「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・桜燃抄 3
麒麟を巡る話、第493話。
泥中之蓮。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
3.
さらに年月が過ぎ、双月暦565年。
九鬼桜雪は15歳になっていた。
「……」
この頃から度々、桜雪は悩む仕草を見せるようになった。
自室で静かに正座し、両手を膝にずっと置いたまま、無言で目を閉じて考え事にふける彼女の姿に、彩はしばしば気を揉んでいた。
「桜雪」
「……」
「おーい、桜雪」
「あ、はい」
部屋の外から何度か呼びかけ、ようやく振り向いた桜雪に、彩は苦々しく続ける。
「もう夕飯の時間だぞ。鍛錬から帰ってずっと、そんな調子ではないか」
「すみません、母様」
ぺこっと頭を下げた桜雪に、彩は腕組みしつつ尋ねる。
「何か思い煩っているようだが、懸想でもしたか?」
「い、いえいえ! そのようなことは決して!」
顔を赤くした娘に苦笑しつつ、彩は真面目な顔になった。
「察してはいる。……霧蔵のことだろう?」
「……!」
一転、桜雪の顔から紅が引いた。
「父親違いとは言え、お前の弟だった。……私が引き取ると言えば、ああはならなかったかも知れん」
「……」
「だが、全ては終わったことだ」
彩がそう言った途端、桜雪の頬にぽろぽろと涙がこぼれだした。
「母様はいつもそう」
「え?」
「事が終わってから、そんなことを仰います。何故、事が起こる前に手を打たないのですか?」
「それは……」
言い淀んだ彩に、桜雪はがばっと頭を下げ、平伏した。
「……申し訳ありません。出過ぎた言葉でした」
「いや」
彩も同様に頭を下げ、こう返した。
「お前の言う通りだ。私はいつも、終わってからしか行動しない。愚か者の見本だ」
「そんな……」
「……飯に、しよう」
桜雪以後、小雪が産んだ子供は6人いた。
しかし一人として自分が育てるようなことをせず、彼女はすべて臣下の者に預けていた。そのうちの一人が霧蔵である。
だが、預けられた先で家庭内の諍いが起こり、霧蔵は間に挟まれる形で何年も過ごし――そしてつい先日、その境遇に耐えかね、わずか12歳の身で自殺したのである。
その諍いの根源が他ならぬ霧蔵にあったことは、誰の目にも明らかだった。
女王から無理矢理に押し付けられ、それまで円満だった家庭にいらぬ波風を立て、崩壊に導いたであろうことを、周囲の者は皆、察していた。
預けた張本人、小雪を除いて。
「……」
「……」
いつになく重苦しい空気の中、彩と桜雪は夕食をとっていた。
食事の最中に会話するようなことは、央南における礼儀上、はしたないとされてきたことであったし、真面目な二人はこれまでの15年間きちんと、その礼儀を守ってきた。
だがこの日――桜雪が、それを破った。
「母様」
「……」
「わたしは、愚か者になろうと思います」
「え?」
顔を挙げた彩に、桜雪は涙で腫れた、しかし熱い光のこもる目を向けた。
「諸悪の根源は、我が実の母にあります。
わたしはその母を――この国の女王、焔小雪を討ちます。親を殺すなど愚行以外の何者でもありませんが、しかしそれをしなければ、何も変わりはしないでしょうから」
「ばっ、……馬鹿を言うな!」
面食らった彩は、茶碗を落としてしまう。
「いくら堕落の極みにあるとは言え、我らが主君であるぞ!」
「主君であれば何をしても良いと言うのですか!?」
「……っ」
「このまま看過し続ければ、どうなると思いますか? また我が弟妹が死に、また母様は後になってから愚痴をこぼすでしょう。
それはこの国の未来と同様ではないでしょうか?」
「どう言う意味だ?」
「女王の愚行で人が死に、焔流が乱れ、国が傾く。その惨状を、残った者が『仕方の無いこと』と諦め、また次の悲劇が緩慢に起こる。
わたしが知る限り、焔紅王国の20年は、その緩慢なる悲劇の繰り返しです。此度の件は、その縮図と言えるでしょう」
「……」
「どうして誰も焔小雪を咎めないのですか? 女王だから? 家元だから?
