「双月千年世界 3;白猫夢」
白猫夢 第10部
白猫夢・桜燃抄 8
麒麟を巡る話、第498話。
女王襲名。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
8.
「その女が女王で、……間違い、無いのか?」
渋坂が恐る恐る尋ねるほどに、焔小雪の姿は醜く崩れていた。
「間違いありません。女中やその他、女王の側近などから確認済みです。
なお、お付きの者からは『女王はここ数年、床から動いていない』と。両足が半ば壊死しているらしいとのことです。自分の足では歩けないようでしたので、布団を使ってここまで引っ張ってきました」
「そう、か」
予想外の状況に皆が戸惑う中、桜雪が一歩、前に踏み出した。
「確認します。あなたが焔小雪で、間違いないのですか?」
「……そうよ」
べちゃりと布団に張り付いていた女が、くぐもった声で答える。
「……」
桜雪はそれ以上、何も尋ねない。どうやら彼女も相当の衝撃を受けているようだった。
「意外?」
と、小雪の方から声をかけてくる。
「……っ」
「まさか、遊んで、食っちゃ寝、してるだけの女が、20年前、30年前の、美貌を、留めてると、思ってた?」
小雪は切れ切れに、苦しそうな様子で話している。
その顔は土気色に沈んでおり、髪はほとんど白く、そして地肌が見えるほどに細く、少ない。目は黄色く濁り、膨れ上がった手と足は到底、人の体と思えない色に染まっている。
どうやら長年の自堕落な生活のために、体のあちこちを病んでいるようだった。
「……」
最早人と思えぬほどに形の崩れた小雪を目にした桜雪の顔色が、どんどん悪くなってくる。
「桜雪!」
それに気付いた彩が、後ろから桜雪を抱き留める。
その様子を見て、小雪がクスクスと笑う。
「あら、九鬼。久しぶりね」
「え、ええ」
「あなたは、あんまり、変わらないの、ね。そうよね、わたしと、違って、毎日鍛錬、してたんで、しょうしね」
「……」
「ご覧の、通り、よ。わたしは、こんなに、なっちゃった」
小雪は桜雪に目をやり、淡々としゃべりだした。
「あなたが、わたしの、子供だってことは、深見から、聞いてた気が、するわ。そうね、面影がある。あなたにとっては、おばあちゃん、わたしにとっては、母だった、人に。
……もう、いいでしょ? わたしから、聞くことは、もう無い、でしょ? さっさと、終わらせ、なさいよ」
「……~っ」
桜雪の唇から、つつ……、と血が滴る。どうやら極度の混乱・動揺を、唇を噛むことで無理矢理にこらえたらしい。
その血を手の甲で拭い、桜雪は乾いた声で命じる。
「誰か……刀を……貸して下さい」
「と、頭領」
「わたしが……討ち取ります」
「……これを使え」
彩が腰から刀を抜き、桜雪に渡す。
「あなたが、やって、くれるのね」
「……はい……」
絞り出すような声で、桜雪が応じる。
「どうぞ。……新しい、女王さま」
「……覚悟っ……」
桜雪は刀を手に、ぼたぼたと涙を流しながら、小雪に近付いた。
その日のうちに、桜雪は焔紅王国の新たな女王となった。
また、この日から桜雪は自分の姓を「焔」と改め、焔桜雪と名乗るようになった。
《……ってのが現体制に至るまでの、大体の顛末だね。
その後についてはそんなに特筆するコトは無いね。真面目で優秀で誰からも好かれる女王様の下、みんなが幸せに暮らしましたとさ、……って感じだね》
「いや、そうじゃないみたいですよ」
のんきそうに語った電話の相手に、ルシオは反論する。
《って言うと?》
「実はそのサユキ女王から、招待を受けまして。何でも、農業指導をしてほしいとか」
《ふーん……? 農業指導ってコトは、やっぱりまだ、土地が荒れてるのかねぇ》
「だと思いますよ。サユキ女王の体制になってからまだ5年とのことですし、農地改革は一朝一夕にできることではありませんから」
《まあ、私から言えるコトとしては、その焔桜雪って子は十分、信用に値するだろうってコトだね。
わずか19歳で国一つ引っくり返すくらいの働きをしたんだし、どうあれ傑物にゃ違いないね。そんな大人物が『助けてくれ』って願い出てるんだ、行って損は無いと思うけどねぇ?》
「非常に参考になりました。ありがとうございます。……あの、ところで」
《ん?》
「お名前を伺っても……?」
ルシオにそう問われ、相手は《あー》と声を漏らす。
《そう言や忘れてたね。モールさ。賢者モール・リッチと言えば私のコトだね》
「はあ」
ルシオのぼんやりした返事に、呆れた声が返って来る。
《え、もしかして知らないね?》
「ええ。もしかして高名な方でしたか……?」
