「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・桜燃抄 2
麒麟を巡る話、第492話。
悖乱の中で。
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2.
結婚したとは言え、実際には女王が私生児を産んだことを隠蔽するための偽装である。小雪は深見を自分の伴侶として相手にすることは無かったし、深見も小雪を女として見ることは無かった。
そして、自分のことしか考えず、相変わらず男漁りを続ける母と、偽装結婚した相手の子供などに欠片も興味を持たない、義理の父との間にいたその子供は、そのどちらにも世話をしてもらえず、小雪の側近であった虎獣人の将軍、九鬼彩(くぎ さやか)の元へと預けられた。
両親の愛を受けることは少しもできなかったが、その子供が彩に預けられたことは、結果としてその子の人格形成には、とてつもなく大きく、そして極めて良好な効果をもたらしたと言えた。
何故なら九鬼彩と言う女性は、堕落と腐敗の渦中にあった焔紅王国において、古き善き焔流の精神を受け継ぐ清廉な剣士だったからである。
「次は素振り三十回! 始めッ!」
「はいっ! 一! 二! 三……」
彩はその短耳の子を桜雪(さゆき)と名付け、自分の養子にした。
彩は桜雪のことを、女王の娘と言って甘やかすことをしなかったし、かと言って何の関係もない厄介者としてあしらうこともしなかった。
彼女は桜雪を正しい焔流剣士とすべく、自分の弟子として扱ったのだ。
「……にじゅく、さんじゅっ!」
「よし」
素振りを終え、汗だくになった桜雪に、彩は手拭いを投げる。
「息が整ったら、次は軽く走るぞ。
私は10周するが、お前はまだ小さいからな。1周でいいぞ。終わったら先に部屋へ戻っていい」
「はい!」
既に修行場としての意義をほぼ失い、無人となっている堂の周囲を二人で走る。
「苦しくないか?」
「だいじょうぶです!」
「そうか。……無理はするなよ」
「はい!」
堂を一周し、桜雪が離れる。
「ではかあさま、わたしは先にもどります」
「ああ。そうだ、桜雪」
彩は立ち止まり、にっと笑う。
「米を研いでおいてくれるか? 私が帰って来るまでには間に合うようにな」
「はい! いつもどおり、三合ですか?」
「うむ、頼んだ」
「わかりました! それではお先にしつれいします!」
ぺこっと頭を下げ、その場から走り去る桜雪の後ろ姿を眺めつつ、彩は心の中に湧いた複雑な思いを整理していた。
(いつの間にか……、『かあさま』と呼ばれ慣れてしまったな。夫もいないのに、私が母になってしまうとは。……いや、仕方の無いことか。あの子は親が無いも同然だからな。誰かが養ってやらねばならぬのだ。
それを思うと、まこと、殿と深見には腹が立つ! いや、わけの分からぬ役目を押し付けられたと言うことを考えれば、深見には同情の余地がある。だが全ての原因である殿はどうだ!?
私が桜雪を預かってから6年、あの後さらに父親の分からぬ子が2人も産まれ――私が桜雪をああ扱っているのが目障りなのか――私以外の側近に預けられたと聞く。しかも最近また、桜雪の弟妹ができたと言うではないか。まったく、犬や猫ではあるまいし、野放図にも程がある!