わたしにはその言い訳が納得できません。余計な面倒事に首を突っ込みたくないと言う、怠け者たちの逃げ口上にしか思えません」
「桜雪ッ!」
一瞬憤り、彩は桜雪に平手を食らわそうとした。
ところが桜雪はその手をつかみ、なおも熱く語る。
「しかしわたしは、母様だけはそうではないと信じております。
母様はただ楽して生きたいだけの怠け者であるとは、到底思えません。いずれ機が来れば立ち上がってくれる、憂国の士と信じております。
一度でいいのです。後悔ではなく、満足をしていただけませんか? 『あれを省みるには遅かった』などと仰らず、『あれをやって良かったと思っている』と、わたしに堂々と、胸を張って仰って下さい」
「……私に、何をしろと言うのだ」
「わたしと共に、戦って下さい。
この腐った国を糺(ただ)すために」
「桜雪……」
娘の熱い瞳に射抜かれ、彩の心に、20年振りに火が灯った。
これが九鬼桜雪による、焔紅王国に対する謀反の始まりである。
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泥中之蓮。
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3.
さらに年月が過ぎ、双月暦565年。
九鬼桜雪は15歳になっていた。
「……」
この頃から度々、桜雪は悩む仕草を見せるようになった。
自室で静かに正座し、両手を膝にずっと置いたまま、無言で目を閉じて考え事にふける彼女の姿に、彩はしばしば気を揉んでいた。
「桜雪」
「……」
「おーい、桜雪」
「あ、はい」
部屋の外から何度か呼びかけ、ようやく振り向いた桜雪に、彩は苦々しく続ける。
「もう夕飯の時間だぞ。鍛錬から帰ってずっと、そんな調子ではないか」
「すみません、母様」
ぺこっと頭を下げた桜雪に、彩は腕組みしつつ尋ねる。
「何か思い煩っているようだが、懸想でもしたか?」
「い、いえいえ! そのようなことは決して!」
顔を赤くした娘に苦笑しつつ、彩は真面目な顔になった。
「察してはいる。……霧蔵のことだろう?」
「……!」
一転、桜雪の顔から紅が引いた。
「父親違いとは言え、お前の弟だった。……私が引き取ると言えば、ああはならなかったかも知れん」
「……」
「だが、全ては終わったことだ」
彩がそう言った途端、桜雪の頬にぽろぽろと涙がこぼれだした。
「母様はいつもそう」
「え?」
「事が終わってから、そんなことを仰います。何故、事が起こる前に手を打たないのですか?」
「それは……」
言い淀んだ彩に、桜雪はがばっと頭を下げ、平伏した。
「……申し訳ありません。出過ぎた言葉でした」
「いや」
彩も同様に頭を下げ、こう返した。
「お前の言う通りだ。私はいつも、終わってからしか行動しない。愚か者の見本だ」
「そんな……」
「……飯に、しよう」
桜雪以後、小雪が産んだ子供は6人いた。
しかし一人として自分が育てるようなことをせず、彼女はすべて臣下の者に預けていた。そのうちの一人が霧蔵である。
だが、預けられた先で家庭内の諍いが起こり、霧蔵は間に挟まれる形で何年も過ごし――そしてつい先日、その境遇に耐えかね、わずか12歳の身で自殺したのである。
その諍いの根源が他ならぬ霧蔵にあったことは、誰の目にも明らかだった。
女王から無理矢理に押し付けられ、それまで円満だった家庭にいらぬ波風を立て、崩壊に導いたであろうことを、周囲の者は皆、察していた。
預けた張本人、小雪を除いて。
「……」
「……」
いつになく重苦しい空気の中、彩と桜雪は夕食をとっていた。
食事の最中に会話するようなことは、央南における礼儀上、はしたないとされてきたことであったし、真面目な二人はこれまでの15年間きちんと、その礼儀を守ってきた。
だがこの日――桜雪が、それを破った。
「母様」
「……」
「わたしは、愚か者になろうと思います」
「え?」
顔を挙げた彩に、桜雪は涙で腫れた、しかし熱い光のこもる目を向けた。
「諸悪の根源は、我が実の母にあります。
わたしはその母を――この国の女王、焔小雪を討ちます。親を殺すなど愚行以外の何者でもありませんが、しかしそれをしなければ、何も変わりはしないでしょうから」
「ばっ、……馬鹿を言うな!」
面食らった彩は、茶碗を落としてしまう。
「いくら堕落の極みにあるとは言え、我らが主君であるぞ!」
「主君であれば何をしても良いと言うのですか!?」
「……っ」
「このまま看過し続ければ、どうなると思いますか? また我が弟妹が死に、また母様は後になってから愚痴をこぼすでしょう。
それはこの国の未来と同様ではないでしょうか?」
「どう言う意味だ?」
「女王の愚行で人が死に、焔流が乱れ、国が傾く。その惨状を、残った者が『仕方の無いこと』と諦め、また次の悲劇が緩慢に起こる。
わたしが知る限り、焔紅王国の20年は、その緩慢なる悲劇の繰り返しです。此度の件は、その縮図と言えるでしょう」
「……」
「どうして誰も焔小雪を咎めないのですか? 女王だから? 家元だから?