《……ちぇ》
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女王襲名。
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「その女が女王で、……間違い、無いのか?」
渋坂が恐る恐る尋ねるほどに、焔小雪の姿は醜く崩れていた。
「間違いありません。女中やその他、女王の側近などから確認済みです。
なお、お付きの者からは『女王はここ数年、床から動いていない』と。両足が半ば壊死しているらしいとのことです。自分の足では歩けないようでしたので、布団を使ってここまで引っ張ってきました」
「そう、か」
予想外の状況に皆が戸惑う中、桜雪が一歩、前に踏み出した。
「確認します。あなたが焔小雪で、間違いないのですか?」
「……そうよ」
べちゃりと布団に張り付いていた女が、くぐもった声で答える。
「……」
桜雪はそれ以上、何も尋ねない。どうやら彼女も相当の衝撃を受けているようだった。
「意外?」
と、小雪の方から声をかけてくる。
「……っ」
「まさか、遊んで、食っちゃ寝、してるだけの女が、20年前、30年前の、美貌を、留めてると、思ってた?」
小雪は切れ切れに、苦しそうな様子で話している。
その顔は土気色に沈んでおり、髪はほとんど白く、そして地肌が見えるほどに細く、少ない。目は黄色く濁り、膨れ上がった手と足は到底、人の体と思えない色に染まっている。
どうやら長年の自堕落な生活のために、体のあちこちを病んでいるようだった。
「……」
最早人と思えぬほどに形の崩れた小雪を目にした桜雪の顔色が、どんどん悪くなってくる。
「桜雪!」
それに気付いた彩が、後ろから桜雪を抱き留める。
その様子を見て、小雪がクスクスと笑う。
「あら、九鬼。久しぶりね」
「え、ええ」
「あなたは、あんまり、変わらないの、ね。そうよね、わたしと、違って、毎日鍛錬、してたんで、しょうしね」
「……」
「ご覧の、通り、よ。わたしは、こんなに、なっちゃった」
小雪は桜雪に目をやり、淡々としゃべりだした。
「あなたが、わたしの、子供だってことは、深見から、聞いてた気が、するわ。そうね、面影がある。あなたにとっては、おばあちゃん、わたしにとっては、母だった、人に。
……もう、いいでしょ? わたしから、聞くことは、もう無い、でしょ? さっさと、終わらせ、なさいよ」
「……~っ」
桜雪の唇から、つつ……、と血が滴る。どうやら極度の混乱・動揺を、唇を噛むことで無理矢理にこらえたらしい。
その血を手の甲で拭い、桜雪は乾いた声で命じる。
「誰か……刀を……貸して下さい」
「と、頭領」
「わたしが……討ち取ります」
「……これを使え」
彩が腰から刀を抜き、桜雪に渡す。
「あなたが、やって、くれるのね」
「……はい……」
絞り出すような声で、桜雪が応じる。
「どうぞ。……新しい、女王さま」
「……覚悟っ……」
桜雪は刀を手に、ぼたぼたと涙を流しながら、小雪に近付いた。
その日のうちに、桜雪は焔紅王国の新たな女王となった。
また、この日から桜雪は自分の姓を「焔」と改め、焔桜雪と名乗るようになった。
《……ってのが現体制に至るまでの、大体の顛末だね。
その後についてはそんなに特筆するコトは無いね。真面目で優秀で誰からも好かれる女王様の下、みんなが幸せに暮らしましたとさ、……って感じだね》
「いや、そうじゃないみたいですよ」
のんきそうに語った電話の相手に、ルシオは反論する。
《って言うと?》
「実はそのサユキ女王から、招待を受けまして。何でも、農業指導をしてほしいとか」
《ふーん……? 農業指導ってコトは、やっぱりまだ、土地が荒れてるのかねぇ》
「だと思いますよ。サユキ女王の体制になってからまだ5年とのことですし、農地改革は一朝一夕にできることではありませんから」
《まあ、私から言えるコトとしては、その焔桜雪って子は十分、信用に値するだろうってコトだね。
わずか19歳で国一つ引っくり返すくらいの働きをしたんだし、どうあれ傑物にゃ違いないね。そんな大人物が『助けてくれ』って願い出てるんだ、行って損は無いと思うけどねぇ?》
「非常に参考になりました。ありがとうございます。……あの、ところで」
《ん?》
「お名前を伺っても……?」
ルシオにそう問われ、相手は《あー》と声を漏らす。
《そう言や忘れてたね。モールさ。賢者モール・リッチと言えば私のコトだね》
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