「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・桜燃抄 6
麒麟を巡る話、第496話。
栄枯盛衰。
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6.
蹶起(けっき)して以降、桜雪の擁する勢力は拡大する一方だった。
当初は200人足らずだった兵の数も、近隣の町村を回り、王国軍の駐屯基地を1つ2つ制圧したところで、1万を超す大軍勢へと変貌した。
その最大の理由は――戦った相手をほとんど被害の出ない形で敗北させ、その上で懐柔・感化させ、丸ごと吸収したからである。
そんな芸当ができた背景には無論、現女王である小雪の体制があまりにも悲惨なものであり、一方で桜雪側には寄り沿い、共闘するに十分な理由と大義があったからだが、それを差し引いてもなお、敵方が簡単に寝返ってしまう、いや、「寝返りたくなる」誘因があった。
それは紛れも無く、桜雪本人の「魅力」だった。
「我々の組織は非常に大きく成長し、既に軍と呼べる規模に達しています。
故に、これより我々の組織を『九鬼軍』と改称することとし、併せて然るべき軍規を設け、軍としてより厳格かつ廉潔な、即ち焔流剣士の名に恥じぬ行動を執るべく、これを徹底することとします」
全軍を集めて行われた桜雪の演説に、剣士たちは歓声を以って応える。
「それでは、本日はこれにて解散です。今日一日は十分な休養を取り、明日からの戦いに備えて下さい」
壇上で深々と頭を下げ、話を切り上げたが、何故か剣士たちは微動だにしない。
「……?」
桜雪が顔を挙げ、それに気付いたところで、剣士たちが口々に尋ねた。
「九鬼頭領! 我々より質問がございます!」
「何でしょうか」
応じた桜雪に、彼らはこう続けた。
「我々は頭領が焔女王の血を引いていると存じております! 頭領にとって、それは恥でしょうか、誇りでしょうか?」
「……」
数秒の沈黙の後、桜雪が答えた。
「率直な感想を述べるとするならば、焔小雪を実の母とすることは、わたしにとっては紛れも無く、恥であると言えます。
しかし血統そのものについては、万世に広く誇れるものであると堅く信じています。何故なら我が血統、焔家は――焔小雪を除けば――長年にわたり焔流を正しく導き、正しき仁義と礼節を央南に確固として示し続けてきた、由緒ある一族だからです。
そして、もう一方の血統。かつて焔小雪の後見であり、今なお多くの剣士より『大先生』として慕われ、尊敬を集める剣聖、柊雪乃。
彼女の血もまた、わたしの中に受け継がれています。それもまた、大いに誇るべきものであると、わたしは信じています」
桜雪の返答に、剣士たちはまた歓声を挙げた。
「万歳!」
「九鬼頭領、万歳!」
「九鬼御大将、万歳!」
高まる声援に、桜雪はただ無言で、深々と頭を下げた。
当初は桜雪を過小評価していた深見だったが、最初の戦いから2年、3年と過ぎ、王国東部が九鬼軍によってほぼ制圧された頃になって、その認識をようやく改めた。
「……こりゃまずいぜ」
初動の遅さと拙さ、そして度重なる戦闘でことごとく相手を測り損ねたためにみるみるうちに敗戦を重ね、深見は苦境に立たされていた。
ここに至り、深見は側近たちを集めて、こそこそと密談を始めた。
「九鬼軍は今、どこまで来てる?」
「拙者の情報によれば、北は若叉、南は三浜までを陥落させたとのことです」
「じゃあ、山丹方向に逃げればかち合わないな。あの辺りならバカ殿の側近もいねー。気付きやしねーだろう」
「……閣下? まさか?」
「そのまさかだよ。このままここにいたんじゃ、命がいくつあっても足んねーぞ」
逐電をほのめかした深見の言葉に、側近たちは青ざめる。
それを一瞥し、深見はこう続けた。
「お前らも一緒に来いよ。今までかき集めた金がありゃ、西辺州の片田舎にでもこもって一生楽しく過ごせるぜ?
それにだ。こうなった以上、あのバカ殿の下に律儀に居続けたって、美味い汁なんか吸えねーだろ?