一体殿は後何人、親の愛を受けられぬ不憫な子供を設けるつもりであるか)
再び走り込みに入るが、頭の中は依然、もやもやとしたままである。
(深見も深見だ。あやつも仮初の奥方にあてられたか、同様に女を囲い始めたと聞く。
確かに左大臣としての責務を全うしている分、殿よりはましであると言えなくはないが、それでも公序良俗を乱す原因となっていることは確かだ。
つくづく思う――私は果たしてあの時、深見と黄月乃の言葉に耳を傾けるべきではなかったのではないか、と。あんな戯言に惑わされず、深見を殴り倒し、黄を斬って、身命を賭して殿をお諌めするべきではなかったのか、とな。
……すべては過ぎたこと。もう、遅過ぎるのだ)
5周したがそれ以上気が乗らず、彩は走るのをやめた。
「あれ?」
家に戻ったところで、米を研いでいる最中の桜雪と目が合う。
「……あっ」
「わたし、がんばってといでたんですが……。ごめんなさい、間に合いませんでした」
困った顔をした桜雪を見て、彩は慌てて言い繕った。
「あ、いや、そんなことは無い。……あー、と、腹が減ってな、たまらず切り上げて帰ってきてしまった。しまった、早過ぎたな、……あはは」
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悖乱の中で。
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結婚したとは言え、実際には女王が私生児を産んだことを隠蔽するための偽装である。小雪は深見を自分の伴侶として相手にすることは無かったし、深見も小雪を女として見ることは無かった。
そして、自分のことしか考えず、相変わらず男漁りを続ける母と、偽装結婚した相手の子供などに欠片も興味を持たない、義理の父との間にいたその子供は、そのどちらにも世話をしてもらえず、小雪の側近であった虎獣人の将軍、九鬼彩(くぎ さやか)の元へと預けられた。
両親の愛を受けることは少しもできなかったが、その子供が彩に預けられたことは、結果としてその子の人格形成には、とてつもなく大きく、そして極めて良好な効果をもたらしたと言えた。
何故なら九鬼彩と言う女性は、堕落と腐敗の渦中にあった焔紅王国において、古き善き焔流の精神を受け継ぐ清廉な剣士だったからである。
「次は素振り三十回! 始めッ!」
「はいっ! 一! 二! 三……」
彩はその短耳の子を桜雪(さゆき)と名付け、自分の養子にした。
彩は桜雪のことを、女王の娘と言って甘やかすことをしなかったし、かと言って何の関係もない厄介者としてあしらうこともしなかった。
彼女は桜雪を正しい焔流剣士とすべく、自分の弟子として扱ったのだ。
「……にじゅく、さんじゅっ!」
「よし」
素振りを終え、汗だくになった桜雪に、彩は手拭いを投げる。
「息が整ったら、次は軽く走るぞ。
私は10周するが、お前はまだ小さいからな。1周でいいぞ。終わったら先に部屋へ戻っていい」
「はい!」
既に修行場としての意義をほぼ失い、無人となっている堂の周囲を二人で走る。
「苦しくないか?」
「だいじょうぶです!」
「そうか。……無理はするなよ」
「はい!」
堂を一周し、桜雪が離れる。
「ではかあさま、わたしは先にもどります」
「ああ。そうだ、桜雪」
彩は立ち止まり、にっと笑う。
「米を研いでおいてくれるか? 私が帰って来るまでには間に合うようにな」
「はい! いつもどおり、三合ですか?」
「うむ、頼んだ」
「わかりました! それではお先にしつれいします!」
ぺこっと頭を下げ、その場から走り去る桜雪の後ろ姿を眺めつつ、彩は心の中に湧いた複雑な思いを整理していた。
(いつの間にか……、『かあさま』と呼ばれ慣れてしまったな。夫もいないのに、私が母になってしまうとは。……いや、仕方の無いことか。あの子は親が無いも同然だからな。誰かが養ってやらねばならぬのだ。
それを思うと、まこと、殿と深見には腹が立つ! いや、わけの分からぬ役目を押し付けられたと言うことを考えれば、深見には同情の余地がある。だが全ての原因である殿はどうだ!?
私が桜雪を預かってから6年、あの後さらに父親の分からぬ子が2人も産まれ――私が桜雪をああ扱っているのが目障りなのか――私以外の側近に預けられたと聞く。しかも最近また、桜雪の弟妹ができたと言うではないか。まったく、犬や猫ではあるまいし、野放図にも程がある!
一体殿は後何人、親の愛を受けられぬ不憫な子供を設けるつもりであるか)
再び走り込みに入るが、頭の中は依然、もやもやとしたままである。
(深見も深見だ。あやつも仮初の奥方にあてられたか、同様に女を囲い始めたと聞く。
確かに左大臣としての責務を全うしている分、殿よりはましであると言えなくはないが、それでも公序良俗を乱す原因となっていることは確かだ。
つくづく思う――私は果たしてあの時、深見と黄月乃の言葉に耳を傾けるべきではなかったのではないか、と。あんな戯言に惑わされず、深見を殴り倒し、黄を斬って、身命を賭して殿をお諌めするべきではなかったのか、とな。
……すべては過ぎたこと。もう、遅過ぎるのだ)
5周したがそれ以上気が乗らず、彩は走るのをやめた。
「あれ?」
家に戻ったところで、米を研いでいる最中の桜雪と目が合う。
「……あっ」
「わたし、がんばってといでたんですが……。ごめんなさい、間に合いませんでした」
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