わたしにはその言い訳が納得できません。余計な面倒事に首を突っ込みたくないと言う、怠け者たちの逃げ口上にしか思えません」
「桜雪ッ!」
一瞬憤り、彩は桜雪に平手を食らわそうとした。
ところが桜雪はその手をつかみ、なおも熱く語る。
「しかしわたしは、母様だけはそうではないと信じております。
母様はただ楽して生きたいだけの怠け者であるとは、到底思えません。いずれ機が来れば立ち上がってくれる、憂国の士と信じております。
一度でいいのです。後悔ではなく、満足をしていただけませんか? 『あれを省みるには遅かった』などと仰らず、『あれをやって良かったと思っている』と、わたしに堂々と、胸を張って仰って下さい」
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今日の旅岡さん

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[自作小説(ファンタジー)]
~ Comment ~
NoTitle
>岡崎 大介さん
はじめまして。
文章の分かりやすさは、特に気を付けている点の一つです。
ただ、単に事細かく説明すればいいというものではなく、
あくまで物語としてのリズム、ファンタジーの雰囲気を崩さないよう、
削れるところは極力削るようにしています。
あまりに地の文が多すぎると、「物語」ではなく「説明書」になってしまうので。
と言っても、自分も度々説明が長くなってしまうことがあり、
まだまだ反省すべきところが多いですが……。
はじめまして。
文章の分かりやすさは、特に気を付けている点の一つです。
ただ、単に事細かく説明すればいいというものではなく、
あくまで物語としてのリズム、ファンタジーの雰囲気を崩さないよう、
削れるところは極力削るようにしています。
あまりに地の文が多すぎると、「物語」ではなく「説明書」になってしまうので。
と言っても、自分も度々説明が長くなってしまうことがあり、
まだまだ反省すべきところが多いですが……。
NoTitle
美濃の斉藤家よりすさまじいことに……(・_・;)
もしかしたらこれも白猫の陰謀ですか(・_・;;)
もしかしたらこれも白猫の陰謀ですか(・_・;;)
作品作りの参考にさせていただきます
私もブログで小説を投稿しているので作品作りの参考にさせて
いただく白猫夢の序盤を読ませていただきました
読んだ感想は地の文がわかりやすく情景描写がしやすかった点
です。私ももう少し地の文で読者を惹きつける技能を身に
つけたいと思いました。お互い執筆活動頑張りましょう!
いただく白猫夢の序盤を読ませていただきました
読んだ感想は地の文がわかりやすく情景描写がしやすかった点
です。私ももう少し地の文で読者を惹きつける技能を身に
つけたいと思いました。お互い執筆活動頑張りましょう!
- #2152 岡崎 大介
- URL
- 2015.04/09 22:11
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NoTitle
確かに……。寝取った元主君の奥さんが産んだ子供に討たれると言うシチュエーション、この話に通じるところがありますね。
白猫はこの事件、直接関係はしていません。
「人生実験」で介入はしましたが、それ以降の、
小雪やその関係者がどうなったかについては、
興味を完全に失っていると思われます。
今、彼女の興味は100%、白猫党にしか向けられていません。