、ルシオはぎょっとしていた。
「ハル? なんでそんなに冷たいのさ?」
「あなた、本当に焔紅王国のことをご存知無いのですか?」
春は表情を強張らせたまま、ルシオにそう尋ねる。
「うん、全然知らない」
「……わたしが知る限りでは」
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