黄輪雑貨本店 新館


    「白猫夢」
    白猫夢 第10部

    白猫夢・桜燃抄 7

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    麒麟を巡る話、第497話。
    母と娘、ただ一度の邂逅。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     双月暦569年、桜雪が19歳の頃。
     桜雪率いる九鬼軍は、ついに紅蓮塞へと攻め入った。

    「状況をお願いします」
     本陣で静かに動向を伺っていた桜雪に、彼女の側近が平伏して答える。
    「はっ……。ただいま本殿を囲み、三の門を攻めている最中にございます。二の丸より以前、そして周囲の堂については、すべて制圧が完了しております」
    「ありがとう、渋坂。三の門については、どのくらいで破れそうでしょうか?」
    「持って30分かと。基礎構造こそしっかりしてはおりますが、魔術対策が塞内のそこかしこで破綻していたことから、恐らくは三の門も、じきに焼けるものと思われます」
    「そう。では、わたしも参りましょう」
    「御意」
     彩を含めた側近らを伴い、桜雪も塞に踏み込む。
    「存じているかも知れませんが」
     紅蓮塞の入口、一の門をくぐり、桜雪はこう続ける。
    「わたしは今日、初めて紅蓮塞の本丸に足を踏み入れます」
    「そうだな……。そうだった」
     応じた彩に、桜雪はくる、と振り返る。
    「母様と共に塞内の各堂で修行こそすれ、女王の邸宅となっていた本丸には、決して入ることが許されませんでした。
     その一事だけでも、どれだけ実の母がわたしを疎んじていたかが、良く、分かります」
    「それは……」
     言い淀んだ彩に、桜雪は小さく首を振った。
    「今更ごまかしなどいりません」
     桜雪は煙を上げる本丸に目をやり、こう続ける。
    「わたしにとっての母は、彩母様のみ。わたしは、それで良いのです。
     そしてこれから討つのは、わたしの母では無い。この国における最大最悪の賊将、焔小雪です」
    「失礼ながら頭領」
     壮年の狐獣人、渋坂が桜雪にこう返した。
    「御心に迷いがあるように感じられます。どうか今、この場で、心の内を素直に晒していただきたく存じます。
     でなければ、いざと言う時になって頭領ご自身がお困りになられるかと」
    「……」
     桜雪の足が止まる。
    「あなたの言う通りです、渋坂。
     確かに、わたしは迷っています。最早母でも娘でもないと、頭では割り切っていても、我が心の内では納得できてはいません。
     巷の人間は皆、わたしが焔小雪のことを憎んでいるだろうと考えていると思いますが――正直に言えば、わたしは焔小雪とどう接すればいいのか、分からないのです」
    「と言うと……?」
    「19年の間、一度も顔を合わせたことの無い実母を、わたしは憎むことができるのだろうか、と。もしかしたら目にした瞬間、それとは逆の感情が芽生えるのではないか、と。
     そんな不安が、わたしにはあるのです」
    「しかし頭領……」
     反論しかけた他の側近たちを、渋坂が制する。
    「頭領。もし憐憫の情、親愛の情を抱いたとしても、それは人間として正しきことです。
     一方で、やはり憎むべき敵であると捉えたままであっても、それもまた、軍の頭領として正しきご判断でしょう。
     小生は頭領がどのような結論をお出しになったとしても、それは至極正しきものであると信じております。……そうであろう、皆の者?」
     渋坂に問われ、側近たちは一様にうなずいた。
    「無論にございますとも」
    「頭領が間違っているはずなど!」
    「どうか、ご自身を信じて下さい」
    「……ありがとうございます。
     もう三の門も破られた頃でしょう。急ぎましょう、皆」
     桜雪は側近たちに深く頭を下げ、早足で本丸へと向かった。

     桜雪の予想通り、彼女たちが本丸の前に到着する頃には既に、三の門は炭と化していた。
    「女王は?」
     尋ねた桜雪に、門を破った隊の隊長が答える。
    「現在、兵卒らが本丸内を回り、捜索している最中です。間もなく発見し、こちらへ連行するものと思われます」
    「そう。では、ここで待ちま……」
     言い終わらないうちに、剣士たちが布団を引きずりながら、本丸から姿を表した。
    「うっ……」
    「ま、……まさか」
    「あれ、……が、か?」
     その様子に側近たちも、そして桜雪も、言葉を失った。
     剣士らに引きずられて現れたのは、まるで伸びきった風船のようにぶくぶくとだらしなく太った初老の女――焔紅王国の現女王、焔小雪だった。
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    ~ Comment ~

    NoTitle 

    歴史の大きな汚点ですね。
    双月世界に司馬遼太郎さんのような作家がいたら、
    この家系を追うだけで5、6冊は本ができてるところでしょう。

    NoTitle 

    後世の歴史家が皮肉まじりで書くだろうことが目の前にまざまざと。


    「……焔小雪という人物がその生涯で行った唯一の生産的行為は、焔桜雪という人物を産んだことであった。その功績だけでも彼女は君主としての責任を果たしたといえるだろう」


    ……銀河の歴史がまた一ページ(違う(^^;))
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