精々『わたしのために盾になって死になさいよ、ブヒブヒ』なんてわめかれるだけだぜ」
「……」
「……」
「……然り」
元々から自己中心的で欲深い深見と、その子飼いたちである。
彼らは早々に小雪と現王国を見限り、逃げ去った。
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栄枯盛衰。
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蹶起(けっき)して以降、桜雪の擁する勢力は拡大する一方だった。
当初は200人足らずだった兵の数も、近隣の町村を回り、王国軍の駐屯基地を1つ2つ制圧したところで、1万を超す大軍勢へと変貌した。
その最大の理由は――戦った相手をほとんど被害の出ない形で敗北させ、その上で懐柔・感化させ、丸ごと吸収したからである。
そんな芸当ができた背景には無論、現女王である小雪の体制があまりにも悲惨なものであり、一方で桜雪側には寄り沿い、共闘するに十分な理由と大義があったからだが、それを差し引いてもなお、敵方が簡単に寝返ってしまう、いや、「寝返りたくなる」誘因があった。
それは紛れも無く、桜雪本人の「魅力」だった。
「我々の組織は非常に大きく成長し、既に軍と呼べる規模に達しています。
故に、これより我々の組織を『九鬼軍』と改称することとし、併せて然るべき軍規を設け、軍としてより厳格かつ廉潔な、即ち焔流剣士の名に恥じぬ行動を執るべく、これを徹底することとします」
全軍を集めて行われた桜雪の演説に、剣士たちは歓声を以って応える。
「それでは、本日はこれにて解散です。今日一日は十分な休養を取り、明日からの戦いに備えて下さい」
壇上で深々と頭を下げ、話を切り上げたが、何故か剣士たちは微動だにしない。
「……?」
桜雪が顔を挙げ、それに気付いたところで、剣士たちが口々に尋ねた。
「九鬼頭領! 我々より質問がございます!」
「何でしょうか」
応じた桜雪に、彼らはこう続けた。
「我々は頭領が焔女王の血を引いていると存じております! 頭領にとって、それは恥でしょうか、誇りでしょうか?」
「……」
数秒の沈黙の後、桜雪が答えた。
「率直な感想を述べるとするならば、焔小雪を実の母とすることは、わたしにとっては紛れも無く、恥であると言えます。
しかし血統そのものについては、万世に広く誇れるものであると堅く信じています。何故なら我が血統、焔家は――焔小雪を除けば――長年にわたり焔流を正しく導き、正しき仁義と礼節を央南に確固として示し続けてきた、由緒ある一族だからです。
そして、もう一方の血統。かつて焔小雪の後見であり、今なお多くの剣士より『大先生』として慕われ、尊敬を集める剣聖、柊雪乃。
彼女の血もまた、わたしの中に受け継がれています。それもまた、大いに誇るべきものであると、わたしは信じています」
桜雪の返答に、剣士たちはまた歓声を挙げた。
「万歳!」
「九鬼頭領、万歳!」
「九鬼御大将、万歳!」
高まる声援に、桜雪はただ無言で、深々と頭を下げた。
当初は桜雪を過小評価していた深見だったが、最初の戦いから2年、3年と過ぎ、王国東部が九鬼軍によってほぼ制圧された頃になって、その認識をようやく改めた。
「……こりゃまずいぜ」
初動の遅さと拙さ、そして度重なる戦闘でことごとく相手を測り損ねたためにみるみるうちに敗戦を重ね、深見は苦境に立たされていた。
ここに至り、深見は側近たちを集めて、こそこそと密談を始めた。
「九鬼軍は今、どこまで来てる?」
「拙者の情報によれば、北は若叉、南は三浜までを陥落させたとのことです」
「じゃあ、山丹方向に逃げればかち合わないな。あの辺りならバカ殿の側近もいねー。気付きやしねーだろう」
「……閣下? まさか?」
「そのまさかだよ。このままここにいたんじゃ、命がいくつあっても足んねーぞ」
逐電をほのめかした深見の言葉に、側近たちは青ざめる。
それを一瞥し、深見はこう続けた。
「お前らも一緒に来いよ。今までかき集めた金がありゃ、西辺州の片田舎にでもこもって一生楽しく過ごせるぜ?
それにだ。こうなった以上、あのバカ殿の下に律儀に居続けたって、美味い汁なんか吸えねーだろ?
精々『わたしのために盾になって死になさいよ、ブヒブヒ』なんてわめかれるだけだぜ」
「……」
「……」
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